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夏祭りの金魚  作者: 横田 真


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第十三章 八百円の牛串

 神輿が行ってしまうと、道はまた人で埋まった。


 ぼくらは歩き出した。


 誰も何も言わないまま、五人で固まって歩いていた。

 さっきまでみたいに、二人と二人と一人ではなかった。かといって、話しているわけでもない。


 空気は、まだ戻っていなかった。


 拓海が、急に止まった。



   ◇



 屋台の前で止まった。


 鉄板の上で、串に刺した肉が焼かれている。脂が落ちて、火が上がって、煙が出る。

 その煙が、ぼくらの方に流れてきた。


 いい匂いだった。今日一日で、一番いい匂いだったかもしれない。


 値段の紙が、屋台の柱に貼ってあった。


  牛串 八百円


 五人とも、それを見た。


 誰も何も言わなかった。


 八百円というのは、たこ焼きより高い。かき氷二杯分より高い。ぼくの残りの金額の、ほとんどだ。

 高すぎる、とぼくは思った。たぶん、全員が同じことを思っていた。


 拓海が、財布を出した。


「一本」


 拓海はそう言って、千円札を一枚出した。おつりを受け取って、ポケットに突っ込んだ。



   ◇



 焼き上がった串を、拓海は受け取って、そのまま杏に差し出した。


 何も言わずに。


 杏は、一瞬、拓海の顔を見た。それから串を受け取って、端の方を小さくかじった。


「……おいしい」


 それが、この日ずっと下を向いていた杏の、最初の言葉だった。


 杏は美咲に渡した。美咲が一口食べて、健太に渡した。


「うまい」


 健太が言った。三口分くらい食べていた。美咲が「多い」と言って取り上げた。


 それがぼくのところに来た。


 串はもうぬるくなりかけていて、肉は残り三分の一もなかった。

 ぼくは一口食べた。


 たしかに、うまかった。


 でも、うまいという感じよりも先に、五人で一本を回しているという事実の方が、頭に入っていた。


 最後に拓海が食べた。買った本人が、一番最後になった。


「高すぎ」


 美咲が言った。


「うるさいな」


 拓海が言った。


 でも、さっきとは声が違っていた。



   ◇



 ぼくは、少し離れた店に行った。


 アイスの店だった。冷凍のケースが置いてあって、その中にカップのアイスが並んでいる。


 一つ二百円。


 ぼくは指で数えた。二百、四百、六百、八百、千。


 五個で、ちょうど千円だ。


 財布を開けた。びりびり、と鳴った。

 千円札が一枚、入っている。


 最後の一枚だった。


 これを使ったら、何も残らない。


 ぼくはその千円札を、しばらく指でつまんでいた。

 残しておく理由を探していた。でも、思いつかなかった。


「五つください」


 言えた。


 自分でも意外なくらい、普通の声が出た。



   ◇



 両手で五つ抱えて戻ると、四人が並んで立っていた。


 ぼくは、一つずつ渡した。


 杏に。美咲に。健太に。拓海に。


 誰も、何も聞かなかった。どこで買ったとか、いくらしたとか、なんで五つなのかとか。

 拓海が「お」と言って、健太が「わ」と言った。それだけだった。


 ぼくは最後の一つを持って、四人の横に並んだ。


 五人で、立ったまま食べた。


 人が横を通り過ぎていく。誰かがぶつかって、健太が「あぶな」と言った。

 道の向こうでは、まだ太鼓が鳴っている。


 誰も座れる場所がないから、五人とも立っていた。



   ◇



「優真くん」


 美咲が、ぼくの顔を見て言う。


「ありがと」


「うん」


 今日、何回も言った「うん」とは違う。


 口の中で、アイスがゆっくり溶けていく。


 溶けきるまで、誰も何も言わなかった。



   ◇



 杏が、ぼくの右手をのぞきこんだ。


「まだ生きてるね」


 袋の中で、金魚が向きを変えた。


 水はもうすっかりぬるくて、少し白く濁ってきていた。それでも動いている。


「名前つけろよ」


 健太が言った。


「名前?」

「つけた方がいいって。うち、犬に名前つけたら死ななくなった」

「意味わかんない」


 美咲が言って、みんなが少し笑った。


 ぼくは、袋を目の高さまで持ち上げた。


 名前は、思いつかなかった。



   ◇



 時計は七時五十分をさしていた。


「そろそろ行こ」


 美咲が言った。


 誰も反対しなかった。


 ぼくらは、来た道を戻り始めた。人の流れに逆らう向きだったから、進むのに時間がかかった。


 拓海が前を歩いて、健太がその横にいて、美咲と杏が並んで、ぼくが最後についていく。


 財布は空だった。

 右手には袋があった。


 あと十分で、八時になる。

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