シネラリアの女神は微笑んで
夜の闇にまぎれて、訓練棟の屋上に二人の少年少女の姿があった。
満月が光る夜。
月光に照らされた少女は、やはり何よりも美しい。
「学業全てに秀でていて、容姿も端麗。そんなシネラリアの女神とまで称された人物が、二年での卒業をかけた試験でまさかの落第……。これはシネラリアの伝説になるだろうな」
「ねえ、レン」
からかうように言ったその言葉を、咎める風でもなく、シェリアはやわらかい笑みを浮かべてこちらを見た。
その表情に、思わずどきりとしてしまい、それとなく視線を外す。
「何?」
「シネラリアって、どんな花か知ってる?」
「冬から春にかけて咲いて……いろんな色がある花、ぐらいしか」
「この学校の名にそれが選えらばれたのはね、学校の創立者が、シネラリアのようだ、って恋人に褒められたからだそうよ」
「……?」
「さまざまな色を僕に見せ、そして、僕に春をもたらした君は、まさにシネラリアの花のようだ。そんな口説き文句とともに、シネラリアを渡したんですって」
冬を告げる風が、シェリアの癖のない艶やかな黒髪を南の方へ流していく。
「シネラリアの花が選ばれたのは、たぶん、単にその男性が好きだった、って言うのがあるとは思うけど」
「どうしたの? 突然……」
シェリアが違うとばかりに首をふるふると横に振った。
「私たち四人の学生生活に色を添えたのは、絶対に私ではないわ」
レンはようやくシェリアの言葉の意図を知る。
だから、そんなことを言い出したのだ。
彼女は言いたいのだろう。
シネラリアの名にふさわしい人物は、シェリアではない、と。
「シネラリアの女神は、きっと、これからも私たちに微笑んでくれるでしょうね」
それは確かなことだった。
未来はおぼつかないけれど、きっと四人の関係はこれからも続いていく。
「シネラリアの女神の名は返上ね」
満月の下で、幸せそうに笑う彼女は、それでもやはり女神のように美しかった。
中央に白い輪。
そこから伸びる花弁は紫色だった。
「これ……私に?」
赤銅色の髪の少女は、差し出された花束を大事そうに抱えて、目の前の少年に問う。
「ああ。卒業……あと一年この学校で勉強できることへの祝辞として」
二年の教育課程をおえた生徒は、成績優秀者であれば、三年目を飛ばして、軍に入隊できる。
マリエ達四人は、そろいもそろって秋学期で落第したため、教師たちにさんざん補修を受けさせられそうになったが、全て踏み倒した。
アベルに至っては、これは家への反抗心だと明言したため、シネラリアの生徒達の噂を余計に大げさなものにしたようだった。
「シネラリア……綺麗ね。この花」
まだ寒い冬にも咲く花。
「花言葉はいつも喜びに満ちて、だとさ。シェリアの受け売りだけどな」
「もしかしてシェリアに助言をもらったの?」
アベルの顔にさっと赤みが走る。
どうやらそれは図星だったらしい。
アベルが選ぶなら、宝飾品を選びそうだと思っていただけに、このプレゼントは予想外のものだった。
しかしマリエの性分からして、高価なものをもらうよりは、こちらの方が素直に喜んで受け取れる。
「気にいらなかったか?」
不安げにマリエの顔を覗き込むアベルに、慌てて首を横に振る。
「いいえ。嬉しかったわ」
あの日以降、幾度となく、こうやってアベルの前で笑っている。
「ありがとう、アベル」
幸せそうに微笑むマリエに、アベルはいつだって照れたように顔をそむける。
そんなアベルを見て、マリエはまた微笑むのだ。
「ありがとうは、こっちの台詞だよ……」
幸せそうに微笑むマリエを横目で見て、アベルはつぶやく。
いつもその笑顔に顔が赤くなるから、直視はできない。
それでも、いつだって笑ってくれるマリエをこれからも守っていきたい。
「絶対、守るから」
重なった二つの影。
その影からはみ出た花は、二人を見守るようにそっと風に揺れていた。
これにて本編完結です!
長いお話にここまでお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!
番外編、後日談は以下のURLより更新予定です。
リクエストも受け付けますので、何かあれば感想でもメッセージでも、書いていただければな、と思います。
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