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異世界転生したけど、暇だから生きている人間でダンジョン攻略ゲームして遊びます。  作者: ひとみんみん


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2.エリー

 私たち、孤児は常に飢えていた。


 孤児院の運営は、たくさんの子供たちを養うには常にギリギリで、でも私たちがいるアナナッサ侯爵領はそれでも比較的環境が良いところだそうだ、という事は戦争で別の国から流れついた孤児仲間から聞いた。


 普通の手に職を持っている平民でもそんなに服を持っているわけでもないから、孤児たちの服は常にボロボロだった。


 それでも孤児院を管理している大人が生活魔法を唱えられるので、清潔だけは確保されてはいた。


 孤児仲間の弱い水魔法から生み出される清潔な水を飲み、ときには濁った井戸水を管理人の大人に浄化してもらって飲み、孤児仲間の弱い火魔法で火種をつける仕事をして(それでも相手はこちらが孤児だと見ると買いたたいてくる)、何とか日々を繋いでいた。


 私は私で、なんとなく罪悪感は感じていたが、街をうろつくと何故か役に立つ落とし物(落ちているお金・ダンジョン外に発生した小さな無害なモンスターの小さな魔石・小さなモンスターのドロップ品・捨てられている使えそうな道具)を拾うことが多く、弁当を持って街を彷徨う事が多かった。


 街を歩いていると目に入る、普通の平民の温かい家庭。

 魔法の明かりが綺麗に灯り、穴の開いてない服を着て、黒パンやちょっとした肉を食べている。

 温かく誰かに向かって笑いかけていた。

 そんな様子が目に入って、辛かった。


 その日は古ぼけた金の指輪を拾ったのだけれど、辛かった。

 さすがに金の指輪は誰か落として探している人もいるかもしれない、届けないとトラブルになるかもしれない、と街の騎士隊に蔑んだ目で見られながら渡した。

 アイステリア王国は全体的にまあまあ善意の国で、その古ぼけた金の指輪は誰も探している人はいないという事で、私の物になった。


 騎士様がご親切にも孤児院に届けてくれた。


 孤児院を管理している大人は、


「騎士様に指輪を投げつけられた」


 と言っていた。

 しかし、嘘をつかずに孤児院に届けに来てくれただけ親切だろう。

 金の指輪はこれもまた買いたたかれながらも、結構な値段になり、孤児院の皆の何日か分の良いパンのお金になった。


 そんな中、私はどんどん成長し、私は戦争孤児ではなく実の親に捨てられた子供だけれど、親も迎えに来てくれないまま12歳になった。

 平民は成長すると嬉しいらしい。


 しかし、孤児は子供でなくなったら、別の子供を受け入れるために孤児院を出なくてはならない。

 成長していく憂鬱の中で、私は漠然と救いを求めていた。

 でも、いままで誰も救ってくれなかった。



 そんなある日、いつものように街をウロウロして、微々たる拾得物を持ち帰ると、孤児院が一変していた。


「エリー姉ちゃん! 貴族様が訪ねてきたよ」


 二つ下のヨハンが、私に飛びついてくる。

 ボロボロの平屋の孤児院は、所々割れて隙間風が入っていたガラス窓が新品に変わっていて、壁も隙間がふさがれペンキが塗りなおされていた。

 まだ、その作業は完了とも言えないらしく、見慣れない男たちが孤児院の修繕の作業をしている。


「またパンを届けに参ります」


 近くのパン屋が丁重に管理者の大人に頭を下げて、広間の綺麗な木のテーブルに白パンを置いたところだった。

 早速お腹が空いたちいさい子供たちが、美味しいパンを逃すまいとパンに飛びついて、管理者の大人に叱られても口いっぱいに頬張っていた。


 その日の夕飯は、新鮮なバターとミルクの味がする美味しい白パンと、ご丁寧にも冷蔵アイテムボックスに詰められた鶏肉を食べた。

 人数分ちゃんとあって、皆で争わずにお腹いっぱい食べた。


「おいしいね………」


 美味しくて幸せなはずなのに、涙が後から後から溢れてきて。

 せっかくのパンと鶏肉がちょっとしょっぱかった。



 そして、運命の日が来た。

 私たち孤児を援助してくれた貴族様が、私たちの前に姿を現したのだ。

 今まで来ていた人たちは、貴族は貴族と言ってもその貴族様に使われている人たちらしい。


「よおし、初回豪華ログインボーナスでこの魔法攻撃と物理攻撃を弾く『聖者のローブ』をプレゼントするから、皆、魔法はできるかな?」


 言っている事の大半は理解できなかったが、侯爵家という雲の上の存在の貴族様(レオン・フラガリア・アナナッサ様というらしい)が現れて、人懐っこそうな笑顔を浮かべた時、私はその笑顔に一目ぼれした。

 おおよそ今まで不自由したことのなさそうで、目が大きくて涼やかな切れ長で、楽しそうに笑っている。

 蕩けるような金髪と夏の空みたいに綺麗な青い目は美しく輝いていた。


 きっと、憧れや嫉妬、手に入れられないものを手にしたい支配欲もあったと思う。

 色々な感情がその人に向かって噴出した。

 その人は私のそんな心の動きに少しも気づかなかったのは当たり前だった。

 その人のお付きのメイドのミリア様という人と従僕のテレス様という人は、私のそんな目線に気づいたのか私に厳しい目を向けてきていた。


 そしてそのままレオン様は『聖者のローブ』という大変高価な服を配ってきて、20人の穴の開いている服を、真っ白な上質なローブで塗り替えた。

 まるで魔法みたいに。なんでもない事のように。


 同じ人間なのに、どうしてこんなにも違うのだろう。

 綺麗な服を着て、綺麗な手をして、綺麗に笑って。


 その笑顔のまま、私たちに「魔法を使えるか」と聞いてくる。

 ――まるで、遊びに誘うみたいに。


 私は、今まで拾い物しかしてこなかった自分を恥じた。

 何も魔法を使えないのだ。


「大丈夫大丈夫。俺が魔力回路をこじ開けるから。ここの子供たち、見た感じ誰も魔法の素質あるみたいだからオッケー」


 とか言いながら、俯く私の横にレオン様が来た。


「魔法回路をシンクロさせるために手を握って良いか?」


 平民の、しかも孤児の手を握るくらい聞かないでやればいいのに、ちょっと不安そうにレオン様が聞いてくる。

 私の口の中はカラカラに干上がり、かすかに頷くしかできなかった。


「あとで副作用で高熱出たりするかもだけど、魔法使えたら当たり前だけど役に立つから」


 レオン様が何でもない事のように言って、私の手をそっと壊れ物を扱うかのように握った。


 それはそうだ。まともに魔法を使えたら、どんなに役に立つか。私みたいにウロウロしていたらちょっと良いものを拾うだけよりもはるかに役に立つだろう。


 美しい人に手を優しく握られて、その人の魔力がすごい勢いで流れ込んできて、私は唐突に火と水の魔法のことわりを理解した。

 そしてその魔力回路が開かれた衝撃ではなく、顔が熱くなるのを感じた。


 視界の端で、ミリア様が『仕方ない』と呟いて首を振るのが見えた。


 私は、頭に自然に浮かぶ魔法の理のままに、


「ファイヤー」


 と呪文を唱えると、こぶし大の火球が現れて消えた。

 危なくないように出現時間もコントロールできた。


 やった、という達成感を感じてレオン様の方を見ると、


「よくやったな」


 という言葉と共に私だけに笑ってくれた。


 その勢いで皆でダンジョンに潜った時も、孤児なんか適当に扱っておけばいいのに、レオン様は私たちが疲れないようにケガしないようにと気遣いながら進んでくれた。

 ダンジョンの中はさらに魔法の威力が強くなったし、お金になるレアアイテムが全部自分たちの物になった。

 他の私より小さな子供たちも、ダンジョン攻略という危ないことをさせられているはずなのに、レオン様の勢いに乗って、まるで遊んでいるかのように楽しめて、なおかつお金も稼げて幸せそうだった。


 だから、私はもちろん勘違いしたのだ。



 ある日、


「……ありがと、ねぇ、レオン様ってあのメイドさんと付き合ってるの?」


 と、レオン様に恋心をぶつけてしまう程度には。

 レオン様のちょっと困ったような表情も私の茹った頭には素通りしていた。


「…………ねえ! スペアのスペアなら。レオン様をお婿さんに貰える? この今、攻略してる未攻略のダンジョンを完全攻略して、私の物にしたら。ダンジョンコアと引き換えに、レオン様を………っ!」


 平民が貴族様と結婚しようとする大それた夢を口にしてしまうぐらいには。

 レオン様は出会った時にはもう私にとって憧れや幸せの象徴で、孤児の中では色々知っていると言っても、私は色々足りなくて。

 空に輝く黄金の一番星を掴みたい、そんな気持ちだった。


 しかし、そんな思いはあっさりと拒否された、


 でも、それからも何事もないようにレオン様は接してくれて、楽しい幸せな日々を過ごして。


 そんな甘い私に天罰が下るように、レオン様が同行するダンジョン攻略は終わりを告げた。


「他の領地で孤児たちが同じようにダンジョンに潜らされて大けがをした。他の貴族が初めに始めたレオン様のせいだと言ってる」


 メイドのミリア様が、ある日、孤児院の広間に集まった私たちに告げた。


「正直言うと、平民のあなたたちに分かってもらえるとは思わないけど、レオン様はクズだけど良い感じのクズ」

「レオン様を悪く言わないでください!」


 思わず私は貴族のミリア様相手に反論していた。


「………だいぶ気安くなってるみたいだけど、平民のあなたたちの態度、何回も鉱山送りでおかしくない。まあ、私も騎士爵の娘しかも五子。いずれは平民。気持ちは分かる。レオン様も良い意味でも悪い意味でも貴族。庶民の変な本を読んだのか『異世界転生』って言い始めたあたりで、でも結局貴族らしく平民で遊んでる時点でクズ。でも、私とテレスは分かってた。………そんな貴族の気まぐれに救われる平民もいるんだって」

「事実、私たちは救われました!」


 ミリア様の暗い表情で紡がれる言葉を、私は振り切るように声を張り上げる。

 視界の隅で他の孤児たちも力強く頷くのが見えた。


「でも、良い意味でクズのレオン様もこれでおしまい。レオン様はもうダンジョン攻略はしない。領地の隅で他の兄弟を手伝いながら地味に暮らす。それこそが貴族としてのレオン様の重要な役目」

「レオン様の自由はないんですか?」

「ない。それが貴族。お金を使って遊ぶことはできても、人生は決まっている。私もそう、テレスもそう」


 ミリア様の言葉に、一緒に来て今まで反応せずに口を噤んでいたテレス様が頷く。


「レオン様のお兄様が、この度離れた国との戦争に駆り出されました。侯爵家なので、比較的安全な所から魔法部隊を指揮することになると思いますが、それでも安全は絶対ではない。レオン様はいつもスペアのスペアと言いますが、重要な役目です」

「そ、そんな………酷い!」

「酷いのはどっちだ。そろそろくどいぞ。アイステリア王国は、国の防衛に貴族とそれに連なるものしか駆り出されないし、平民の徴兵はない。平民は自由だ。その意味を深く考えろ。以上だ!」


 ミリア様が大きな声を出して、場が静まり返る。


「………じゃ、じゃあ、ダンジョン攻略を私が続けるのも自由ですよね?」


 往生際が悪い私はミリア様に質問した。

 レオン様との繋がり、ダンジョン攻略さえやめてしまったら切れてしまう気がする。

 貴族は豊かだけど不自由。

 平民は貧しいけれど、自由。

 それは分かった。

 じゃあ、貧しいけれどダンジョン攻略するのは自由なのでは、と思ったのだ。


「恋とは愚かだな。………勝手にしろ。孤児院への援助はレオン様の好意で続けられる」


 それだけ話して、ミリア様とテレス様は帰っていった。

 本当は言いたいことは分かっている貴族様たちが守ってくれている平民たちの命つまり生活を大事にしろ、という事だ。


 でも、私は『愚か』だから、レオン様への気持ちを捨てられなかった。

 レオン様の笑顔が今も心の中で宝物のように輝いている。


 ---


 愚かな私は、その次の日から正式にレオン様を含まない孤児たちをダンジョン攻略のパーティーとして冒険者ギルドに登録した。

 ヨハン達を筆頭に他の孤児たちもそれぞれ日々の労働とは別に20人を維持できるように参加してくれるそうだ。


 そう、レオン様とずっとダンジョン攻略をしていた私は確信を持っていた。


 孤児達の大勢でダンジョンに行くと、まず、レオン様が驚いたような表情を見せて、それから魔法の威力が上がる事。

 それから私がダンジョン攻略に参加していると、ドロップするモンスターのアイテムが格段に多い事。

『鑑定』してもらったことがないから分からないけれど、私はきっと良いアイテムを拾える『幸運』のスキルか何かを持っていて、そして孤児の大勢で隊列を組むと何かしらの特殊なスキルが発動しているのだろう。

 それはレオン様の方をずっと見ていた私だから分かっていた。


 それからしばらくは調子が良かった。

 レオン様たちが居た頃のように、低層階中層階を巡回して危なげなくダンジョンを攻略し、戦闘能力を高めていった。

 ドロップするアイテムを持ち帰り、孤児は資金面でも、威力が強い魔法を使える孤児たちがいる意味でも潤った。



 それが崩れたのは、ある程度戦闘経験を積んだヨハンの言葉からだった。


「なあ、エリー姉ちゃん。俺たちだいぶ強くなったから、もっとすごいお宝がある深い階層に行ってみようぜ」

「え、うーん。もう少し経験を積んだ方が………」


 私は即座に否定できずに、ヨハンの言葉に言葉を濁した。

 だって、レオン様は慎重で、危ないことはしなかったから。


「このダンジョンってまだ未攻略だけど、ダンジョンコアを手に入れて、ダンジョンを自分の物にすれば、国からすごいご褒美貰えるんだろ? 噂では遠い昔に、ダンジョンコアを3つ手に入れて、お姫様を嫁に貰った勇者が居たとか」


 でも、続くヨハンの言葉が私の頭にもやをかける。

 そう、私がレオン様に言った言葉。

 ダンジョンコアを手に入れて、ダンジョンを思いのままに動かせるようになれば、国から褒章を貰える。

 ほとんどの事は思いのまま。


 レオン様は否定したけど、前例はある。

 しかも、何も私はお姫様をもらいたいんじゃなくて、侯爵家のレオン様と結婚したいだけ。

 自分が手に入れられなかった。

 いつか外から見た、皆で黒パンと肉を食べる温かい家庭を作りたい。

 レオン様と家族になって楽しく暮らしたい。


「そ、そうね。私たちも強くなったし、少しぐらいなら深層へ潜ってもいいかもしれない。ちょっと入ってみようか?」


 私はそうして、次に見つけた中層階から深層階へ続く階段を、皆で降りていってしまった。


 最初は調子が良かった。

 確かに強いモンスターは出てきたけれど、イノシシみたいなでかいモンスターや、スチールホーンラビットの角が金になったゴールドホーンラビットなど、今までのモンスターより動きが早いし力も強いけれど、いつものように隊列を組んで強い魔法を撃つことで対処できていた。



 ――しかし、


「わあああああっっ!! エリー姉ちゃん助けてー!!!」

「ヨハン!!」


 ダンジョンの通路を曲り角を曲がった途端に鉢合わせた、骸骨が剣を持っているモンスターが出てきたときに話は変わった。

 ダンジョンに私たち孤児の声が響く。

 ヨハンの足が動きの素早い骸骨に切り付けられて、ヨハンが倒れた。

 倒れたヨハンにも骸骨が追撃を食らわせている。


 ヨハンは痛みによるものなのか気絶していて、他の孤児が隊列の後ろに引っ張っていったが、剣を振るう骸骨の猛攻が厳しかった。

 隊列を組んで魔法を順番に撃つことなど完全に諦めて、皆で迫ってくる骸骨に魔法を撃ちまくる。

 骸骨剣士は頭が良いのか、他のモンスターとは違って『聖者のローブ』に防御されていない足を狙ってくることが多い。


「エリー姉ちゃん! 魔法の威力が!!」

「魔法、もう少しで撃てなくなりそう!」


 リーダーの私に皆の助けを求める声が集まる。

 隊列が崩れたからなのか、ヨハンが気絶して戦闘に参加する人数が減ったからなのか、皆の魔法の威力は格段に落ちていた。


 ………そうこうしている短時間の内に、ダンジョンに孤児の皆の血の匂いが充満し始めていた。


「皆! 退却! 上層への階段まで逃げて!」


 私が退却の一番後ろを引き受けて、未だ倒れてくれない骸骨剣士の相手をする。


「いやああーー! 倒れてよっ! ファイヤー!!!」


 骸骨剣士の素早い攻撃が『聖者のローブ』から露出している左足に鋭い痛みが走ったが、力を振り絞って火の魔法を骸骨剣士に撃つと、胴体ではなく偶然に頭に火魔法が命中した。

 その途端に、骸骨剣士が声もなく頭から派手に燃え上がり後ろ向きに倒れて、ポーションか何かが入った薬瓶と魔石がドロップする。


「頭が弱点だったのか」


 孤児の一人がそう呟いた。


 そして、糸が切れたように我先にと、負傷した仲間を引きずりながらまたはおんぶしながら上層への階段を目指す。

 私も切られた足に、もしもの時にとっておいたポーションをかけながら上へ急いだ。

 またこの状態で骸骨剣士にあったらおしまいだ。


 上層へ続く道は、今まで楽に倒せていたラビットやイノシシが強敵になってしまっていた。

 魔法の威力が落ちているし、ケガしている仲間を抱えているからだ。


 特にヨハンが、最初に油断していたところを骸骨剣士に切られて、手持ちのポーションをかけているのに中々顔色も回復しないで、本人の魔力の反応も落ちていて、呼吸も途切れ途切れになってきていた。

 私は鑑定もせずに分からなかったが、このままではヨハンが死んでしまうかもと思い、一か八かで、骸骨剣士からドロップしたポーションらしきものをヨハンにかける。

 いつもドロップするポーションの瓶に似ているから、きっと回復アイテムのはずだ。


 私の判断に孤児たちが不安そうな目を向けてくる。

 私はそれを振り切って、ヨハンに薬瓶の中の物を全量かけた。


 全身傷ついたヨハンが、薬瓶の中の物がかかった途端に眩く光り、全ての傷が治り、血は止まっていた。


「まさか………エリクサー…………?」


 その挙動に孤児の一人が呟いた。

 ヨハンはまだ目を覚まさないけれど、呼吸も魔力反応も正常に戻っていた。


 私は、ヨハンが治って嬉しいのに、全量を使ったことを後悔してしまう。

 他にもけがをしている子はいたのだ。


 私は他の皆の厳しい視線を受けながら、なんとか皆で上層階への階段にたどり着いた。


 休憩スペースにある転移陣で一気にダンジョンの外へと戻る。

 皆が皆ズタボロの状態だった。

 死んだ子がいないのが不思議なぐらいだった。



 ……………、結果的に今回まで参加していたダンジョン攻略に参加していた孤児は、ほとんどがパーティーから抜けた。

 孤児達のパーティーは解散になった。

 今回大きなダメージを受けた孤児たちは、その高い攻撃魔法を生かして、ダンジョン外の安全な場所で仕事をしたりすることにしていた。


 そして、ヨハンは、


「ごめん、エリー姉ちゃん。もう俺怖いんだ。ダンジョンに入れない。ミリア様の言った意味が分かったよ。俺たち平民はせっかく戦争に行かないんだ。もっと命を大事にするべきだ」

「…………ごめんなさい。私が悪かった」


 ダンジョンの事を思い出しているのか小刻みに震えるヨハンに、私は深く頭を下げて謝った。


「せっかく身に着けた魔法力を生かして、魔法の水売ったり、火種を売ったりする仕事はするから」


 ヨハンは弱弱しく笑った。



 それから、私は性懲りもせず、自分がリーダーに向いていないことを自覚して、他の冒険者パーティーのダンジョン攻略に参加した。

 やめればいいのに、レオン様への夢を捨てきれない。

 孤児の私には届かない夢だと、それは周りの人たちを傷つける罪であると頭では分かっているのにやめられなかった。


 幸いと言っていいのか、火と水のそこそこの威力の魔法をそこそこの回数撃てる魔法使いは重宝される。

 しかも自前で『聖者のローブ』という高い防具を持っている。


 最初は中層階までを攻略するやや初心者よりのパーティーを転々としていたけど、私が居るとモンスターのレアアイテムドロップ率が高いことから、次第に高位の冒険者パーティーに呼ばれるようになった。

 パーティーに参加していると、仲間が倒した分のモンスターの経験値が等分にパーティーに割り振られて、私は次第にどんどん強くなっていった。

 次第に呼ばれる高位冒険者パーティーは固定される。


 そしてとうとう『金の獅子』と呼ばれる前衛が多い7人からなる高ランク冒険者パーティーに正式固定メンバーとして勧誘された。

 高ランクだけあって、誰も親切で、私の負担は多くない。

 戦いやすかった。


 私は冒険者として認められたのだと、舞い上がっていた。


 それが、冒険者ギルドの受付に運悪く(?)ミッション達成の報告をしたまま、置きっぱなしにしたギルドカードを取りに行くまでは、そう思っていた。

 忘れ物をしたので、受付にきたと思われる正面から入るより、サッと裏口から入ってギルドカードを受け取って帰ろうと思ったら、


「なあ、なんで、エリーとかいう孤児の正式加入決めたんだよ?」


 ………ギルドに入ったところ、廊下の曲り角の先から『金の獅子』の副リーダーの声がした。

 私は足を止めた。


(私の話?)


「私も思った―。孤児でしょ? こういっちゃ悪いけど、なんか目が荒んでてて怖いんだよねー。いつか何かやらかすんじゃないかと」

「まあ、このアイステリア王国では、犯罪犯すようなやつは弾かれるでしょ」

「そうなんだけど、初めての犯罪は防げないじゃん?」

「孤児は平民様の縄張りに入ってこないで欲しいんだよね」


 やだー怖いー、きゃはは、等の結構大きな声が足を止めた廊下まで響いてくる。


「黙れ。あいつは魔法使いというより、レアアイテムを落とすための機械として採用することに決めた」


『金の獅子』のリーダーがパーティーメンバーを一喝する。


「まあ、そういう事なら仕方ないな。レアアイテムを他のパーティーにとられても困るから、リーダーの決定に従うよ」

「うーん、怖いけど、さんせーい」

「お金には代えられないもんね」


 そこまで聞いて、私は忍び足で踵をかえした。

 本当はそんな風に馬鹿にされていたという思いで、入っていって抗議したかった。

 けれど、ギリギリのところで高ランク冒険者パーティーとトラブルを起こすのはまずい、と居たことがバレないようにギルドを出た。

 ギルドカードは明日回収しよう。それしかない。

 私はギルドを出るや否や、孤児院まで走って帰った。


 もう、冒険者はやめた方が良いのかもしれない。


 孤児は孤児なりに分を弁えた生活を送るべきなのかもしれない。

 そう、情けなくも泣きながら決意しながら走って帰って、


「おう、お帰り」


 孤児院に一番星がいた。

 レオン様が何気ない顔をして、広間に孤児たちにもみくちゃにされながら座っていた。


「エリーに特別良い話があってきたんだよ。テレスとミリアには止められたけど」


 初めてそこでちょっと離れた所に、苦い顔をしたテレス様とミリア様が居ることに気づいた。

 嫌な予感がする。


「エリー、冒険者頑張ってるだろ? だけど、エリーにはもっと楽で儲かる仕事があるんだ」

「え、何………」

「アナナッサ侯爵家の繋がりでオランジェ男爵家に上級使用人としての採用枠があってさ。窯に適時火をつけたり、台所で水瓶に水を出したりするだけでなんと月に金貨30枚(日本円で30万円程度)だ。

 それ以外は好きな事をしていていいらしいし、上級使用人として知識と教養も積ませてくれるそうだ」


 な、いいだろ? とドヤ顔でレオン様が私に語り掛ける。

 好きな人なのに、目の前が怒りで真っ赤になった。


「いやっ! そんなの嫌っ! もう、冒険者やめろって事? わた、わたしの一番星を諦めろってことっ!?」

「えっ? 星? な、いや、ちょっと落ち着けよ。もう危険な事をする事はないんだ」

「危険だって知ってる! でも、そのぐらいしか届く道がないの。星に手が届く道がそれしかないの」


 私は、床にうずくまって激しく首を振った。


「孤児院への恩返しとしても、上級使用人として就職した方が良いだろ? 俺が冒険者への道を開いたから、エリーも含めた平民を危ない目に遭わせて反省してる。だから…………っ!」

「いやああああーーーー!!!」


 私はせっかくレオン様に会えたのに、孤児院を飛び出した。



 ………そして、忍んで出てきたギルドに戻る。


 正面玄関からギルドに戻ると、先ほどいた『金の獅子』の人たちはいなくてホッとした。

 高ランクパーティーに入れてもらって、経験値が楽に稼げて助かっていたのは事実だ。

 そして、その私の楽さと引き換えにあちらはレアアイテムが落ちる私の何らかのスキルを求めていた。

 冷静になると自然な事だった。


 だけど、それでは先ほど見たレオン様(一番星)に手が届かないのは明らかだった。

 私は私の力で、ダンジョンコアを手に入れて、ダンジョンを制御下におき、そして、


『レオン様を手に入れる』


 あっちがあくまでも私をあっちこっちに動かして遊んだりしたり、時々情けをかけたりする『平民』として見ているなら、こっちもレオン様を『ご褒美』として見ていいはずだ。

 物心ついたときから私を見てくれる特定の人もいなくて、いつも街を彷徨ってアイテム拾いをしていた。

 ダンジョンコアと引き換えに『レオン様』を私の物にして、ずっと一緒に居てもらうのだ。



 そう、ずっとずっと。



 私は、ふらふらと引き寄せられるように、長く通っている内に顔なじみになった受付嬢に寄っていった。


「あっ、エリーさん。ギルドカード忘れてましたよ」

「ありがとう」


 平民で孤児の私にも、この受付嬢マレーネさんは優しい。

 ハーフエルフの人気の受付嬢だけれど、ずっと私の担当をしてくれている。


「あ、あのっ、エリーさん。差し出がましいことかもしれませんけど………」

「なんですか?」

「ここだけの話………『金の獅子』さんのパーティーには加入しない方が良いかもしれません。こんな事を言ってはいけないのは分かってるのですが、固定メンバー以外に『金の獅子』さんは利用できそうな冒険者を見つけたら利用するだけ利用して…………その、捨てる………という話が………実際、エリーさんの前に『金の獅子』に加入した荷物持ちの男性が重傷を負って田舎に帰ってしまわれましたし」


 と、マレーネさんが私の耳に口を寄せてひそひそと話してくれる。

 それぞれの受付ごとに衝立があるから、大きな声を出さなければ何をしているのかは分からない。

 私は先ほど立ち聞きしてしまった『金の獅子』たちのメンバーの話と照らし合わせて、深く納得した。


「ありがとうございます。助かります。『金の獅子』には加入しない事にします。私が直接言うと角が立つので、ギルドの方から伝えておいていただけないでしょうか? その代わりに、パーティー募集の紙を貼ってくれませんか?」


 孤児の平民でも、私を心配してくれる人はいる。

 そのことにずっと暴走していた頭が少し落ち着いて、マレーネさんに笑って見せた。



 次の日から、私『エリー』の名前でパーティーメンバー募集の紙が貼られた。


「稼ぎたい人募集! レアアイテム頻出ドロップ保証! 年齢13歳以下求む! 魔法使いや僧侶大歓迎! 魔法の威力が低くても不問! 剣士でも魔法剣を使用してもらいます!」


 私に必要だったのは、猪突猛進で突き進むことではなかった。

『レオン様』を手に入れるための目的を達成する冷静さだった。


 レアアイテムドロップの保証をしたからか、私と同じくらい荒れたような表情をした稼ぎたい13歳以下の子供たちがすぐに集まった。

 ギルドの広間に集まった13歳以下(正確には自分と同じ12歳前後)の子供たち30名ぐらいを前に、私は皆を安心させるようににっこりと笑って見せた。


(これなら検証が捗りそう)


 私は皆を連れて(剣士にはグレードの低い魔法剣をギルドから借りた)ダンジョンに向かった。

 30名を連れて、ダンジョン前で少し説明をしてから、スライムしか出ない一番浅い入り口近くで、レオン様に連れてきてもらった時を思い出して隊列を組む。


 さあ、実験の始まりだ!


 ……………………

 ……………………

 ………、結果から言うと、実験は大成功だった。


 このころになると、スライムから私が居るだけでレアアイテムのスライムゼリーが確定でドロップするし、当然のように落ちる魔石は他の冒険者がスライムのものだと持ってくるものよりだいぶ大きかった。


 そのアイテムを餌にして、30名の子供たちを隊列を変えたり人数を増やしたりしてどういう時に、魔法力が強くなるのか、年齢の組み合わせや男女、色々試したのだ。


 結論として、13歳以下と言っていたのにこっそり混じっていた13歳以上(レオン様が集めた時、子供たちは13歳以下しかいなかったのでそう指定したのに)の15歳を組み合わせても、魔法の威力が異様に強くなる現象は発生した。

 ダンジョンの中でのみ、色々検証した結果ほぼ2倍の強さ。

 男女の比率も関係なく、15歳以下で男だけになろうが女だけになろうが半数になろうが男一人で後は女になろうが関係なかった。

 15歳以下で7人以上で前列中列後列できちんと並べば、魔法の威力と魔力量が約2倍になるという事が分かった。


「やった、こんなに金もらっていいのか?! うまいパン食べれる!」

「また、明日も忘れず来るぜ!」

「ありがとな、エリー姉ちゃん」

「こんなに稼げるなんてありがとう。これでお母さんに薬買えるわ」


 私は、全員採用した私を入れて30名程度の子供たちを笑顔でギルドから見送った。

 なんなら一人一人に丁寧に手を振った。

 私たち、孤児を軽い笑顔で見守っていたレオン様が脳裏をよぎる。


 ギルドの受付嬢のマレーネさんに言って、大人は絶対に採用しないから、パーティー名は、


『子供たちの集い』


 にしてもらった。


 その日から、私は『レオン様を手に入れる』という目標の為に、稼ぎたい子供たちを入れ替えつつ、時には様子を見て、15歳以下の子供たちを入れ替えたりしてダンジョン攻略を進めた。

 中層階に進むための防具はレアアイテムドロップで賄えるようになった。

 自分が住む孤児院にも大量の資金を投入することができた。


 ちなみに非常に残念なことに、神様がどんな趣味が悪いスキルなのか15歳を一日でも過ぎると、魔力が2倍になるスキルの構成員になれなかった。


 最初に内緒で私のパーティーメンバーになっていた16歳になった女の子は、パーティーから追放した。

『これでお母さんに薬買えるわ』と喜んでいた子だった。

 私が追放を宣告すると泣きわめいていた。

 最後には唐突にピタっと泣き止んで、


「あなたが成長するのを、他で活動しながら待ってるわ」


 と言ってきた。


 ……………………そう、私もそろそろ13歳になる。

 私にもリミットは来るのだ。

 それまでに十分な資金と力をつけておかなくてはいけない。


 さすがに、深層階に進むタイミングでは、ヨハンの事が何度も頭をよぎり、防具と回復アイテムを潤沢にそろえたし、ギルドを通じて他のパーティーからモンスターの情報を買って、万全の状態で進んだ。


 正直、少し怯えながら深層階に進んだが、経験を十分に積んだのと、アイテム効果や情報、そして隊列を崩さない訓練で、あっさりと骸骨剣士がでてきても倒せてしまった。


 その頃には私は13歳を過ぎて14歳目前だった。

 時間が経つと私が作ったパーティー『子供たちの集い』は周辺の地域で有名になっていた。

『アナナッサ侯爵家領の中で』『平民が自由意思でやっているダンジョン攻略』なので、不気味なほどレオン様が失敗した時のような横やりが入らない。


 私のほぼ確定にまで成長していたレアアイテムドロップの能力を目当てに、荒れた表情をした子供たちが次々に加入していって、私が毎日ダンジョンに潜ってもメンバーに困ることはなかった。


 しかし、ここにきてメンバーが加入しすぎで困るかと思いきや、ダンジョンコアが近いと思われる濃い魔力が漂い始めるおどろおどろしい階層に突入すると、さすがに私に同行するメンバーが減った。


 骸骨剣士が集団で襲ってきて、危ない目に遭ったり、ゴールドホーンラビットがミスリルホーンラビットに変化して高速の一撃を放ってきたりすると、一応万全の対策をとりながらダンジョンを進んではいたが、命の危険を感じるのだろう。


「そこまで俺、命かけれない。母ちゃんが心配するし」

「中層階で活動する時呼んで」

「友達が危ないからやめろって」


 等々、多数のメンバーが荒んだ顔をしていたはずなのに、我に返ったような顔をして戦線を離脱した。

 私はもう誰も止めてくれる人はいない。その手を振り払ってきたからだ。


 最終的にもうすぐダンジョンコアが置いてあるボス部屋という前人未到のエリアにたどり着いた時、私は15歳と半年ぐらいだった。

 着いてきたパーティーメンバーは10名ぐらいで、私と同じような表情をした子供たち。

 例えていうなら、骸骨剣士の群れに遭遇した時、モンスターに切り付けられながらも、持っていた上級ポーションを頭からかぶって回復しながら冷静に魔法を撃ち続けたり、習得した回復魔法を唱えながら魔法剣を振るう子たちだった。


 ここまで来たら、もうボスに挑んで(この人間の試練場と思われるクソな神の試練に挑んで)、ダンジョンコアを獲得するしかない。

 ギルドで調べた所、はるか昔にほぼ全滅でなんとか帰ってきた高ランクパーティーメンバーの話では、中に居るのはオーソドックスに(ダンジョンのボスは何故かドラゴンや大きいゴーレムが多い)黒い鱗に覆われた黒い火を吹くドラゴンらしい。


 ……………………ドラゴンに挑む緊張から頭からとめどなく冷や汗が流れてくる。


 ……………ふいに、レオン様に一目会った時からずっと何かおかしかった頭が冷静に戻った気がした。

 私はこのボス部屋の扉を開けて、本当にボスに挑むべきなのだろうか?

 レオン様に助けてもらった時に、ダンジョンで小金を稼いだことに満足して、後は、貴族様たちが守ってくださる平和の中で自分の命を大事にするべきじゃなかったのだろうか?


 もしくはヨハンが脱落した時に、私も水を売り火種を売って慎ましくも穏やかな日々を…………。

 もしくは『金の獅子』に加入してほどほどに強くなり、お金を稼いで満足…………。

 もしくはもしくは、レオン様の提案するように上級使用人になって、届かない所にある一番星を眺めながら平穏に………。


「ねえ、どうしたの? 私、父さんが作った借金の為にお金がたくさん必要なの。それがないと奴隷商人に売られちゃうの」

「本当にどうしたの? 僕もダンジョンコアを取れるくらいに強く有名にならないと、僕なんかいらないって売ってもお金にならないから捨てるって」

「どうしたの? 早くしないと、大人になっちゃってあなたが追放するんでしょ? このパーティーから」

「早く早く。お金がないと俺がいる孤児院が取り壊されて、皆バラバラに」

「「どうしたのどうしたの」」

「「早く早く」」

「「大人になっちゃうよ」」


 後ろからかけられる声に、振り返ると、いつの日か鏡の中に見た私の顔があった。

 みんなみんな、私と同じ表情をしている。


 ………私はそのことにとても安心して、笑った。


「ごめんなさい。柄にもなく緊張してたの。エリクサーも人数分用意してるしいきましょう」


 ドラゴンに挑むというのに、皆は、私の笑顔に安心したように笑った。


 私はあの最高に輝く一番星を掴むために、人間をやめるのだ。


 …………私は皆が戦闘準備が完了したことを確認すると、サッと気軽にボス部屋の扉を開いた。

 私はまずは冷静に、ドラゴンの炎が飛んでくることを考えて、扉から入ったらすぐに分かれてサイドに散ることを指示する。

 私たちのすぐ横をドラゴンが吐いた火の塊が駆け抜けていった。


 ……………………

 …………………………………………

 ………………………………………………………………


 結果から言うと、特にドラゴンとの戦闘に何も見せ場なんて華やかなものはなく、ドラゴンの炎に対抗するために散っては隊列を組み、散っては隊列を組み、を繰り返して、魔法を撃ち続け、魔法剣で切りかかり、ドラゴンの体力を削って、最後にはドラゴンの頭を燃やし尽くし、


 ……………………勝った。


 泥臭い地道な作業だった。

 勝ったのに勝った実感はない。

 本当に誰も倒したことのないドラゴンに勝ったのか………?


 それはともかく、私は急いで、焼けてしまっている片腕を無理やり動かして、息絶えそうな仲間たちにエリクサーをかけて回る。

 喜ばしい事だったが、それとも悲しいことだろうか、誰もこの地獄に別れを告げて死んでいったものはいなかった。


「ありがと」

「エリクサー助かる」

「ダンジョンコアどこ?」


 等、口々に言いながらしっかりとした足取りで仲間たちが立ち上がる。

 それは嬉しそうな表情ではなく、新たな地獄に向かう表情だった。


 未だかつて、誰もやり遂げたことのないアナナッサ侯爵領のダンジョン制覇。

 歴史上では他のダンジョンで異世界からきた勇者がダンジョンコアを獲得し、当時の王族の姫と結婚したらしい。


 そんな歴史上の出来事と違って、華々しいことは何もなかった。



 ダンジョンの奥で光っている丸いダンジョンコアを使って、クリアした10人が、遠隔でダンジョンを操作できるという事が分かった。

 主に操作できることは次のような事だ。


 ・ランダムな周期で起こっていたモンスタースタンピードも起こらないように設定できる(秒単位で起こすように設定もできる)

 ・フロアごとのモンスターの出現率を今の状態から増減させることができる

 ・フロアごとの入場人数の調節

 ・レアモンスターの出現の確率調節

 ・各フロアへの人員の転移移動


 等々、思いつく限りの色々な事が出来た。


 クリアした10人は他の魔法のように念ずるとダンジョンコアを操作する魔法が使える。

 だから、ダンジョン内を移動しながらダンジョン操作をすることができるし、例えば、


『スタンピードを毎秒起こす』


 というような極端な操作をしようとする際には、他のメンバーにダンジョンコアから確認が入る。


 試しに直前まで私が試してみたが、


『スタンピードを1秒ごとに起こす操作が行われました。了承しますか? はい いいえ』


 という光る文字が眼前に浮き出る。

 他の9人のメンバーの承認が必要だが、その中の3人がためらわずに、


『はい』


 を選択していたのは面白かった。

 その後で、とりあえずスタンピードを私たちのせいにされても困る、という事が話し合いで決まり、


『スタンピードを起こさない操作が行われました。了承しますか? はい いいえ』


 に満場一致で、


『はい』


 が選択された。

 そこまでいろいろやってから、ドラゴンからのレアドロップ品、


『ブラックドラゴンの杖』


 を手に入れて、地上へ皆で転移で帰還した。

 金やミスリル、宝石も10人で分けてもありあまるほどあったので、手分けして持った。


 地上に戻ると、ダンジョンの入り口にはこのクソ世界を作った神『リリス』の嫌がらせなのか、綺麗な花の飾りがついた白い看板が立っていた。

 看板には、ダンジョンを踏破達成した日付と時刻、誰が達成したか10人の名前が本名で全員書かれていた。

 10人の中の一人は、誰にも明かしていない本名が書かれていたらしく、少し焦っていて、その焦り方がまるで普通の子供みたいで皆で笑った。


 ギルドでもダンジョン制覇を祝福され、そしてすぐに王宮に呼ばれ、綺麗な服を着つけられて、王族たちから直々に祝福の言葉を貰った。

 ダンジョンを踏破する前に不安だった皆の懸念事項はすでに解消されているらしかった。


 父親の借金が心配だった子の借金は国庫から返済されていた。

 親から捨てられそうだった男の子の親は王宮に呼ばれていて、男の子を盛大に祝福していた(男の子は何故か嬉しそうではなかった)。

 パーティーから追放されるのを恐れていた子は、永世名誉パーティーメンバーとして、ダンジョン攻略したメンバーがギルドと国に登録されていた(これは女の子は喜んでいた。「ずっと仲間ね」と手を叩いて喜んでいた)。

 孤児院が取り壊されることを心配していた子の孤児院は、もちろん国庫からすぐに援助が決まっていて、孤児院の皆が集まっていて、男の子に感謝の気持ちを述べていた。


 ダンジョンを制覇した10人メンバーの願いが次々と叶えられ、最後に、王宮の広間の奥の大きなドアから、トランペットの演奏と共に、人が現れた。

 白く長いベールとティアラがその頭に付けられていていて、両側にはミリア様とテレス様が付き従っている。

 顔が見えなくても分かった。


「レオン様…………」


 レオン様を見た瞬間、もう何が何だか分からない感情で涙があふれた。

 他のダンジョンをクリアしたメンバーが、


「そんなに嬉しいならよかったね」

「リーダーの願いだもんね」

「やったね」


 と口々に声をかけてくれる。

 冒険の合間にレオン様が私を救ってくれたことへの素晴らしさを話していたから、私が皆の願いを知っているように、皆も私の執着とも思える願いを知っていた。


 レオン様が宴の椅子から立ち上がった私の前まで歩いてくると、ミリア様とテレス様がレオン様の白いベールを両側から上げた。


 澄み切った青い綺麗な目と溶けるような黄金の髪、美しい容姿があらわになる。


「私、レオン・フラガリア・アナナッサはアナナッサ侯爵領のダンジョンを制覇し、富と平和をもたらしてくださった勇者様であるエリー様にこの身を捧げさせていただきます」


 レオン様が台本を読み上げるように高らかに宣言する。


 そして、レオン様は困ったようにちょっと笑って、


「ごめんな。一生をかけて償わさせてくれ」


 と言った。


 私はその様子に、ダンジョンコアを3つ制覇して、王族の姫と結婚した勇者は何を思ったのだろう、とふと考えた。

 異世界からきたという勇者。

 その強大な力で、ダンジョンコアを制覇して、でも元の世界には戻れない。


 私も元の貧しくどこにでもいる孤児にはもう戻れない。

 自分で自分を追い込んで、もう、そうするしかない。


 私の一番星のレオン様。

 その手に掴んでみると、私の手に遮られて、もう光らない。


「愛してます。それだけは本当です」


 私はここまでたどり着いた本心を告げた。

 周りはダンジョン制覇メンバーも含めて、盛大な拍手が巻き起こる。


「愛してます」


 私はレオン様を抱きしめた。


 -おわり-

読んで下さってありがとうございました。

もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。

また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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