「アーノルド」+「殺人事件」
「俺です。わかりますか、アーノルドです」
人が殺されている状況なら、まず考えるべきことがある。犯人がすぐ近くにいるかもしれないのだ。
「あなたの身は現在、安全な状況にありますか?」
危険が迫っているようなら、このまま電話を続けるわけにはいかない。くわしい話を聞くのは、現場に急行してからだ。
通報してきた相手が電話の向こう側で撃たれた、そんな事件ファイルを、前に読んだことがある。
アーノルドの問いかけに対して、
「・・・・・・大丈夫だと思います」
短い沈黙はあったものの、「とっさに周囲を確認した」という感じだった。「誰かに脅されて言わされている」ような感じではない。
「話を続けてください」
アーノルドが言った直後に、他の電話が鳴った。
(こんな時に、別の事件か)
だが、「同じ事件を、他の人間が通報してきた」という可能性もある。
あっちの電話も、丘の上の館からかもしれない。今回は殺人事件だが、爆弾事件や銃撃事件の場合だと、一気に十人以上が通報してくることもあるのだ。
とりあえず、あっちの電話はベイカーに任せるとして、アーノルドは自分の電話に集中する。
「先ほど館の一階で、人が殺されているのを見つけました」
ベテラン執事が告げてくる。その声には緊張があった。
「あなたが『第一発見者』ですね?」
「いいえ、違います。最初に見つけたのは――」
そこでいきなり電話が切れた。
(何が起きた? 執事が犯人に襲われたのか?)
もしくは、この電話が故障した、という可能性も・・・・・・。
アーノルドはとっさに早口で言う。
「チャーリー、大富豪の屋敷だ。今すぐ電話してくれ。殺人事件が起きたみたいなんだが、いきなり電話が切れてしまった」
「そいつは大変だな。よし、おじちゃんに任せとけ」
軽い口調のあと、すぐさま丘の上の館に電話をかけるチャーリー。
しかし、受話器を耳に当てて数秒後だ。
「反応がないな。電話回線に問題があるとか、そういう気がする」
チャーリーからの目配せを受けて、デデーオーも電話をかけ始めた。
少しの間があってから、
「つながったよ。町外れのピザ屋だ。よく利用している店。あそこは回線が生きている」
といっても、デデーオーが電話したピザ屋は「丘の近く」だ。
一方で、大富豪の屋敷があるのは「丘の上」だ。
ご近所と言うには、結構な距離がある。丘とピザ屋の間には、ゴルフ場と川があるのだ。
しかし、ゴルフ場を除けば、あのピザ屋が大富豪の屋敷に最も近い。
「外は暴風域だけど、まだピザの宅配を受けつけているってさ。リーダー、どうする?」
「夜食を注文しよう。俺のおごりでいい」
「クワトロフォルマッジ!」
チャーリーが叫んだ。
ジロリと睨むベイカー。そっちはまだ電話中だ。チャーリーの大声は、迷惑以外の何ものでもない。
アーノルドはどのピザを注文しようか考えながら、別の場所に電話をかける。
今度はゴルフ場だ。こんな悪天候だし、時間も時間だ。相手が出るとは限らないが、急いで確認したいことがある。
そして、待つこと数秒。
「やはり、そうか。ゴルフ場も駄目だ」
ピザ屋までは大丈夫だが、そこから先は電話がつながらなくなっている。どこかで回線にトラブルが発生したらしい。
「デデーオー、俺とベイカーのピザはお前に任せる」
今は注文を選んでいる時間が惜しい。電話中のベイカーも同様だろう。
「わーおー、責任重大だ。あとで文句を言わないで欲しいね。リーダーとベイカー、二人の度量のサイズを、僕が調べてあげるよ。ドラム缶並みか、検尿コップ並みか。いい意味で予想を裏切って欲しいね。年少者を大切にしよう」
そこでまたもや、チャーリーが声を張り上げる。
「フォルマッジ! フォルマッジ!」
右腕を力強く振りながらだ。
そんな「たわ言」を受け流して、アーノルドは携帯電話をつかむ。固定電話が駄目でも、携帯電話ならどうか。
とはいえ、あまり期待はしない。あの丘はたしか、携帯電話の圏外だった気がする。違っていれば良いが・・・・・・。
で、数秒後。
やはりそうだ。携帯電話もつながらない。
こうなったら、今すぐ現場に行くしかないだろう。あの丘の上まで。
「チャーリー、出動だ。俺と一緒に来てくれ。パトカーを出す」
「待ってくれ!」
外に向かおうとするアーノルドを、ベイカーが呼び止めた。
「大富豪の屋敷に行くつもりだよな?」
「そうだ」
「残念だが、それは無理だと思う。こっちの電話は、土砂崩れの通報だ。丘の上につながる一本道」
「あの道で土砂崩れか!」
今あの屋敷にいる者たちは、本当についていない。
あそこに行くには、あの道を通るしかないが、暴風雨の中での復旧作業は厳しいだろう。
雨の中への出動が中止になって嬉しいのか、チャーリーがにやにやしながら言ってくる。
「不謹慎かもしれないが、これって『あれ』だよな」
外界との接触を断たれた屋敷。そこで殺人事件が発生するのは、推理小説の定番だ。
そして、これも定番。
「警察は今、何もできないってわけだ。ここで『推理』をする以外にはな」
アーノルドが言葉にするのと同時に、窓の外で大きな雷が鳴った。




