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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

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第69話 届いても、なお

第69話 届いても、なお


 ブレジオンの周囲を満たす瘴気(しょうき)が、さらに濃くなった。

 黒紫(こくし)の靄(もや)が地面を這い、踏み荒らされた土の上を広がっていく。近くに残っていた兵士たちは内燃錬成を全身へ回していたが、数十秒も経たないうちに構えが崩れ始めた。


「前衛、下がれ! 維持できない者は距離を取れ!」


 指揮官の声を受け、何人もの兵が後方へ退いていく。

 ブレジオンへ近づくほど、体を守るために回す魔力が増えていく。剣を握る腕から力が抜け、呼吸が乱れ始めれば、そのまま残って戦える状態ではなかった。


 私も全身へ内燃錬成を巡らせ続けている。薄く体を覆う程度では足りない。

 ブレジオンの周囲に漂う瘴気は、触れているだけでこちらの魔力を削り取ってくる。


 肩や腕、脚のどこか1つでも守りが薄くなれば、そこから瘴気が入り込んで体が重くなる。私は削られる分まで見込んで魔力を流し、防御を厚く保った。

 消費量は大きい。けれど、細かく調整しながら必要な場所へ必要な量だけ回すより、こちらの方が今の私には確実だった。


 その隣で、父上が魔導剣を構えている。

 父上の体にも内燃錬成は巡っていた。ただし、私ほどの量を外へ出していない。

 瘴気に削られた箇所へ必要な分だけ即座に補い、薄い防御を崩さず保っている。そのうえで右手の剣へ流す魔力も落としていなかった。

 グスタフの戦いを見た時にも感じた。魔力は、多く使えばいいというものではない。父上の操作は、さらに細かい。


「……ずいぶん持っているな」


 ブレジオンが私を見た。上から下まで一度見回す。

 隠すつもりでも、今は隠しきれない。瘴気へ対抗するため、私は絶えず大量の魔力を体表へ流している。


 ブレジオンが口元を歪めた。


「まだいたか。面白そうなのが」


 私は剣を構えた。父上が半歩前へ出る。


「セレスティア。合わせろ」

「はい」


 短い指示だった。

 父上の右手に握られた魔導剣が、赤い光を帯びる。魔導剣レグナス。

 帝国皇帝に受け継がれてきた剣。刀身へ流れ込んだ魔力が一気に圧縮され、剣そのものへ力として乗っていく。


 父上が先に踏み込んだ。

 ブレジオンが右腕を振るう。

 父上は魔導剣を斜めに合わせた。拳が届く直前、体表を巡っていた内燃錬成が右腕から肩へ一気に集まり、赤い光が強くなる。


 刃を滑らせるようにして拳の軌道を外す。

 それでも、腕を覆う瘴気まで完全には外せなかった。

 衝突した瞬間、父上の右足が地面を削った。集中させた内燃錬成が瘴気を押し返し、剣で拳も逸らしている。


 それでも衝撃は腕から肩まで抜け、父上の上体が揺れる。

 父上は1歩だけ位置をずらし、そのまま魔導剣を振り上げた。

 ブレジオンが左腕を下げる。

 刃が前腕を覆う瘴気を裂き、その下の肉まで届いた。黒い血が飛ぶ。


 そこへ私も入る。

 右側から回り込み、脇腹を狙った。

 ブレジオンがこちらへ顔を向け、腕を振るう。


 肩の動きを見て外へ抜けた。拳そのものは私の前を通り過ぎる。

 直後、その腕にまとわりついた瘴気が防御膜へ押し寄せた。


「っ……!」


 体の右側へ流していた魔力が一気に削られる。

 ゼルガンが全力でまとっていた時より、明らかに重い。

 私は右肩から脇腹へ魔力を大量に流し込み、防御膜を立て直した。この瘴気をまともに受ければ、内燃錬成で強化していても無事では済まない。


 そのまま愛刀・残響へさらに魔力を加え、踏み込む。

 黄色の光が刀身を覆った。


「はっ!」


 脇腹を斬りつける。

 瘴気を裂いた刃が肉へ届き、黒い血が流れた。

 だが、浅い。

 ブレジオンが私へ腕を返し、私は即座に距離を取る。


父上が反対側から斬り込んだ。魔導剣が肩口へ食い込む。だが、ブレジオンは意に介さず拳を叩きつけてくる。


 速い。

 父上も私も、技術では上回っている。それでも、ブレジオンの反応はあまりに速かった。

 深く踏み込めば、巨腕がすぐに返ってくる。急所へ刃を向ければ、獣のような勘で危険を察し、体を外す。


 こちらは攻撃の威力より、速度と手数を優先することになる。

 刃は届く。だが、一撃ごとの傷は浅い。


「左!」


 父上の声に反応して身を沈める。頭上を太い腕が通過した。

 そこへ父上が踏み込み、魔導剣を袈裟(けさ)に振るう。私は逆側へ回り、次の拳を外して太腿を斬る。


 それでもブレジオンは、1歩、さらに1歩と前へ出る。攻撃を仕掛けるたび、反撃をかわすこちらの方が後ろへずれていった。


 私は距離を取り直し、一度周囲を見た。

 何度も踏み荒らされた土。剣で削れた跡。魔法が着弾して焦げた地面。そのすべてが、今はブレジオンの背後に残っている。


「……父上」

「……」


 父上のこめかみを、一筋の汗が伝った。


 帝都の外壁が近い。戦っている間、ずっとこちらが押されていた。私たちの攻撃を受けながらも、平然と1歩ずつ前へ出ている。

 それに合わせて父上と私が位置を下げ、中央の戦列そのものが帝都に向けて押し込まれていた。


 左右に展開している帝国軍より、中央だけが深く後退している。


「中央を下げすぎるな! 左右、間隔を詰めろ!」


 近衛隊長の指示が飛んだ。兵が動く。

 けれど、中央へ寄れば寄るほどブレジオンの瘴気が濃くなる。内燃錬成を維持できる兵だけが前へ出て、それ以外は距離を取るしかない。

 その結果、両脇の部隊と中央との距離だけが縮まっていく。


 ブレジオンが右を見た。

 その先には、前衛を支える魔術師と負傷兵を収容している部隊がいる。さっきまで十分に離れていたはずの部隊が、今はすぐ右後方まで近づいていた。


 ブレジオンが左腕を構えた。


「右後方、散れ!」


 近衛隊長が叫ぶ。

 紫黒の瘴気が腕へ集まった。拳の前で圧縮され、太い塊へ変わっていく。

 次の瞬間、それが横へ放たれた。


 奔流(ほんりゅう)が地面すれすれを走る。

 兵たちが避けようとしたが、間に合わない。

 後方部隊の中央へ瘴気が突き刺さった。


 轟音が響く。

 土と人影がまとめて宙へ上がった。防御魔法を展開していた魔術師ごと吹き飛ばされ、近くにいた兵も巻き込まれる。

 衝撃が抜けたあとには地面が大きく抉(えぐ)れ、その周囲へ倒れた人影が折り重なっていた。

 一度の攻撃で、数十人の兵が動かなくなった。


「救護! 右後方へ!」

「隊列を崩すな!」

「次が来るぞ!」


 命令が重なる。生き残った兵が負傷者へ駆け寄る。

 その横で、何人かがブレジオンを見たまま立ち尽くしていた。

 遠くから支援していたはずの場所へ、腕を向けただけで攻撃が届いた。


 前へ出れば瘴気に削られ、距離を取っても攻撃が届く。立ち尽くした兵たちの顔から、さっきまでの勢いが消えていた。

 ブレジオンの口元から、これまで浮かんでいた笑みが消えた。


 2本の角の下で眉間が深く寄り、牙の覗(のぞ)く口が歪む。

 周囲を満たす瘴気が、また濃くなる。私の防御膜が削られる速度が上がっている。


 ブレジオンは後方へ吹き飛ばした兵たちに目を向けることもなく、また1歩前へ出る。


 帝国軍の戦線は、確実に帝都側へ押し込まれていた。


ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。

物語もいよいよ2章クライマックスに入ってきました。

ここからは一話ごとの内容をしっかり詰めながら進めていきますので、今後の更新は週1回に変更させていただきます。


次回更新は 11/7(土)予定です。

引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。

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