↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/71

第65話 第一皇子の戦場

第65話 第一皇子の戦場


「2人、ユリウス殿下のもとへ戻れ。これを最終報告とする」


 ベルコートが王国兵たちへ向き直った。


「魔族の出現は確定。帝国主力と魔族主力が交戦中。セレスティア様は帝国側と共同し、人型魔族2体、獣型魔族1体を撃破した」


 戻る2人を順に見る。


「罠ではないと断定する。王国軍の参戦が必要だ。この状況を傍観すれば、人族全体の危機を前に動かなかった国として、後に責任を問われかねない。私の所見も同じだと伝えろ」

「はっ!」


 指示を受けた2人が、その場を離れて西へ駆けていく。


「第一報はもう届いている頃です。殿下も動いているでしょう」


 ベルコートが言った。


「急ぎましょう」


 私が中央へ向かうと告げると、グスタフは周囲へ目を向けた。

「俺はここに残る。まだ逃がしきれてない連中がいる」


 通りには負傷した兵や冒険者が座り込み、その向こうでは憲兵たちが住民を南へ誘導している。倒した魔族の周囲にも、確認や回収のための人手が必要だった。


「分かりました」

「中央はこっちより酷いぞ。気をつけろ」

「はい」


 グスタフは近くにいた憲兵を呼び止め、すぐに次の指示を出し始めた。ルークはすでに東へ続く道を見ている。


「行くぞ、リン」

「はい」


 ベルコートと残った王国兵2人も続いた。

 ローデン町を離れるにつれて、通りに残る人の数は減っていく。砕けた石壁や横倒しになった荷車、落とされたままの武器が増え、中央から逃れてきた兵士とも何度もすれ違った。


「まだ動ける者は西へ回れ! 負傷者はそのまま南だ!」


 帝国兵が仲間の肩を借りた兵士を避難路へ送り出している。その脇を抜けた直後、路地から牙狼(ファングウルフ)が飛び出した。

 ルークが先に反応し、横から剣を走らせる。首筋を斬られて崩れたところへベルコートの一撃が続き、私たちは足を止めずに先へ進んだ。


 何度か角を曲がるうちに、中央から響く音が近くなる。砲撃とは違う衝撃が建物を震わせ、石畳にも断続的な揺れが伝わっていた。

 大通りへ出る手前で、数人の帝国兵がこちらへ駆けてくる。


「北西はどうなってる!」

「人型魔族2体と下級は倒しました。残った魔獣も押し返しています」


 ベルコートが答えると、兵士が短く息を吐いた。


「助かる。こっちは第一皇子殿下の部隊が中央を割ってる。街側からも押し返してるが、まだ数が多い!」


 第一皇子と聞いて、思わず歩調が落ちた。


「ヴァルダー兄上が?」


 兵士が私を見る。


「ああ。精鋭を率いて前に出てる。今は上級魔族とやり合ってる」


 兵士たちはそれだけ告げると、北西へ向かって走っていった。

 中央へ顔を向ける。建物の向こうから轟音が続き、時折、大きな魔力の波まで伝わってくる。


「行きましょう」


 歩調を速め、大通りへ出たところで中央北部の戦場が一気に開けた。

 道路を埋め尽くすほどの魔獣が、帝国軍の戦列へ押し寄せている。先頭が倒れても、その後ろから次の群れが乗り越えるように前へ出てくる。さらに奥にも黒い影が続き、群れの端さえ見えない。

 その中央へ、帝国軍の一隊が深く食い込んでいた。


 先頭を進む兵たちから揃って魔力が膨れ上がる。これほど多くの兵が一斉に内燃錬成を使う光景は、私も見たことがない。

 重なった巨大な魔力の波が、離れた私たちのところまで届いていた。


 その頭上を炎が飛ぶ。

 後方から放たれた上級魔法が魔獣の群れへ落ち、赤い炎が何体もの魔獣をまとめて包む。少し離れた場所では石畳が大きく盛り上がり、土と岩が別の群れを跳ね上げた。

 空いた場所へ、すぐに後続が流れ込む。


 炎に巻かれた魔獣を踏み越え、新たな群れが押し寄せる。その中から大型の魔獣が口を開き、炎を前衛へ吐きつけた。別の1体からは白い冷気が吹き荒れる。

 帝国兵の前へ土の防壁が立ち上がり、炎と吹雪を正面から受け止めた。その後ろでは、別の魔術師たちがすでに次の詠唱を続けている。


「あれが帝国の主力か……」


 ルークが戦場を見渡す。

 直後、後方でさらに大きな魔力が膨れ上がった。先ほどまでの上級魔法とは、明らかに規模が違う。

 魔獣群の中央で地面が大きく隆起し、石畳ごと持ち上げられた何体もの魔獣が宙へ投げ出された。


 特級魔法によって密集した群れが左右へ裂けると、内燃錬成を使う精鋭部隊が開いた場所へ一斉に踏み込む。

 後ろから新たな魔獣が流れ込むより早く、兵たちは前へ進んだ。

 そこへ後方から飛んだ炎の1つが、魔獣群へ届く前に黒い瘴気へ呑まれた。


 帝国兵の動きが一斉に変わる。

 魔獣の間から黒い影が飛び出し、瘴気をまとった腕で前衛へ襲いかかった。数人の精鋭が迎え撃ち、左右から別の兵も加わる。

 さらに離れた場所でも黒い瘴気が立ち上がった。


 中級魔族が複数、魔獣の群れに混じっている。

 精鋭が中級魔族を抑え、その横を抜けようとする魔獣には別の隊が入る。後続へ魔法師団の炎が落ち、押し寄せる群れを削っていく。


 先頭はその間も前へ進んでいた。

 進むたびに魔獣の群れが左右へ押し分けられ、後続の兵士たちが開いた場所を広げていく。街側に残っていた帝国兵も呼応して前へ出た。

 帝国軍が、戦線そのものを中央から割っている。


「あれか」


 ルークが前方を見る。

 距離があり、先頭にいる人物の顔までは分からない。それでも、あの部隊を率いているのが誰なのかは分かった。

 私たちは帝国軍と魔獣群の境目に沿って、中央へ向かい続けた。


 その進路の先で、今までの中級魔族とは規模の違う瘴気が膨れ上がる。

 あれが、兄上の相手をしている上級魔族だ。


 黒い瘴気が一気に前方へ押し広がり、先頭を進んでいた兵たちがまとめて弾かれた。後ろから押し寄せていた魔獣まで巻き込まれ、周囲の戦列が崩れる。

 中央を割り続けていた部隊が、そこで初めて止まった。


 すぐに後続が前へ出る。倒れた者を引きながら隊列を詰め、空いた場所へ別の兵が入った。

 上級魔族が再び瘴気を広げる。

 後方から放たれた炎がその中へ突っ込み、黒い瘴気とぶつかって左右へ弾けた。続いて土の防壁が前衛の前へせり上がり、押し寄せる瘴気を受け止める。


 その防壁が崩れるより早く、先頭にいた人影が再び前へ出た。


「本当に上級と戦ってんのかよ……」


 ルークが目を見張る。

 兄上が強いことは知っている。幼い頃から剣を振り続け、皇族の中でも前線へ出ることを厭わなかった。

 5年ぶりに見る兄上の戦いは、私の記憶にあるものよりずっと激しい。


 上級魔族の周囲では精鋭部隊が何度も形を変え、押し返されるたびに別の兵が前へ出る。少し離れた場所では、中級魔族を複数の兵が囲んで進軍を支えていた。

 その後ろでは魔法師団が絶えず詠唱を続け、前衛が作った隙へ炎と土の魔法を撃ち込んでいる。


 その時、右手の通りの先から怒号が上がった。


「外壁側だ!」


 ルークが先に振り向く。

 建物の切れ間から帝都の外壁が見えた。壁際では帝国兵の一隊が魔獣の群れに押され、外壁沿いの防衛線が崩れかけている。


 岩甲熊(ロックベア)が前脚を振るうたびに盾を構えた兵が弾かれ、その横では剛腕鬼(ブルートオーク)が両腕を振り回して戦列を押し崩していた。

 開いた場所へ牙狼が入り込み、次々と壁際へ走っていく。


「壁に取り付かせるな! 前を詰めろ!」


 帝国兵が叫ぶ。

 岩甲熊が前列へ突っ込んだ。兵が2人まとめて倒れ、その間を剛腕鬼が抜けようとする。


「行くぞ!」


 ルークが走り出した。私たちも続く。

 剛腕鬼が帝国兵へ振り下ろした腕へ、ルークの剣が横から入った。内燃錬成を乗せた刃が厚い腕を深く斬り、剛腕鬼の体が傾く。

 そこへルークがもう一歩踏み込み、首へ剣を走らせた。


 私は岩甲熊の前へ回る。大きな前脚が横から振られた。

 体を沈めて抜け、脇へ入り込む。首から肩へ続く岩のような皮膚を避け、その下へ内燃錬成を乗せた剣を斬り上げた。

 岩甲熊が大きく体勢を崩す。


 ベルコートが反対側から踏み込み、開いた首元へ剣を突き込んだ。

 巨体が石畳へ倒れる。

 その間にも牙狼が外壁へ走っていた。王国兵2人が帝国兵と並び、抜けてきた牙狼を迎え撃つ。


「まだ来るぞ!」


 ルークの声に外壁側を見る。

 通りの奥から、新たな岩甲熊と剛腕鬼が姿を現した。その後ろにも牙狼が続いている。

 帝国兵たちは崩れた戦列を戻そうとしていたが、負傷者も多い。


 ルークが剣を構え直した。


「俺はここを手伝う」

「ルークさん?」

「この数を残して中央まで行けるかよ。ここ崩されたら、外壁の守りが持たねえぞ」


 新たな岩甲熊が走り出す。ルークは私を見るより先に、その正面へ向かった。


「お前は兄貴んとこ行け!」


 内燃錬成を乗せた剣が岩甲熊の前脚へ叩き込まれる。


「ベルコートさん、2人をここへ」

「承知しました」


 ベルコートが王国兵2人へ振り向いた。


「ルーク殿と守備隊を援護しろ。外壁へ通すな」

「はっ!」


 王国兵2人が帝国兵の戦列へ加わる。ルークはすでに次の剛腕鬼と斬り結んでいた。


「お願いします!」

「おう!」


 ルークと王国兵2人を外壁側へ残し、私はベルコートと中央へ向かった。

 その間にも、上級魔族との戦いは続いている。

 瘴気が膨れ上がるたびに前衛が押し返され、その間へ魔獣が殺到する。帝国兵は後列からすぐに人を入れ、崩れかけた戦列を繋いでいた。


 最初に中央へ食い込んでいた時より、第一皇子の周囲に残る兵は減っている。

 倒れた者の前へ別の兵が入り、横から押し寄せる魔獣を後列が引き受ける。

 魔法師団から放たれる炎と土が密集した群れを削り、中級魔族の周囲では複数の精鋭が足止めを続けていた。


 その中央で、兄上は上級魔族と戦い続けている。

 やがて、上級魔族を中心に瘴気が一気に膨れ上がった。

 周囲にいた帝国兵が距離を取り、その中心に1つの人影だけが残る。

 兄上の周囲でも魔力が膨れ上がった。


 黒い瘴気とぶつかった衝撃が周囲へ広がり、近くへ押し寄せていた魔獣までまとめて吹き飛ばされる。

 さらに瘴気が膨れ、兄上の姿を呑み込んだ。

 黒い塊の奥で、強い光が走る。


 次の瞬間、瘴気が内側から大きく裂けた。

 黒い流れはそのまま形を失い、急速に薄れていく。

 兄上が上級魔族を討った。


 帝国兵たちの歓声が上がる。

 5年前まで自分もいた帝国軍を、今は王国軍の制服を着て見ている。


 中央へ向かおうとしたところで、前方の動きが変わった。

 第一皇子の部隊が止まり、前方の隊列が北へ向き直る。さっきまで広がっていた歓声も消えた。

 魔獣の群れが、奥から左右へ割れ始める。


 割れた群れの先を、濃い黒紫の瘴気が覆っていた。

 瘴気がゆっくりとこちらへ広がり、その前にいた魔獣たちまで左右へ退いて道を空けていく。

 離れている私たちのところまで、肌を刺すような圧が届いた。

 今しがた兄上が倒した上級魔族とは、明らかに違う。


 帝国精鋭の前列が左右へ開き、その中央から兄上が一人で前へ出た。

 周囲の精鋭もすぐに陣形を組み直していく。

 私は走り出した。


「兄上……」


次回更新は 10/20(火)予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。