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妹を泣かせないために、私が泣くのは終わりです【連載版】  作者: 堀吉 蔵人


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第19話 引き留めるためではなく

 

 石橋の上は、通りより風が強かった。約束より早く着いた私は、欄干へ手を置いて川を見た。初めて二人で来た日に、アドリアンが叩きながら話したあたりだった。

 足音が近づくと、振り返る前に背筋が伸びた。今日は私が呼んだのだ。会いたかったからといって、何も言わずに隣へ立ってもらうだけでは帰れなかった。


「待たせた?」

「私が早く来たの。寒くなかった?」

「歩いてきたから、大丈夫」


 彼は一人分ほど離れて欄干に手を置いた。私はその手を見て、言おうとした言葉を一度飲み込んだ。触れれば、きっと温かかった。


「この間も謝ったけれど、仕事のこと、もう少し話したかったの」


 彼は黙ってこちらを向いた。私は川から目を離し、彼を見た。


「ここでも同じように働けると言った時、あなたがどんな仕事をしたいか、分かろうとしていなかった。知っていたのに、聞かなかったの。この橋で、あんなに楽しそうに話してくれたのに」


 彼の指が石の上を少し動いた。私は、分かったから都へ行くと言い出すのを待たせたくなかった。


「一緒には行かないわ。でも、行くあなたに、そんな言い方をしてよかったわけではないと思ったの。ごめんなさい」

「うん。……ありがとう」


 すぐにこちらへ来てくれるわけではなかった。彼も川を見て、少ししてから口を開いた。


「僕は、一人で行くのが怖かった」


 意外で、返事が遅れた。都の話をする彼は、いつも先を見ていて、早く行きたいのだと思っていた。


「楽しみではあるよ。ずっとやってみたかったし。でも、向こうで僕にできるのかとか、任されたあとで困らせるんじゃないかとか、そういうことも考えていた」


 彼は欄干から手を離し、掌を見た。指についた薄い鉛筆の跡を、親指で擦っていた。


「君がいれば大丈夫だと思ったんだ。いや、大丈夫というのは違うな。うまくいかなくても、部屋へ帰れば君に会えると思った。それが、嬉しくて」


 私も嬉しかった。そこまで会いたい人として思い浮かべてもらえたことに、胸が熱くなった。私だって、あの本を借りた夜には、彼が帰ってくる音を聞く暮らしを考えた。


「そればかり考えて、君が朝から何をして帰ってくるのか、ちゃんと聞かなかった」

「聞いてほしかったわ。あなたがいない間も、私の一日はあるもの」

「うん」


 短い返事だった。前のように、困らせないからと続かなかった。

 私は彼の袖口を見た。一人で行くのが怖いなら、ついていけばよかったのかもしれないと、一瞬だけ思った。けれど、部屋の中で彼の帰りを待ちながら、自分の話をまたあとにしたくはなかった。


「私も、あなたが残ってくれたら、それだけで安心できると思っていたの。断らせて、嬉しい顔をしてほしかった」

「うまくできなかったと思う。僕は」

「ええ。私も、できなかったと思うわ」


 川の方を向くと、鼻の奥がつんとした。彼へ顔を見られないようにしたわけではないが、少しの間、流れる水を見ていたかった。アドリアンも何も言わずにいた。


 対岸を歩く子供が、菓子の包みを抱えていた。私はその包みを目で追い、思わず橋の真ん中を見た。


「ここに菓子屋があったら、今、買えるのにね」


 彼がこちらを見て、それから笑った。あの日と同じように、欄干へ掌を載せる。


「この橋なら、壊さずに済むかもしれない」

「お店を大きくしすぎなければ?」

「そこは、もう少し慎重に考える」


 真面目な声で答えたので、余計に笑ってしまった。彼も笑い、ひとつ息をついてから私を見た。その顔を、ずっと見たかった。


「大皿ができたのよ。菓子が少しだと、かえって寂しく見えるくらい大きいの」

「できたんだ。あんなに楽しみにしていたものね」

「持って帰る時、重くて。両手が塞がって、扉の鍵がなかなか出せなかったわ」


 話し始めると、ほかにも言いたいことがあった。新しい部屋の階段や、工房で見た皿の色。会わなかった日にあった小さなことが、順番もなく口から出かかった。

 風が吹き、髪が頬へかかった。アドリアンの手が上がりかけ、途中で止まった。私は自分で耳へ掛けた。触れてほしかったのに、それを頼むところまでは、まだ戻っていなかった。


「会いたかった」


 言ってから、また泣きそうになった。大皿の説明より、先にこれを言いたかったのだ。


「僕も、会いたかったよ」


 彼は笑わずに答えた。私は頷き、欄干を握り直した。ここで手をつないで帰れたらよかった。でも、都の話をしないままなら、また同じところで立ち止まってしまう。


「また、あなたと付き合いたいと思っているの」


 自分の声が震えていた。彼の顔を見ると、それを隠すための言葉を付け足せなくなった。


「でも、会えるかもしれないだけでは、前と同じ約束はできない。あなたが都で働いて、私はここで暮らして、それでも会える日は作れるのかしら」


 彼は一度ゆっくり頷いた。簡単にできるとは言わなかった。


「僕も、また君と会いたい。こちらの確認に戻れるように、都の担当へ条件はもう尋ねてある。その返事を見てから、どのくらい会いに来られるか、君にも話したい」

「私も、短い間なら会いに行けるか、考えてみるわ。ずっとそちらで暮らすのではなくて」

「うん。それも聞きたい」


 彼が一歩動いたので、私は顔を上げた。けれど、並んで帰ろうとするのではなく、通り道を空けただけだった。


「分かったことを、知らせてもいい?」

「ええ。聞かせて」


 待っているから、必ず、とまでは言わなかった。彼も、今のうちに約束してほしいとは言わなかった。

 別れ道で手を振る時、前ほど目を逸らさずに済んだ。帰ったら普段の財布とは別に、旅に使える分を確かめようと思った。橋の上で少し冷えた指を握り、私は家へ向かった。


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