第6話 大バズり
第6話 大バズり
王都では、その頃ちょっとした騒ぎになっていた。
「聞いたか?」
「ああ、あのポーションだろ」
「飲んだ人間に合わせて効果が変わるらしい」
「そんな馬鹿な話があるか」
「だが実際に治ったそうだぞ」
高級酒場。
商人ギルド。
冒険者酒場。
貴族の茶会。
噂はあっという間に広がっていた。
奇跡のポーション。
神の薬。
辺境の聖職者が作る不思議な薬。
そして誰かが勝手に名前を付けた。
――神恵の雫。
その名前は瞬く間に王都中へ広がった。
一方。
アルム村は今日も平和だった。
「ルークさーん!」
朝からミアが教会へ駆け込んでくる。
麦わら帽子を被り、薄い青色のワンピースを着ている。
頬は日焼けして健康的だった。
「どうしました」
「ベル爺が木から落ちた!」
「木に登ったのですか」
「登った!」
「なぜ」
「若い頃はできたって言ってた!」
ルークは額を押さえた。
「行きましょう」
二人は急いでベル爺の家へ向かう。
庭先でベル爺が唸っていた。
「腰が……」
「だから言ったのに」
ミアが呆れている。
「若い頃はできたんじゃ」
「若い頃の話は聞き飽きました」
ルークはポーションを飲ませた。
するとベル爺は目をぱちくりさせる。
「あれ?」
「どうしました」
「痛くない」
立ち上がる。
歩く。
踊る。
「治った!」
「踊らないでください」
ルークは真顔だった。
ミアは大笑いしている。
そんなある日。
村へ立派な馬車がやって来た。
金の装飾。
黒塗りの車体。
いかにも金持ちそうだった。
村人たちはざわつく。
「誰だ?」
「貴族か?」
馬車から降りてきたのは恰幅の良い商人だった。
絹の上着。
金時計。
磨かれた革靴。
どう見ても大物である。
「ルーク殿!」
いきなり握手された。
「はい」
「ぜひ売ってください!」
「何をですか」
「ポーションを!」
ルークは首を傾げる。
「必要な方には差し上げています」
「そうではなく!」
商人は興奮していた。
「大量購入です!」
「なぜですか」
「売れるからです!」
ルークはますます分からなくなった。
結局。
商人は大量の注文書を置いて帰っていった。
数日後。
今度は冒険者が来た。
さらに数日後。
病気の妻を連れた旅人。
王都の医師。
薬師ギルドの調査員。
教会の神官。
次々と人がやって来る。
アルム村の宿屋は満室になった。
ルミナは頭を抱える。
「足りない」
「何がですか」
「全部」
「全部」
「宿も食料も椅子もベッドも足りない!」
村人たちは嬉しい悲鳴を上げていた。
パン屋は大忙し。
農家も大忙し。
宿屋は大繁盛。
しかし当の本人だけが変わらない。
その日の夕方。
ルークは教会の裏庭でミアと話していた。
夕焼けが畑を赤く染めている。
「今日ね」
ミアが言う。
「夢見た」
「どんな夢ですか」
「お父さんとご飯食べる夢」
「そうでしたか」
「途中で目が覚めた」
「残念でしたね」
ミアは少し笑う。
そして俯いた。
「でもね」
「はい」
「前より寂しくない」
風が吹いた。
麦畑がさらさら揺れる。
「なぜですか」
ミアは少し考えた。
「ルークさんがいるからかな」
ルークは返事に困った。
その頃。
王都ではさらに騒ぎが大きくなっていた。
「奇跡のポーションを買い占めろ!」
「貴族様から注文だ!」
「順番待ちが三ヶ月だぞ!」
「冒険者ギルドが専属契約を狙ってる!」
まさに大バズりだった。
王都中が熱狂していた。
しかしルークは知らない。
そんなことより気になることがあった。
「ミア」
「なに?」
「最近ちゃんと食べていますか」
「食べてるよ」
「野菜もですか」
「うっ」
「食べてください」
「嫌だ」
「駄目です」
「うー」
結局。
ルークは野菜嫌いのミアを説得する方が難しいと思った。
その夜。
教会の食堂で夕食を取る。
豆の煮込み。
焼きたての黒パン。
卵と玉ねぎの炒め物。
皆で食卓を囲む。
ベル爺もいる。
ミアもいる。
ルミナもいる。
「今日はな」
ベル爺が話し始める。
「わしが若い頃――」
「また始まった」
ミアが笑う。
「十五回目だ」
ルミナも笑う。
皆が笑った。
ルークも少し笑った。
王都では考えられない時間だった。
成果もない。
数字にもならない。
仕事でもない。
だが不思議だった。
胸の奥が温かい。
そしてその夜。
作業室で完成したポーションは、これまでで最も美しく輝いていた。
淡い金色の光。
まるで朝日のような優しい色。
ルークはまだ知らない。
王都で起きている大騒ぎも。
注文が山のように積み上がっていることも。
神がご覧になっていたのはポーションではなく。
人々と食卓を囲み。
話を聞き。
共に笑った時間だったことを。




