第12話 二人で行くなら
アドリアンに都の本を借りたいと言うと、翌日、茶色い布表紙の案内書を持ってきてくれた。通りや建物の絵が入り、巻末には折り畳んだ地図がついている。彼は私の隣に椅子を寄せ、以前歩いた道を指でなぞった。
「このあたりに、朝早くから開く店があるんだ。パンが大きくて、一つ食べると昼までお腹が空かない」
「それでは、次のお店へ行けないわ」
「半分ずつにすればいい」
彼が当然のように言ったので、私は地図から顔を上げた。半分に分けたパンの切り口や、それを食べる彼の口元まで浮かんでしまう。笑うと、何かおかしいかと聞かれ、何でもないと首を振った。
閉じようとする地図の角へ、青い器を置いた。彼はその器を少し動かして、公園へ続く道を見せる。二人で朝食を食べ、仕事のない日にはここを歩きたい。口に出すたび、まだ見たことのない町が近くなった。
「この本、しばらく借りていてもいい?」
「もちろん。気になるところを見ておいて」
帰り支度を始めた彼の袖を、私は引いた。顔を近づけると、彼は手に取りかけていた上着を椅子へ戻した。自分から口づけたのに、腰へ手が回るとまた胸が騒いだ。もう少し、と言わなくても、すぐには離されなかった。
彼が帰ったあとも、地図は片づけなかった。器を置く棚のある部屋がいいと思った。大皿は棚に入るだろうかと考え、まだ行くと答えてさえいないことを思い出した。
翌日の午後、私はロザリーを訪ねた。聞いてほしかったのは、知らない町のことより、彼と半分ずつ食べる朝食のことだったらしい。話す間に二度も笑われ、私も途中から隠すのをやめた。
「それで、昼間はどうするの?」
「昼間?」
「アドリアンが仕事へ行ったあとのことよ。都なら、見て歩くところも多いのでしょうけれど」
膝に置いた手を見た。思い浮かべたのは、二人で朝起きるところと、夕方にまた会うところばかりだった。その間を何時間過ごすのか、考えていなかった。
「陶芸を続けたいわ。向こうにも、教えてくれるところはあると思うの」
「あなたの大皿も、もうすぐ焼けるものね。見せ合う前に行かれたら困るわ」
「出発は、まだ先よ」
ロザリーは茶を注ぎ足した。私の碗へ入れてから、自分のものへも少しだけ足す。その手が止まり、彼女は正直に言えば寂しくなる、と続けた。
「私もよ。今みたいに、思いついてあなたの家へ来られないもの」
「ええ。でも、寂しくなるからといって、私が決めるわけにはいかないでしょう。行くなら、どんなところか教えてね」
私は温かい碗を両手で持った。残れば安心すると言ってもらうつもりで来たのではない。行けば彼女が寂しがると聞いても、都の朝食を諦める気にはならなかった。
部屋へ戻り、本を開き直した。今度は公園や菓子店だけでなく、陶器を扱う通りや貸間の案内も探した。地図には書き込めないので、必要な道を別の紙へ写した。
翌日、工房へ行った折に都で教えてもらえる場所を尋ねると、主人は知っている工房を一つ教えてくれた。習える曜日や費用は、直接問い合わせたほうがいいという。私は住所を書き留め、最初の手紙には何を尋ねようかと考えた。
案内書の貸間の料金を目安に、手元の帳面で家賃と食費を比べた。母の貸家から受け取る分は、都へ行ったからといって増えない。彼と一緒に住むならどれだけ出すのか、自分の部屋を借りるなら何を控えるのか、どちらも確かめたかった。
小さな部屋を一つ借り、彼の家へ遊びに行くのはどうだろう。朝から一緒にいられない日は増えても、自分の机で本を読んだり、作りたい器の形を描いたりできる。けれど夜、帰るために彼の手を離すところを想像すると、それも惜しかった。
どちらかを今選ばなくてもよかった。彼も案を見れば、私が思いつかなかったことを言うだろう。二人で住む部屋に机を二つ置く、というだけで済むのかもしれない。
写した地図には、彼が通う場所と、私が行ってみたい工房の印が離れていた。道の長さを見ていると、都はこの町よりずっと大きかった。仕事の終わる時刻も、会える曜日も聞いておこうと、余白へ書き足した。
その日の夕方、私は紙を畳んで鞄に入れた。アドリアンに会えば、また地図の前で話ができる。別に部屋を持つ案を言ったら驚くかもしれないけれど、その前に、一緒に行くことを真剣に考えたと伝えたかった。
仕事場を訪ねると、彼は机から顔を上げて笑った。手にした封筒を片づけ、私を中へ招いた。
「ちょうど君に会いたかった。今日、都へ返事を送ったんだ」
「返事?」
「仕事を引き受けると。もう、いつまでも考えている段階じゃないと思ってね」
私は鞄の留め金に触れたまま、頷いた。彼が何を望んでいるかは、川辺で聞いている。私の返事がなければ仕事を決めてはいけない、と言うつもりもなかった。
それでも、二人で考えようと持ってきた紙が、急に遅れて届いたもののように思えた。彼は出発へ向かって進んでいた。私はまだ、昼間をどう過ごしたいか、ようやく書けたところだった。
「住まいも、よさそうな候補がある。二人で暮らせる広さで、仕事場から近いんだ」
「二人で……」
「君も気に入ると思う。今、間取りを出すよ」
朝食の話をあんなに楽しそうにしたのは私だった。工房も調べると話したし、行きたくないとは一度も言っていない。彼が喜んで用意したものを、勝手だと言うのも違う気がした。
彼は机の上を空け、折った紙を広げかけた。私はまだ立ったまま、鞄を抱えていた。
「明日、ゆっくり見せて。私からも、相談したいことがあるの」
彼は少し不思議そうな顔をしたが、分かったと答えた。私は笑って帰る挨拶をした。鞄の中の紙には、彼の指が一度も触れなかった。
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