第17話 私が選ぶ、次の窓
管理人と待ち合わせた朝、私は移転の条件を書いた紙を鞄へ入れ直した。昨夜も一度確かめたのに、補助の範囲と返事の期限がすぐに思い出せなくなる。部屋を決める用事を、一日ずつ先へ延ばしていた。
ロザリーは約束どおり角で待っていた。どちらがよさそうか見てほしいと頼んだのは私だったが、手を引いてもらわないと歩けないように思われるのは嫌だった。そんなことまで気にしている自分に疲れながら、隣へ並んだ。
「二つとも見るのでしょう?」
「ええ。先に見た方で決めてしまわないようにしたいの」
管理人の手に鍵が二つあるのを見て、私は一度だけ通りの先を見た。アドリアンは来ない。個別の移転は管理人が扱うと、ずっと前に決まっていた。
顔を合わせずに済むのがありがたかった。その一方で、私がどこへ行くのか、もう彼は知らなくてもいいのだと思うと、鞄の紐が重く感じられた。
確認した補助は、最初に聞いた基準のままだった。管理人から見学用の鍵を受け取り、私は一つ目の扉を自分で開けた。
最初の部屋は、入った時から使いやすそうだった。入口が広く、水を使う場所も近い。寝台を置いても卓のまわりを十分に歩けるし、荷物を運ぶ時にも困らなさそうだった。
窓を開けると、向かいの壁が近かった。部屋の奥へ振り向いてみる。晴れているのに、隅は夕方のようだった。
「冬は、昼間でも灯りが要るかしら」
「細かい縫い物をするなら、そうかもしれないわね」
ロザリーは窓辺へ立ち、自分の袖口を見た。私も持ってきた紙を開いてみた。字が読めないわけではない。ただ、朝、青い器を棚から取る時には、その色を見たいと思った。
二つ目は、階段を上るところから難しかった。二階まで長いわけではないが、一段ずつが高く、上で曲がるところも狭い。私は手すりへ手を置き、最後の段で息を整えた。
「大きな皿を持っていたら、足元が見えなくなるわ」
「その時には、私も呼んでちょうだい」
ロザリーも、少し息を弾ませていた。二人で笑ってから部屋へ入ると、窓の下に日が落ちていた。私は靴のままそこへ近づき、窓を開けた。
冷たい空気が頬を撫でた。今の部屋から見える通りとは違い、低い屋根の向こうに空が広い。鳥を置ける幅があるか、両手を離して測ってみた。置ける。二羽並べても、窓を開ける邪魔にはならなかった。
「好きなのは、こちらね」
ロザリーに言われて、私は振り返った。すぐ頷きかけたが、部屋の端まで歩いてみた。今の部屋より少し狭く、大皿を置く棚を決めないと、卓へ何も載らなくなりそうだった。
「住めるかどうか、もう少し見たいわ」
管理人に家賃をもう一度尋ね、紙へ書いた。毎月払う分は母の貸家の収入で足りる。けれど、引っ越した月だけでなく、冬の暖房や工房へ通う分まで残しておきたかった。
階段は帰りにも確かめた。手すりを使えば普通に下りられるが、両手いっぱいに買い物をするのはやめた方がよさそうだった。私は大皿を抱く格好をして下の段を見て、ロザリーに笑われた。
* * *
その日の午後、今の部屋の卓と棚を測り、見学先で控えた幅と比べた。寝台から窓までの間は狭くなる。それでも、隅に棚を置けば椅子は引けるし、大皿を重ねずにしまう場所も取れそうだった。
紙の裏へ家賃といつもの支出を書き、二度足し直した。余裕は多くないが、毎月貯める分までなくなるわけではなかった。窓が好きだから、あとのことを見なかったふりにはしたくなかった。
翌朝、私は管理人へ返事を持っていった。
「二つ目の、二階の部屋を借ります」
言ってから、胸のあたりが少し軽くなった。管理人は条件を読み合わせ、荷物を運べる日をいくつか挙げた。私は工房のある日を避け、来週の一日に印をつけた。
アドリアンが町を発つ五日前だった。その日が頭に浮かんだことは、口にしなかった。
荷運びの手配と補助の使い方を確かめ、鍵を受け取る日も決めた。旧い部屋の鍵を返すのは、移し終えて忘れ物を見たあとでよかった。まだ一週間近くは、あの窓で朝の茶を飲める。
外へ出ると、昼の匂いがした。朝食を半分残したことを思い出し、近くの店でパンを買った。歩きながら食べるのは行儀が悪いかもしれないが、一口目を待てなかった。
部屋へ戻って、使っていない本から箱へ入れ始めた。紙に包む時、背表紙を指で撫でる癖がついていることに気づく。返した都の案内書はもうないのに、棚の隙間を見るたび、そこを確かめてしまった。
窓辺の鳥は、二羽一緒に持ち上げた。下に薄く埃がついていたので拭き、実家から持ってきた時の布を広げる。折り目がまだ残っていて、どう包んだか思い出せた。
片方の尾がもう片方に当たらないよう、間へ布を挟んだ。アドリアンは、二羽の向きが違うのを面白がった。あの時と同じ向きに並べたくなり、私は包みかけた布を一度開いた。
けれど、これから置くのは別の窓だった。どちらを向けるかは、そこでまた考えればよかった。二羽を同じ布へ収め、箱の端で動かないように押さえた。
今日決めた部屋を彼に話したかった。階段が急で、あなたなら図面の話をしながらつまずきそうよと、からかいたかった。便箋へ手を伸ばしかけて、箱の蓋を取った。
移転案内には、共用部分の説明をする日の紙も入っていた。欠席の返事は出さず、鞄へ入れ直す。鳥のいなくなった窓から、いつもより広く夕方の空が見えた。
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