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第14話 戦わずして王国を奪う

王暦八百十二年、五月二十三日。

アルヴェイン王国の首都では、奇妙な噂が広がっていた。

世界を滅亡から救った軍師レオン・グレイヴが、実は神々と結託して王国を滅ぼそうとしていたというのである。

最初に噂を流したのは王宮の役人だった。続いて、王国軍の将校たちが同じ話を口にし始めた。市場では見知らぬ商人がレオンの悪事を語り、酒場では北西辺境領の兵士が王宮を占拠する計画を立てているという話まで広まっていた。

しかし、王都市民の反応は冷ややかだった。

「世界を救った人間が、どうして王国を滅ぼすんだ」

「それより、国王陛下は何をしていたんだ?」

「王宮に隠れていたらしいぞ」

「神殿の連中と同じじゃないか」

人々は噂を信じなかった。

それどころか、王宮への不信感が高まっていた。

王宮の執務室では、バルザック将軍が報告書を握り潰していた。

「馬鹿な……」

彼は低く呟いた。

「なぜ、誰も信じない」

傍らにいた情報将校が答えた。

「将軍、レオン・グレイヴの評判は想像以上です」

「評判など、いくらでも操作できる」

「しかし、王都市民の多くが、実際に彼の軍勢に救助されています」

バルザックは黙った。

世界初期化の混乱の中、北西辺境領の軍勢は王都市民を救助し、食料を配給し、負傷者を治療していた。

しかも、王国軍の兵士たちにも同じ支援を行っていた。

そのため、王都の人々は北西辺境領の兵士を敵だと思っていなかった。

「ならば、実際に事件を起こせ」

バルザックは命じた。

情報将校が顔を上げた。

「事件、ですか」

「北西辺境領の兵士が、市民を襲撃したことにする」

「しかし……」

「証拠など、後からつくればいい」

バルザックは冷たく言った。

「混乱を起こせ。死者が出ても構わん」

情報将校は青ざめた。

「承知しました」

彼は一礼して退出した。

バルザックは窓の外を見た。

王都の街路には、避難民のための仮設施設が並んでいた。

その多くは、レオンの軍勢が設置したものだった。

「レオン・グレイヴ……」

バルザックは呟いた。

「貴様は、人間を信じすぎる」

彼は机の上に置かれた黒い水晶へ手を伸ばした。

《第八補正機能》

《戦争誘導》

《社会不安生成》

《起動準備完了》

水晶が赤く輝いた。

《敵対感情増幅》

《集団対立誘導》

《対象:王都市民》

バルザックは笑った。

「人間など、少し恐怖を与えれば簡単に争い始める」

そのころ、中央記録庫では、レオンが王都の地図を見つめていた。

地図には赤い点がいくつも表示されていた。

エリシアが報告した。

「王都各地で、不自然な暴動の準備が確認されています」

「規模は?」

「少なくとも十二か所です」

「指揮系統は?」

「王国軍情報部につながっています」

レオンは頷いた。

「予想どおりだな」

セレナが腕を組んだ。

「バルザックという男、ずいぶん姑息だな」

「戦場では昔からそうだった」

レオンは答えた。

「自分の手を汚さず、他人に罪を押しつける」

エリシアが尋ねた。

「先に逮捕しますか」

レオンは首を振った。

「まだだ」

「なぜですか」

「バルザックを捕らえても、王国の問題は解決しない」

レオンは王都の地図を指さした。

「王国軍、貴族、神殿の残党。彼らは互いに利益を共有している」

「はい」

「バルザック一人を排除すれば、別の者が同じことを始める」

セレナが眉をひそめた。

「では、どうする」

レオンは静かに答えた。

「仕組みを変える」

彼は机の上に三枚の書類を並べた。

一枚目は、王国軍の兵站記録。

二枚目は、王宮の財政報告。

三枚目は、各地の地方領主から届いた陳情書だった。

「王国軍の兵士は、三か月分の給料を受け取っていない」

レオンは言った。

「王宮の財政は事実上破綻している」

エリシアが頷いた。

「それなのに、貴族への特別支出は続いています」

「ああ」

レオンは続けた。

「王国軍が戦争を続けられるのは、兵士たちが命令に従っているからだ」

セレナが尋ねた。

「当然ではないか」

「だが、給料も食料も支払われない軍隊が、いつまでも従うと思うか」

セレナは考え込んだ。

「なるほど」

レオンは静かに笑った。

「戦争を始める前に、兵士たちへ選択肢を与える」

彼は通信装置を起動した。

「ユリウス」

『はい』

「王国軍の補給拠点を調べろ」

『すでに調査しています』

「食料の残量は?」

『王都周辺の駐屯軍は、約五日分です』

「ベルグから運べる量は?」

『十日分なら、すぐに用意できます』

レオンは頷いた。

「十分だ」

エリシアが驚いた。

「王国軍へ食料を渡すのですか」

「ああ」

「敵になるかもしれない兵士たちですよ」

「だからこそだ」

レオンは静かに答えた。

「彼らが戦争をする理由をなくす」

翌朝、王都の各駐屯地へ大量の食料が届けられた。

小麦。

干し肉。

野菜。

保存食。

そして、医薬品。

荷車には、北西辺境自治領の紋章が描かれていた。

王国軍の兵士たちは驚いた。

「何だ、これは」

「辺境領からの支援物資らしい」

「敵じゃないのか」

「まだ戦争は始まっていないだろう」

兵士たちは顔を見合わせた。

そこへ、ユリウスが現れた。

「王国軍の皆さん」

彼は静かに言った。

「食料を届けに来ました」

駐屯地の隊長が尋ねた。

「条件は?」

「ありません」

「何?」

「兵士とその家族が飢えないようにするためです」

隊長は眉をひそめた。

「何か裏があるはずだ」

ユリウスは首を振った。

「我々は、王国軍と戦いたくありません」

彼は続けた。

「皆さんも、王都の市民を守るために兵士になったはずです」

隊長は黙った。

ユリウスは静かに言った。

「戦争が始まれば、市民が犠牲になります」

「……」

「その前に、考えていただきたい」

隊長はしばらく黙っていた。

そして、静かに尋ねた。

「本当に、条件はないのか」

ユリウスは頷いた。

「ありません」

兵士たちは食料を受け取った。

その日の夕方、王国軍の一部で命令拒否が発生した。

最初は小さな部隊だった。

しかし、翌日には三つの駐屯地へ広がった。

さらに、王都周辺の守備隊も戦闘命令への疑問を口にし始めた。

バルザックは激怒した。

「何をしている!」

彼は将校たちを怒鳴りつけた。

「反逆者の食料など、受け取るな!」

一人の将校が答えた。

「しかし、兵士たちは飢えています」

「王国軍の誇りはないのか!」

「誇りだけでは、家族を養えません」

バルザックは剣を抜いた。

「貴様……」

しかし、将校は動かなかった。

「将軍」

彼は静かに言った。

「兵士たちは、もう戦争を望んでいません」

バルザックは歯を食いしばった。

「ならば、望むようにしてやる」

彼は黒い水晶を起動した。

《第八補正機能》

《敵対感情増幅》

《対象:王国軍》

《戦争誘導開始》

その瞬間、王国軍の兵士たちの瞳に赤い光が浮かび始めた。

兵士たちは突然、怒りに震えた。

「辺境領の連中を殺せ!」

「反逆者を討て!」

駐屯地のあちこちで怒号が響いた。

将校たちは驚いた。

「何が起きている……」

そのころ、中央記録庫では、警告が響いていた。

《第八補正機能》

《精神干渉を検出》

《王国軍兵士の敵対感情を増幅》

エリシアが叫んだ。

「レオン様!」

レオンは頷いた。

「来たか」

セレナが尋ねた。

「どうする」

「精神干渉を遮断する」

ルシアが首を振った。

「第八補正機能は、通常の精神支配とは異なります」

「どう違う」

「人間がもともと持っている感情を増幅します」

レオンは考え込んだ。

「つまり、恐怖や怒りを利用するのか」

「はい」

「ならば、感情そのものを消す必要はない」

ルシアが驚いた。

「何?」

「増幅信号だけを切断すればいい」

レオンは制御盤へ手を置いた。

《第六補正機能》

《精神干渉解析》

《第八補正機能との接続を確認》

ルシアが頷いた。

「可能です」

「実行する」

《敵対感情増幅信号を遮断》

《対象:王都周辺》

《遮断開始》

王都全体に青い光が広がった。

赤い瞳の兵士たちが次々と正気を取り戻した。

「俺は……」

「何をしていたんだ?」

兵士たちは互いを見つめた。

ある者は剣を落とし、ある者は膝をついた。

その光景を見た将校たちは、戦慄した。

自分たちの意思が何者かに操られていたのである。

レオンは通信装置を起動した。

「王国軍の皆さん」

彼の声が各駐屯地へ響いた。

「今、皆さんは精神干渉を受けていました」

兵士たちは顔を上げた。

「その原因は、王宮内部に存在する第八補正機能です」

レオンは続けた。

「私は、皆さんに反乱を求めません」

彼は静かに言った。

「ただ、自分の意思で判断してください」

兵士たちは黙って聞いていた。

「王国を守ることと、特定の将軍に従うことは同じではありません」

その言葉が、兵士たちの心に残った。

数時間後、王国軍の四つの駐屯地が中立を宣言した。

続いて、王都守備隊の一部が戦闘行動を停止した。

さらに、地方軍からも同様の報告が届き始めた。

バルザックの計画は、少しずつ崩れていった。

しかし、彼は諦めなかった。

王宮の地下施設で、バルザックは黒い水晶を見つめていた。

《第八補正機能》

《戦争誘導失敗》

《対象部隊の離反率:三十八パーセント》

「馬鹿な……」

彼は呟いた。

「なぜだ……」

そのとき、背後から声が響いた。

「人間を数字だけで見ているからだ」

バルザックは振り返った。

そこには、レオンが立っていた。

エリシア、セレナ、アシュレイ、ガルド、ユリウスも一緒だった。

バルザックは剣を抜いた。

「レオン・グレイヴ!」

レオンは静かに答えた。

「久しぶりだな、将軍」

「どうやってここへ入った!」

「神殿の地下通路を使った」

レオンは答えた。

「お前が隠していた施設の位置は、すでに調べてある」

バルザックは笑った。

「ならば、ここで死ね!」

彼は黒い水晶へ手を伸ばした。

《第八補正機能》

《戦闘能力増幅》

《管理者強化》

黒い光がバルザックの身体を包んだ。

筋肉が膨張し、鎧が黒く染まる。

背中から巨大な翼が生えた。

「これが、神々の力だ!」

バルザックは叫んだ。

「貴様のような軍師に、私が負けるはずがない!」

彼は巨大な剣を振り上げた。

ガルドが前へ出ようとした。

しかし、レオンが手で制した。

「待て」

「ですが……」

「戦う必要はない」

レオンは静かに答えた。

バルザックは笑った。

「恐れたか!」

彼は剣を振り下ろした。

その瞬間、レオンは右手を上げた。

《領域支配》

《魔力供給経路解析》

《第八補正機能との接続確認》

巨大な剣がレオンへ迫った。

しかし、彼は動かなかった。

「切断」

静かな声が響いた。

バルザックの身体から黒い光が消えた。

巨大な翼が崩れ、剣が床へ落ちた。

「な……」

バルザックは呆然とした。

レオンは静かに言った。

「第八補正機能は、戦争による敵対感情を魔力へ変換している」

彼は続けた。

「しかし、王国軍が戦闘を拒否し、市民も暴動に加わらなければ、供給される魔力は減少する」

バルザックは歯を食いしばった。

「それがどうした!」

「お前の力は、他人の怒りに依存している」

レオンは静かに答えた。

「だから、その供給経路を切断した」

バルザックは膝をついた。

「馬鹿な……」

レオンは近づいた。

「終わりだ」

バルザックは突然、笑い始めた。

「終わり?」

彼は顔を上げた。

「本当に、そう思うのか」

レオンは眉をひそめた。

バルザックは続けた。

「貴様は、国王をどうする」

レオンは黙った。

「国王を倒すのか」

「必要なら、責任を問う」

「王国を奪うのか」

「奪うつもりはない」

バルザックは笑った。

「甘いな」

彼は続けた。

「王国を支配する者がいなければ、また争いが起きる」

レオンは静かに答えた。

「だから、支配者を一人にしない」

バルザックは黙った。

「王国の政治を、王宮だけで決める時代は終わりだ」

レオンは続けた。

「地方領主、市民、商人、農民、兵士。彼らが政治に参加できる仕組みをつくる」

バルザックは笑った。

「理想論だ」

「そうかもしれない」

レオンは頷いた。

「だが、少なくとも、お前のやり方よりは試す価値がある」

そのとき、施設の扉が開いた。

王国軍の兵士たちが入ってきた。

先頭には、王都守備隊長がいた。

「バルザック将軍」

彼は静かに言った。

「あなたを拘束します」

バルザックは驚いた。

「何だと!」

「王国軍への違法な精神干渉、王都市民への暴動扇動、国家財産の私的利用」

守備隊長は続けた。

「証拠は、すでに確保されています」

バルザックは怒鳴った。

「貴様ら、誰の命令で動いている!」

守備隊長は静かに答えた。

「王国法に基づいています」

バルザックは言葉を失った。

兵士たちが彼を拘束した。

レオンはその光景を見つめていた。

かつて、自分を裏切り、処刑へ追いやった男。

七度の時間軸で、何度も世界を破滅へ導いた男。

そのバルザックが、今はただの犯罪容疑者として連行されていく。

レオンは剣を抜かなかった。

復讐もしなかった。

それが、彼の選んだ結末だった。

しかし、問題はまだ残っていた。

王宮の玉座の間では、国王エドワード三世が怒りに震えていた。

「バルザックが逮捕された?」

宰相が頷いた。

「はい」

「誰が許可した!」

「王都守備隊が、独自の判断で……」

国王は玉座から立ち上がった。

「反逆だ!」

彼は叫んだ。

「全員、処刑せよ!」

しかし、誰も動かなかった。

近衛兵たちも、宰相も、ただ黙っていた。

国王は周囲を見渡した。

「なぜ動かぬ!」

宰相が静かに言った。

「陛下」

「何だ!」

「王国は、もはや以前の状態ではありません」

国王は息を呑んだ。

宰相は続けた。

「神殿の権威は失われ、王国軍も分裂しています」

「だから何だ!」

「各地の領主から、臨時議会の開催を求める書状が届いております」

国王は顔を赤くした。

「議会だと?」

「はい」

宰相は静かに答えた。

「王国の統治制度を見直す必要があると」

国王は怒鳴った。

「王国は、余のものだ!」

そのとき、玉座の間の扉が開いた。

レオンが入ってきた。

エリシアとアシュレイが続いた。

国王は顔を歪めた。

「レオン・グレイヴ!」

レオンは静かに一礼した。

「陛下」

「貴様、よくも余の前に姿を現せたな!」

「お話があります」

「聞く必要はない!」

国王は剣を抜いた。

近衛兵たちが動こうとした。

しかし、アシュレイが静かに前へ出た。

「陛下」

彼は言った。

「剣を収めてください」

国王は驚いた。

「貴様は……」

「第一聖騎士アシュレイです」

「伝説の英雄が、なぜ反逆者の味方をする!」

アシュレイは静かに答えた。

「私は、人々を守るために剣を取ったからです」

国王は黙った。

レオンは一歩前へ出た。

「陛下」

彼は静かに言った。

「王国を滅ぼすつもりはありません」

国王は冷たく笑った。

「ならば、何を望む」

「改革です」

「改革?」

「王国の統治制度を改めます」

国王は怒鳴った。

「余の許可なく、何を勝手な!」

レオンは首を振った。

「陛下の許可だけで決めるつもりはありません」

国王は息を呑んだ。

レオンは続けた。

「地方領主、市民代表、商人代表、農民代表、兵士代表による臨時議会を開催します」

「王の権限を奪うつもりか!」

「権限を分けるのです」

レオンは静かに答えた。

「王国を、一人の判断で滅ぼさないために」

国王は剣を握りしめた。

「貴様……」

レオンは続けた。

「王国軍の予算、税制、司法、地方行政。すべてを公開し、議会の監督下に置きます」

「認めん!」

「認めるかどうかは、議会で決めます」

国王は怒りに震えた。

「余は国王だぞ!」

レオンは静かに答えた。

「だからこそ、国民に対する責任があります」

長い沈黙が流れた。

やがて、宰相が前へ出た。

「陛下」

彼は静かに言った。

「臨時議会の開催を、お認めください」

国王は驚いた。

「貴様まで……」

宰相は頭を下げた。

「王国を存続させるためです」

続いて、近衛兵隊長も頭を下げた。

「陛下」

「……」

「我々は、王国を守るためにここにおります」

国王は周囲を見渡した。

誰も剣を抜かなかった。

誰もレオンを攻撃しなかった。

国王は、初めて自分が孤立していることを理解した。

「……好きにしろ」

彼は剣を床へ落とした。

「だが、余は退位せぬ」

レオンは頷いた。

「退位についても、法に基づいて審議されるべきでしょう」

国王は黙った。

こうして、アルヴェイン王国の臨時議会が招集されることになった。

三日後、王都の中央広場に巨大な議場が設置された。

各地から代表者が集まった。

貴族。

商人。

農民。

職人。

兵士。

エルフ族。

魔族。

獣人。

そして、神殿から離脱した神官たち。

議場には、さまざまな種族と言葉が飛び交っていた。

レオンは壇上に立った。

「皆さん」

彼は静かに語り始めた。

「私たちは、世界の滅亡を防ぎました」

議場が静まり返った。

「しかし、世界を救っただけでは、平和は続きません」

レオンは続けた。

「飢えがあれば、争いが起きる。差別があれば、憎しみが生まれる。権力が集中すれば、腐敗が起きる」

彼は議場を見渡した。

「だから、私たちは新しい仕組みをつくる必要があります」

農民代表が手を上げた。

「我々にも、発言権があるのですか」

レオンは頷いた。

「あります」

商人代表が尋ねた。

「税金は、どうなるのですか」

「公開された予算に基づいて決めます」

エルフ族の代表が尋ねた。

「人間以外の種族も、同じ権利を持てるのですか」

レオンは答えた。

「同じ法の下で保障されるべきです」

魔族の代表が立ち上がった。

「過去の戦争で奪われた土地は?」

レオンは頷いた。

「個別に調査し、公正な補償と解決を目指します」

議場では、次々と質問が出た。

反対意見もあった。

貴族の一部は特権の維持を求めた。

商人たちは税の軽減を要求した。

農民たちは土地の所有権を求めた。

エルフ族と魔族の間には、過去の戦争をめぐる対立もあった。

議論は紛糾した。

しかし、レオンは止めなかった。

セレナが小声で尋ねた。

「これでいいのか」

レオンは頷いた。

「ああ」

「ずいぶん騒がしいぞ」

「それでいい」

レオンは静かに答えた。

「争いをなくすことと、意見の違いをなくすことは別だ」

セレナは少し考えた。

そして、笑った。

「なるほどな」

議論は三日三晩続いた。

その結果、暫定的な統治改革案が採択された。

王国議会の設置。

王国財政の公開。

軍事行動への議会承認制度。

司法の独立。

地方自治の保障。

種族間の法的平等。

そして、王権の制限。

国王エドワード三世は強く反発したが、王国軍の大半が中立を維持し、地方領主たちも改革案を支持したため、最終的には暫定協定が成立した。

ただし、改革は始まったばかりだった。

古い制度を変えるには時間が必要であり、すべての対立が解消されたわけではない。

それでも、王国は内戦を回避した。

レオンは議場の外へ出た。

夕日が王都を赤く染めていた。

エリシアが隣へ歩いてきた。

「終わりましたね」

レオンは首を振った。

「まだだ」

「そうですね」

エリシアは微笑んだ。

「これからが大変です」

レオンは頷いた。

「王国の改革は、議会の仕事だ」

「では、私たちは?」

「ベルグへ帰る」

エリシアは驚いた。

「王都に残らないのですか」

「ああ」

レオンは静かに答えた。

「私が王都に居座れば、結局は新しい支配者になってしまう」

エリシアは頷いた。

「なるほど」

「それに、辺境領には仕事が山ほど残っている」

レオンは笑った。

「農地の整備、鉱山の開発、学校の建設、道路の整備」

エリシアも笑った。

「確かに」

そのとき、ガルドが駆け寄ってきた。

「レオン様!」

「どうした」

「ベルグから報告です!」

ガルドは一枚の書状を差し出した。

レオンは目を通した。

そして、眉をひそめた。

「……これは」

エリシアが尋ねた。

「何ですか」

レオンは静かに答えた。

「北方の国境で、異変が起きている」

書状には、こう記されていた。

《北方山脈に巨大な魔力反応》

《古代文明の施設と思われる構造物が出現》

《周辺の魔物が一斉に移動》

《現地調査隊、消息不明》

セレナが近づいてきた。

「何だ?」

レオンは書状を見せた。

セレナの表情が変わった。

「これは……」

「知っているのか」

セレナは頷いた。

「千年前、神々が封印した場所だ」

レオンは眉をひそめた。

「何を封印した」

セレナは静かに答えた。

「神々が恐れたものだ」

その瞬間、ルシアの通信が入った。

『レオン!』

「どうした」

『世界管理機構に、新しい異常が発生しています!』

「内容は?」

『第零補正機能の停止に伴い、古代封印の一部が解除されました』

レオンは息を呑んだ。

「封印?」

『はい』

ルシアは続けた。

『北方山脈の地下に、原初文明が封じた巨大な存在があります』

「何だ」

長い沈黙が流れた。

そして、ルシアは静かに答えた。

『世界をつくった文明が、最後まで制御できなかった存在です』

レオンは空を見上げた。

北方の空に、赤い光が浮かんでいた。

それは、巨大な目のようにも見えた。

セレナが呟いた。

「まさか……」

レオンは彼女を見た。

「何だ」

セレナは震える声で答えた。

「原初の魔王」

その瞬間、大地が揺れた。

遠く北方の山脈から、巨大な咆哮が響いてきた。

王都の人々が空を見上げた。

赤い光が、ゆっくりと広がっていく。

ルシアの声が響いた。

『警告』

『古代封印崩壊』

『原初の魔王、覚醒開始』

レオンは静かに目を閉じた。

世界を救った。

王国の内戦も防いだ。

しかし、まだ最後の脅威が残っていた。

エリシアが尋ねた。

「どうしますか」

レオンは目を開いた。

そして、静かに答えた。

「ベルグへ帰る」

セレナが驚いた。

「何?」

「北方山脈に最も近いのは、私たちの領地だ」

レオンは続けた。

「住民を守る準備をする」

エリシアが頷いた。

「はい」

ガルドが剣を握りしめた。

「全軍、帰還準備を始めます!」

レオンは北方の空を見つめた。

そこには、巨大な赤い目が浮かんでいた。

「最後の戦いになる」

彼は静かに呟いた。

「今度こそ、本当に終わらせる」

そのころ、北方山脈の地下深くでは、巨大な石棺が開き始めていた。

石棺の内部には、黒い鎧をまとった巨人が眠っていた。

その胸には、七つの古代文字が刻まれていた。

《原初破壊機構》

《管理対象外存在》

《世界再編最終障害》

そして、石棺の奥から低い声が響いた。

『……神々は、消えたか』

巨大な赤い瞳が開いた。

『ならば、約束の時だ』

黒い巨人は、ゆっくりと身体を起こした。

『この世界を、真の自由へ戻す』

その声は、誰にも届かなかった。

しかし、世界樹の少女だけは、その言葉を聞いていた。

彼女は森の奥で目を閉じた。

そして、静かに呟いた。

「……あなたまで、目覚めてしまったのですね」

その表情には、深い悲しみが浮かんでいた。

「お父様」

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