色は添えられ
夏休み終盤、シネラリア養成学校に徐々に戻ってきた生徒たちの間には二つの衝撃的な噂が蔓延していた。
一つ目は、シェリア・リエーソンとレン・ヴェントスの正式な婚約発表について。
こちらは両家が正式に発表したため、誰しもが認めざるを得なかった。レンが引き起こした学内での騒動の時は認めなかった生徒もみな認めていた。
しかし当然のことながら、レンのファンであった女子生徒や、シェリアに憧れていた男子生徒たちは、みな残念がった。ただ、意外だったのは、あの二人ほどお似合いのカップルはないと言う生徒が大半だったことだ。
二つ目は、マリエとアベルが付き合っている、という噂。それに合わせて、オブスキィト家がソーンダーズ家と内々に進めていた縁談を破棄したという噂も広まり、学内は混乱に陥っていた。
実際、夏休みが明けるまでは、オブスキィト公爵家という家格の問題もあり、マリエとの交際は嘘なのではないかとの見方も強かった。
しかし夏休みが明けてみれば、驚くほどアベルがマリエにべったりだったため、噂の信憑性を疑う生徒は激減した。
「流石に、落ち着き、ましたね……」
金髪碧眼の少女、ターシャは疲れたようにつぶやいた。
今は食堂の隅で、少し遅めの昼食をとっていた。
夏よりは冬が近づいた秋の中ごろ。
食堂の窓の外の木々は赤や黄色に色づき、見事な景観を誇っていた。
二つの衝撃的な噂が広まっていくにあたって、被害を受けた生徒たちが数名いる。
それはマリエたち四人と、それなり以上の関わりを持っているとみなされた生徒数名である。
夏休みが明けた直後は、連日質問攻めにされた。
それらを躱すために、しばらく食堂など人が集まる場所を使えないほどであった。
「確かに。でも俺たちも本人に事情を聞いたのは、こっちに戻ってきて初めて、って感じだったけどな」
その向かい側に座りターシャに相槌を打ったのは、金髪碧眼の快活そうな少年キースであった。
「みんなもう認めるしかなくなったんだろうな」
どこか呆れたようにいうキースに、ターシャはおかしくなって笑ってしまった。
マリエとアベルは、予想以上にべたべたとしていた。
別に一日中愛を語りあっているというわけではなかった。
しかしながら、ずっと一緒にいて、時々視線が合うと照れたように笑うのを繰り返す。
見ているこっちが恥ずかしくなるような二人は、シネラリアのバカップルという名をほしいままにしていた。
「でも、幸せそうで良かったです! なによりシェリアとレン君の二人は、素晴らしいです! あの二人の美しさと言ったら――」
ターシャの美形談義が始まろうとしていたその時。
シネラリアをゆるがす第二弾の波が、すぐそこにまで押し寄せていた。
「――聞いて! あのシェリア・リエーソンが、秋学期のテストを落として、もう一年学校に残るらしいわ!」
シュトレリッツ王城の一角、赤や黄色に彩られた木々に囲まれた池の傍で、輝くばかりの男女が立っていた。
鮮やかな金髪に太陽のような美しさを持つ女性は、隣に立つ男性の傍にそっと寄り添って、そうして微笑んでいた。
「あら、険しそうな顔をされていますね」
本当はずっと険しい顔をしていた男性だったが、女性はあくまでも今気づいたとばかりの反応をしてみせた。
「シネラリア養成学校長と、オブスキィト公爵から直々に真偽を問う書状が来た」
「それはバカ正直に、私のためだと書状にしたためるからでしょう」
アレクシオスはオブスキィト公爵家に公式文書をしたためた。
その内容は、アベルとマリエの仲を邪魔するな、というものだ。その理由は、ヴェラが望んだからだと、明記してあった。
「私のせいなのか?」
もっと他に書きようがあったでしょう、と非難がましくヴェラに言われ、アレクシオスは理不尽だとばかりに憤慨する。
「そもそも何故あんなことを?」
「あのとき、取引をしたと申し上げたでしょう?」
あのときとは、シネラリア養成学校を巻き込んで騒動を起こしたあの時である。
ヴェラとアレクシオスの中を取り持つために、アベルは一役買って出たのだった。
「約束したのです。アベルとマリエの婚約をメディウム家として推奨すると」
「だからあいつは、協力を?」
「ええ。彼はオブスキィト家の後継者。自らの利益無くして動きはしません」
外堀から埋めるあたり、流石というべきなのだろう。
あの少年はきっとこの場所まで上がってくる。
そんな予感がアレクシオスの中にはあった。
「大騒ぎね」
「お前のせいだけどな」
黒く長い艶やかな髪を持った美少女は、まるで他人事のようにつぶやいた。
それを見とがめた赤みがかった茶色の髪の少年が反論する。
「あら、あなたもでしょう?」
「というよりは、俺たち、かな」
秋学期のテストの成績発表掲示板から遠く離れた位置にある校舎の、空いている教室で、四人は座っていた。
この教室に四人がいることは、すでに他の生徒たちにばれてしまっているのだが、さすがに仲間で入ってくる猛者はいないようだった。
「シェリアがもう一年通う、って言いだしたときは驚いたな」
秋の初めごろ。テスト一週間前になって、シェリアは突然、言ったのだ。
あと一年学校に通いたいから、次のテストはわざと落とすつもりだと。
「だって悲しいじゃない。わざわざ飛び級して、二年で卒業するなんて。私はまだ学生でいたいのよ」
「本当に……自分のため?」
赤銅色の髪の少女が不安げに問う。
どうやらマリエは、シェリアがマリエとアベルのために今回の騒動を引き起こしたのだと思っているようだった。
それが全くないと言えば嘘になる。
アベルが手を回し、シェリアが王家からの手紙を突きつけたことで、オブスキィト公爵は、今のところアベルとマリエに関しては黙認している。
しかし全く持って賛同する雰囲気でないことは確かだ。
ただ幸か不幸かアベルは一人息子で、かつシネラリアで優秀な成績を収めているため、オブスキィト公爵がアベルを切り捨てることはない。
そこがマリエとの仲を認めさせるには、一番の切り札なのではないかとシェリアは考えていた。
それにしても、ある程度の時間がなければ、オブスキィト家の問題はクリアできないだろう。
そのための一年、というのは確かに考えのうちにあった。
「自分のためよ。そもそも、あなたたちに提案するだけでも良かったでしょう?」
それでもマリエに気を使わせたくはなくて、シェリアはとんでもないとばかりに笑い飛ばして見せた。
「……それもそうね」
「それにしても、月日って早いな。アベルとマリエが、シネラリアのバカップルなんて呼ばれる日がくるとはね」
レンがそうやってさりげなく話題を変える。
「うるさい。お前たちだって似たようなもんだろ」
「俺たちのが演技が上手だからね」
からかうように笑うレンに、アベルが少しすねた様子で反論する。
その様子を見ているマリエは、本当に幸せそうに笑っていた。
この光景が実現したのは、マリエのおかげではないか。
そんなことをシェリアはふと思う。
マリエがいなければ、おそらくシェリアはレンへの想いに気づくことはなかっただろう。
また、シェリアがアベルと関わることもきっとなかった。
ヴェラとアレクシオスのことも、マリエのことがなければ、アベルはきっと引き受けなかっただろう。
四人の生活に色を添えたのは、ほかならぬマリエなのだ。
「シネラリアの女神……」
囁くように、シェリアはつぶやいた。




