Episode33
シリルの申し出に、公爵は少し思案した。
「‥‥人を借りたいとは、何をする為の人員だ?」
「護衛や、情報収集など」
「ふむ‥‥ならばラウザーの影から、若い者たちを数名付けてやろう。まだ経験不足だが、お前が爵位を継ぐ頃には影の中でも精鋭となる者たちだ。今から信頼関係を築いておくのも悪くないだろう」
どこかで聞いた話だ。
(俺は裏組織の新人育成係りじゃないんだが)
何故レオンハルトも父も新人を俺に任すのか。
『影』の存在は公爵家の中でも一部の者しか知らない。ラウザー公爵家は帝国の貴族の中で、直属の騎士団を持つことが許されている数少ない家門だ。表だって護衛や魔獣討伐の際に活躍しているのが彼らラウザー騎士団であり、『影』は諜報や隠密を得意とする部隊だ。
とはいえ、新人と言えど影に選ばれた人材だ。シリルはありがたく承諾した。
「感謝します。父上」
シリルが一礼して席を立つと、公爵がためらいがちに口を開いた。
「重ねて言うが、アカデミーではくれぐれもアレックスとの関わりは避けるように。仕返しなど考えているのなら止めなさい。お前のやり方は‥‥少々、執拗だからな」
(公爵も把握していたのか?)
ラウザー公爵は双子のいざこざに干渉して来ない。関心がないのだと思っていた。
シリルはニヤリと口を歪めて言った。
「もうそのような小さい事はしません」
「だから心配なのだが?」
公爵の呟きを聞き流してシリルは執務室を出た。
――三日後。公爵の願いも虚しく、シリルはアレックスの胸ぐらを掴んで対峙していた。シリルのこめかみがぴくりと動く。
(俺だってコイツと何度も顔を突き合わせたい訳じゃない)
アレックスが大人しくしていれば、シリルだって構いたくはない。
アレックスがアカデミーに復帰して二日目。ミネルバの護衛に付けていたヴェラから報告があった。
ヴェラは、情報ギルド【聖女の烙印】のレオンハルトが送ってきた部下だ。
邸宅に来てすぐに、ライナスと腕試しの手合わせをさせたが、なかなかの実力者だった。何より、女性である。女性の護衛こそ、シリルが望んでいたものだった。シリルはすぐにミネルバの護衛をヴェラに頼んだ。
ヴェラをミネルバの護衛につかせた初日の事だ。
座学の準備をしていたシリルは外に気配を感じて窓の外を覗いた。ここは3階だ。窓の外に人がいる訳はないんだが。
「シリル様」
何もない所から声が聞こえた。意識を集中させると、近くの木にヴェラの姿が見えた。
「さすがです、シリル様。認識阻害の魔道具を付けているのに、よく私の気配が分かりましたね」
感心しているようたが、ヴェラの言葉には抑揚がない。
「いや、お前、そこは目立つだろう」
ヴェラはライナスのようにアカデミーに申請している護衛ではない。非常時以外は隠密に徹するように言ったはずだが。
「大丈夫です。シリル様には気付かれましたが、他の生徒には気付かれません」
たしかに他の生徒は気にもしてない。シリルが外を見ているので、気になって同じ方向を向く生徒はいるが、ヴェラがいることには気付いていないようだった。
(仮にも騎士を目指す生徒がそんなに危機感がなくていいのか?)
「先ほどアレックス様がミネルバ様に会いに経営学科のクラスに来られました」
「何だと?謝罪の場が整うまでは、ミネルバ嬢に会いに行かないよう父上がアレックスに伝えたはずだが」
シリルは自分の頭に血が昇るのを感じた。ヴェラは淡々と口を開く。
「独断の様です。ちょうどミネルバ様は不在でしたので、他のクラスメイトが対応していました。『また来る』と言い戻ったようです。謝罪のようには見えなかったと」
また来るだって?
「ミネルバ嬢の講義は次で終わりだったよな?俺もこの講義が終わり次第合流する」
「御意」
ヴェラは一礼と同時に姿を消した。
シリルは授業が終わると、経営学科へ急いで向かった。
走るように廊下を進み、経営学科の教室が見えた時点で胸騒ぎがした。教室には人集りが出来ている。
「すまない。通してくれ」
人混みを掻き分けて教室に入ると同時に、頬を叩く音が聞こえた。
「ミネルバ!」
悲鳴のようなアリアの声が響く。周りの生徒達も騒然としていた。
シリルは瞬時に三人の顔を捕らえた。ミネルバと対峙するアレックス。少し離れた場所からアリアがミネルバにかけよった。
頬を叩かれたミネルバは、顔を歪めたものの、アレックスを睨み返している。
「――っお前!」
更にもう一発食らわせようというのか、アレックスは手を振り上げた。
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