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第6話 千年前の英雄とエルフの盟約

王都の空に現れた光の柱は、夜明けになっても消えなかった。

領都ベルグの住民たちは不安そうに空を見上げ、神の怒りではないかと囁き合っていた。神殿の陰謀が発覚してから、まだ数日しか経っていない。人々の間には、神々への信仰を失いかけている者もいれば、逆に罰を恐れて祈りを捧げる者もいた。

レオン・グレイヴは領主館の執務室で報告書を読んでいた。

神聖騎士団の動員。

第一聖騎士アシュレイの復活。

王国軍の再編成。

そして、北方エルフ族の使者が領都へ向かっているという情報。

事態は急速に動いていた。

「レオン様」

エリシアが扉を開けた。

「王都から新しい密書が届きました」

「カイルからか」

「はい」

レオンは封筒を受け取り、封印を解いた。

《第一聖騎士アシュレイが復活》

《神聖騎士団三千人を率いて北西へ進軍予定》

《王国軍も協力する模様》

《王都内部では、レオン様を異端者として処刑すべきとの意見が強まっています》

レオンは手紙を机に置いた。

「三千人か」

エリシアが尋ねた。

「迎え撃ちますか」

「いや」

「では、撤退を?」

「それもしない」

レオンは地図を広げた。

「敵の目的を確認する」

「私たちを討伐することでは?」

「表向きはな」

レオンは王都から北西辺境領へ続く街道を指さした。

「しかし、三千人もの神聖騎士を動員するには莫大な費用がかかる。しかも、第一聖騎士まで復活させた」

「それほど私たちを危険視しているのではありませんか」

「もちろん、それもある」

レオンは頷いた。

「だが、敵が本当に恐れているのは、この領地に眠る古代文明の遺産だ」

エリシアは黙った。

「つまり、神殿はレオン様を排除するだけでなく、地下施設を奪おうとしているのですね」

「その可能性が高い」

レオンは地図の北部を指さした。

「そして、そこにはエルフの森がある」

エリシアが顔を上げた。

「エルフ族との同盟ですか」

「ああ」

「しかし、彼らは人間を信用していません」

「当然だ」

レオンは静かに答えた。

「王国は長年、彼らを迫害してきた」

エルフ族は北方の深い森に暮らしていた。

長命で、魔法に優れ、自然との調和を重んじる種族。しかし、人間の王国が領土を拡大する過程で、森の一部を焼き払われ、多くの同胞を失っていた。

現在では、エルフ族の大半が人間との交流を拒絶している。

レオンは前の人生で、北方戦線の補給路を確保するためにエルフ族との交渉を試みたことがあった。

しかし、王国軍の強硬派が交渉を妨害し、結果として関係はさらに悪化した。

その失敗を、彼は覚えていた。

「今度は、同じ過ちを繰り返さない」

レオンは呟いた。

その日の午後、領都ベルグに一人の女性が到着した。

長い金髪。

緑色の外套。

背中には銀色の弓。

エルフ族の使者リーナ・アルセイドだった。

彼女は領主館の広間へ案内された。

レオンが姿を現すと、リーナは軽く頭を下げた。

「あなたがレオン・グレイヴ?」

「そうだ」

「思っていたより普通の人間ね」

「どんな人間だと思っていた」

「もっと恐ろしい顔をした男かと」

レオンは苦笑した。

「期待を裏切ったようだな」

リーナは微笑んだ。

「少しだけ」

エリシアは二人の会話を聞きながら、不思議そうな顔をしていた。

「リーナ殿。わざわざ王都を経由して来られたそうですね」

「ええ。少し事情があって」

リーナは表情を引き締めた。

「私たちの森が危険なの」

レオンは椅子を勧めた。

「詳しく聞こう」

リーナは地図を広げた。

北方森林地帯。

その中央に、赤い印がつけられていた。

「三か月前から、森の奥で奇妙な現象が起きているの」

「奇妙な現象?」

「木々が枯れ、動物たちが姿を消し、夜になると地面から青い光が立ち上る」

レオンは目を細めた。

「魔力汚染か」

「最初はそう思った。でも違った」

リーナは続けた。

「森の地下から、何かが魔力を吸い上げている」

レオンはセレナを見た。

セレナの表情が険しくなっていた。

「まさか……」

「心当たりがあるのか」

「ある」

セレナは地図を指さした。

「ここには、古代文明の精神収集施設があった」

リーナが驚いた。

「なぜ知っているの?」

「昔、少し関わっていた」

セレナは曖昧に答えた。

レオンは考え込んだ。

大陸全土に七つ存在する精神収集装置。

その一つが北方の森にある。

神殿はすでに施設を起動し、森の魔力を吸い上げているのだろう。

「リーナ」

レオンが尋ねた。

「エルフ族は、どれほどの被害を受けている」

リーナの表情が曇った。

「村が三つ消えた」

エリシアが息を呑んだ。

「消えた?」

「住民も、家も、木々も。何も残っていないの」

リーナは震える声で続けた。

「まるで、最初から存在しなかったみたいに」

レオンは黙った。

単なる魔力汚染ではない。

存在そのものを消去する現象。

神々の世界再編計画と関係している可能性が高かった。

「わかった」

レオンは立ち上がった。

「調査隊を派遣する」

リーナは驚いた。

「本当に?」

「ああ」

「でも、私たちは人間の王国と敵対しているのよ」

「私は王国を代表しているわけではない」

レオンは静かに答えた。

「北西辺境領の責任者として、隣人を助けるだけだ」

リーナはしばらく彼を見つめていた。

やがて、小さく微笑んだ。

「あなた、変わった人ね」

セレナが笑った。

「それは私も何度も言った」

しかし、レオンはすぐに出発を決めなかった。

領地の防衛体制を整える必要があったからだ。

神聖騎士団三千人。

その背後には王国軍がいる。

さらに、第一聖騎士アシュレイという未知の戦力も存在する。

レオンは軍議を開いた。

参加者はエリシア、ガルド、ユリウス、オルフェン、セレナ、そしてリーナだった。

「まず、現状を確認する」

レオンは地図を広げた。

「領地の常備兵力は三百四十人。訓練中の民兵を含めても五百人程度だ」

ガルドが頷いた。

「敵は三千人。六倍以上です」

「正面から戦えば勝てない」

エリシアが言った。

レオンは頷いた。

「だから、正面から戦わない」

ユリウスが尋ねた。

「どのような作戦を?」

「防衛線を三段階に分ける」

レオンは地図に線を引いた。

第一防衛線は山岳地帯。

第二防衛線は黒水川。

第三防衛線は領都ベルグ。

「敵を領都へ近づけないことが重要だ」

ガルドが尋ねた。

「山岳地帯で迎え撃つのですか」

「いや。山岳地帯では進軍速度を遅らせる」

「どうやって?」

「街道を封鎖し、橋を管理し、補給経路を限定する」

レオンは続けた。

「敵が進軍するには、こちらの指定した経路を通らなければならないようにする」

ユリウスが頷いた。

「敵の行動を制限するわけですね」

「そうだ」

レオンは黒水川を指さした。

「第二防衛線では、魔力防壁を展開する」

エリシアが尋ねた。

「魔力結晶を使うのですか」

「ああ。地下鉱脈の魔力を利用して、川沿いに防壁を構築する」

「第三防衛線は?」

「領都の住民を守るための最終防衛線だ」

レオンは静かに答えた。

「だが、そこまで敵を進ませるつもりはない」

その日の夜、レオンは地下研究施設へ向かった。

黒岩修道院から回収した資料をもとに、新しい魔力装置の開発が進められていた。

研究責任者は、領内に住む老鍛冶師ドランだった。

ドランは七十歳を超えていたが、魔力加工技術では王国随一の腕を持っていた。

「監察官様」

ドランが頭を下げた。

「試作品が完成しました」

「見せてくれ」

ドランは巨大な金属製の装置を指さした。

中央には青い魔力結晶が埋め込まれ、周囲には複雑な魔法陣が刻まれている。

「魔力蓄積炉です」

レオンは頷いた。

「稼働試験は?」

「成功しました。通常の魔力炉の十倍以上の出力があります」

「安定性は?」

「まだ不十分です」

ドランは正直に答えた。

「長時間稼働させると、魔力の流れが不安定になります」

レオンは装置に触れた。

《魔力構造解析》

《魔力蓄積炉・試作型》

《出力:基準値の十二倍》

《安定率:六十八パーセント》

《改善可能》

レオンは内部構造を調べた。

魔力の循環経路に無駄がある。

結晶の配置も最適ではない。

彼は紙を取り出し、新しい設計図を描き始めた。

「ここに補助回路を追加する」

ドランが覗き込んだ。

「なるほど……」

「さらに、魔力結晶を三角形に配置する」

「それなら、魔力の逆流を防げますな」

「そうだ」

レオンは設計図を渡した。

「明日までに改良してくれ」

ドランは目を輝かせた。

「承知しました!」

翌朝、魔力蓄積炉の改良型が完成した。

《安定率:九十九・二パーセント》

《出力:基準値の十五倍》

レオンは満足そうに頷いた。

「これで防衛線を構築できる」

しかし、その直後、予想外の報告が届いた。

神聖騎士団が進軍を開始したという。

しかも、第一聖騎士アシュレイが単独で先行しているらしい。

「単独で?」

エリシアが驚いた。

「はい」

伝令の兵士が答えた。

「白い鎧をまとった男が一人、街道を歩いています」

レオンは考え込んだ。

アシュレイは千年前の英雄。

魔王セレナを封印した存在。

その戦闘能力は未知数だった。

しかし、単独で行動しているなら、交渉の機会がある。

「会いに行く」

レオンは立ち上がった。

エリシアが慌てた。

「危険です!」

「わかっている」

「では、なぜ」

「相手が何を考えているか知りたい」

レオンは剣を腰に下げた。

「戦う前に、話してみる」

セレナが立ち上がった。

「私も行く」

「いや」

レオンは首を振った。

「お前は残れ」

「なぜだ」

「アシュレイはお前を封印した男だ。姿を見れば、交渉が成立しなくなる可能性がある」

セレナは不満そうだった。

しかし、しばらく考えて頷いた。

「わかった」

レオンはエリシアと二人で街道へ向かった。

昼過ぎ、山岳地帯の入口で一人の男を発見した。

白銀の髪。

黄金の鎧。

腰には長い剣。

第一聖騎士アシュレイだった。

彼は静かに歩いていた。

レオンが近づくと、足を止めた。

「レオン・グレイヴか」

「そうだ」

「神々の命令により、お前を処刑する」

アシュレイは淡々と告げた。

レオンは動かなかった。

「理由を聞こう」

「世界秩序を乱した」

「具体的には?」

「神聖監察官を破壊し、古代魔王を解放した」

「神聖監察官は私を殺そうとした。魔王については、すでに封印が解かれていた」

アシュレイは表情を変えなかった。

「理由は関係ない」

「では、何が関係する」

「神々の命令だ」

レオンは静かに尋ねた。

「神々の命令なら、無実の人間を殺しても構わないのか」

アシュレイは答えなかった。

「千年前、あなたは魔王を封印したそうだな」

「そうだ」

「なぜ殺さなかった」

アシュレイの瞳がわずかに動いた。

「何?」

「魔王を倒せるほどの力があったなら、殺すこともできたはずだ」

沈黙が流れた。

レオンは続けた。

「それとも、殺せなかった理由があるのか」

アシュレイは剣の柄に手をかけた。

「余計なことを知る必要はない」

「では、別の質問をしよう」

レオンは静かに言った。

「千年前、あなたは何を守ろうとしていた」

アシュレイの動きが止まった。

「……」

「神々か。それとも、人間か」

長い沈黙が続いた。

やがて、アシュレイは低い声で答えた。

「人間だ」

「ならば、今も同じではないのか」

レオンは一歩近づいた。

「神々は人間の精神を集め、世界をつくり直そうとしている。あなたは、それを知っているのか」

アシュレイの表情が変わった。

「何を言っている」

「世界再編計画だ」

レオンは懐から資料を取り出した。

黒岩修道院で回収した記録だった。

「ここに、神殿が進めている計画の証拠がある」

アシュレイは資料を受け取った。

目を通す。

最初は無表情だった。

しかし、次第に眉間に皺が寄った。

「これは……」

「神々は、人間を守ろうとしていない」

レオンは静かに告げた。

「人間を材料として使おうとしている」

アシュレイは資料を握りしめた。

「偽造だ」

「そう思うなら、自分で調べればいい」

レオンは続けた。

「私は逃げない。調査が終わるまで、ここにいる」

アシュレイはしばらく黙っていた。

やがて、資料を返した。

「三日だ」

「何?」

「三日間、猶予を与える」

レオンは頷いた。

「十分だ」

「ただし」

アシュレイは剣を抜いた。

その刃から、白い光が立ち上った。

「三日後、証拠が偽りだと判明すれば、お前を処刑する」

レオンは静かに答えた。

「構わない」

アシュレイは剣を収めた。

そして、来た道を戻っていった。

エリシアは深く息を吐いた。

「寿命が縮みました」

「まだ生きている」

「冗談を言っている場合ではありません」

レオンは苦笑した。

「すまない」

しかし、彼の表情はすぐに真剣になった。

三日間。

その間に、アシュレイが神々の計画を理解するかどうか。

それが今後の戦局を大きく左右する。

領都へ戻ると、リーナが待っていた。

「森の状況が悪化しているわ」

彼女は焦っていた。

「昨日、新たに二つの村が消えた」

レオンの表情が険しくなった。

「被害が拡大しているのか」

「ええ」

「わかった。すぐに出発する」

レオンは軍議を開き、エリシアに領地の防衛を任せた。

「私が戻るまで、神聖騎士団への警戒を続けろ」

「承知しました」

「ガルドは黒水川の防衛線を担当」

「了解!」

「ユリウスは補給と交易路の確保を頼む」

「はい」

レオンはセレナとリーナを連れて、北方森林地帯へ向かった。

森に入ると、空気が変わった。

木々は巨大で、幹には青白い紋様が浮かんでいる。

鳥の声が聞こえず、風もほとんど吹いていなかった。

リーナが呟いた。

「昔は、もっと美しい森だったの」

レオンは周囲を見渡した。

《領域支配・索敵》

《広域魔力異常を検出》

《魔力吸収地点:北東二十キロメートル》

《生命反応:急速減少》

「急ごう」

三人は森の奥へ進んだ。

数時間後、巨大な空白地帯に到着した。

そこには、何もなかった。

木も、草も、土も。

地面そのものが消え、黒い空間が広がっていた。

リーナは立ち尽くした。

「ここには……村があったの」

レオンは空白地帯を調べた。

《魔力構造解析》

《空間消去術式を検出》

《古代文明技術:存在削除》

《危険度:極大》

レオンは眉をひそめた。

存在削除。

単に物質を破壊するのではなく、空間から存在そのものを取り除く技術だった。

セレナが低い声で言った。

「神々は、実験を始めている」

「実験?」

「世界再編計画の予備試験だ」

レオンは黙った。

もし、この技術が大陸全土で使われれば、都市も国家も一瞬で消える。

「装置はどこだ」

「森の中心部よ」

リーナが答えた。

「世界樹の根元にある」

世界樹。

エルフ族が神聖視する巨大な樹木。

その根は大陸全土の魔力脈とつながっていると伝えられていた。

レオンは目を細めた。

「なるほど」

神殿が世界樹を利用しているなら、魔力を広範囲に集められる。

しかし、同時に世界樹を破壊すれば、森全体が死ぬ可能性がある。

「装置だけを止める必要がある」

三人は世界樹へ向かった。

やがて、巨大な樹木が姿を現した。

幹の直径は百メートル以上。

枝は雲を突き抜け、葉は青白い光を放っている。

しかし、その半分は黒く変色していた。

根元には、巨大な金属製の装置が埋め込まれていた。

周囲には神官たちが配置されている。

さらに、黒い鎧をまとった兵士が数十人いた。

リーナが弓を構えた。

「私が援護する」

セレナは微笑んだ。

「では、私は兵士を片づけよう」

レオンは頷いた。

「殺すな。拘束するだけでいい」

「またそれか」

セレナは呆れたように笑った。

しかし、素直に従った。

黒い鎖が地面から伸び、兵士たちを拘束した。

リーナは弓を放ち、神官たちの杖を撃ち落とした。

レオンは装置へ近づいた。

《魔力構造解析》

《精神収集装置・第二施設》

《稼働率:九十二パーセント》

《世界樹との接続を確認》

《停止方法:不明》

レオンは装置に触れた。

魔力の流れを調べる。

世界樹の根から膨大な魔力が吸い上げられていた。

さらに、その魔力は空間消去術式へ送られている。

「厄介だな」

セレナが近づいた。

「何かわかったか」

「装置と世界樹が一体化している」

「つまり?」

「無理に破壊すれば、世界樹も死ぬ」

リーナの顔が青ざめた。

「そんな……」

レオンは考え込んだ。

魔力を切断することはできない。

ならば、魔力の流れを逆転させればどうか。

しかし、それでは世界樹へ過剰な魔力が流れ込み、内部から崩壊する可能性がある。

《戦略演算》

《停止方法を検索》

《通常停止:不可能》

《強制破壊:世界樹消滅》

《魔力逆流:危険》

《因果干渉:可能》

《必要代償:寿命三十年》

レオンは目を細めた。

またしても因果干渉。

神々の装置は、通常の方法では止められないよう設計されている。

だが、前回の経験がある。

必ず別の方法があるはずだった。

「リーナ」

「何?」

「世界樹は、自分で魔力を制御できるのか」

「ええ。世界樹には意思があると伝えられているわ」

「意思?」

「私たちエルフは、世界樹の声を聞くことができる」

レオンの目が輝いた。

「ならば、世界樹に協力してもらおう」

リーナは驚いた。

「どういうこと?」

「世界樹自身が魔力の流れを変えれば、装置との接続を切り離せるかもしれない」

「でも、世界樹は弱っている」

「だから、力を貸す」

レオンは古代支配核を取り出した。

青白い光が広がる。

《領域支配》

《世界樹との接続を試行》

《接続拒否》

レオンは眉をひそめた。

世界樹は外部からの干渉を拒んでいる。

当然だった。

神殿の装置によって苦しめられているのだから。

「リーナ」

「何?」

「世界樹に伝えてくれ」

「何を?」

「私は敵ではない、と」

リーナは世界樹の幹に手を触れた。

目を閉じる。

静かな時間が流れた。

やがて、彼女の身体が青白い光に包まれた。

「世界樹が……」

リーナは震える声で呟いた。

「あなたに会いたいと言っている」

レオンは驚いた。

「私に?」

「ええ」

その瞬間、世界樹の幹が開いた。

内部に、光の通路が現れた。

セレナの表情が変わった。

「まさか……」

「何だ」

「世界樹の中枢だ」

レオンは通路を見つめた。

「行ってみよう」

彼は一人で内部へ入った。

通路は青白い光に満たされていた。

壁には無数の文字が浮かんでいる。

それは古代文明の言語だった。

レオンが進むにつれて、文字が意味を持ち始めた。

《世界管理機構》

《生命維持系統》

《第零領域》

《管理者権限》

やがて、巨大な空間へ到着した。

中央には、一人の少女が立っていた。

銀色の髪。

白い衣装。

透き通るような肌。

その瞳は、深い緑色だった。

「ようこそ」

少女が微笑んだ。

「レオン・グレイヴ」

レオンは足を止めた。

「君は?」

「私は世界樹の意思」

少女は答えた。

「そして、この世界の最初の管理者」

レオンの表情が変わった。

「管理者?」

「そう」

少女は静かに頷いた。

「神々が現れるよりも前から、この世界を守ってきた存在よ」

レオンは黙った。

少女は続けた。

「あなたが時間を戻したことも知っている」

「なぜだ」

「時間の流れを管理しているのは、私だから」

レオンは息を呑んだ。

セレナは、自分を過去へ戻したのは彼女だと言っていた。

しかし、世界樹の少女は別のことを言っている。

「セレナは、自分が私を戻したと言った」

少女は微笑んだ。

「彼女は嘘をついていない」

「どういう意味だ」

「セレナは、私に願ったの」

少女は静かに答えた。

「あなたを救ってほしい、と」

レオンは言葉を失った。

魔王セレナ。

千年前に世界を滅ぼしかけた存在。

その彼女が、なぜ自分を救おうとしたのか。

少女は続けた。

「あなたは、世界を変える可能性を持っている」

「可能性?」

「神々は、この世界を何度もつくり直してきた」

レオンは眉をひそめた。

「何度も?」

「そう。文明が発展し、神々の支配を超えようとするたび、世界は初期化されてきた」

少女は手を上げた。

空中に無数の映像が浮かんだ。

巨大な都市。

空を飛ぶ船。

光り輝く塔。

そして、それらが一瞬で消滅する光景。

「これは……」

「過去の世界よ」

少女は答えた。

「神々は、自分たちの支配を維持するため、文明を破壊してきた」

レオンは黙って映像を見つめた。

「そして、今回も同じことが起きようとしている」

少女は続けた。

「でも、あなたにはそれを止める力がある」

「なぜ私なんだ」

「あなたは神々の計算から外れた存在だから」

レオンは考え込んだ。

世界管理機構。

能力の解放。

時間のやり直し。

それらはすべて、神々の支配に対抗するための仕組みだったのか。

「私に何を望む」

少女は微笑んだ。

「世界を守ってほしい」

レオンはしばらく黙っていた。

そして、静かに答えた。

「私は世界を救う英雄ではない」

少女は首を傾げた。

「では、何者なの?」

「ただの軍師だ」

レオンは答えた。

「守りたい人間がいる。そのために戦うだけだ」

少女は微笑んだ。

「それで十分よ」

彼女は右手を差し出した。

その掌には、小さな緑色の結晶が載っていた。

「これを受け取って」

「何だ」

「世界樹の核の一部」

少女は答えた。

「あなたの領域支配能力を拡張するものよ」

レオンは結晶を受け取った。

《世界樹の核を取得》

《領域支配能力を拡張》

《新能力:生命共鳴》

《新能力:広域魔力調整》

《新能力:自然再生》

青白い光が身体を包んだ。

少女は続けた。

「これで、世界樹の魔力を制御できる」

「装置を止められるのか」

「ええ」

レオンは頷いた。

「ありがとう」

少女は微笑んだ。

「ただし、一つだけ覚えておいて」

「何だ」

「神々は、あなたを本気で排除しようとしている」

「承知している」

「違うの」

少女の表情が険しくなった。

「あなたが思っている以上に、神々は残酷よ」

その瞬間、世界樹の内部が激しく震えた。

《警告》

《外部からの神聖干渉を検出》

《世界樹中枢への攻撃開始》

少女の顔色が変わった。

「もう来た……」

レオンは剣を抜いた。

「誰が?」

少女は震える声で答えた。

「第一聖騎士アシュレイ」

レオンは息を呑んだ。

三日間の猶予を与えたはずの男。

その彼が、なぜここにいるのか。

少女は続けた。

「神々が、彼の意思を奪ったの」

レオンの視界に赤い文字が浮かんだ。

《第一聖騎士アシュレイ》

《精神支配状態:完全》

《神格権限:最大解放》

《世界樹破壊命令を確認》

レオンは静かに目を細めた。

「なるほど」

神々は、アシュレイが真実を知ることを恐れたのだ。

だから、彼の意思を奪った。

そして、世界樹を破壊させようとしている。

「ならば」

レオンは剣を握り直した。

「今度は、彼を救う」

少女は驚いた。

「敵なのに?」

「敵だからといって、見捨てる理由にはならない」

レオンは通路へ向かった。

「それに、あの男は千年前、人間を守るために戦った英雄だ」

彼は振り返らずに続けた。

「神々の道具として終わらせるには、惜しい」

世界樹の外では、激しい戦闘が始まっていた。

黄金の鎧をまとったアシュレイが、巨大な光の剣を振るっている。

セレナは黒い翼を広げ、攻撃を防いでいた。

リーナは弓を放ち、神聖騎士たちを牽制している。

しかし、アシュレイの力は圧倒的だった。

「魔王セレナ」

アシュレイの声が響いた。

「千年前の罪を償え」

セレナは歯を食いしばった。

「まだ、そんなことを言っているのか!」

「神々の命令は絶対」

「お前は昔からそうだった!」

セレナは叫んだ。

「自分で考えようともしない!」

アシュレイの剣が振り下ろされた。

黒い防壁が砕ける。

セレナが吹き飛ばされた。

「セレナ!」

リーナが叫んだ。

アシュレイは世界樹へ剣を向けた。

「世界秩序の修正を開始する」

巨大な光の柱が立ち上った。

その瞬間、世界樹の幹から青白い光が放たれた。

レオンが現れた。

「そこまでだ」

アシュレイが振り返った。

「レオン・グレイヴ」

「約束を破るとは、英雄らしくないな」

「神々の命令に従う」

「自分の意思はどうした」

アシュレイは答えなかった。

その瞳には、感情がなかった。

レオンは剣を構えた。

《魔力構造解析》

《精神支配術式を確認》

《解除方法を検索》

《通常解除:不可能》

《神格権限への干渉が必要》

レオンは静かに息を吐いた。

「やはり、簡単ではないか」

アシュレイが剣を振り上げた。

レオンは動かなかった。

彼の視界には、敵の攻撃軌道が表示されていた。

《戦略演算・最大起動》

《勝率:零・八パーセント》

レオンは微笑んだ。

「十分だ」

そして、世界樹の根が一斉に動き始めた。

《生命共鳴》

《広域魔力調整》

《領域支配》

三つの能力が接続された。

地面から巨大な根が伸び、アシュレイの四肢を拘束する。

しかし、黄金の剣が一閃した。

根が切断される。

レオンは後退した。

「セレナ!」

「何だ!」

「アシュレイの精神支配を解除する方法を知っているか!」

セレナは傷ついた身体を起こした。

「ある!」

「何だ!」

「神々との契約を断ち切ることだ!」

「どうやって?」

セレナは一瞬、躊躇した。

そして叫んだ。

「千年前の記憶を取り戻させろ!」

レオンは目を細めた。

「記憶?」

「アシュレイは、神々に記憶を封印されている!」

レオンはアシュレイを見た。

黄金の鎧。

七つの聖印。

無表情な瞳。

千年前の英雄。

その過去には、神々に隠された秘密がある。

「なるほど」

レオンは剣を収めた。

リーナが叫んだ。

「何をしているの!」

「戦わない」

「殺されるわよ!」

「わかっている」

レオンはアシュレイへ歩み寄った。

「アシュレイ」

「排除対象を確認」

「千年前、あなたは何を守ろうとしていた」

「神々の命令に従う」

「違う」

レオンは静かに言った。

「あなたは人間を守ろうとしていた」

アシュレイの動きがわずかに止まった。

「……」

「そして、神々に裏切られた」

アシュレイの瞳が揺れた。

「否定……」

「あなたの記憶は封印されている」

レオンは続けた。

「思い出せ。千年前、何が起きた」

アシュレイの身体が震え始めた。

黄金の鎧から赤い光が漏れ出す。

《精神支配術式に異常》

《記憶封印が不安定化》

レオンは一歩近づいた。

「あなたは、誰を守ろうとしていた」

アシュレイの口が動いた。

「……人間……」

「誰のために戦った」

「……妹……」

セレナの表情が変わった。

「アシュレイ……」

レオンは続けた。

「妹の名前は?」

長い沈黙が流れた。

やがて、アシュレイは震える声で答えた。

「……セレナ」

世界が静まり返った。

リーナが息を呑んだ。

レオンはセレナを見た。

彼女は青ざめていた。

「まさか……」

アシュレイはゆっくりと顔を上げた。

その瞳から、一筋の涙が流れた。

「セレナ……」

魔王セレナ。

千年前に世界を滅ぼしかけた存在。

そして、第一聖騎士アシュレイの妹。

二人は、かつて同じ家族だった。

神々によって引き裂かれ、敵同士として戦わされていたのだ。

セレナは震える声で呟いた。

「兄さん……」

その瞬間、アシュレイの黄金の鎧が砕け散った。

七つの聖印が消滅する。

《精神支配解除》

《神格契約破棄》

《第一聖騎士アシュレイ・解放》

アシュレイは膝をついた。

セレナが駆け寄った。

二人は千年ぶりに向き合った。

「兄さん……」

「セレナ……」

アシュレイは震える手を伸ばした。

「すまなかった」

セレナは首を振った。

「もういい」

二人は静かに抱き合った。

レオンはその光景を見つめていた。

神々は、兄妹を敵同士として利用していた。

そして、千年もの間、互いを憎ませ続けていた。

「許せないな」

レオンは小さく呟いた。

そのとき、世界樹の少女の声が響いた。

『ありがとう、レオン』

レオンは顔を上げた。

『あなたのおかげで、世界樹の封印を守ることができた』

青白い光が森全体へ広がった。

黒く変色していた木々が、少しずつ緑を取り戻していく。

《精神収集装置・第二施設停止》

《世界樹の魔力循環回復》

《北方森林地帯の浄化開始》

リーナは涙を浮かべていた。

「森が……戻っていく……」

レオンは頷いた。

「まだ完全ではない」

「でも、希望がある」

リーナは微笑んだ。

「ありがとう」

数日後、北方エルフ族の長老会議が開かれた。

レオンは使者として招かれた。

巨大な樹木の内部につくられた広間には、数十人の長老たちが集まっていた。

長老の一人が尋ねた。

「人間の軍師よ。なぜ、我々を助けた」

レオンは答えた。

「隣人だからだ」

長老たちは顔を見合わせた。

「それだけか」

「それだけだ」

「見返りは求めないのか」

「同盟を結びたいとは思っている」

レオンは正直に答えた。

「だが、助けたことを理由に同盟を強制するつもりはない」

長老たちは沈黙した。

やがて、最年長の長老が口を開いた。

「我々は、人間を信用していない」

「当然だ」

レオンは頷いた。

「王国は、あなた方を長年迫害してきた」

「それを知っていて、同盟を求めるのか」

「過去を消すことはできない。しかし、未来は変えられる」

レオンは続けた。

「私は、種族によって人間の価値を決める国をつくるつもりはない」

長老たちは静かに聞いていた。

「エルフも、人間も、魔族も、同じ土地で生きられる国だ」

最年長の長老はしばらく考え込んだ。

そして、静かに頷いた。

「よかろう」

広間がざわめいた。

「北方エルフ族は、北西辺境領と盟約を結ぶ」

リーナが微笑んだ。

レオンは深く頭を下げた。

「感謝する」

こうして、北西辺境領とエルフ族の同盟が成立した。

エルフ族は魔法技術と森林資源を提供し、北西辺境領は食料と防衛支援を行う。

さらに、共同で古代文明の研究を進めることが決まった。

しかし、その夜、レオンのもとに新たな警告が届いた。

《世界管理機構からの通知》

《神聖騎士団の指揮系統が変更されました》

《新指揮官:第二聖騎士》

《兵力:三千》

《進軍再開》

レオンは地図を見つめた。

アシュレイを解放したことで、神々は別の指揮官を送り込んだ。

しかも、今度は交渉の余地があるとは限らない。

セレナが尋ねた。

「どうする」

レオンは静かに答えた。

「領都へ戻る」

「戦うのか」

「必要ならば」

レオンは立ち上がった。

「だが、今度は私たちだけではない」

彼は窓の外を見た。

森にはエルフ族の戦士たちが集まり始めていた。

弓兵。

魔法使い。

精霊術師。

その数は千人以上。

さらに、アシュレイも協力を申し出ていた。

千年前の英雄。

魔王セレナ。

エルフ族。

そして、北西辺境領の兵士たち。

かつて敵同士だった者たちが、一つの目的のために集まり始めている。

レオンは静かに微笑んだ。

「これで、ようやく戦える」

そのころ、王都アルヴェインでは、第二聖騎士が神聖騎士団の前に立っていた。

黒い鎧。

赤い瞳。

そして、背中には四枚の黒い翼。

その名はヴェルナー。

神々によってつくられた、完全な戦闘兵器だった。

「第一聖騎士は裏切った」

ヴェルナーの声が響いた。

「魔王と結託し、神々への忠誠を捨てた」

騎士たちは沈黙していた。

「我々の使命は、世界秩序を守ることだ」

ヴェルナーは巨大な剣を抜いた。

「北西辺境領を消滅させる」

三千人の神聖騎士が一斉に剣を掲げた。

その背後には、王国軍の大部隊が集結していた。

さらに、巨大な攻城兵器が運び込まれている。

神殿は、もはやレオンを捕らえるつもりはなかった。

領地そのものを消し去るつもりだった。

ヴェルナーは北西の空を見つめた。

「レオン・グレイヴ」

彼は冷たく呟いた。

「お前のつくる国など、この世界には必要ない」

そして、進軍命令が下された。

神聖騎士団三千。

王国軍五千。

合計八千の大軍が、北西辺境領へ向けて動き始めた。

一方、領都へ戻る途中のレオンは、エリシアからの密書を受け取っていた。

《敵軍八千、進軍開始》

《黒水川防衛線、構築完了》

《領民の避難準備、進行中》

《至急帰還されたし》

レオンは手紙を閉じた。

「八千か」

アシュレイが尋ねた。

「勝てると思うか」

レオンは少し考えた。

そして答えた。

「勝てる」

「根拠は?」

「敵は、こちらの戦力を正しく理解していない」

レオンは地図を広げた。

「そして何より、敵の軍隊には重大な弱点がある」

アシュレイが目を細めた。

「弱点?」

「神々への依存だ」

レオンは静かに答えた。

「神の力が使えなくなれば、あの軍隊は普通の兵士に戻る」

セレナが笑った。

「まさか、神の加護を消すつもりか」

「その通りだ」

レオンは頷いた。

「八千人の軍隊を倒す必要はない」

彼は王都から伸びる街道を指さした。

「神々との接続を断ち切ればいい」

アシュレイは驚いた。

「そんなことが可能なのか」

レオンは静かに微笑んだ。

「可能にする」

その瞳には、すでに次の戦いの勝利が見えているかのような確信があった。

しかし、彼はまだ知らなかった。

神々が用意した本当の切り札が、軍隊ではないことを。

そして、その切り札が、すでに領都ベルグの内部へ潜入していることを。

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