第4話 孤児の欲しかったもの
第4話 孤児の欲しかったもの
ベル爺の家へ通うようになってから数日が過ぎた。
ルークは少し不思議な気持ちで朝を迎えていた。
辺境の朝は王都と違う。
窓を開ければ草の匂いがする。
小鳥のさえずりが聞こえる。
遠くでは牛の鳴き声も響いていた。
教会の小さな部屋で身支度を整える。
白いシャツ。
茶色のベスト。
黒いズボン。
見習い時代の法衣は大切に畳んでしまってある。
朝食は黒パンと卵焼き、それに温かい野菜スープだった。
人参と玉ねぎの甘い香りが立ち上る。
ルークはゆっくりスプーンを動かした。
王都にいた頃は、食事は栄養補給だった。
今は違う。
なぜか温かい。
「おはよう!」
食堂へルミナが飛び込んできた。
猫耳がぴょこんと揺れる。
「おはようございます」
「今日の仕事ね」
「はい」
「孤児院へ行ってきて」
「孤児院ですか」
「ミアの様子を見てきてほしいの」
ルークは頷いた。
食事を終えるとすぐに孤児院へ向かう。
村の外れにある小さな建物だった。
木造二階建て。
古いが掃除は行き届いている。
庭では子供たちが遊んでいた。
「ルークだ!」
「ポーションのお兄ちゃん!」
子供たちが駆け寄ってくる。
ルークは少し戸惑った。
こんな風に歓迎された経験があまりない。
「こんにちは」
すると奥から一人の少女が現れた。
金色の髪。
大きな青い瞳。
十歳くらいだろう。
それがミアだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
しかしミアはすぐに視線を逸らした。
笑わない。
どこか寂しそうだった。
ルークは考える。
何かしてあげなければ。
何が必要だろう。
そして翌日。
王都へ向かう行商人に頼んで高価なお菓子を取り寄せた。
砂糖をたっぷり使った焼き菓子。
果実の砂糖漬け。
蜂蜜入りのクッキー。
村では滅多に食べられない贅沢品だった。
「ミア」
孤児院へ届ける。
「これをどうぞ」
箱を差し出す。
ミアは目を丸くした。
「わあ……」
だが。
それだけだった。
確かに驚いている。
しかし嬉しそうではない。
「ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げる。
それで終わりだった。
帰り道。
ルークは首を傾げていた。
「変ですね」
翌朝。
ルミナに話す。
「ミアは喜びませんでした」
「何をしたの?」
「高級なお菓子を贈りました」
「なるほど」
「喜ぶと思ったのですが」
ルミナは苦笑した。
「ルークさん」
「はい」
「ミアが好きなお菓子知ってる?」
「知りません」
「誕生日は?」
「知りません」
「好きな遊びは?」
「知りません」
ルークは黙った。
確かに知らなかった。
何も。
「それでどうして喜ぶと思ったの?」
返す言葉がない。
その日の夕方。
孤児院の院長が困った顔でやってきた。
「実は夕食当番が体調を崩しまして」
「そうですか」
「子供たちの食事作りを手伝っていただけませんか?」
「分かりました」
ルークは快諾した。
台所へ入る。
大きな鍋。
刻まれた野菜。
じゃがいも。
玉ねぎ。
人参。
干し肉。
煮込み料理を作ることになった。
ぐつぐつと鍋が鳴る。
香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。
「いい匂い!」
子供たちが集まってくる。
「まだです」
「お腹すいたー」
「もう少し待ってください」
ミアもそこにいた。
鍋を見つめている。
「ミア」
「はい」
「お菓子は食べましたか」
「食べました」
「どうでした?」
「美味しかったです」
少し間が空く。
「そうですか」
会話が終わる。
気まずい。
だが料理が完成した。
長いテーブルに並ぶ。
野菜と肉の煮込み。
焼き立てのパン。
少しだけ残っていたチーズ。
豪華ではない。
だが温かかった。
「いただきます!」
子供たちの声が響く。
皆が一斉に食べ始めた。
「美味しい!」
「おかわり!」
「まだありますよ」
ルークはパンを配る。
すると。
隣にミアが座った。
「ルークさん」
「はい」
「昔ね」
ミアがぽつりと言った。
「お父さんがいたの」
ルークは手を止める。
「そうでしたか」
「ご飯食べる時、面白い顔するの」
ミアが少し笑った。
「こうやって」
変な顔をして見せる。
周囲の子供たちが大笑いした。
ルークも少し笑った。
するとミアが嬉しそうに笑う。
初めて見る笑顔だった。
「ルークさんもやって」
「私ですか」
「うん」
「無理です」
「やって」
「無理です」
「やって」
子供たちが大合唱する。
結局。
ルークは変な顔をすることになった。
子供たちは爆笑した。
ミアも涙が出るほど笑っていた。
夕食が終わる頃。
ルークはふと気付く。
お菓子を渡した時より。
今の方がずっと嬉しそうだった。
帰り際。
ミアが服の裾を掴んだ。
「ルークさん」
「はい」
「また来る?」
「来ます」
「本当?」
「本当です」
ミアは満面の笑みを浮かべた。
「約束だよ」
「約束です」
教会へ戻る夜道。
星空が広がっていた。
風が心地よい。
ルークは考える。
高価なお菓子。
豪華な贈り物。
それだけでは足りなかった。
ミアが欲しかったのは。
一緒に食事をする時間。
話を聞いてくれる相手。
笑い合う時間だった。
「人は物だけでは満たされない……」
小さく呟く。
その夜。
ポーションを作る。
完成した瓶の中で、淡い光が前回より少しだけ強く輝いた。
まるで誰かが喜んでいるように。
ルークはまだ知らない。
神がご覧になっていたことを。
孤児の笑顔を。
共に食事した時間を。
そしてまた少し。
霊の実が育っていたことを。




