第4話 私の器、私の暮らし
ロザリーの家では、客間に入るなり泣いてしまった。
用意してくれたスープの匂いがして、寝台の上に清潔な毛布があって、何もかもありがたいのに、どうしても悲しかった。
「まだ好きだったの。あんなことを言われたのに、昨日までは、戻ってきてほしいと思っていたのよ」
ロザリーは長椅子の端を空け、私を隣へ座らせた。
「それは、昨日まで結婚するつもりだったのだもの。つらいわよ。スープは後で温め直すから、今はそのままでいいわ」
私は彼女の肩を借り、声を出して泣いた。途中でひどい悪口も言った。ロザリーは叱らず、ときどき手巾を取り替えてくれた。
泣き疲れた頃には、スープを一杯飲めた。
翌日も、次の日も、ふとした時に悲しくなった。それでも、庭の花が綺麗だと思う時間や、ロザリーの飼い猫に膝を占領されて動けなくなる時間が、少しずつ増えた。
四日目の朝、私はあの手紙を食卓に持っていった。
「陶工のところへ行くお話、まだ間に合う?」
「もちろん。来週の水曜に教えてもらうつもりだけれど、イゼルも?」
「行きたい。今度は、私の器を作りたいの」
自分で陶工へ申し込みの手紙を書き、机の暦に印をつけた。
誰かの支度をする日でも、訪問を待つ日でもない。私が楽しみに待つ水曜日だった。
工房では、袖をまくったところで既に胸が躍った。水で湿らせた粘土は、思っていたより冷たく、指を押し込むと素直にへこんだ。
素直だったのは、そこまでだった。
「おかしいわ。丸くしたつもりなのに、こちらばかり低いの」
私が器を持ち上げると、ロザリーは自分のものをそっと台の奥へ押した。
それを見逃さず覗き込む。彼女の器には大きな取っ手がついていた。器よりも、取っ手のほうが立派だった。
「それ、持ち上げたら取っ手だけ取れない?」
「取れないように大きくしたのよ」
工房の主人が、二つを見比べた。
「取っ手は少し軽くしましょうか。こちらは、もう少し縁を揃えれば、ちゃんとお使いになれますよ」
ロザリーが真剣な顔で取っ手を削り始めたので、私はとうとう吹き出した。釣られた彼女も笑い、指についた粘土を自分の頬につけてしまう。
私の器はひしゃげたままなのに、楽しかった。誰かへ贈るには上手でなくてはと、先回りして心配する必要もなかった。
焼き上がりを待つ間に、婚約解消の書面が届いた。理由に嘘がないことを確かめて署名し、返送すると、伯爵から親戚への訂正も済ませたと知らせが来た。
父の手紙には、そろそろ冷静になっただろうと書かれていた。私は返事に、自分の部屋を借りてしばらくこちらで暮らすことと、ディディエの婚約者にも、妹のために何でも引き受ける姉にも戻らないことを書いた。
書き終えたあと、少し泣いた。それでも、返事を鞄に入れて自分で出しに行った。
ひと月後、焼き上がった器を受け取った。
私の器は、少し傾いている。好きな青を選んだつもりが、窯から出てきた色はところどころ深く、底には湖のように濃い青が溜まっていた。
ロザリーの器は、取っ手を小さくしたおかげで、無事に持ち上がった。
その翌朝、新しく借りた部屋の窓辺へ、白い鳥を二羽並べた。棚へ青い器を置くと、朝の光を受けて、底の色が明るく見えた。
まだ綺麗に笑えない日もあるだろう。でも、今日の器を見た時の嬉しさまで、誰かのために引っ込めなくてよかった。
「次は何を作る?」
荷解きを手伝ってくれたロザリーが尋ねた。
私は青い器を両手で持った。傾いた縁に親指が当たり、工房で笑った時のことを思い出す。
「大きなお皿。焼き菓子がたくさん載るものがいいわ」
「では、私は小さな取っ手の水差しにする」
小さな、と念を押す声に、また笑ってしまった。
窓を開けると、町のパン屋から甘い匂いが届いた。お皿が焼き上がるまで待たなくても、今日の器に載るものなら買いに行ける。
「ロザリー、出かけましょう。私、あそこのお菓子を食べてみたかったの」
青い器を棚へ戻し、私は自分の財布を取った。
面白かったら評価、ブックマークいただけると嬉しいです。




