Episode.61
「ではな。ミネルバ。また後で皇城で会おう」
「はい。お父様」
第二皇子の誕生パーティー当日。急な仕事が入ったアウグスタ子爵は朝から出掛けて行った。パーティーは夕刻からだ。子爵とは皇城で待ち合わせて行くことになった。
邸宅から一緒に行くはずだったので、少し心細かったが、そんなことは言っていられない。パーティーの準備と、今日中に片付ける書類とで朝からミネルバも忙しく動いた。
夕刻、来客があった。ドレスに着替え、身支度を終えていたミネルバが階下へ降りると、玄関ホールに見覚えのある女性騎士が立っている。
「ヴェラ卿?」
何度か会ったことのある、シリルの護衛騎士だ。いつもの黒っぽい騎士服とは違い、藍色の華やかな騎士服を身に纏っている。
「ミネルバ嬢。皇城まで護衛させていただきます」
「えっ。でもシリル様の護衛は……」
「シリル様にはライナス卿が付いていますし、そもそもあの方には護衛は必要ありません」
ヴェラはそう言うとミネルバの手を掬いキスをした。
「今日は堂々とミネルバ嬢を護衛できます」
(堂々と?)
女性とはいえ、紳士的な振る舞いにどきりとする。心細かったので嬉しいが、一介の子爵令嬢である自分に護衛なんて身分不相応だ。ミネルバが言葉に迷っていると、ヴェラが少し微笑んだ。
「子爵が一緒に行けなくなったと聞き、シリル様から命じられました。本当は自分が来たかったようですが、シリル様も時間がなく、泣く泣く私を遣わせたのです。私は貴族の身分はなく、騎士爵もないので城門までしかお供出来ず申し訳ないのですが……」
頭を下げようとするヴェラに、ミネルバは慌てて言った。
「そんな!城門までで十分です!……心細かったので、助かります」
ミネルバが素直に言うと、ヴェラは微笑んで手を差し出した。
「では行きましょう」
馬車に乗り込むと、ヴェラも同乗してくれた。シリルと乗る時は、護衛のライナスは御者の席に居たので、ヴェラもそうするのかと思っていた。皇城までの時間、考え過ぎてしまいそうなので、話し相手がいてくれて嬉しい。
素直になったついでに、ミネルバは朝から気になっていることを聞いてみた。
「ヴェラ卿、シリル様のパートナーはどなたなのでしょう……?」
ヴェラの目が見開かれる。
(そ、そんなに驚かれる事だったかしら……それとも、私には答えられない事……)
ミネルバの表情が硬まる。ヴェラは少し驚いて言った。
「シリル様はお一人で参加されます。聞いていませんでしたか」
ミネルバは波打っていた心音が凪いでいくのを感じた。
(そ、そうなのね……)
よかった……
ミネルバは今朝とても迷っていた。
シリルから贈られたドレスを身に纏い、出陣したかったが、おそらくシリルは他の令嬢をエスコートするはずだ。シリルに贈られたドレスで参加しては、まだ見ぬその令嬢に申し訳ないと思ったからだった。結果、父の用意してくれたドレスを選んだ。
「シリル様は、今日とても他のご令嬢をエスコート出来る井出立ちではありません」
「えっ」
(そんなに奇抜な格好なのかしら……?)
どんな格好だろうと、シリルほどのスペックがあれば着こなしそうだが……。ミネルバが思案していると、正面に座るヴェラが困ったような視線でミネルバを見ている。
「報われない主の姿を見るのは、ちょっと面白いですね」
と、ため息とともに言った。なんのことかはミネルバには分からず、首を傾げて微笑を返した。
傾き始めた陽が、皇都の街並みを茜色に染めていく。しばらく走ると、皇城の城門が見えてきた。城門を過ぎ、中庭の庭園で馬車は止まった。
「ここで大丈夫ですか?」
「ええ。父と噴水で待ち合わせをしているの」
皇城は広いし、中に入ってしまえば人が多く、見つけるのも難しい。
ヴェラは馬車から降りるミネルバをエスコートし、辺りを見渡した。
中庭の噴水広場は待ち合わせのスポットでもある。皇城内でもあるので、狼藉者も入れない安全な場所だ。まだ子爵の姿は見れないが、ここならばお互いに見つけるのも容易いだろう。
「会場内までお供したかったのですが、申し訳ありません」
「いいえ。お話が出来て嬉しかったわ。ありがとうヴェラ卿」
挨拶を交わしてヴェラと馬車は去って行った。ミネルバは噴水まで行き、近くのベンチに腰掛ける。ポツポツと同じように待っていた令息令嬢達がパートナーと去っていく。
(お父様、遅いわね……お仕事が長引いたのかしら)
とはいえ、時間に余裕はあるのだ。皇城のパーティーでは、上級貴族以外の招待客は早くに会場へ着き、場内で時間を潰す。始まる時間が近づくと、上級貴族たちが会場に入り始め、最後に皇族が登場する。ミネルバは下級貴族なので早く行くにこしたことはないが、名前を呼ばれることもないので、たとえ遅くなっても目立たないように会場に入れば問題はない。
「アウグスタ子爵令嬢でいらっしゃいますか?」
名を呼ばれ、顔を上げると、皇城の使用人だろう。胸元に皇室の紋章のある制服を着た男性が立っていた。
「はい。そうですが何か……?」
「アウグスタ子爵が少々遅れるとのことで、別室にてお待ちいただくように申し使っております。ご案内いたします」
恭しく一礼された。
「え、でも……」
付いて行っても良いんだろうか?
「ここはじきに馬車の通り道になるので危険です」
たしかに周りを見ると、残っているのはミネルバだけだった。ミネルバは立ち上がり、使用人の後ろに付いて歩いた。
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この日ヴェラが着ていた藍色の騎士服は、ラウザー騎士団の正装用の騎士服です。かっこいいんだろうな。




