表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。  作者: 夏灯みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/9

5.逆転

 監査は、思っていたよりも早く来た。


 しかも、ただの監査役ではなかった。


 ――その前日のことだった。


 王宮の一室。


 机の上に、一通の書簡が置かれている。


 封は簡素。

 だが、中身は違った。


 リオン・アルヴェルトは、無言でそれを開いた。


 目を通す。


 日付。

 数量。

 差異。


 無駄のない記述。

 感情の一切ない報告。


(……正確だ)


 孤児院で見た光景が、脳裏に重なる。


 足りない食事。

 沈黙する子どもたち。


 そして。


(……あの娘か)


 帳簿を見ていた少女。

 静かに、だが確かに異常を捉えていた目。

 リオンは最後まで読み終えると、書簡を閉じた。


「……監査を入れる」


 短く言う。迷いはなかった。


「抜き打ちで」


 その一言で、すべてが決まった。


 そして――翌朝。


 商工会議所の空気が、変わった。


 ざわめき。落ち着かない視線。

 入口の扉が開き、数人の役人が入ってくる。

 そして、その中央に立ち、灰色の鋭い瞳で中を見回す背の高い男は、リオンだった。


(……来てくださった)


 一瞬だけ、リオンの視線がエミリーに止まる。


 ――届いていた。


 エミリーが頭を下げると、リオンは少し表情を緩めた。

 それから、事務所を見回し、声を張った。


「王命により、孤児院および救貧院向け配給物資の流通に関する監査を行います」


 空気が凍る。


「帳簿、納品書、契約書、支払記録の提出を」


 逃げ道はなかった。エミリーの上司たちが視線を交錯させる。


「まず、配給記録を管理していた者は」


「……帳簿係のエミリー・ローデンです」


 上司の答えに、リオンはエミリーを見つめた。


「あなたですね」


「はい」


 そのとき、監査の報せを受けた伯爵家の使いも慌てて駆けつけていた。


「お待ちください! この娘の記録にはミスが多く、現在、見直しをさせているところで、見直し済みの帳簿は、こちらに」


 使いは、どさどさと書類を机に広げる。


(――書き換えられているわ……)


 エミリーは眉をひそめると、自分の机の奥の引き出しを開けた。


「こちらは私の控え帳です。全て記録を写してありますので、こちらも見てください」


 控え帳が差し出される。リオンはそれを受け取った。


 ページをめくる。


 日付。

 数量。

 差異。


 すべてが、繋がっていた。


「……なるほど」


「孤児院で見たときから、気づいていたのですね」


「はい」


「なぜ、記録を続けたのですか」


「仕事でしたので」


 短い。


 だが、揺るがない答え。


「……それが一番、難しい」


 小さく、リオンは言った。


 そして。


「照合を開始します」


 そこからは、早かった。


 帳簿。

 納品記録。

 契約書。

 支払履歴。


 次々と崩れていく。


「差分が継続的に発生しています」

「同一商人への流出が確認されました」


 空気が変わる。


 そのときだった。


「……待ってくれ」


 低い声。


 振り返ると、倉庫係の男が立っていた。


 ジムだった。


「その子は関係ねえ」


 ざわめき。


「エミリーは、ちゃんと来た」


 はっきりと。


「自分の足で倉庫に来て、数を数えていたんだ」


 部屋の空気が止まる。


「帳簿だけ見てた連中とは違う」


 上司の顔が歪む。


「倉庫番ごときが、何を勝手なことを――」


「勝手じゃねえ」


 ジムは一歩出る。


「俺は見てたんだ。その子は、何かおかしいって、自分で確かめに来た」


 沈黙。


 それは、決定打だった。


 “現場の証言”が、数字と繋がる。


 リオンが、わずかに頷いた。


(……揃った)


「記録、現物、証言――すべて一致しました」


 静かな宣告。


「本件は、組織的な横流しです」


 崩壊が始まった。

 動揺した上司が机の上の書類をひっくり返し、伯爵家の使いが口をつぐむ。

 ソフィアが顔を青くする。

 ――誰も、もう逃げられない。


「商会全体が関与していたと判断する。伯爵家の関係者についても、事情を確認させてもらおう」


 短い命令で、役人が動いた。商会の上役と伯爵家の使いが連行される。

 混乱するその中で。


「ローデン嬢」


 リオンが呼ぶ。


「あなたの記録がなければ、ここまでは辿れませんでした」


 淡々とした言葉。


 だが――確かな評価だった。


「……ありがとうございます」


 エミリーは頭を下げる。


 そして、ほんの少しだけ思う。


 あのとき――孤児院で。


 同じものを見ていた人が、ちゃんと、来てくれたのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ