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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第一章 忘れられる少年と、忘れない二人

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第8話 決死の嘘と冷たい銃口

「憲兵だ。開けろ。

 この付近で異常なマナが観測されている」


 扉の向こうから、無機質で、威圧的な声が響いた。


 それだけではない。カチャリと、重厚な魔導銃ライフルの撃鉄が起こされる冷たい金属音が、扉越しにハッキリと聞こえた。


 少女を見ると、クロードを見つめ……いや、焦点が合っていないようだった。

 全身が震えている。


 クロードは意識を失ったままだ。

 この少女がいる限り、魔力探知機からは絶対に逃げられない。


 ――この子を逃がした私たちは重罪人だ。間違いなく殺される。


 ……私は。私は、人生で一つは成した。

 天使の輪(エンジェル・リング)は、遺した。


 でもクロードは……?


 彼の『誰かに覚えておいてもらいたい』という、あまりにもささやかな願いはどうなるのか。


 ジルは真っ赤になった目をギュッと閉じ、涙をぬぐう。


(――クロードだけは……。最悪でもクロードだけは死なせないっ!!)


「(ベッドの下に隠れて!)」


 鋭く、少女に指示を出すと、すぐに――。


 ――ガンッ、ガンッガンッ!!


 「早く開けろ。あと5秒以内だ!」


 扉の向こうで、殺気が膨れ上がる。


 「開けます! すぐ!」


 少女がベッド下に潜るが早いか、とりあえずの返事をする。

 そして、わざと足音を大きく立てながら玄関へと向かう。


 「......はいはい! こんな夜中に、一体何事ですか!」


 ジルは声を張り上げた。奥の部屋で怯える少女に状況を知らせるためだ。


 重い扉を開けると、そこには分厚い軍外套を羽織った大柄な男が立っていた。

 深くかぶった軍帽の奥から、鋭く冷たい相貌がジルを射抜いている。頬には古い傷跡があり、ただの末端兵ではない、歴戦の凄みがあった。


 軍外套の下には、長剣と重厚な魔導銃。

 剣と銃を併用する戦闘術――それは帝国軍でも一握りの実力者にしか扱えない。

 単独で任務を行っていることからも、彼がただ者ではないことは明白だった。


「この付近で異常なマナ反応がある。何人いる? 全員、身分証を出せ」


「異常なマナ反応ですか? 私はライセンス持ちの魔導技師で、ここは質素ですが工房ですよ。 マナ反応の一個や二個はあります。 私の作業服に染み付いた残滓や、機材の熱だって――」


 何とか取り繕おうとするも。


「……お前、涙の跡があるな。嘘をついている者特有のしゃべり方だ」


 冷酷に告げられる。


「……どけ。抵抗は公務執行妨害とみなす」


 憲兵はおもむろに魔導銃を持ち上げる。

 明らかな、脅しだ。


 ジルの身に緊張が走り、一瞬固まった。

 憲兵は強引にジルの肩を押しのけ、土足でガレージの中へと足を踏み入れた。

 彼の視線は真っすぐに奥の寝室――クロードと少女がいる部屋へと向けられていた。


「待って!奥には……!!」


 ジルの制止を無視し、憲兵がおもむろに扉をガチャリと開ける。


 そこには、異様な光景が広がっていた。


 ベッドの上で、クロードが浅く苦しそうな呼吸を繰り返している。

 その身体は向こう側のシーツが透けるほど半透明になっており、生々しい赤紫の火傷の痣が浮き出ていた。


「これは……」


 憲兵が怪訝に目を細めた瞬間。

 ジルがクロードの上に覆いかぶさるように、憲兵との視線を遮り、むせび泣きながら叫んだ。


「お願い……!この子を、連れて行かないで!!」


 ベッドの下。暗闇の中で息を殺す少女の耳に、ジルの悲痛な声が響く。


「この子が……私の弟が、その魔力反応の原因なの! 魔導炉の実験が失敗して、身体のマナ回路がズタズタに……ッ! もう、こうして身体の形を保つのができなくなってきて……!!」


 それは、とっさの嘘だった。

 クロード自身にマナは微塵もない。魔術師が視れば、彼が「マナ反応の源」ではないことはすぐにバレるだろう。


 だが、目の前の憲兵――グスタフ・ベルガーは生粋の戦士であり、マナを視覚ではなく『肌に刺さる気配や圧力』として感知するタイプだった。そして不運なことに――あるいは奇跡的な偶然により――ベッドの下で息を殺す少女からは、今も膨大で異常なマナが立ち昇っている。


 歴戦の強者であるグスタフの鋭い感覚は、その凄まじいマナの圧力を正確に捉えていた。しかし、彼の目の前には『身体が透け、赤紫の痣を浮かび上がらせて崩壊しかかっている少年』がいる。

 ベッドの直下から湧き上がる少女の巨大なマナと、異常をきたしているクロードの肉体。その二つが位置的に完全に重なり合った結果、百戦錬磨のグスタフでさえも『この異常なマナの発生源は、魔力暴走を起こして肉体が崩壊しかかっているこの少年だ』と錯覚してしまったのだ。


「どうか……どうか放っておいて。このまま消えていくのを、ここで看取らせて。……お願い、神様。この子を奪わないで……ッ!」


 ジルがクロードの透けた手に縋り付き、嗚咽を漏らす。

 その涙は、決して演技ではなかった。

 目の前で今にも消え入りそうなクロード。本当に自分の記憶から彼が消えてしまうかもしれないという本物の恐怖と絶望が、ジルの心を本気で引き裂いていた。


 ベッドの下で、少女は息を詰まらせた。


(私が助けを求めたから……。私のせいで、あんなに泣いている――)


 ジルの、悲しいほどに重たくて、純粋な愛情。

 少女は自分がとんでもないものを壊しかけている罪悪感と同時に、ここまで誰かに想われる「この少年」に対して、言いようのない引力を感じていた。


 沈黙が流れた。


 グスタフは、険しい表情のまま二人を見下ろしていたが、やがて深く、ため息をついた。


「捜索対象は13歳の少女だ。彼は、男だな?」


「……ッ、はい」


 違ったから帰ってくれるのかと、一瞬希望が見えたが……


「――が、連行対象は『すべて』だ」


「……ッッ!」


 それは、死の宣告に等しい内容であった。


 クロードは、実際には探知機に反応しない。連行され、家から少しでも離れたら、すぐさま気づくであろう。

 こいつは違う。まだ『いる』と――。


 ジルの顔が見る間に蒼白になる。

 ……こうなれば、もうなりふり構っていられない。クロードは絶対に守る。

 たとえ、その他は道連れにしてでも。


 そう――少女を差し出すのだ。


 いずれにしろ私は大罪人。少女を逃がし、匿った。


 少女は、もし連れ帰らされたとしても、殺されはしないようだった。

 つまり、クロードを生かすには――私だけで済むのだ。

 クロードは重症者で、最初から『何も知らない』。

 少女のことなど、何も。


 決断に、震える。涙があふれる。

 自らの、命と引き換えにしてでも、クロードだけは。

 彼の望みだけは…。


「……ここに――」


 ジルが、独白を始めようとしたまさにその時。


 ――はぁぁ。


 憲兵が深く、ため息をついた。


「……マナ漏洩による重症患者、一名。異常反応の正体はこれと断定する」


 グスタフは、静かに言った。


「……もう良い。お前は、弟の看病に専念しろ」


 ベルガーは懐から手帳を取り出し、1枚破る。

 殴り書きで所属、名前、本日の確認内容を残し、テーブルに置いた。


「俺はグスタフ・ベルガーだ。見たところ二人暮らしか? ……もし、どうしようもなくなった時は、俺を頼れ」


 グスタフは、帽子の影に視線を落とした。


「今日、この一帯は俺が一人で回っているが、現在、大規模な招集がかけられている。報告はあげておくが、把握していない憲兵が、またここに来る可能性がある」


「――そのメモを見せろ。容認する者もいるだろう。ただし、命令は絶対だ。連行される可能性もあるから、覚悟はしておけ」


 振り返り、玄関へと向かう。


「……強く生きろよ、嬢ちゃん」


 厳格なムチの後に見せた、精一杯の飴。

 それは、死にゆく少年と残される少女への、彼なりの不器用な手向けだった。


 扉がバタンと、閉まる。


 遠ざかる足音を確認すると、ジルはその場に崩れ落ちた。

 乱暴に目元をこすり、大きく息を吸い込む。


(昼には大部隊……。もう、動くなら、今しかない……!)


 ベッドの下から這い出してきた少女。

 まだ、小刻みに震えていた。

 それは、憲兵への恐れか。それとも――。


 考えかけたが、ジルにはそれ以上考える余裕はなかった。

 時間は、ない。


「……奈落谷に、行こう――」


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


本作では、それぞれが抱える『正義』を大切にしています。

その行動をどう受け取るかで、この物語の見え方も少し変わるはずです。


もし何か感じるものがあれば、

気軽に言葉にしていただけると嬉しいです。

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