第13話 消えた軍師と七度目の約束
世界が救われた日、王都アルヴェインには雨が降った。
黒く染まっていた空は元の青さを取り戻し、崩壊しかけていた建物も、世界管理機構の修復作用によって徐々に形を取り戻していた。街路には避難していた住民たちが戻り、広場では再会を喜ぶ声が響いている。
しかし、中央記録庫に歓声はなかった。
エリシア・フェルンは、巨大な水晶の前に立っていた。
水晶には四つの光が浮かんでいる。
緑。
青。
銀。
白。
それぞれが、レオン・グレイヴの生命情報を保存した補正機能だった。
《第一補正機能:生命情報保持》
《第二補正機能:時間情報保持》
《第三補正機能:空間情報保持》
《第四補正機能:因果情報保持》
《対象:レオン・グレイヴ》
《肉体再構築:未完了》
エリシアは何度も同じ表示を確認していた。
「ルシア」
彼女は静かに尋ねた。
「まだ、戻せませんか」
元女神ルシアは制御盤から顔を上げた。
「再構築の準備は進んでいます」
「成功率は?」
「現時点で、十二パーセントです」
エリシアは頷いた。
「昨日より上がっていますね」
「はい」
「ならば、続けましょう」
ルシアは彼女を見つめた。
「あなたは、休まないのですか」
エリシアは首を振った。
「休むのは、レオン様が戻ってからです」
ルシアは小さくため息をついた。
「あなたも、あの人と同じですね」
エリシアは微笑んだ。
「副官ですから」
そのころ、時間断層の奥では、二人のレオンが向かい合っていた。
そこには空も大地もなかった。
無数の時計が浮かび、過去と未来の光景が断片となって流れている。
滅びた王国。
焼け落ちた森林。
崩壊した都市。
そして、何度も繰り返された世界の終末。
若いレオンは周囲を見渡した。
「ここが、世界の記憶か」
未来のレオンは頷いた。
「ああ」
「なぜ、私たちはここにいる」
「同じ存在だからだ」
未来のレオンは静かに答えた。
「お前の生命情報が分散保存されたとき、私の残留情報も呼び戻された」
若いレオンは眉をひそめた。
「つまり、まだ生きているのか」
「正確には違う」
未来のレオンは苦笑した。
「私は、すでに肉体を失っている」
「では、ここにいるお前は?」
「記憶と意思だけの存在だ」
若いレオンは黙った。
未来のレオンは続けた。
「時間管理機構は、七度の時間遡行の記録を保存していた。その記録が、お前の生命情報と結びついた」
「なるほど」
若いレオンは頷いた。
「それで、二人存在しているわけか」
未来のレオンは静かに笑った。
「理解が早いな」
「自分のことだからな」
二人はしばらく黙っていた。
やがて、未来のレオンが言った。
「お前に見せたいものがある」
彼は右手を上げた。
空中に巨大な映像が浮かび上がった。
そこには、かつての王都アルヴェインが映っていた。
戦争で荒廃した街。
燃え上がる王宮。
そして、無数の死体。
「これは……」
若いレオンが呟いた。
「第一時間軸だ」
未来のレオンは答えた。
「お前が処刑された後の世界だ」
映像の中では、バルザック将軍が王国軍を率いていた。
しかし、彼の無謀な作戦によって王国軍は壊滅し、隣国の侵攻を受けて王都が陥落していた。
国王エドワード三世は逃亡し、王国は滅亡した。
その混乱に乗じて神殿が権力を掌握し、世界再編計画を発動したのである。
「私は、この時間軸では死んだはずだった」
若いレオンが言った。
「そうだ」
未来のレオンは頷いた。
「しかし、世界樹が私の記憶を保存していた」
映像が変わった。
そこには、世界樹の前に立つセレナの姿があった。
彼女は必死に何かを訴えていた。
『レオンを戻してくれ』
セレナは叫んでいた。
『あいつなら、世界を変えられる』
世界樹の少女は静かに答えた。
『時間を戻しても、同じ結果になるかもしれません』
『それでもいい』
セレナは首を振った。
『何もしないよりは、ずっといい』
若いレオンは息を呑んだ。
「セレナが……」
未来のレオンは頷いた。
「最初に時間を戻したのは、彼女の願いだった」
映像が変わった。
第二時間軸。
今度のレオンは処刑を回避し、王国軍の総司令官となっていた。
彼は隣国の侵攻を防ぎ、王国を救った。
しかし、その功績を恐れた国王によって再び追放された。
そして、神殿の陰謀を暴こうとしたところで、魔王軍との戦争が始まった。
レオンは魔王セレナを倒した。
しかし、その直後、世界管理機構が暴走し、大陸全体が消滅した。
「私は、セレナを敵だと思っていた」
未来のレオンは呟いた。
「神殿が流した情報を信じていたんだ」
若いレオンは黙った。
映像が変わった。
第三時間軸。
レオンは大陸を統一し、巨大な帝国を築いていた。
しかし、帝国の内部で反乱が相次ぎ、最終的には世界管理機構によって文明そのものが消去された。
第四時間軸。
レオンは神々と直接戦い、勝利した。
しかし、神格管理機能を失った世界は魔力循環を維持できず、崩壊した。
第五時間軸。
レオンは世界樹を守ろうとした。
しかし、世界樹の生命力を集中管理した結果、各地の生命が枯渇した。
第六時間軸。
レオンは時間停止によって世界崩壊を防ごうとした。
しかし、時間を止めた世界では、生命も成長できなくなった。
そして、第七時間軸。
そこには、未来のレオンがいた。
彼は世界管理機構の権限を掌握し、人々の行動を制限していた。
争いは減った。
飢えも減った。
戦争も起きなくなった。
しかし、人々は笑わなくなっていた。
決められた時間に起き、決められた仕事をし、決められた相手と結婚する。
すべてが管理されていた。
若いレオンは静かに呟いた。
「これが、お前のつくった世界か」
未来のレオンは頷いた。
「ああ」
「幸福だったのか」
「わからない」
男は静かに答えた。
「少なくとも、世界は滅びなかった」
「だが、最後には崩壊した」
「そうだ」
未来のレオンは目を閉じた。
「管理機構が、私の支配を異常と判断した」
若いレオンは頷いた。
「だから、八度目では私を殺そうとした」
「そうだ」
未来のレオンは静かに答えた。
「レオン・グレイヴが存在しなければ、世界は安定すると考えた」
「しかし、違った」
「ああ」
未来のレオンは苦笑した。
「世界を不安定にしていたのは、一人の人間ではなかった」
若いレオンは頷いた。
「すべてを一人で決めようとする仕組みだ」
「そうだ」
未来のレオンは静かに笑った。
「お前は、それに気づいた」
二人の前に、巨大な扉が現れた。
白い光に包まれた扉だった。
《生命情報再構築》
《帰還可能個体数:一》
未来のレオンは扉を指さした。
「行け」
若いレオンは動かなかった。
「お前は?」
「私は残る」
「なぜだ」
「二人が同時に戻れば、因果矛盾が再発する」
未来のレオンは静かに答えた。
「世界を救った意味がなくなる」
若いレオンは黙った。
「だが、お前も私だ」
「ああ」
「ならば、別の方法を探せるはずだ」
未来のレオンは首を振った。
「もう十分だ」
彼は微笑んだ。
「七度の失敗を経験した私には、休息が必要なのかもしれない」
若いレオンは拳を握りしめた。
「それでは、また誰かを犠牲にすることになる」
未来のレオンは静かに答えた。
「犠牲ではない」
「何?」
「私は、自分で選んだ」
長い沈黙が流れた。
未来のレオンは続けた。
「七度の時間軸で、私は他人の選択を奪ってきた」
彼は静かに笑った。
「最後くらい、自分の意思で選ばせてくれ」
若いレオンは何も言えなかった。
そのころ、王都では、世界管理機構の再構築が進められていた。
エリシアは中央記録庫の制御盤を操作していた。
ルシアが報告した。
「生命情報の回収率が八十八パーセントに達しました」
「残りは?」
「時間断層の深部にあります」
エリシアは眉をひそめた。
「回収できませんか」
「第四補正機能と第二補正機能が干渉しています」
「原因は?」
ルシアはしばらく考え込んだ。
「二つの生命情報が重なっているようです」
エリシアは息を呑んだ。
「二つ?」
「はい」
ルシアは続けた。
「若いレオンと、未来のレオンです」
エリシアは黙った。
そして、静かに尋ねた。
「二人とも戻せますか」
ルシアは首を振った。
「同じ時間軸に、同じ人物を二人戻すことはできません」
エリシアは考え込んだ。
「ならば、別の方法があります」
ルシアが驚いた。
「何ですか」
「二人を一人にするのです」
ルシアは黙った。
エリシアは続けた。
「生命情報が重なっているなら、統合できるのではありませんか」
「理論上は可能です」
ルシアは答えた。
「しかし、二つの人格が衝突する危険があります」
エリシアは頷いた。
「ならば、人格ではなく記憶だけを統合すればいい」
ルシアの表情が変わった。
「記憶だけ?」
「はい」
エリシアは続けた。
「未来のレオン様が経験した七度の時間軸を、現在のレオン様の記憶として保存する」
ルシアは考え込んだ。
「確かに、それなら因果矛盾は発生しません」
「成功率は?」
ルシアは計算を始めた。
《生命情報統合》
《人格分離》
《記憶継承》
《推定成功率:六十一パーセント》
エリシアは微笑んだ。
「十分です」
ルシアは首を振った。
「まだ危険です」
「ならば、もっと上げましょう」
エリシアは設計図を広げた。
「第一補正機能の生命維持を使えば、肉体の再構築を安定させられます」
ルシアは頷いた。
「はい」
「第三補正機能で空間座標を固定する」
「可能です」
「第四補正機能で、人格の衝突を防ぐ」
ルシアは計算を続けた。
《推定成功率:七十八パーセント》
エリシアは頷いた。
「あと少しですね」
ルシアは彼女を見た。
「あなたは、本当に諦めないのですね」
エリシアは静かに答えた。
「レオン様に教わりましたから」
そのとき、中央記録庫の扉が開いた。
セレナ、アシュレイ、ミレイユ、リーナが入ってきた。
「状況は?」
セレナが尋ねた。
エリシアは説明した。
レオンの生命情報が時間断層に残っていること。
未来のレオンの記憶が重なっていること。
そして、二つを統合する方法を考えていること。
セレナはしばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「私も協力する」
エリシアが顔を上げた。
「何か方法が?」
セレナは頷いた。
「世界樹の記憶を使う」
リーナが驚いた。
「世界樹の?」
「ああ」
セレナは続けた。
「世界樹は、過去の時間軸を記憶している」
ルシアが頷いた。
「確かに、世界樹は世界初期化の影響を受けにくい存在です」
セレナは静かに答えた。
「ならば、未来のレオンの記憶を世界樹へ保存すればいい」
エリシアの表情が変わった。
「それなら……」
「若いレオンの人格を守りながら、七度の記憶を残せる」
ルシアは計算を始めた。
《世界樹記憶領域との接続》
《生命情報統合》
《人格分離》
《推定成功率:九十三パーセント》
エリシアは息を呑んだ。
「九十三パーセント……」
セレナは笑った。
「悪くない」
しかし、ルシアは首を振った。
「まだ問題があります」
「何だ」
「未来のレオン自身が、記憶の移譲を承認する必要があります」
エリシアは頷いた。
「ならば、お願いしましょう」
彼女は第二補正機能を起動した。
《時間断層への精神通信》
《接続開始》
銀色の光が広がった。
そのころ、時間断層では、若いレオンが白い扉の前に立っていた。
未来のレオンは静かに言った。
「早く行け」
若いレオンは首を振った。
「まだだ」
「何を迷っている」
「お前の記憶を残す方法を考えている」
未来のレオンは苦笑した。
「無駄だ」
「決めつけるな」
その瞬間、空間に銀色の光が差し込んだ。
『レオン様!』
エリシアの声だった。
若いレオンは顔を上げた。
「エリシア?」
『聞こえますか!』
「ああ」
『帰還の準備ができました!』
未来のレオンが驚いた。
「どういうことだ」
エリシアは説明した。
二人の生命情報を分離し、未来のレオンの記憶を世界樹へ保存する方法を。
未来のレオンは黙って聞いていた。
話が終わると、静かに言った。
「そんな方法が……」
若いレオンは笑った。
「ほらな」
未来のレオンは首を振った。
「だが、成功率は?」
『九十三パーセントです』
エリシアが答えた。
未来のレオンは驚いた。
「そこまで上げたのか」
『はい』
エリシアは続けた。
『ただし、あなたの承認が必要です』
未来のレオンは黙った。
『記憶を世界樹へ保存し、人格情報を分離します』
長い沈黙が流れた。
やがて、未来のレオンは静かに尋ねた。
「私の人格は、どうなる」
エリシアは答えに詰まった。
ルシアが代わって答えた。
『独立した人格としては維持できません』
未来のレオンは頷いた。
「そうか」
『ですが、記憶は残ります』
セレナの声が響いた。
『七度の経験は、無駄にはしない』
未来のレオンは目を閉じた。
そして、静かに笑った。
「わかった」
若いレオンが彼を見た。
「いいのか」
「ああ」
未来のレオンは頷いた。
「七度の失敗を、次の未来へ残せるなら十分だ」
彼は手を伸ばした。
若いレオンも手を伸ばした。
二人の手が重なった。
《生命情報分離》
《未来人格の記憶を抽出》
《世界樹記憶領域へ転送》
無数の光が空へ舞い上がった。
未来のレオンの身体が少しずつ透けていく。
「最後に、一つ頼みがある」
彼は静かに言った。
若いレオンは頷いた。
「何だ」
「エリシアを幸せにしてやってくれ」
若いレオンは黙った。
未来のレオンは微笑んだ。
「私は、七度とも守れなかった」
彼の声が震えた。
「今度こそ……」
若いレオンは静かに答えた。
「ああ」
未来のレオンは頷いた。
「頼んだぞ」
その瞬間、彼の身体が光となって消えた。
若いレオンはしばらく、その場所を見つめていた。
そして、静かに呟いた。
「お疲れさま」
白い扉が開いた。
その向こうから、エリシアの声が聞こえていた。
『レオン様!』
若いレオンは歩き始めた。
しかし、その瞬間、時間断層全体が激しく震えた。
《警告》
《生命情報再構築に異常》
《外部からの干渉を検出》
レオンは足を止めた。
「何だ……?」
白い扉の向こうに、黒い影が現れた。
巨大な人影だった。
その姿は、原初管理者レオン・アルヴェインによく似ていた。
『愚かな末裔よ』
低い声が響いた。
レオンは剣を構えた。
「お前は……」
『私は、まだ消えていない』
原初管理者だった。
彼は静かに笑った。
『お前が人格統合を拒否したことで、私の記憶は独立した存在となった』
レオンは眉をひそめた。
「何が目的だ」
『世界を取り戻す』
原初管理者は答えた。
『神々が消えた今、世界管理機構を支配するのは私だ』
レオンは首を振った。
「もう、世界は一人の管理者を必要としていない」
『それが間違いなのだ』
原初管理者は右手を上げた。
無数の黒い鎖が現れた。
『人間は、管理されなければ必ず争う』
レオンは剣を構え直した。
「それでも、自由を奪う理由にはならない」
原初管理者は笑った。
『ならば、証明してみせろ』
黒い鎖がレオンへ向かった。
レオンは横へ跳んだ。
しかし、身体が重かった。
まだ肉体の再構築が完了していない。
剣も、能力も不完全だった。
「くっ……」
黒い鎖が腕へ絡みついた。
レオンは引き倒された。
原初管理者が近づいてくる。
『お前には、私を倒せない』
レオンは歯を食いしばった。
『私の記憶も、能力も、すべてお前の中にある』
原初管理者は続けた。
『つまり、私はお前自身なのだ』
レオンは静かに答えた。
「違う」
『何?』
「記憶が同じでも、選択は違う」
原初管理者は眉をひそめた。
レオンは続けた。
「お前は、人間を信じなかった」
『当然だ』
「私は、信じる」
レオンは黒い鎖を握りしめた。
「それが、私たちの違いだ」
その瞬間、白い扉から光が差し込んだ。
エリシアの声が響いた。
『レオン様!』
レオンは顔を上げた。
「エリシア……」
『戻ってきてください!』
原初管理者が笑った。
『無駄だ』
しかし、次の瞬間、白い扉から一本の銀色の剣が飛び込んできた。
レオンは驚いた。
それは、彼が王都に残した剣だった。
エリシアが投げ込んだのである。
「……なるほど」
レオンは笑った。
彼は剣を掴んだ。
そして、黒い鎖を切り裂いた。
原初管理者が驚いた。
『何だと……』
レオンは立ち上がった。
「一人では勝てない」
彼は静かに言った。
「だから、仲間の力を借りる」
原初管理者は怒りに顔を歪めた。
『愚かな!』
巨大な黒い剣が出現した。
レオンも剣を構えた。
二つの剣が衝突した。
激しい光が広がる。
時間断層全体が震えた。
原初管理者は叫んだ。
『私は、世界をつくった者だ!』
レオンは答えた。
「だからといって、世界を所有しているわけではない!」
彼は剣を振り上げた。
「世界は、そこに生きる者たちのものだ!」
銀色の剣が黒い剣を砕いた。
原初管理者の身体に亀裂が走る。
『あり得ない……』
レオンは静かに答えた。
「お前の時代は終わった」
その瞬間、原初管理者の身体が光となって崩れた。
しかし、消滅する直前、彼は静かに笑った。
『本当に、そう思うか』
レオンは眉をひそめた。
『人間は、再び争う』
「そうかもしれない」
『再び、世界を壊す』
「そのときは、また考える」
レオンは静かに答えた。
「間違えたなら、やり直せばいい」
原初管理者は黙った。
そして、最後に呟いた。
『……それが、私にはできなかった』
その身体が完全に消えた。
時間断層に静寂が戻った。
白い扉が輝いている。
レオンはゆっくりと歩き始めた。
今度こそ、邪魔する者はいなかった。
扉の向こうへ、一歩踏み出す。
その瞬間、世界が白く染まった。
中央記録庫では、エリシアが制御盤を見つめていた。
《生命情報再構築》
《進行率:九十パーセント》
《九十五パーセント》
《九十八パーセント》
ルシアが叫んだ。
「あと少しです!」
エリシアは祈るように手を握った。
《進行率:百パーセント》
巨大な光の柱が立ち上がった。
その中に、一人の男の姿が現れた。
黒い髪。
鋭い瞳。
見慣れた軍服。
レオン・グレイヴだった。
エリシアは息を呑んだ。
「レオン……様?」
男はゆっくりと目を開いた。
そして、静かに微笑んだ。
「ただいま」
エリシアは駆け寄った。
「……お帰りなさい!」
彼女はレオンへ抱きついた。
レオンは少し驚いたが、すぐに彼女を抱きしめた。
「心配をかけたな」
エリシアは首を振った。
「本当に……」
彼女は泣いていた。
「本当に、戻ってきてくださった……」
レオンは静かに頷いた。
「ああ」
その光景を、セレナたちは黙って見守っていた。
やがて、セレナが笑った。
「まったく、世話の焼ける軍師だ」
アシュレイも微笑んだ。
「無事で何よりだ」
リーナは涙を拭った。
ミレイユは不思議そうに尋ねた。
「人間って、こんなに泣くものなの?」
セレナは静かに答えた。
「ああ」
彼女は微笑んだ。
「だから、面白いんだ」
ルシアは制御盤を確認した。
《生命情報再構築完了》
《対象:レオン・グレイヴ》
《肉体機能:正常》
《人格情報:正常》
《記憶情報:一部欠損》
ルシアは眉をひそめた。
「記憶に欠損があります」
エリシアが顔を上げた。
「どの部分ですか」
ルシアは確認した。
「七度の時間軸に関する記憶の一部です」
レオンは頷いた。
「構わない」
彼は静かに答えた。
「必要なことは覚えている」
エリシアが尋ねた。
「何をですか」
レオンは微笑んだ。
「帰る場所があることだ」
エリシアは再び涙を浮かべた。
世界は救われた。
レオンも戻ってきた。
しかし、戦いがすべて終わったわけではなかった。
王都の王宮では、国王エドワード三世が玉座に座っていた。
黒い魔法陣が消えた空を見上げながら、彼は苛立っていた。
「レオン・グレイヴ……」
彼は低く呟いた。
「また、あの男か」
傍らには、バルザック将軍が立っていた。
「陛下」
「何だ」
「北西辺境領の軍勢が、王都の一部を占拠しております」
国王の表情が変わった。
「何だと!」
「市民の避難誘導を名目に、城門や主要道路を掌握しております」
国王は拳を握りしめた。
「反逆だ!」
バルザックは静かに頷いた。
「その通りです」
「ただちに討伐せよ!」
「しかし、問題があります」
「何だ」
「王都の市民たちは、レオンを英雄として称えています」
国王は黙った。
バルザックは続けた。
「世界を救った軍師として、彼の人気は急上昇しております」
国王は怒りに震えた。
「王よりも人気があるというのか!」
バルザックは頭を下げた。
「恐れながら」
長い沈黙が流れた。
やがて、国王は静かに言った。
「ならば、罪をつくれ」
バルザックが顔を上げた。
「罪、ですか」
「そうだ」
国王は続けた。
「王都の混乱も、神殿の崩壊も、すべてレオンの仕業にする」
バルザックは微笑んだ。
「承知しました」
彼は一礼して退出した。
しかし、その表情には別の思惑が浮かんでいた。
バルザックは王宮の地下へ向かった。
そこには、神殿が残した秘密の研究施設があった。
巨大な結晶が並ぶ部屋。
その中央には、黒い水晶が浮かんでいた。
バルザックは水晶へ手をかざした。
《管理者認証》
《対象:バルザック》
《隠匿管理権限を確認》
彼は静かに笑った。
「ようやく、このときが来たか」
黒い水晶が輝いた。
《世界管理機構》
《第八補正機能》
《戦争誘導》
《起動準備完了》
バルザックは呟いた。
「神々が消えたなら、次は人間の時代だ」
彼は地図を広げた。
そこには、王国全土の軍事施設と、北西辺境領の位置が記されていた。
「そして、人間を支配するのは軍隊だ」
黒い水晶が赤く輝いた。
《戦争誘導機構》
《大陸規模の武力衝突を準備》
《対象:アルヴェイン王国》
《対象:北西辺境自治領》
《対象:周辺諸国》
バルザックは静かに笑った。
「レオン・グレイヴ」
彼は呟いた。
「最後に勝つのは、軍師ではない」
黒い水晶の光が強まった。
「戦争を起こす者だ」
そのころ、中央記録庫では、レオンが新しい警告を確認していた。
《未知の補正機能を検出》
《第八補正機能》
《戦争誘導》
《管理者:バルザック》
レオンの表情が変わった。
「バルザック……」
エリシアが尋ねた。
「どうしました」
レオンは静かに答えた。
「まだ、最後の敵が残っている」
セレナが笑った。
「今度は誰だ」
レオンは地図を見つめた。
「王国軍のバルザック将軍だ」
アシュレイが眉をひそめた。
「神々が消えた後も、戦争を始めるつもりなのか」
レオンは頷いた。
「ああ」
彼は静かに続けた。
「そして、今度の戦争は、神々ではなく人間が起こす」
エリシアは剣を握りしめた。
「どうしますか」
レオンは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「戦わずに勝つ」
セレナが驚いた。
「何?」
「相手は、戦争を起こすことで力を得る」
レオンは続けた。
「ならば、戦争そのものを成立させなければいい」
彼は王都の地図を広げた。
「これが、最後の作戦だ」
世界を救った軍師は、再び戦場へ向かおうとしていた。
しかし、今度の目的は敵を倒すことではない。
戦争を終わらせることだった。




