Episode.62
「子爵とミネルバは?」
二階席から会場を見渡し、シリルはライナスに聞いた。まだ時間はあるものの、大勢の貴族が会場に入っている。
「まだ入られていないようです。ですが子爵も時間通りに外出先から出発されたようですので、まもなく来られるでしょう」
「陛下はもう皇城へ戻られたのか?」
「皇妃が出迎えに行かれて、先ほど皇都の門を通過されたようです」
「ぎりぎりのお帰りだな。開始時間が押しそうだ」
ライナスが何かに気付き、一歩下がった。シリルが振り向くと、令嬢たちの熱い視線を受けながら長身の赤髪の男が近づいて来た。正装したレオンハルトを初めて見るが、前世の言葉で表すなら、ホストだ。ナンバー1ホストがシリルに向かって歩いて来る。
レオンハルトは持っていたグラスをひとつシリルに渡した。シリルはホストに向かって不満を吐いた。
「遅かったな。出来る限り急いでくれと言ったのに」
「旦那。それを言うなら、移動スクロールの場所をもう少し近くにしてほしかったな」
「皇都のど真ん中に急に現れたら驚くだろう」
(ただでさえ目立つのに)
レオンハルトはシリルをじとりと睨む。
「そうだけど、もう少し皇都に近ければ余裕を持って戻れたのに」
不満をぶつけあっていると、ライナスに近づいた侍従が耳打ちをした。嫌な予感がした。ライナスが珍しく表情を崩す。
「奥へ行こう」
シリルが席を立つと、レオンハルトも付いて行く。
「子爵から『戻れない』と一報があったそうです」
「子爵は無事なのか?」
「はい。なんでも道が崩れたらしく。どの道かは把握できておりません」
シリルは大股で闊歩し、ミネルバがいるであろう噴水広場へ急いだ。皇城の扉は今日は開かれている。外に目をやり、違和感に気付く。扉の前には馬車が何台も止まり、列が出来ている。
「……ん?普段はここまで馬車は来れないはずだよな?」
パーティが開かれる場合でも、いつもは扉の前までは馬車での乗り入れは禁じられている。年配の貴族など、配慮が必要な者は、会場の近い別の馬車寄せが用意されているはずだ。
「衛兵、なぜここまで馬車が来ている?」
扉の前に立つ門番に叫ぶように言った。
「皇妃様の計らいで、本日は扉の前まで馬車を通して良いと言われております」
門番はシリルの剣幕に驚きながらも答える。
「ちっ」
思わず舌打ちをした。
(だとすれば、広場は馬車の通り道で砂埃が舞っている。とても待ち合わせなど出来ない)
「ミネルバを探そう。……おそらく城内にいるはずだ。ヴェラが付いているから大丈夫だとは思うが…」
取り乱さないように低い声でライナスに伝え、シリルも踵を返して城内へ戻った。
ミネルバは通された部屋があまりに華美だったので恐縮していた。
(ここで待つように言われたけど、本当にお父様はここに迎えに来るのかしら?なんだかこの部屋、来客用にしては家具が豪華だわ)
コンコン!
窓から聞こえた音に、ミネルバは視線を向けた。
「えっ」
窓の外に、ヴェラの姿が見える。ミネルバはソファーから立ち上がり、慌てて駆け寄る。
「ヴェラ卿?どうしたの?何故ここに?」
ヴェラはどこか慌てているように見える。周囲を警戒していた。
「ミネルバ嬢、ここは第二皇子専用の応接室です。すぐに出てください」
「えっ何ですって?」
第二皇子の部屋?そうだとしたら何故こんな場所に案内されたのか。
「侍従が間違えたのかしら?」
間違いだとしても、第二皇子専用の部屋と言うのは体裁が良くない。ヴェラの言う通り、すぐに出た方がいい。ミネルバは扉に向かおうと振り返った。
「いけません。扉の外には見張りがいます。こちらに来てください」
(見張り?)
何がなにやら。もう一度ヴェラを見ると、手招きをしている。
(こちらと言うことは、窓から出ると言うこと?)
「でも……」
さすがに躊躇する。
「お急ぎください」
ヴェラの焦りを含む様子からして、急いだほうがよさそうだ。ミネルバは生まれて初めて窓枠に足をかけた。
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