第5話 不思議なポーション
第5話 不思議なポーション
春が終わりに近づいていた。
アルム村の畑には若い麦が風に揺れ、淡い緑色の波を作っている。
ルークは朝早くから教会の作業室にいた。
窓を開けると、土の匂いと草の香りが流れ込んでくる。
木製の机の上には薬草が並んでいた。
回復草。
月見花。
風葉草。
いつもと同じ材料。
いつもと同じ作り方。
だが最近、出来上がるポーションが少し変だった。
瓶の中で淡い金色の光が揺れる。
飲んだ人が皆、不思議そうな顔をするのだ。
「失敗でしょうか……」
ルークは首を傾げる。
その時。
教会の扉が勢いよく開いた。
「ルーク!」
ルミナだった。
今日は麦色のワンピースを着ている。
猫耳がぴんと立っていた。
「大変!」
「どうしました」
「マルクさんが倒れた!」
ルークはすぐに立ち上がった。
マルクは村の農夫だ。
四十代半ば。
大柄で働き者だが、最近は畑仕事が忙しいと聞いていた。
二人は急いで畑へ向かう。
マルクは納屋の前で座り込んでいた。
額には汗。
顔色も悪い。
「大丈夫ですか」
「すまん……」
マルクは苦笑した。
「体が重くてな」
「熱はありませんね」
「そうなんだ」
ルークは脈を測る。
異常はない。
怪我もない。
だが明らかに疲れ切っていた。
「ポーションを持ってきます」
ルークは教会へ戻った。
先ほど完成したばかりのポーションを持ってくる。
「どうぞ」
マルクは一口飲んだ。
その瞬間。
「……あれ?」
目を瞬いた。
そして立ち上がる。
「軽い」
「軽い?」
「体が軽い!」
肩を回す。
腕を振る。
腰も伸ばす。
「なんだこれ!」
ルミナも驚いていた。
「本当に?」
「本当だ!」
マルクは笑った。
「三日くらい寝たみたいだ!」
ルークは首を傾げる。
普通の疲労回復ポーションのはずだった。
しかし効果が強すぎる。
「不思議ですね」
「不思議なのはこっちだ!」
マルクは豪快に笑った。
その二日後。
今度はベル爺が教会へやって来た。
目の下に隈がある。
「眠れん」
「眠れませんか」
「最近ずっとじゃ」
ルークは同じポーションを渡した。
ベル爺は飲む。
「苦くないのう」
「薬ですから」
「もっと苦い方が効く気がする」
そう言いながら帰っていった。
翌朝。
ベル爺が教会へ飛び込んできた。
「ルーク!」
「どうしました」
「寝た!」
「はい?」
「朝までぐっすりじゃ!」
老人は感動していた。
「久しぶりじゃ!」
「それは良かったです」
「夢も見なかった!」
「はい」
「最高じゃ!」
ルークはますます困惑した。
疲労回復の効果なら分かる。
だが安眠効果など付けた覚えはない。
それから数日。
今度は村の若者が怪我をした。
薪割り中に斧で腕を切ったのだ。
傷は深くない。
だが痛みが強いらしい。
ルークはいつものポーションを飲ませた。
翌日。
「もう治った!」
若者は腕を振り回していた。
「早すぎませんか?」
ルークは思わず言った。
「俺に聞くな!」
若者は笑う。
「でも助かった!」
村人たちの間で噂が広がり始めた。
ルークのポーションは何かがおかしい。
疲れた人には元気を。
眠れない人には眠りを。
怪我人には治癒を。
しかも誰にでも同じ効果ではない。
飲む人によって変わる。
「神様の薬じゃないか?」
誰かが言った。
「そんな大げさな」
ルークは苦笑する。
だが村人たちは真剣だった。
ある日の夕方。
教会の前でルミナが腕を組んでいた。
「ねえ」
「はい」
「ルークさん」
「何でしょう」
「最近変わったよね」
「私がですか」
「うん」
ルミナは微笑む。
「前は仕事しか見てなかった」
ルークは少し考える。
「そうかもしれません」
「今は違う」
「そうでしょうか」
「ベル爺の話も聞くし」
「はい」
「ミアとも遊ぶし」
「少しだけです」
「少しじゃない」
ルミナは笑った。
その時だった。
街道から馬車がやって来た。
見慣れない旅人が降りる。
革の外套。
砂埃をかぶった帽子。
商人らしい男だった。
「ここがアルム村か」
男は周囲を見回す。
「何か御用ですか?」
ルミナが尋ねる。
「宿を探している」
「ありますよ」
「助かる」
旅人は宿へ向かう。
その夜。
夕食の席で旅人は肩を押さえていた。
「どうしました?」
ルークが尋ねる。
「旅の疲れだ」
男は苦笑した。
「最近ずっと痛くてな」
ルークはいつものポーションを差し出した。
「どうぞ」
「売り物か?」
「違います」
「本当に?」
「はい」
旅人は半信半疑で飲んだ。
翌朝。
宿屋に叫び声が響いた。
「なんだこれは!」
村人たちが飛び起きる。
旅人は興奮していた。
「肩が痛くない!」
腕をぐるぐる回している。
「十年ぶりだ!」
皆が驚いた。
旅人は何度もポーションを眺める。
「王都でも見たことがない」
そして真剣な顔になった。
「この話は広まるぞ」
「そうでしょうか」
「間違いない」
旅人は断言した。
「人は良いものを見つけたら黙っていられない」
ルークは首を傾げる。
だが旅人は確信していた。
アルム村の小さな教会で作られる不思議なポーション。
その噂はやがて村を飛び出し。
王都へ向かって広がり始めることになる。
まだ誰も知らなかった。
その小さな噂が、やがて王国中を巻き込む大きな波になることを。




