Episode.43
(――ついてないわ)
本当に最近ついていない。そう思いながら、アザリー・ノエル侯爵令嬢は淑女然としたカーテシーをとり頭を下げた。
皇城に来ることに緊張はないが、白銀宮へ来ることはまた別問題である。
(どうして私を呼んだのかしら)
白銀宮の主である帝国の皇妃、アランドラ・クロイツ。穏やかな微笑みを称えているが、彼女の微笑みにはどこかヒヤリとするものがある。
アランドラ皇妃とアザリーは叔母と姪の関係にあたる。アカデミーに入学してからお会いする機会は増えたが、それ程親しくはなく、白銀宮に呼ばれた事も数回しかない。
「久しぶりね。アザリー。元気そうで何よりだわ」
「皇妃様におかれましても、色あせないお美しさを拝見でき恐悦至極と存じます」
「まぁ。貴方と私の仲なのに、そんなにかしこまらないでちょうだい」
(仲って‥‥)
アザリーは皇妃が自分との距離感を狭めようとしていることに舞い上がった。
「う、嬉しいです」
顔を紅潮させて言うアザリーに、皇妃は微笑んだ。以前感じた冷たい雰囲気は感じず、アザリーは皇妃に勧められるまま同じテーブルでお茶を飲んだ。
「時に、アザリー。最近アカデミーはどう?ほら、以前言っていたラウザー子息の恋人になったというご令嬢。あれからどうなったのかしら?」
皇妃は時々アザリーを呼び、アカデミーの話を聞きたがる。淑女の鏡と言われる程の礼儀正しい姿とは違い、噂好きの叔母の姿を見れるのは自分だけだと思うと気分も高揚する。アザリーは得意げに話し始めた。
「リリーア嬢は、アレックス様と破局したのに、次は弟のシリルさまに好意を向け始めました」
「まあ!恋多き令嬢ね」
「ええ。アカデミーに復帰してすぐのことです」
「先日、アカデミーで騒ぎが起こったと聞いたけれど、そのご令嬢が原因なのかしら?」
「え、ええ」
先日と言っても昨日の事だ。
「アザリーはその場にいたの?詳しく聞きたいわ」
「えっと……」
さすがに言葉が濁る。その場にいたも何も、言うなれば当事者の一人だ。言葉に詰まるアザリーを見て、皇妃はまた微笑んだ。
「ほら、私は皇妃でしょう?皇后の立場にもないから、私の役割は少ないの。つまらない毎日だから、アザリーに話し相手になってほしいのよ。何か面白いお話を聞かせてほしいの」
皇妃は伏し目がちに視線を下に向けた。伏せた瞳に睫毛の影が映る。
(こんなに美しい方なのに、皇城の生活に満足されていないのね)
皇妃は帝国に二つしかない公爵家、クロイツ公爵家の令嬢だった。皇妃として皇室に嫁ぎ、ほどなくして第二皇子を出産した。皇后が病死した後も皇后の座に就くことなく、皇妃の地位に留まっている。
アザリーの父ノエル侯爵が、クロイツ公爵が皇妃を何故皇后に冊立しないのか抗議したと聞いたことがある。
(皇妃様は皇城での暮らしを、退屈だと思っていらっしゃるのかしら)
そう思うと、アザリーは皇妃に不思議と親近感を感じた。自分も代わり映えのない生活にうんざりし、友人達と一緒にタナトス令嬢を焚き付けた。子爵令嬢の分際で、ラウザー公爵家に取り入ったミネルバ・アウグスタに嫉妬し、タナトス令嬢の行動に乗ったのだ。
その代償が昨日のアカデミーの食堂での件である。ラウザー子息に糾弾され、みんなの前で晒し者になった。その為アザリーはしばらくアカデミーを休学することになった。
(邸宅に居てもする事はないし、外出も控えなければならない。皇妃様のお話相手を任されるなんて光栄な事だわ)
「私で良ければ、いつでも白銀宮へお呼びください」
アザリーが言うと、皇妃は微笑んだ。
「まぁ嬉しい。折角だから、他のご令嬢も呼んでくれないかしら?お茶会を開こうかしら」
「ぜひ。友人たちも喜びます」
食堂の一件で立場が危うくなったアザリーは喜んだ。呆れた顔をしていた友人も、皇妃主催のお茶会に招待すればまた私を一目置くようになるはずだ。
皇妃は手に持っていた扇を広げた。藍色の羽根の付いた華やかな扇だ。開くとふわりと花の香りがした。
「‥‥そうねぇ、当事者のリリーア・タナトス令嬢はぜひとも呼んでちょうだい。楽しいお話が聞けそうだもの」
「リリーア嬢をですか?」
出来れば彼女は呼びたくはない。男性がいなくても周りに媚びることに長けているし、一緒に行ったミネルバ・アウグスタへの嫌がらせのどれかをその場で話されても困る。
「ええ。貴方が以前から言っていた彼女の話を聞いてみたいの。」
叔母と姪とは言え、侯爵令嬢が皇妃の頼みを断れるはずもなく、アザリーは承諾した。




