第11話 四つの戦場
世界崩壊まで、残り七十時間。
王都アルヴェインの空は、夜になっても赤く染まっていた。
巨大な魔法陣が大陸全土を覆い、各地では魔力の異常現象が発生していた。山脈からは青白い炎が噴き出し、湖の水面には巨大な亀裂が走り、空には存在しないはずの都市の幻影が浮かび上がっている。
世界そのものが、少しずつ壊れ始めていた。
中央記録庫では、レオン・グレイヴが大陸地図を見つめていた。
四つの赤い光点が、それぞれ異なる方向で点滅している。
第一補正機能、生命維持。
第三補正機能、空間制御。
第四補正機能、因果調整。
第五補正機能、文明監視。
これらの機能を再接続しなければ、世界の魔力循環は回復しない。
しかし、四つの施設はいずれも危険地帯に存在していた。
「転移装置の準備ができました」
ルシアが告げた。
レオンは頷いた。
「各地点への接続は?」
「一時的に可能です。ただし、帰還用の転移座標は保証できません」
「構わない」
「成功確率は低いですよ」
レオンは静かに答えた。
「成功確率を上げるのが軍師の仕事だ」
ルシアは小さくため息をついた。
「本当に、理解できない人間ですね」
レオンは彼女を見た。
「一つ聞きたい」
「何でしょう」
「七つの補正機能を再接続した後、何が起きる」
ルシアの表情がわずかに変わった。
「世界の魔力循環が正常化します」
「それだけか」
「基本的には」
レオンは目を細めた。
「基本的には、という言い方が気になるな」
ルシアは答えなかった。
レオンは続けた。
「何か隠しているだろう」
「私は世界管理機構の規則に従っています」
「その規則は、誰が決めた」
ルシアは黙った。
レオンは静かに言った。
「お前たちは、人間を守るためにつくられた。ならば、人間に必要な情報を隠すことが、本当に正しいのか考えてみろ」
ルシアは視線を逸らした。
「……転移装置が起動します」
会話はそこで終わった。
中央記録庫の床に四つの魔法陣が浮かび上がった。
セレナが黒い翼を広げた。
「天空都市は私に任せろ」
アシュレイが頷いた。
「北部要塞は私が引き受ける」
リーナは銀色の弓を握りしめた。
「世界樹の地下なら、道を知っている」
未来のレオンは古い懐中時計を取り出した。
「時間断層は厄介だが、何とかする」
若いレオンは全員を見渡した。
「無理はするな」
セレナが笑った。
「お前にだけは言われたくない」
「それもそうだな」
レオンは苦笑した。
「だが、全員で帰ってくる。それが今回の作戦の最重要条件だ」
アシュレイが頷いた。
「了解した」
四つの魔法陣が輝いた。
仲間たちの姿が次々と消えていく。
レオンは最後まで、その光景を見送った。
そして、静かに呟いた。
「頼んだぞ」
最初に異変が起きたのは、世界樹だった。
北方の大森林。
巨大な世界樹は、大陸の魔力循環を支える重要な存在だった。
しかし、今は枝葉の大半が黒く変色していた。
森の動物たちは姿を消し、地面には無数の亀裂が走っている。
リーナは世界樹の根元に降り立った。
「これは……」
彼女は息を呑んだ。
世界樹の周囲には、無数のエルフ族が倒れていた。
死んではいない。
しかし、意識を失い、深い眠りについていた。
「長老!」
リーナは駆け寄った。
倒れていた長老は、かすかに目を開いた。
「リーナ……」
「何があったのですか」
「世界樹が……生命力を吸い始めた……」
リーナは驚いた。
「生命力を?」
長老は苦しそうに頷いた。
「森を維持するために……周囲の生命から力を集めている……」
リーナは世界樹を見上げた。
巨大な幹には赤い光が走っていた。
《第一補正機能》
《生命維持機構》
《緊急補充処理》
世界樹は、自らの機能を維持するために、周囲の生命を犠牲にし始めていた。
リーナは歯を食いしばった。
「止めなければ……」
彼女は根元の洞窟へ向かった。
しかし、その入口には巨大な獣が立ちはだかっていた。
白い毛並み。
金色の角。
四本の尾。
古代守護獣フェンリルだった。
『立ち去れ』
低い声が森に響いた。
リーナは弓を構えた。
「通してください」
『生命維持機構は停止できない』
「停止するつもりはありません」
リーナは答えた。
「正常な状態へ戻すのです」
フェンリルは唸った。
『管理者以外の侵入を禁ずる』
「私は世界樹の守護者一族です」
『認証権限なし』
リーナは黙った。
そして、弓を下ろした。
「ならば、戦うしかありませんね」
フェンリルが巨大な爪を振り下ろした。
リーナは横へ跳んだ。
地面が爆発する。
彼女は矢を放った。
しかし、フェンリルの毛皮が矢を弾き返した。
「硬い……」
フェンリルは再び襲いかかった。
リーナは木の根を利用して攻撃を回避した。
しかし、相手の動きは速かった。
巨大な尾が彼女を直撃する。
「くっ!」
リーナは地面へ叩きつけられた。
弓が手から離れる。
フェンリルが近づいてきた。
『退去せよ』
リーナは立ち上がろうとした。
しかし、足に力が入らなかった。
そのとき、彼女の耳に声が響いた。
『森を守るのは、力ではない』
幼いころ、祖母から聞いた言葉だった。
『森は、命令する者ではなく、耳を傾ける者を選ぶ』
リーナは目を閉じた。
そして、地面へ手を置いた。
「世界樹よ」
彼女は静かに呼びかけた。
「あなたは、本当に周囲の生命を奪いたいのですか」
風が吹いた。
黒く変色した葉が舞い落ちる。
リーナは続けた。
「私たちは、あなたに守られてきました」
彼女の手から緑色の光が広がった。
「今度は、私たちがあなたを守ります」
フェンリルの動きが止まった。
世界樹の根元から、無数の光が浮かび上がった。
それは、エルフ族が何世代にもわたって世界樹へ捧げてきた祈りの記憶だった。
《第一補正機能》
《生命共鳴を確認》
《守護者一族の認証を開始》
リーナの額に緑色の紋章が浮かんだ。
《認証完了》
《臨時管理者:リーナ・アルセイド》
フェンリルは静かに頭を下げた。
『新たな守護者よ』
リーナは息を呑んだ。
『世界樹を頼む』
彼女は頷いた。
「はい」
洞窟の奥へ進むと、巨大な緑色の結晶が浮かんでいた。
第一補正機能の中枢だった。
リーナは結晶へ手を伸ばした。
《第一補正機能・管理権限取得》
《中央記録庫への再接続を開始》
緑色の光が空へ伸びた。
世界樹の黒い葉が、少しずつ元の色へ戻り始めた。
しかし、同時にリーナの身体から力が抜けていった。
《警告》
《管理者の生命力を消費中》
リーナは膝をついた。
「こんな……」
管理権限を維持するには、膨大な生命力が必要だった。
彼女は歯を食いしばった。
「まだ……終われない……」
そのころ、東方の天空都市では、セレナが巨大な浮遊城へ到達していた。
天空都市アストラ。
古代文明が築いた空中都市であり、第三補正機能の中枢が存在する場所だった。
しかし、都市は崩壊寸前だった。
巨大な建物が空中に浮かび、道路は断裂し、無数の瓦礫が地上へ落下している。
「ひどい有様だな」
セレナは呟いた。
彼女は黒い翼を広げ、中央塔へ向かった。
しかし、その途中で巨大な機械兵が現れた。
全身を銀色の装甲で覆い、六本の腕を持つ古代兵器だった。
《侵入者を確認》
《排除開始》
機械兵の腕から光線が放たれた。
セレナは空中で回避した。
「邪魔だ!」
彼女は黒い炎を放った。
しかし、機械兵は障壁で攻撃を防いだ。
《魔王術式を解析》
《耐性を構築》
セレナは眉をひそめた。
「学習するのか」
機械兵が再び攻撃した。
今度は光線ではなく、空間そのものが歪んだ。
セレナの翼が突然消えた。
「何?」
彼女の身体が落下し始める。
《空間制御》
《対象の飛行能力を無効化》
セレナは歯を食いしばった。
「面倒な……」
彼女は空中で身体をひねり、近くの建物へ着地した。
しかし、足元の床が崩れた。
「くっ!」
セレナは落下しながら、壁へ手を伸ばした。
黒い鎖が伸び、建物の柱へ絡みつく。
辛うじて落下を止めた。
そのとき、彼女の目に古い紋章が映った。
天空都市の壁に刻まれた紋章。
それは千年前、彼女が魔王として戦っていたころに見たものだった。
「まさか……」
セレナは呟いた。
その紋章は、彼女の生まれた研究施設と同じものだった。
セレナは古い記憶を思い出した。
白い部屋。
無数の結晶。
そして、自分を見つめる研究者たち。
『実験体第零号、起動成功』
セレナの表情が変わった。
「私は……」
彼女は震える手で壁に触れた。
《生体認証》
《古代管理生命体を確認》
《識別番号:零》
《第三補正機能・原初守護者》
セレナは息を呑んだ。
「何……?」
自分は魔王ではなかった。
少なくとも、最初から魔王として生まれたわけではない。
古代文明によってつくられた、空間制御機構の守護者だった。
その瞬間、機械兵が動きを止めた。
《上位管理者を確認》
《戦闘停止》
機械兵は膝をついた。
セレナはしばらく呆然としていた。
そして、静かに笑った。
「なるほど」
彼女は呟いた。
「私も、神々と同じだったのか」
しかし、すぐに首を振った。
「違う」
自分が何者としてつくられたかは、重要ではない。
今、自分が何を選ぶか。
それこそが大切なのだ。
セレナは中央塔へ向かった。
そこには巨大な青い結晶が浮かんでいた。
《第三補正機能》
《空間制御》
《管理者認証完了》
セレナは結晶へ手をかざした。
「中央記録庫へ接続する」
《再接続開始》
青い光が空へ伸びた。
崩壊しかけていた天空都市が、ゆっくりと安定し始めた。
しかし、その瞬間、都市全体に警告が響いた。
《異常》
《第三補正機能の管理権限が二重登録されています》
《第二管理者を検出》
セレナの表情が変わった。
「第二管理者?」
背後から足音が響いた。
振り返ると、一人の少女が立っていた。
銀色の髪。
赤い瞳。
背中には黒い翼。
その顔は、セレナと瓜二つだった。
少女は微笑んだ。
「久しぶり、お姉さま」
セレナは息を呑んだ。
「お前は……」
「覚えていないの?」
少女は静かに笑った。
「私は、あなたの失敗作よ」
セレナは剣を構えた。
「名前を言え」
少女は微笑んだ。
「ミレイユ」
彼女は続けた。
「古代管理生命体、実験体第一号」
セレナは黙った。
ミレイユはゆっくりと近づいてきた。
「あなたが魔王として世界を破壊していた間、私はここで眠っていた」
「何が目的だ」
「第三補正機能を取り戻すこと」
ミレイユは微笑んだ。
「そして、あなたを消すこと」
その瞬間、二人の周囲の空間が歪んだ。
天空都市の決戦が始まった。
一方、南方の時間断層では、未来のレオンが巨大な砂漠を歩いていた。
空には三つの太陽が浮かんでいる。
しかし、そのうち二つは過去の幻影だった。
時間断層。
過去と未来が複雑に重なり合う場所。
ここでは、一歩進むだけで数十年の時間が経過することもある。
未来のレオンは懐中時計を確認した。
「残り六十六時間か」
彼は呟いた。
しかし、時計の針は不規則に動いていた。
一秒進んだかと思えば、十秒戻る。
時間の流れそのものが崩壊していた。
「厄介だな」
未来のレオンは第二補正機能を起動した。
《時間修正》
《局所時間固定》
周囲の景色が安定した。
彼は歩き始めた。
しかし、しばらく進むと、一人の女性が現れた。
銀色の髪。
青い瞳。
白い軍服。
エリシアだった。
未来のレオンは足を止めた。
「……エリシア?」
彼女は微笑んだ。
「お久しぶりです、レオン様」
男は息を呑んだ。
「なぜ、ここに……」
「お迎えに来ました」
エリシアは静かに答えた。
「もう、戦わなくていいんです」
未来のレオンは黙った。
「七度も苦しんだのでしょう」
彼女は近づいてきた。
「もう、休んでください」
男の手が震えた。
目の前の女性は、七度失ったエリシアそのものだった。
声も、表情も、仕草も同じだった。
「本当に……お前なのか」
エリシアは微笑んだ。
「はい」
彼女は手を差し伸べた。
「一緒に帰りましょう」
未来のレオンは、その手へ伸ばしかけた。
しかし、途中で止まった。
「……違う」
エリシアの表情が変わった。
「何がですか」
「お前は、エリシアではない」
彼は静かに答えた。
「彼女は、私に休めとは言っても、逃げろとは言わない」
エリシアは黙った。
未来のレオンは続けた。
「それに、彼女は私をレオン様と呼ぶとき、少しだけ困ったように笑う」
男は目を閉じた。
「お前の笑顔には、それがない」
その瞬間、エリシアの姿が崩れた。
黒い霧が広がり、巨大な影が現れる。
《第四補正機能》
《因果調整》
《管理者候補を試験中》
未来のレオンは剣を抜いた。
「試験か」
黒い影が答えた。
『お前は七度、同じ選択をした』
「そうだ」
『八度目も同じ過ちを犯す』
未来のレオンは首を振った。
「今回は違う」
『何が違う』
「一人で戦っていない」
その瞬間、懐中時計が青白く輝いた。
若いレオンから渡された魔力通信装置が起動する。
『聞こえるか』
若いレオンの声だった。
未来のレオンは驚いた。
「どうした」
『時間断層の異常を確認した。現在位置を教えろ』
未来のレオンは笑った。
「心配性だな」
『お前が私なら、何をするかわかる』
「なるほど」
未来のレオンは頷いた。
「少し無理をするところだった」
『無理はするな』
若いレオンは続けた。
『お前も必ず戻ってこい』
未来のレオンはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「ああ」
通信が切れた。
黒い影が再び問いかけた。
『お前は、何を望む』
未来のレオンは答えた。
「未来を固定しないことだ」
『それでは、再び悲劇が起きる』
「そうかもしれない」
彼は頷いた。
「だが、悲劇を避けるためにすべての選択を奪うことは、救済ではない」
黒い影が揺らいだ。
《管理者適性を確認》
《因果調整権限を移譲》
未来のレオンの胸に、銀色の紋章が浮かんだ。
《第四補正機能・管理権限取得》
《中央記録庫への再接続を開始》
砂漠の空に銀色の光が伸びた。
時間断層が少しずつ安定し始めた。
しかし、その瞬間、未来のレオンの身体が透け始めた。
「何……?」
《警告》
《同一時間軸における同一個体の重複を検出》
《因果矛盾の修正を開始》
未来のレオンは息を呑んだ。
「そういうことか……」
二人のレオンが同じ時間軸に存在すること自体が、世界に矛盾を生んでいた。
第四補正機能を正常化したことで、その矛盾が修正され始めたのである。
男は自分の手を見つめた。
指先が少しずつ消えていく。
「時間がないな」
彼は静かに呟いた。
そのころ、王国北部の古代要塞では、アシュレイが巨大な門の前に立っていた。
要塞の名はグランディア。
かつて古代文明が世界各地の情報を集めていた施設だった。
現在は王国軍の軍事拠点として利用されている。
しかし、要塞の周囲には異様な静けさが漂っていた。
兵士の姿がない。
門も開いたままだった。
「妙だな」
アシュレイは剣を構えた。
内部へ進むと、広場に無数の鎧が並んでいた。
しかし、中身は空だった。
兵士たちは消えていた。
《第五補正機能》
《文明監視》
《異常文明を検出》
《対象:アルヴェイン王国》
《修正処理を開始》
アシュレイは眉をひそめた。
「文明そのものを消すつもりか」
そのとき、要塞の中央塔から声が響いた。
『第一聖騎士アシュレイ』
彼は振り返った。
そこには巨大な騎士が立っていた。
全身を白銀の鎧で覆い、背中には八枚の翼を持っている。
『千年ぶりだな』
アシュレイは息を呑んだ。
「お前は……」
『覚えているか』
巨大な騎士は剣を抜いた。
『お前をつくった者だ』
アシュレイの表情が変わった。
「何?」
『私は第五補正機能の管理者、オルディス』
騎士は静かに告げた。
『そして、お前の創造主だ』
アシュレイは剣を握りしめた。
「私は人間だ」
オルディスは首を振った。
『違う』
彼は続けた。
『お前は、古代文明が製造した戦闘用管理生命体だ』
アシュレイは黙った。
『セレナと同じく、お前も人工生命体なのだ』
長い沈黙が流れた。
アシュレイは静かに答えた。
「それがどうした」
オルディスが眉をひそめた。
『何?』
「誰が私をつくったかなど、今は関係ない」
アシュレイは剣を構えた。
「私は、自分の意思で戦う」
オルディスは笑った。
『ならば、その意思が本物か試してやろう』
巨大な剣が振り下ろされた。
要塞全体が震えた。
アシュレイは黄金の剣で受け止めた。
しかし、圧倒的な力に押し込まれる。
「ぐっ……」
オルディスは冷たく告げた。
『お前の戦闘能力は、私が設計した』
アシュレイは歯を食いしばった。
『弱点も、すべて知っている』
巨大な騎士が左手を伸ばした。
《強制停止命令》
アシュレイの身体が動かなくなった。
「何……?」
『管理生命体第一号、機能停止』
アシュレイは膝をついた。
剣が手から落ちる。
オルディスは近づいてきた。
『愚かな存在だ』
彼は静かに言った。
『自由意思など、お前たちには必要ない』
その瞬間、アシュレイの脳裏にセレナの姿が浮かんだ。
千年前。
二人は敵として戦った。
そして、長い年月を経て再会した。
ようやく、兄妹として向き合えるようになった。
「……違う」
アシュレイは呟いた。
オルディスが立ち止まった。
『何?』
「私は……」
アシュレイは震える手を伸ばした。
「誰かの命令で……妹を守るわけではない……」
彼の胸から黄金の光が溢れた。
《異常》
《強制停止命令を拒絶》
オルディスの表情が変わった。
『あり得ない』
アシュレイは立ち上がった。
「私は、自分の意思で戦う!」
黄金の光が爆発した。
強制停止命令が砕け散る。
《自律意思を確認》
《管理生命体の制限解除》
《第五補正機能への接続権限を取得》
アシュレイは剣を拾った。
オルディスは後退した。
『なぜだ……』
アシュレイは静かに答えた。
「お前たちが理解していないものがある」
『何だ』
「人は、変わるということだ」
彼は剣を振り上げた。
「たとえ、つくられた存在であってもな」
黄金の光が要塞を包んだ。
オルディスの鎧が砕け散る。
巨大な身体が崩れ落ちた。
しかし、アシュレイはとどめを刺さなかった。
「管理権限を渡せ」
オルディスは沈黙した。
「拒否するなら、制御装置を破壊する」
長い沈黙が続いた。
やがて、オルディスは静かに答えた。
『……認めよう』
彼は手を伸ばした。
《第五補正機能・管理権限移譲》
《中央記録庫への再接続を開始》
要塞の中央塔から、白い光が空へ伸びた。
四つの施設のうち、三つが正常化した。
しかし、天空都市では、セレナとミレイユの戦いが続いていた。
「お姉さま」
ミレイユは微笑んだ。
「どうして人間なんかを守るの?」
セレナは剣を構えた。
「理由が必要か」
「当然でしょう」
ミレイユは笑った。
「人間は私たちをつくり、利用し、不要になれば捨てた」
セレナは黙った。
「お姉さまだって、千年前に封印されたじゃない」
「そうだな」
「ならば、なぜ人間のために戦うの?」
セレナは少し考えた。
そして、静かに答えた。
「面白い人間に出会ったからだ」
ミレイユは首を傾げた。
「面白い?」
「ああ」
セレナは笑った。
「私を魔王と知りながら、利用することも恐れることもしない男だ」
「誰?」
「レオン・グレイヴ」
ミレイユの表情が変わった。
「その名前……」
セレナは目を細めた。
「知っているのか」
ミレイユは黙った。
そして、静かに笑った。
「もちろん」
彼女は続けた。
「だって、その男こそ、私たちをつくった一族の末裔なのだから」
セレナは息を呑んだ。
「何?」
ミレイユは手を広げた。
空中に古代文明の映像が浮かび上がる。
そこには、白衣をまとった研究者たちがいた。
その中央に、一人の男が立っていた。
若いレオンによく似た顔。
銀色の髪。
鋭い瞳。
《原初管理者》
《レオン・アルヴェイン》
セレナは呆然とした。
「レオン……アルヴェイン?」
ミレイユは微笑んだ。
「そう」
彼女は続けた。
「現在の王家も、レオンの一族も、もともとは同じ血筋なのよ」
セレナは黙った。
「そして、古代文明が滅びた本当の理由も、その一族にある」
ミレイユは静かに告げた。
「原初管理者レオン・アルヴェインは、神々をつくった後、世界そのものを支配しようとした」
セレナの表情が変わった。
「何だと……」
「神々の反乱は、その支配に対する抵抗だった」
ミレイユは笑った。
「つまり、最初に世界を壊そうとしたのは人間だったのよ」
セレナは剣を握りしめた。
「それが事実だとしても、今のレオンとは関係ない」
ミレイユは首を振った。
「本当に?」
彼女は空中に新しい映像を表示した。
そこには、中央記録庫にいる若いレオンの姿が映っていた。
その胸元に、古代文明の紋章が浮かび上がっている。
《原初管理者遺伝情報》
《覚醒率:六十八パーセント》
ミレイユは静かに言った。
「彼は、原初管理者の力を取り戻しつつある」
セレナは息を呑んだ。
「何……?」
「覚醒が完了すれば、彼は世界管理機構そのものになる」
ミレイユは続けた。
「そして、すべての自由意思を失う」
セレナは黙った。
ミレイユは微笑んだ。
「それでも、守るの?」
長い沈黙が流れた。
やがて、セレナは静かに答えた。
「ああ」
ミレイユは驚いた。
「なぜ?」
セレナは剣を構え直した。
「本人が望んでいないからだ」
その瞬間、黒い炎が爆発した。
セレナの翼が巨大化する。
「私は、レオンを世界の管理装置になどさせない」
ミレイユは微笑んだ。
「ならば、戦うしかないわね」
二人の魔力が衝突した。
天空都市全体が激しく震えた。
一方、王都の中央記録庫では、レオンが異常を確認していた。
《第一補正機能:再接続完了》
《第四補正機能:再接続完了》
《第五補正機能:再接続完了》
《第三補正機能:接続不安定》
《世界崩壊まで、残り四十九時間》
レオンは眉をひそめた。
「セレナのところで何か起きている」
ルシアは静かに答えた。
「第三補正機能に、二人の管理者が存在しています」
「二人?」
「セレナとミレイユです」
レオンは驚いた。
「ミレイユ?」
ルシアは頷いた。
「古代管理生命体第一号。セレナの後継機です」
レオンは考え込んだ。
二人の管理者が争っている。
このままでは、第三補正機能を正常化できない。
「転移装置を使う」
レオンは言った。
ルシアが首を振った。
「不可能です」
「なぜだ」
「第三補正機能が不安定なため、転移座標が固定できません」
レオンは黙った。
「それに、あなたは中央記録庫を離れられません」
「どういうことだ」
ルシアは答えなかった。
その瞬間、レオンの胸が青白く輝いた。
《原初管理者覚醒》
《覚醒率:七十二パーセント》
レオンは息を呑んだ。
「何だ、これは……」
ルシアの表情が変わった。
「始まってしまいましたか」
レオンは彼女を見た。
「説明しろ」
ルシアはしばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「あなたは、世界管理機構の中枢へ取り込まれつつあります」
レオンは目を細めた。
「取り込まれる?」
「はい」
「どうなる」
ルシアは視線を逸らした。
「七つの補正機能が完全に接続されたとき、あなたの肉体は消滅します」
長い沈黙が流れた。
レオンは静かに尋ねた。
「それを、最初から知っていたのか」
ルシアは頷いた。
「はい」
「なぜ黙っていた」
「あなたが協力を拒む可能性があったからです」
レオンは何も言わなかった。
ルシアは続けた。
「世界を救うためには、原初管理者の生命情報が必要です」
レオンは目を閉じた。
世界を救う。
その代償は、自分自身の消滅。
未来の自分が七度失敗した理由も、少しずつ理解できてきた。
しかし、レオンは静かに笑った。
「なるほど」
ルシアが驚いた。
「怖くないのですか」
「怖いさ」
レオンは答えた。
「だが、まだ時間がある」
「残り四十九時間です」
「十分だ」
ルシアは首を振った。
「代替手段は存在しません」
レオンは彼女を見た。
「存在しないのではない」
「何?」
「まだ見つかっていないだけだ」
その瞬間、中央記録庫の通信装置が輝いた。
『レオン様!』
エリシアの声だった。
レオンは驚いた。
「エリシア?」
『王都へ到着しました!』
「何だと?」
『北西辺境領の部隊も一緒です』
レオンは眉をひそめた。
「領地を離れるなと言ったはずだ」
エリシアは静かに答えた。
『はい』
「ならば、なぜ来た」
『あなたを助けるためです』
レオンは黙った。
エリシアは続けた。
『私は、あなたの副官です』
その声は、以前と同じだった。
『あなたが世界を救うなら、私はあなたを救います』
レオンは目を閉じた。
七度の時間軸で、彼女は自分を守ろうとして命を落とした。
しかし、今回は違う。
彼は彼女を死なせるつもりはなかった。
「エリシア」
『はい』
「中央記録庫へ来てくれ」
『承知しました』
レオンは通信を切った。
ルシアが尋ねた。
「何をするつもりですか」
レオンは静かに答えた。
「七つの補正機能を、人間が管理する仕組みに変える」
「それは不可能です」
「一人で管理するならな」
レオンは続けた。
「だが、七人で分担するならどうだ」
ルシアは黙った。
「しかも、管理者を固定しない」
レオンは石碑を見つめた。
「権限を引き継げる仕組みにすれば、誰か一人が永遠に犠牲になる必要はない」
ルシアの表情が変わった。
「そのような設計は……」
「古代文明にはなかったかもしれない」
レオンは答えた。
「だが、私たちがつくればいい」
ルシアはしばらく黙っていた。
そして、静かに呟いた。
「人間は、本当に奇妙ですね」
レオンは笑った。
「そうかもしれない」
そのころ、天空都市では、セレナとミレイユの戦いが最終局面を迎えていた。
二人の黒い翼が空を切り裂き、巨大な魔法陣が衝突していた。
「お姉さま!」
ミレイユが叫んだ。
「どうして、そこまで人間を信じるの!」
セレナは剣を振り下ろした。
「信じると決めたからだ!」
黒い炎が爆発した。
ミレイユの障壁が砕け散る。
しかし、彼女は笑っていた。
「甘いわね」
その瞬間、ミレイユの胸元が赤く輝いた。
《第三補正機能》
《管理者権限の強制統合》
《対象:セレナ》
セレナの身体が動かなくなった。
「何……?」
ミレイユは微笑んだ。
「お姉さまの権限を、私がいただく」
セレナの翼が少しずつ消えていく。
《管理権限移譲開始》
《進行率:十パーセント》
セレナは歯を食いしばった。
「くっ……」
《進行率:三十パーセント》
ミレイユは近づいてきた。
「これで終わりね」
《進行率:六十パーセント》
セレナは目を閉じた。
そして、静かに呟いた。
「レオン……」
その瞬間、胸元の通信装置が輝いた。
『聞こえるか、セレナ』
レオンの声だった。
セレナは驚いた。
「レオン?」
『第三補正機能を完全に接続するな』
「何?」
『二人の管理者が必要だ』
セレナは息を呑んだ。
『ミレイユを倒す必要はない』
レオンは続けた。
『協力させろ』
セレナは笑った。
「簡単に言うな」
『お前ならできる』
その言葉に、セレナは目を閉じた。
そして、ミレイユを見た。
「なあ、ミレイユ」
「何?」
「私たちは、誰かに命令されるために生まれたのか」
ミレイユは黙った。
「お前は、私を消したいのか」
「当然よ」
「本当に?」
ミレイユの表情が変わった。
セレナは続けた。
「私たちは姉妹だ」
ミレイユは唇を噛んだ。
「そんなもの……」
「一緒に生きる道を探してもいいだろう」
長い沈黙が流れた。
《管理権限移譲率:九十パーセント》
ミレイユの手が震えた。
「私は……」
彼女は小さく呟いた。
「お姉さまが羨ましかった」
セレナは黙った。
「お姉さまには、外の世界があった」
ミレイユは続けた。
「仲間がいた。戦う相手がいた。生きる理由があった」
彼女の目から涙が落ちた。
「私は、ずっとここで眠っていただけなのに……」
セレナは静かに手を伸ばした。
「ならば、一緒に来ればいい」
ミレイユは顔を上げた。
「……いいの?」
「ああ」
セレナは微笑んだ。
「外の世界は、退屈しないぞ」
ミレイユはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばした。
二人の手が重なった。
《管理権限移譲停止》
《共同管理を開始》
《第三補正機能・正常化》
天空都市全体が青白く輝いた。
崩壊しかけていた建物が安定し、空中の瓦礫が元の位置へ戻っていく。
《中央記録庫への再接続完了》
その瞬間、世界中に七色の光が広がった。
王都の中央記録庫では、レオンが石碑を見つめていた。
《第一補正機能:正常》
《第二補正機能:正常》
《第三補正機能:正常》
《第四補正機能:正常》
《第五補正機能:正常》
《第六補正機能:制限中》
《第七補正機能:管理者統合待機》
《世界崩壊まで、残り四十七時間》
ルシアが静かに言った。
「すべての補正機能が揃いました」
レオンは頷いた。
「では、次の段階へ進む」
ルシアは彼を見た。
「本当に、代替手段を探すのですか」
「ああ」
「失敗すれば、世界は滅びます」
レオンは静かに答えた。
「だから、失敗しない方法を考える」
そのとき、中央記録庫の扉が開いた。
エリシアが入ってきた。
白い軍服。
銀色の髪。
腰には細身の剣。
彼女はレオンの姿を見つけると、駆け寄った。
「レオン様!」
レオンは微笑んだ。
「よく来たな」
エリシアは彼の胸元に浮かぶ青い紋章を見た。
「その光は……」
レオンは黙った。
エリシアはルシアへ視線を向けた。
「何が起きているのですか」
ルシアは答えなかった。
エリシアは静かに尋ねた。
「レオン様は、何かを隠しているのですね」
レオンは目を閉じた。
そして、すべてを話した。
世界管理機構。
七つの補正機能。
原初管理者の血筋。
そして、世界を救うためには自分の肉体が消滅する可能性があること。
エリシアは黙って聞いていた。
話が終わると、彼女は静かに言った。
「わかりました」
レオンは驚いた。
「それだけか」
「はい」
エリシアは頷いた。
「では、別の方法を探しましょう」
レオンは微笑んだ。
「そうだな」
エリシアは机へ歩み寄った。
「まず、古代文明の設計図を見せてください」
ルシアが驚いた。
「あなたに理解できるとは思えません」
エリシアは静かに答えた。
「理解できるかどうかは、見てから決めます」
レオンは思わず笑った。
「私と同じことを言うな」
エリシアも微笑んだ。
「副官ですから」
二人は巨大な設計図を広げた。
そこには、世界管理機構の中枢構造が描かれていた。
無数の魔力回路。
七つの補正機能。
そして、中央に存在する原初管理者の生命情報。
エリシアはしばらく図面を見つめていた。
やがて、一つの部分を指さした。
「レオン様」
「何だ」
「ここに、予備回路があります」
レオンは目を細めた。
「予備回路?」
「はい」
エリシアは続けた。
「管理者の生命情報を保存する装置です」
ルシアの表情が変わった。
「それは……」
レオンは図面を確認した。
《原初管理者生命情報保存装置》
《状態:未使用》
《用途:管理者の一時退避》
レオンは息を呑んだ。
「これなら……」
エリシアが頷いた。
「肉体を消滅させずに、生命情報だけを一時的に転送できるかもしれません」
ルシアは首を振った。
「理論上は可能ですが、危険です」
「どれくらい?」
エリシアが尋ねた。
「成功率は一パーセント未満です」
レオンは考え込んだ。
一パーセント。
しかし、ゼロではない。
エリシアは静かに言った。
「ならば、成功率を上げましょう」
レオンは彼女を見た。
エリシアは微笑んだ。
「軍師の仕事なのでしょう?」
レオンは笑った。
「ああ」
彼は頷いた。
「その通りだ」
しかし、そのころ、王都の大神殿では、別の異変が起きていた。
大司教アドルフが巨大な祭壇の前に跪いていた。
祭壇の中央には、黒い結晶が浮かんでいる。
《神格管理機構》
《緊急修正処理》
《第六補正機能の制限を確認》
《代替管理者を起動》
アドルフは震える声で尋ねた。
「代替管理者……?」
黒い結晶が激しく輝いた。
その中から、巨大な影が現れた。
十二枚の黒い翼。
赤い瞳。
全身を黒い鎧で覆った存在。
《第零補正機能》
《最終管理者》
《識別名:アビス》
アドルフは息を呑んだ。
「第零……?」
黒い存在は静かに答えた。
『世界管理機構の最終安全装置だ』
「何をなさるのですか」
『異常を修正する』
アドルフは頭を下げた。
「承知しました」
しかし、次の瞬間、アビスは右手を伸ばした。
黒い光がアドルフを包む。
「な、何を……」
『不要な管理者を排除する』
アドルフの身体が消滅した。
アビスは無表情だった。
『世界管理機構の支配権を回復する』
その瞬間、王都の空が真っ黒に染まった。
巨大な黒い魔法陣が出現する。
中央記録庫では、ルシアが悲鳴を上げた。
「そんな……!」
レオンが振り返った。
「どうした」
ルシアは震える声で答えた。
「第零補正機能が起動しました」
「第零?」
「最終管理者アビスです」
レオンは眉をひそめた。
「何者だ」
ルシアは静かに答えた。
「私たち神々を管理する存在です」
エリシアが息を呑んだ。
「神々の上に、さらに管理者が?」
ルシアは頷いた。
「はい」
彼女は続けた。
「アビスは、世界管理機構が制御不能になった場合に起動する最終安全装置です」
レオンは静かに尋ねた。
「目的は?」
ルシアは目を伏せた。
「世界の完全初期化です」
中央記録庫に警告が響いた。
《第零補正機能・起動》
《全補正機能の強制停止を開始》
《世界完全初期化まで、残り十二時間》
レオンは息を呑んだ。
「十二時間……」
エリシアは剣を握りしめた。
ルシアは絶望したように呟いた。
「もう、間に合いません」
しかし、レオンは静かに首を振った。
「まだだ」
彼は地図を広げた。
「十二時間あれば、戦争は一つ終わらせられる」
エリシアが頷いた。
「はい」
レオンは窓の外を見た。
黒い空。
巨大な魔法陣。
そして、世界の終わりを告げる鐘。
彼は静かに呟いた。
「ならば、最後の戦争を始めよう」
世界を支配する神々。
その神々を支配する最終管理者。
そして、世界を救おうとする人間たち。
すべての運命が、王都アルヴェインへ集まり始めていた。




