十二年前の答え合わせをしよう②
クレアはレイアに言われ、十二年前のあの日のことを思い出していた。
目の前でイヴリン先生を殺され、姉も同様に戦場で死ぬと知らされたあの日。
無我夢中で発動したのはネックレスに刻んだ転移の魔術。姉がどこへいようとも行き来ができるその魔術を封じられていなかったのは、不幸中の幸いだった。
降り立った先は戦場で、レイアは絶体絶命のピンチだった。
自分にここでできる事は何なのか……それほど多くはないだろう。
けれども、来た以上は守ってみせる。イヴリン先生の二の舞にはさせないと強く思った。
そうして結界を張るーー強度は並みのものだけど、使う媒介のネックレスにはまっている魔石は純度が高く、威力を何倍にも押し上げてくれる。
お姉様一人くらいなら、きっと守ることができる。
頭上から降り注ぐ殲滅の光は恐ろしく、全ての命を刈り取っていった。
そしてーー死んだと思った。
姉の身代わりになった時、アンヌの心臓は確かに鼓動を止めた。
それでもまだ生きているのは、アンヌの保有する尋常ではない量の魔力と聖力のせいだ。当代きっての力の持ち主であったアンヌは本人も知らぬ間に体内での修復を進め、傷を癒し、一度止まった心臓は再び動き出した。
むくりと起き上がり、思う。
姿を変えなければと。ほとんど無意識に発動した変化の魔術によってアンヌの髪は亜麻色に、そして瞳は金へと変ずる。
それきりだった。
ーーアンヌは全てを忘れていた。
「……」
漂う瘴気、抉り取られた大地。
あたりには死体が散らばり、血まみれだ。
どうしてこんな所にいるのか、自分は一体誰なのか。
思い出せることは何もない。
呆然と佇んでいると誰かがやってくる気配がする。
降り立ったのは一人の青年だった。木の枝を右手に持つ藍色の髪と瞳の青年。
青年は自分を見て、少し表情を歪めた後にしゃがみこんで目線を合わせ話しかけた。
「……一人か?」
「……」
「名前は?」
「……」
「どうしてこんなところにいる」
「……」
何も答えられなかった。名前もここにいる理由も、自分自身にすらわからない。
青年はそれでも辛抱強く問いかけてくる。
「いく場所はあるか」
首をゆるゆると横に振った。
「そうか、なら」
青年は言いながら手を差し伸べてくる。
「俺と一緒に来ないか?」
予想外の言葉に、それでも不思議と嫌な感じはしなかった。なぜだかこの人はひどく暖かい雰囲気を纏っている。優しい態度とその声音に、ああきっと大丈夫だと思わせる何かがあった。
わずかなためらいの後、今度は首をコクリと縦に振る。
「上出来だ、俺の名前はイシルビュート・ヴァンドゥーラ。……荒地に住まう魔術師だ。そうだな、名前がないのなら俺が名付けようか。クレアなんてどうだろう」
「……クレア」
「そう。今日からクレア・ヴァンドゥーラだ」
差し伸べた手を握った。自分よりずっと大きなその手のひらはとても温かい。
この日からアンヌの名前はクレア・ヴァンドゥーラとなった。




