「アーノルド」+「司法取引」
ここでベイカーが口を挟む。
「あの館の息子なら、金はあるだろうに。なぜ、『食い逃げ』を?」
三男の懐事情が厳しいことは知っている。
が、それを知らなければ、こういう質問をするのが自然だ。
警察はまだ、三男の懐事情については何も知らない。そう三男に思わせるために、ベイカーが芝居を打つ。
「ホテルに財布を忘れたんだよ」
「逮捕時には、財布を持っていたようだが」
ベイカーの声は穏やかだ。「良い警察官」を演じている。
「財布は二つあって、持っていた財布の方には、たまたま金をあまり入れていなかったんだ。それをうっかり忘れていたんだよ」
「じゃあ、警察官の格好をしていたのは――」
そこでアーノルドが、ベイカーの声をさえぎる。
「その話は今、優先順位が低い。ここは俺に任せてくれ」
三男がベイカーに、すがるような視線を向けてくる。
が、アーノルドはそれを無視した。ここから先は「悪い警察官」の出番だ。
「『司法取引』って知っているか?」
この単語が出てくるとは、予想していなかったらしい。きょとんとした顔になる三男。
アーノルドは声を低めて、
「交換条件だ。おまえに手伝ってもらいたいことがある。無論、ただ働きをさせるつもりはない。手伝ってくれたら、『食い逃げ』の件はもみ消してやる」
「何をさせる気だ? やばいことか?」
三男が聞いてくる。その声には警戒があった。
しかし、『食い逃げ』のもみ消しは、魅力的なようだ。そんな感情が両目に現れている。
「やばくはない。俺の基準でもそうだし、たぶん、おまえの基準でもそうだ」
「どうだかな」
「俺が望むのは情報提供だ。丘の上の館に、メイドがいるだろ?」
「ああ、二人いるはずだ。『ガーベラ』と『ハミー』」
ベイカーがメモをとる。丘の上の館にいるメイドは、『ガーベラ』と『ハミー』。『ガーベラ』が金髪で、『ハミー』は黒髪。
三男によると、丘の上の館に「住み込み」だ。殺人事件発生当時は、「あの館にいた」と考えていいだろう。
アーノルドは質問を続ける。
「その二人と最後に会ったのは、いつだ?」
「半年前かな。ハミーが館に来て間もない頃だったと思う」
質問に答えながらも、三男はいぶかしんでいる。なぜ、こんなことを聞いてくるのか。口には出さないが、その顔はそう告げている。
だから、アーノルドは説明してやることにした。もちろん、嘘の説明だ。
「ある警察官を、この警察署から追い出したい。そいつは最低の奴だ。『模範的な警察官』だからな。『そうじゃない警察官』全員の敵と言ってもいい」
軽く息継ぎをすると、
「それで、そいつの足を引っ張れるような材料を、ずっと探していた。そいつはどうやら、丘の上の館にいるメイドに、気があるようだ」
こういう系の話は、もともと好きなのだろう。三男が乗ってくる。
「ガーベラとハミーのどっちだ?」
「わからん。だから、情報が欲しい。それを手がかりに、俺が『推理』する」
「『司法取引』の件は守ってくれよ」
三男はそう念押ししてから、
「『模範的な警察官』なら、ハミーの方を好きになるんじゃないかな? いや、ガーベラもあり得るか。こういうのは個人の好みだし・・・・・・」
「メイドの写真とか持っていないのか? ホテルの方にあるなら、他の警察官に取りに行かせるが」
「ない。こういうことになるとわかっていれば、メイドの写真を撮っていたんだが」
「じゃあ、おまえの才能に期待しよう。絵を描くのは得意か?」
「ああ、得意だ。抽象画限定。一歳児のピカソになら勝てるかもしれない」
「なるほど。似顔絵の話はキャンセルだ。その才能をここで使うのは、もったいない。世界のために、大事にしまっておけ」
このあとアーノルドは、いかにも今思いついたかのように、
「そうだ、丘の上の館には男もいるんだろ? そのメイドと、できていたりしないのか?」
「堅物が多いし、どうだろう」
「あの館には普段、何人くらいの男がいるんだ?」
アーノルドの質問に、三男がすらすら答えていく。
「親父と、執事と、料理人と、庭師と、運転手だな」
このあとも情報収集を続けるアーノルド。
丘の上の館で殺人事件が起きたことを、三男には伝えない。
(どうやら、こいつは白だな)
警察官としての勘が告げている。殺人事件とは無関係だ。
三男が最後に、丘の上の館に帰ったのは半年前。今回の帰郷では、ずっとホテルに泊まっていて、館には寄っていない。
ベイカーも同じ考えのようだ。アーノルドが視線を向けると、ちらちら腕時計を見ている。早く切り上げろ、ということだろう。
三男はさっきから、「『模範的な警察官』をはめる方法」を熱く語っているが、
「そろそろ時間だ。模範的な市民、ミスター・フェーイット。君の協力に感謝する。『司法取引』は成立だ。『食い逃げ』の件は、俺がもみ消しておく。あと、ここでの話は他にもらさないように。特に、メイドにはな」
三男の釈放が決まった。




