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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

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第67話 災厄の影

ここからついに、2章の最終盤となります。

 兄上のいた場所から、黒い瘴気が再び膨れ上がった。土煙の向こうで第一皇子の部隊が乱れている。

 人型の魔族は崩れた兵たちを追わず、ゆっくりと南へ動き始めた。その先にいるのは帝国中央軍だ。

 私はベルコートと走りながら、視線を南へ移した。


 建物の隙間から、帝国旗がいくつも見える。さらに奥には、それらより大きな皇帝旗が立っていた。

 兄上が兵を率いて敵陣へ食い込んでいたのに対し、あちらは帝都北部そのものを支える中央本軍だ。

 左右の街路まで兵が展開し、その後方には魔術師たちの部隊が幾重にも控えている。


 その中央から、大きな魔力が動いた。

 幼い頃から何度も感じてきた、知っている魔力だった。


「父上……」


 皇帝である父上・ゼストが前へ出ようとしている。

 兄上を退けた人型魔族から感じる瘴気は、離れていても肌にまとわりつくほど重い。上級魔族と戦った時にも、ここまでの圧は感じなかった。

 父上も分かっているはずなのに、それでもその魔力は黒い瘴気へ向かっていた。


 中央軍の前衛が北へ進み始めるのとほぼ同時に、後方で無数の魔力が膨れ上がった。

 ヴァルダー兄上の部隊にも魔術師はいたが、規模が違う。中央軍の後方では、離れた場所からでも分かるほど多くの魔力が一斉に高まっていく。


 幾筋もの炎が弧を描いて北へ飛び、それを追うように巨大な岩塊が空を横切る。別の場所では地面がせり上がり、魔獣の群れを下から突き崩した。

 最初の着弾が終わるより早く、さらに後方で別の魔力が膨れ上がる。

 炎に焼かれた群れの横へ土塊が落ち、そのさらに奥では吹き荒れた風が魔獣をまとめて横へ押し流した。


 後方に控えていた魔術師たちも次々に詠唱を終え、空いた場所へ間を置かず魔法を送り込んでいく。

 兄上の部隊が1点を突き破るように進んでいたのに対し、中央本軍は広い戦線を面で押し返していた。


 道路を埋めていた魔獣がまとめて倒れ、後続まで巻き込まれていく。それでも攻撃は途切れず、崩れた群れへ内燃錬成を使った兵たちが踏み込んだ。

 左右の戦線まで、少しずつ北へ押し上げていく。

 これが帝国本軍の戦いだった。魔族との戦いを想定して積み上げてきた戦力が、押され続けていた戦線を面で押し返していく。


 炎が人型の魔族の周囲へ落ちた。

 だが黒い瘴気が膨れ上がると、炎は途中で崩れ、続けて飛んだ岩塊も砕け散った。地面から突き上がった土も、瘴気に触れたところから形を失っていく。

 黒い影の左右では魔獣が焼かれ、吹き飛ばされ、帝国軍に押し返されている。


 中央本軍が戦線全体を北へ押し上げる中で、その人型魔族だけが南へ進み続けていた。

 帝国兵が何人か黒い影の前へ出る。

 黒い瘴気が膨れるとまとめて左右へ弾かれ、後ろから出た兵も同じように押し戻された。

 それでも人型魔族の歩みは止まらない。


 皇帝旗がさらに前へ動いた。それまで本軍の中央にあった旗が、兵たちの間を抜けて北へ進んでいく。父上の魔力も一緒だった。


「まさか……」


 周囲の兵に任せるのではなく、自ら迎え撃つつもりだ。

 私はさらに速度を上げた。

 中央へ近づくにつれて、帝国兵の姿がはっきりしてくる。負傷者を後方へ送る兵、空いた場所へ入る予備隊、次の魔法に備えて詠唱を始める魔術師。


 中央軍の外縁まで来たところで、前にいた帝国兵がこちらへ振り向いた。王国の軍服を見て、すぐに警戒する。


「第二皇女セレスティアです。陛下のもとへ向かいます!」


 兵の動きが止まった。


「北西戦線から来ました。王国軍も到着次第、魔族との戦闘に入ります」


 ベルコートが続ける。

 兵たちは一瞬だけ顔を見合わせ、そのまま道を空けた。

 私はベルコートとともに中央軍の中へ入る。

 周囲の兵の視線は、すぐに北から近づいてくる人型の魔族へ戻った。


 あれを止めなければならない。

 皇帝旗が前へ進み、その周囲の兵たちが左右へ分かれた。

 その間から、1人の男が歩いてくる。

 父上だ。


 最後に直接顔を合わせたのは、まだ10歳の頃だった。それでも、その姿を見間違えることはなかった。

 父上は黒い瘴気の正面へ向かっている。

 あれほど大規模な魔法を受け続けながら、人型の魔族はほとんど傷ついた様子もなくここまで来ていた。


 父上が剣を抜いた。

 その周囲から魔力が膨れ上がると、人型魔族もそこで歩みを止めた。

 距離が縮まり、その姿がはっきりと見える。


 人の形はしている。額の左右からは2本の角が伸び、口元には牙が覗いていた。

 巨大な人の体へ、鬼の特徴だけをそのまま刻み込んだような姿だった。

 その全身から黒紫の瘴気が絶えず溢れ、足元から周囲へ広がっている。


 私は中央軍の兵たちの間を抜ける。ベルコートもすぐ後ろについてきている。

 父上はまだこちらを見ていない。

 目の前には、兄上を倒した魔族がいる。


 魔族の顔がこちらへ向いた。

 牙の覗く口元には、まだ笑みが残っている。

 すぐに視線を父上へ戻し、名乗った。


「ブレジオンだ」


 戦場の騒音の中でも、その声ははっきりと届いた。


「この帝国を、喰らいにきた」


 その名を聞いた瞬間、足が止まった。


 ……知っている。


 ブレジオン。


 約200年前、大陸中央部から王国北東部、さらに南の公国まで災禍を広げた魔族。

 その出現によって、それまで知られていた2体の災害級に新たな1体が加わった。以後、人類は3体をまとめて三災と呼ぶようになった。


 そしてブレジオンの災禍は、ガレリア帝国の成立にもつながっている。

 魔族と魔王の脅威を訴え続けた北の辺境伯たちは、王国上層部との対立を深め、亡国の王族を擁立して独立した。

 それが175年前、光龍歴820年に建国されたガレリア帝国だ。

 帝国が生まれるきっかけの1つとなった魔族が、200年近い時を経て帝都へ現れている。


 父上の目が細くなった。


「……ブレジオン」


 剣の切っ先を向けたまま、その姿を見据える。


「絶望の鬼災、か」


 黒紫の瘴気は、ここまで近づいただけでも肌を刺すほど濃い。

 つい先ほど、兄上はあれに倒された。

 兄上の光が押し潰された瞬間が頭をよぎった。


 剣の柄を握る指に力が入る。

 私は大きく息を吸った。


「父上!」


 腹の底から声を張った。

 父上が振り向く。

 視線がこちらへ向き、目が合った。


「……セレスティア?」


次回更新は 10/27(火)予定です。


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