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第5話 神殿の陰謀

深夜零時を告げる鐘が鳴り終わるころ、レオン・グレイヴは領主館の地下室にいた。

石造りの机の上には、南の街道で襲撃された商人が持っていた魔力灯が置かれている。外見は領地の工房で製造された試作品とほとんど変わらなかった。しかし、内部には精神干渉の術式が巧妙に組み込まれていた。

《魔力構造解析・起動》

《精神支配術式を確認》

《術式起動まで、残り七十一時間》

《対象範囲:領都ベルグ全域》

レオンは眉をひそめた。

装置は一つではない。

領都のどこかに、同じ構造を持つ魔力灯が大量に持ち込まれているはずだった。

「エリシア」

「はい」

「領内の商人名簿を持ってきてくれ」

「すでに用意しています」

彼女は厚い帳簿を机に置いた。

そこには、過去三か月間に領都へ出入りした商人の名前が記録されていた。

レオンは素早くページをめくった。

「この三週間で、王都から来た商人が急に増えているな」

「はい。新しい監察官が赴任したという噂を聞き、交易を再開しようとしているのだと思っていました」

「違う」

レオンは一つの名前を指さした。

「聖光商会」

エリシアが頷いた。

「神殿と関係の深い商会です」

「この商会だけで、魔力灯を三百個以上持ち込んでいる」

「三百個……」

「さらに、別名義の商会を使っている可能性がある」

レオンは帳簿を閉じた。

「すぐに調査隊を編成する」

「何人必要ですか」

「二十人。武装は最小限でいい」

「危険ではありませんか」

「敵はまだ、こちらが計画に気づいたことを知らない」

レオンは静かに答えた。

「その優位を利用する」

翌朝、領都ベルグでは普段と変わらない朝が始まっていた。

市場には農夫たちが野菜を並べ、職人たちは工房へ向かい、子どもたちは広場で遊んでいた。

しかし、街のあちこちで奇妙な光景が見られた。

青白い光を放つ魔力灯が、無料で配られていたのである。

「神殿からの贈り物です!」

白い法衣をまとった若い神官が声を張り上げていた。

「新しい時代の光を、皆様の家庭へ!」

人々は喜んで受け取っていた。

燃料も必要なく、長期間使える照明器具。

貧しい領民にとっては、夢のような道具だった。

一人の老婆が神官に頭を下げた。

「こんな立派なものを、ただでいただいてよろしいのですか」

「もちろんです」

神官は優しく微笑んだ。

「神は、すべての人々を平等に愛しておられます」

その様子を、建物の陰からガルドが見ていた。

彼は部下に小声で命じた。

「配布場所を全部調べろ。神官の人数も確認するんだ」

「了解です」

兵士たちは人混みに紛れた。

一方、レオンは領主館で魔力灯の解析を続けていた。

精神支配術式そのものは、すでに理解していた。

問題は起動方法だった。

《魔力構造解析》

《遠隔起動機構を検出》

《起動信号の発信源:不明》

《推定距離:半径五十キロメートル以内》

「五十キロか」

レオンは地図を広げた。

領都を中心に円を描く。

範囲内には、山岳地帯、廃鉱山、古い砦、そして神殿の小さな修道院があった。

その修道院は、王国成立以前から存在していると伝えられていた。

「ここだな」

レオンは指を置いた。

黒岩修道院。

領都から北東へ三十キロメートル。

現在は廃墟となっているはずだった。

しかし、最近になって修道士たちが戻ってきたという報告がある。

エリシアが尋ねた。

「修道院へ向かいますか」

「いや、まだだ」

「なぜですか」

「敵の目的が、単なる精神支配とは思えない」

レオンは魔力灯を見つめた。

この装置は、人々を操るだけなら必要以上に複雑だった。

内部には、精神干渉術式のほかに、魔力を集める回路が存在していた。

つまり、人間の精神から何らかのエネルギーを回収する仕組みになっている。

《追加解析》

《精神活動エネルギーの収集機構を確認》

《収集先:不明》

レオンの表情が険しくなった。

「なるほど」

エリシアが尋ねた。

「何かわかりましたか」

「神殿は人々を操るだけではない」

「では?」

「人間を魔力の供給源にするつもりだ」

エリシアは息を呑んだ。

「そんなことが……」

「古代文明では、人間の意識そのものを魔力へ変換する技術が研究されていたらしい」

レオンは続けた。

「この装置が起動すれば、領都の住民は思考を奪われ、同時に生命力を消費させられる」

「死んでしまうのですか」

「長期間使用されれば、そうなる」

エリシアは拳を握った。

「許せません」

「だから止める」

レオンは立ち上がった。

「まず、配布された魔力灯を回収する。ただし、強制的に奪うな」

「理由を説明するのですね」

「そうだ。危険性を知らせ、代替品を渡す」

「代替品は足りますか」

「工房に増産を命じてある」

エリシアは頷いた。

「すぐに手配します」

そのころ、王都アルヴェインの大神殿では、アドルフ大司教が巨大な魔法陣の前に立っていた。

床には無数の金色の線が描かれ、中央には黒い結晶が浮かんでいる。

大司教の背後には、十二人の高位神官が跪いていた。

「北西辺境領の準備は進んでいるか」

「はい」

一人の神官が答えた。

「魔力灯はすでに五百個以上配布されました」

「足りぬ」

大司教は冷たく告げた。

「最低でも千個必要だ」

「しかし、領地側の監視が厳しくなっています」

「レオン・グレイヴか」

「はい」

大司教は目を細めた。

「やはり、あの男は危険だ」

彼は黒い結晶へ手をかざした。

すると、空中に青白い文字が浮かび上がった。

《世界再編計画》

《第一段階:精神収集》

《第二段階:神格再構築》

《第三段階:世界初期化》

大司教はその文字を見つめた。

「神々の意志は絶対だ」

背後の神官たちが一斉に唱えた。

「神々の意志は絶対」

しかし、その中に一人だけ、顔色の悪い若い神官がいた。

彼の名はノア。

まだ二十歳になったばかりの見習い神官だった。

ノアは、神殿の本当の目的を知ってしまった。

人々を救うための光。

そう説明されていた魔力灯が、実際には人々の精神を奪う装置だったのである。

ノアは震える手を握りしめた。

このままでは、大勢の人々が犠牲になる。

しかし、神殿に逆らえば処刑される。

彼は迷っていた。

その夜、ノアは密かに大神殿を抜け出した。

向かった先は王都の下町だった。

そこで、彼は一人の若い書記官と会った。

カイル・フェルン。

レオンの副官エリシアの弟である。

「本当に、あなたがレオン様の協力者なのですか」

ノアが尋ねた。

カイルは頷いた。

「そうです」

「証拠は?」

カイルは小さな銀の徽章を見せた。

それは王国軍の戦略顧問室で使われていたものだった。

ノアは深く息を吐いた。

「時間がありません」

「何が起きるのですか」

「三日後、北西辺境領で大規模な儀式が行われます」

「儀式?」

「住民の精神を集めるための儀式です」

カイルの表情が変わった。

「詳しく聞かせてください」

ノアは震える声で説明を始めた。

神殿が魔力灯を配布していること。

魔力灯が精神支配装置であること。

そして、その装置によって集められた力が、王都地下の古代兵器へ送られること。

カイルは黙って聞いていた。

「なぜ、そんなことを」

「わかりません」

ノアは首を振った。

「ただ、大司教は世界を新しくつくり直すと言っていました」

カイルは息を呑んだ。

世界再編計画。

レオンから聞かされていた言葉だった。

「あなたは、これからどうするつもりですか」

ノアは答えた。

「神殿を裏切ります」

「危険ですよ」

「わかっています」

ノアは真剣な表情で続けた。

「ですが、人々を犠牲にする神が本当に正しいのなら、私はその神を信じたくありません」

カイルは静かに頷いた。

「では、一緒に戦いましょう」

二人は握手を交わした。

その瞬間、路地の奥で足音が響いた。

黒い外套をまとった男たちが現れた。

神殿の暗殺部隊だった。

「裏切り者を確認」

先頭の男が呟いた。

ノアの顔が青ざめた。

「見つかった……」

カイルは剣を抜いた。

「逃げてください!」

「でも……」

「ここは私が!」

暗殺者たちが一斉に襲いかかった。

カイルは剣で応戦した。

しかし、相手は五人。

しかも全員が魔法を使う。

すぐに追い詰められた。

「くっ……」

一人の暗殺者が背後へ回り込む。

短剣が振り下ろされた。

その瞬間、空中から一本の矢が飛んできた。

暗殺者の腕に突き刺さる。

「何者だ!」

屋根の上に、一人の女性が立っていた。

緑色の外套をまとい、長い金髪を風になびかせている。

手には銀色の弓。

「通りすがりの狩人よ」

女性は微笑んだ。

「でも、五人がかりで二人を襲うなんて、見過ごせないわね」

次の瞬間、三本の矢が放たれた。

暗殺者たちの武器が弾き飛ばされる。

カイルは驚いた。

「あなたは……」

女性は屋根から軽やかに飛び降りた。

「リーナ・アルセイド」

彼女は名乗った。

「北方の森に住むエルフよ」

暗殺者たちは一斉に後退した。

エルフ。

人間より長命で、魔力の扱いに優れた種族。

しかし、王国では長年にわたり迫害されていた。

「なぜ、エルフが王都に……」

カイルが尋ねると、リーナは肩をすくめた。

「探している人がいるの」

「誰ですか」

「レオン・グレイヴ」

カイルの表情が変わった。

「レオン様を?」

「そう」

リーナは微笑んだ。

「彼に会えば、私たちの森を救えると聞いたの」

そのころ、北西辺境領では、レオンが黒岩修道院への潜入準備を進めていた。

同行するのはエリシア、ガルド、そしてセレナ。

兵士は連れていかない。

少人数で敵の中枢へ侵入するためだった。

「本当に四人だけで行くのですか」

エリシアが尋ねた。

「大人数では目立つ」

「しかし、敵の戦力が不明です」

「だから調査する」

レオンは地図を広げた。

「修道院の地下には、古代文明の施設がある可能性が高い」

セレナが頷いた。

「黒岩修道院か。懐かしい名だ」

「知っているのか」

「かつて、あそこには神々の研究所があった」

「研究所?」

「人間の精神を魔力へ変換する実験施設だ」

エリシアの顔が険しくなった。

「そんな場所が、今も残っているのですか」

「残っている。封印されているはずだがな」

レオンは考え込んだ。

神殿は古代文明の技術を利用している。

しかも、その技術は神々と直接つながっている。

つまり、今回の事件は単なる地方の陰謀ではない。

世界再編計画の一部だった。

「出発する」

レオンは立ち上がった。

四人は夜明け前に領都を出た。

山道を進むにつれて、周囲の景色は荒涼としていった。

枯れた木々。

黒い岩肌。

動物の気配すらない森。

やがて、山の中腹に巨大な石造りの建物が現れた。

黒岩修道院。

かつては数百人の修道士が暮らしていたという。

しかし、今は窓が板で塞がれ、門には錆びた鉄鎖が巻かれていた。

「廃墟にしか見えませんね」

ガルドが呟いた。

レオンは目を閉じた。

《領域支配・索敵》

《地下構造を解析》

《生命反応:百二十七》

《魔力反応:多数》

《地下施設:稼働中》

「百二十七人いる」

レオンが告げた。

ガルドが驚いた。

「そんなに?」

「しかも、地下に巨大な魔法陣がある」

セレナの表情が険しくなった。

「やはり、封印が解かれている」

レオンは周囲を見渡した。

修道院の裏手には、古い排水路があった。

「そこから入る」

四人は排水路へ向かった。

内部は狭く、湿っていた。

水はほとんど流れていない。

しばらく進むと、地下施設へ続く鉄格子が現れた。

ガルドが剣を抜いた。

「壊しますか」

「いや」

レオンは鉄格子に触れた。

《魔力構造解析》

《封印解除》

鉄格子の鍵が音もなく外れた。

四人は地下へ進んだ。

そこには、巨大な研究施設が広がっていた。

無数の魔力灯。

透明な管。

巨大な結晶。

そして、中央には円形の祭壇があった。

祭壇の周囲では、白い法衣をまとった神官たちが作業していた。

「準備を急げ!」

一人の神官が叫んでいた。

「大司教猊下の命令だ!」

レオンたちは物陰から様子を窺った。

神官たちは大量の魔力灯を箱から取り出し、祭壇の周囲へ並べている。

その数は千個以上。

エリシアが小声で言った。

「これが製造拠点……」

レオンは頷いた。

「いや、ここは製造と起動を兼ねた施設だ」

「どうしますか」

「まず、制御装置を調べる」

レオンは祭壇の中央を見つめた。

そこには、黒い結晶が浮かんでいた。

《魔力構造解析》

《古代精神収集装置》

《稼働率:七十八パーセント》

《起動予定まで、残り四十八時間》

レオンは眉をひそめた。

予定より早い。

神殿は儀式を前倒ししていた。

「急ぐ必要がある」

そのとき、背後で声が響いた。

「そこまでです」

四人が振り返ると、白い鎧をまとった騎士たちが立っていた。

数は二十人。

全員が魔力を帯びた剣を構えている。

先頭には、黒い法衣をまとった中年の神官がいた。

「ようこそ、レオン・グレイヴ殿」

神官は微笑んだ。

「お待ちしておりました」

レオンは静かに尋ねた。

「誰だ」

「私は神殿監察官ヴァルター」

神官は頭を下げた。

「あなたを異端者として裁くために派遣されました」

エリシアが剣を抜いた。

「レオン様、お下がりください」

しかし、レオンは動かなかった。

「私が来ることを予想していたのか」

「もちろんです」

ヴァルターは笑った。

「あなたほどの軍師なら、必ずここへ来ると考えていました」

「なるほど」

レオンは周囲を見渡した。

地下施設の出入口は封鎖されていた。

さらに、天井には魔力封印の結界が張られている。

《警告》

《魔力抑制結界を検出》

《能力使用制限:八十パーセント》

ガルドが舌打ちした。

「罠か!」

ヴァルターは満足そうに頷いた。

「この結界の中では、どれほど強力な魔法使いでも力を発揮できません」

レオンは静かに答えた。

「そうか」

「降伏してください」

「断る」

「では、仕方ありません」

ヴァルターが右手を上げた。

騎士たちが一斉に前進する。

しかし、その瞬間、セレナが笑った。

「愚かな人間どもだ」

彼女の瞳が金色に輝いた。

「この程度の結界で、私を封じられると思ったか」

巨大な魔力が地下施設を満たした。

騎士たちが足を止める。

ヴァルターの表情が変わった。

「まさか……」

セレナの額に金色の角が現れた。

黒い翼が背中から広がる。

「魔王……」

ヴァルターが震える声で呟いた。

「古代魔王セレナ……!」

セレナは微笑んだ。

「久しぶりだな、神殿の犬ども」

次の瞬間、地下施設全体が暗闇に包まれた。

騎士たちの悲鳴が響く。

しかし、レオンはセレナの腕を掴んだ。

「殺すな」

「何?」

「情報が必要だ」

セレナは不満そうに眉をひそめた。

「面倒な男だ」

「頼む」

「仕方ない」

彼女は指を鳴らした。

暗闇が晴れる。

騎士たちは全員、黒い鎖で拘束されていた。

ヴァルターも身動きが取れなくなっていた。

レオンは彼の前に立った。

「質問に答えてもらう」

ヴァルターは睨みつけた。

「異端者に話すことなどない」

「では、こちらから説明しよう」

レオンは祭壇を指さした。

「この施設は、住民の精神を収集するためにつくられた。集められたエネルギーは王都地下の古代兵器へ送られる」

ヴァルターの顔色が変わった。

「なぜ、それを……」

「さらに、世界再編計画というものが進められている」

レオンは続けた。

「神々は、この世界を一度破壊し、新しくつくり直そうとしている」

ヴァルターは沈黙した。

「違うか」

長い沈黙のあと、ヴァルターは笑った。

「そこまで知っているなら、話は早い」

「何?」

「神々の計画は、すでに止められません」

彼は顔を上げた。

「世界は腐敗した。人間は争い、魔族は破壊し、異種族は互いに憎み合う。神々は、そのすべてを終わらせようとしているのです」

「人々を殺してか」

「犠牲は必要です」

レオンは静かに答えた。

「その犠牲を決める権利が、神にあるとは思わない」

ヴァルターは笑った。

「人間ごときが神に逆らうとは」

「神であろうと、間違いは犯す」

「傲慢な」

「傲慢なのは、世界を勝手につくり直そうとしている者たちだ」

ヴァルターの表情が険しくなった。

「ならば、あなたは神々と戦うつもりですか」

「必要ならば」

レオンは即答した。

ヴァルターはしばらく黙っていた。

そして、不気味に微笑んだ。

「残念ですが、もう遅い」

その瞬間、祭壇の黒い結晶が赤く輝いた。

《警告》

《精神収集装置が強制起動》

《稼働率:百パーセント》

《領都ベルグへの精神干渉開始》

エリシアが叫んだ。

「レオン様!」

レオンは祭壇へ向かった。

しかし、巨大な魔力障壁が行く手を塞いだ。

ヴァルターが笑った。

「装置は私の生命反応と接続されています。私が死ねば暴走し、止めようとしても暴走する」

レオンは目を細めた。

「なるほど」

「どうしますか、軍師殿」

ヴァルターは嘲笑した。

「私を殺せば領民が死ぬ。殺さなければ領民の精神が奪われる」

レオンは黙っていた。

《戦略演算・起動》

《装置停止方法を検索》

《通常停止:不可能》

《強制破壊:領都への魔力逆流》

《推定死者数:千五百以上》

《因果干渉による停止:可能》

《必要代償:寿命二十年》

レオンは息を呑んだ。

二十年。

能力を使えば、二十年分の寿命を失う。

しかし、使わなければ多くの領民が死ぬ。

エリシアが彼の表情に気づいた。

「何か方法があるのですね」

「ああ」

「危険なのですか」

「少しな」

「嘘です」

彼女はレオンの腕を掴んだ。

「レオン様は、危険なときほど平然としています」

レオンは苦笑した。

「よく見ているな」

「副官ですから」

エリシアは真剣な表情で続けた。

「一人で背負わないでください」

レオンは黙った。

前の人生でも、彼女は同じようなことを言っていた。

北方戦線で兵士たちが孤立したとき。

王国軍の補給が途絶えたとき。

そして、レオンが処刑される直前まで。

彼女は最後まで、自分を支えようとしていた。

「そうだな」

レオンは静かに頷いた。

「今回は、一人で解決する必要はない」

彼はセレナを見た。

「この装置の構造を知っているか」

「知っている」

「停止方法は?」

「本来なら、中央制御核を破壊すれば止まる。しかし、今は人間の精神と接続されている」

「つまり、接続を切ればいい」

「そうだが、簡単ではない」

レオンは考えた。

装置そのものを破壊すれば暴走する。

ならば、魔力の流れを別の場所へ移せばいい。

《魔力構造解析》

《代替魔力経路を検索》

《地下鉱脈との接続可能》

レオンの目が輝いた。

「できる」

エリシアが尋ねた。

「何をするのですか」

「装置の魔力を、領地の地下鉱脈へ逃がす」

セレナの表情が変わった。

「待て。それでは地下の封印が……」

「わかっている」

「封印が弱まれば、あれが目覚めるぞ」

「だから、すべてを流すわけではない」

レオンは地図を広げた。

「地下鉱脈の一部を切り離し、独立した魔力貯蔵領域をつくる」

セレナは驚いた。

「そんなことが可能なのか」

「やってみる」

レオンは右手を地面へ向けた。

《地形掌握》

《領域支配》

《魔力構造解析》

三つの能力を同時に起動する。

地下の岩盤が動き始めた。

修道院の下に眠る魔力鉱脈が、少しずつ分離されていく。

《独立魔力貯蔵領域を構築》

《進行率:二十パーセント》

祭壇が激しく震えた。

ヴァルターが叫んだ。

「何をしている!」

レオンは答えなかった。

《進行率:四十パーセント》

地下施設の壁に亀裂が走った。

《進行率:六十パーセント》

魔力障壁が揺らぎ始めた。

《進行率:八十パーセント》

セレナが叫んだ。

「急げ! 領都への干渉が始まっている!」

レオンは魔力をさらに集中させた。

《進行率:百パーセント》

《独立魔力貯蔵領域・完成》

「今だ」

レオンは祭壇へ手を伸ばした。

魔力の流れを切り替える。

黒い結晶から伸びていた赤い光が、地下へ吸い込まれていった。

《精神収集装置の魔力経路を変更》

《領都への精神干渉を遮断》

《装置停止処理を開始》

祭壇の光が弱まった。

ヴァルターの表情が凍りついた。

「馬鹿な……」

やがて黒い結晶が砕け散った。

《特殊任務達成》

《神殿の陰謀を暴け》

《報酬:古代技術解放》

《新技術:魔力蓄積炉》

《新技術:精神防護結界》

《新技術:遠距離通信装置》

レオンは深く息を吐いた。

成功した。

領都の住民は救われた。

しかし、その瞬間、地下深くから奇妙な音が響いた。

巨大な何かが、ゆっくりと動くような音だった。

セレナの顔色が変わった。

「まずい……」

「どうした」

「地下の封印が反応している」

レオンの視界に赤い文字が浮かんだ。

《警告》

《封印領域に異常振動》

《世界崩壊級存在の覚醒率:一パーセント》

《残り封印期間:千七百九十日》

レオンは眉をひそめた。

封印期間が短くなっている。

今回の作戦によって、地下に眠る存在がわずかに覚醒したのだ。

「代償なしとはいかなかったか」

セレナが静かに言った。

「お前は一つの危機を防いだ。しかし、別の危機を早めた」

レオンは頷いた。

「ならば、その危機にも備える」

「簡単に言うな」

「難しいことは承知している」

レオンは地下施設を見渡した。

神官たちはすでに拘束されていた。

ヴァルターも抵抗を諦めている。

「エリシア」

「はい」

「施設内の資料をすべて回収しろ」

「承知しました」

「ガルド」

「はい!」

「捕虜を領都へ連行する。ただし、負傷者には治療を受けさせろ」

「了解!」

レオンはセレナを見た。

「この施設を再利用できるか」

「研究所としてなら可能だ」

「ならば破壊しない」

セレナは驚いた。

「神殿の施設を使うのか」

「技術そのものに善悪はない。使う人間の問題だ」

レオンは静かに答えた。

「ここを領地の研究所にする」

その日の夕方、四人は領都ベルグへ戻った。

街には平穏が戻っていた。

神殿から配布された魔力灯はすべて回収され、住民たちは事件の説明を受けていた。

レオンは広場に立ち、人々へ告げた。

「今回の事件では、神殿の一部が危険な装置を持ち込んでいた。しかし、すべての神官が関与していたわけではない」

人々は静かに聞いていた。

「信仰を持つことは自由だ。だが、誰かが神の名を使って命令したとしても、それが正しいとは限らない」

レオンは続けた。

「これから、この領地では信仰の自由を保障する。同時に、誰であっても法の下で裁く」

広場に拍手が起こった。

その夜、領主館では新しい報告が届いた。

王都からだった。

カイルの密書である。

《神殿内部に協力者を確保》

《精神収集計画の証拠を入手》

《エルフの使者がレオン様との面会を希望》

レオンは最後の一文に目を留めた。

「エルフの使者か」

エリシアが尋ねた。

「何か問題でも?」

「いや」

レオンは地図を広げた。

北方には広大な森林地帯がある。

エルフたちが暮らす森。

王国から迫害され、長年にわたって閉鎖的な生活を送ってきた種族だった。

しかし、その森には豊富な木材と薬草があり、古代文明の遺跡も存在していた。

「同盟の機会になるかもしれない」

エリシアは頷いた。

「使者を迎えますか」

「ああ」

レオンは静かに答えた。

「歓迎しよう」

そのとき、セレナが窓辺から振り返った。

「レオン」

「何だ」

「一つ、気になることがある」

「言ってみろ」

「神殿の精神収集装置だが、あれは本来、もっと大規模な施設で使うものだ」

「どういう意味だ」

「黒岩修道院の装置は、全体の一部にすぎない」

レオンの表情が険しくなった。

「ほかにもあるのか」

「ある」

セレナは頷いた。

「大陸全土に、七つ」

レオンは地図を見つめた。

七つの装置。

それらが同時に起動すれば、膨大な精神エネルギーが集められる。

そして、その力が王都地下の古代兵器へ送られる。

「つまり、今回の事件は始まりにすぎない」

「そうだ」

セレナは静かに答えた。

「神々は、すでに世界を滅ぼす準備を進めている」

レオンはしばらく黙っていた。

やがて、地図の上に七つの印をつけた。

「ならば、すべて止める」

セレナは目を細めた。

「一人でか」

「違う」

レオンは答えた。

「これから仲間を増やす」

彼は北方の森林地帯を指さした。

「まずはエルフだ」

そして、静かに微笑んだ。

「人間だけの国をつくるつもりはない」

セレナは驚いたように彼を見つめた。

「魔族も受け入れるのか」

「当然だ」

「敵だった者も?」

「敵であることをやめるならな」

セレナはしばらく黙っていた。

やがて、小さく笑った。

「本当に、お前は変わった男だ」

レオンは地図を閉じた。

「国とは、土地ではない」

彼は窓の外を見た。

領都ベルグには、家々の明かりが灯っていた。

以前は暗闇に包まれていた街。

今は人々が働き、子どもたちが笑い、少しずつ活気を取り戻している。

「そこに生きる人間たちが、国をつくるんだ」

セレナは何も言わなかった。

ただ、静かに微笑んでいた。

そのころ、王都の大神殿では、アドルフ大司教が黒い結晶の前に跪いていた。

「申し訳ございません」

彼の声は震えていた。

「北西辺境領の計画は失敗しました」

結晶の奥から、冷たい声が響いた。

『問題ない』

大司教は顔を上げた。

『計画は次の段階へ移行する』

「次の段階……ですか」

『レオン・グレイヴの排除を優先する』

大司教は深く頭を下げた。

「承知しました」

『ただし、通常の兵士では勝てない』

結晶が赤く輝いた。

『神聖騎士団を動員せよ』

大司教の顔色が変わった。

神聖騎士団。

王国軍とは別に、神殿が保有する最強の武装組織だった。

その兵士たちは神の加護を受け、通常の人間を遥かに超える力を持つ。

『さらに、封印されている第一聖騎士を解放する』

大司教は息を呑んだ。

「第一聖騎士……」

『そうだ』

結晶の奥から声が響いた。

『かつて魔王セレナを封印した男だ』

大司教は震えながら頷いた。

「必ずや、レオン・グレイヴを排除いたします」

結晶の光が消えた。

大神殿の地下深く。

巨大な石棺が、ゆっくりと開き始めた。

中には、一人の男が眠っていた。

白銀の髪。

黄金の鎧。

そして、胸には七つの聖印。

男はゆっくりと目を開いた。

「……何年経った」

暗闇の中で、冷たい声が響いた。

「また、魔王が現れたのか」

その瞳には、かつて世界を焼き尽くした戦争の記憶が宿っていた。

第一聖騎士アシュレイ。

千年前、魔王セレナを封印した英雄。

そして、神々に最も忠実な処刑人だった。

彼は石棺から立ち上がった。

「今度こそ、すべてを終わらせる」

その瞬間、王都の空に巨大な光の柱が立ち上った。

遠く離れた北西辺境領でも、その光は見えた。

レオンは窓辺に立ち、王都の方向を見つめた。

《警告》

《神格級戦闘存在の覚醒を確認》

《対象:第一聖騎士アシュレイ》

《危険度:測定不能》

《推奨対応:撤退》

レオンは静かに笑った。

「なるほど」

彼は剣を手に取った。

「今度の敵は、少し厄介そうだな」

セレナが隣に立った。

その顔には、初めて明確な恐怖が浮かんでいた。

「レオン」

「何だ」

「あいつとは戦うな」

「知り合いか」

セレナは震える声で答えた。

「千年前、私を殺しかけた男だ」

レオンは彼女を見た。

セレナは続けた。

「そして、あいつは神々の命令なら、都市一つを消し去ることもためらわない」

レオンはしばらく黙っていた。

やがて、静かに答えた。

「ならば、戦う前に考えることがある」

「何を?」

「どうすれば、あいつを敵にしなくて済むかだ」

セレナは驚いた。

「そんなことができると思うのか」

「わからない」

レオンは王都の方向を見つめた。

「だが、戦わずに勝つ方法があるなら、まずそれを探す」

夜空に光の柱が輝いていた。

神々の処刑人が目覚めた。

そして、世界の運命を変える新たな戦いが始まろうとしていた。

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