第64話 二人が生きていたなら
ラディスの顔から笑みが消えていた。
私は白環防核を解き、そのまま内燃錬成も落とした。
半球状に組み上がっていた白い防核が光へ戻り、全身を覆っていた黄色の光も薄れて消えていく。
剣だけを構え直すと、ラディスの表情がさらに険しくなった。
さっきまで、あれだけの魔力を放っていた。それを自分から消した私が、そのまま正面に立っている。
風理の剣では、この方がいい。
大きな魔力をまとったまま動けば、それだけ攻撃の起こりを相手へ見せることになる。かわす時は気配を抑え、斬る瞬間だけ出力を上げる。
ラディスは私を睨んだまま後ろへ下がり、やがて視線を横へ向けた。
魔獣を斬り抜けながら、ルークとグスタフがこちらへ迫っている。
ラディスが向きを変えた。
私ではなく、2人の方へ走る。
「逃がすか!」
ルークが正面から踏み込んだ。
剣へ集まった魔力が一気に膨れ上がり、踏み込んだ石畳が砕ける。
「おおおおッ!」
全身を使って振り下ろされた剣に、ラディスがルークの左へ跳んだ。
正面から腕で受ければ、そのまま腕ごと斬られる。それだけの威力がある。
ルークの剣が石畳へ叩き込まれ、轟音とともに地面へ大きな亀裂が走った。
ラディスは着地すると、すぐにルークへ体を向ける。
大技を振り抜いた直後を狙い、右腕へ瘴気を集め始めた。
その時、ルークの背後からグスタフが飛び出した。
5歩ほど後ろにいたはずだった。
ラディスの意識は、完全にルークへ向いている。
私もグスタフが飛び出すまで、ほとんど魔力を感じ取れなかった。
ルークの全力が大きすぎる。その魔力と斬撃の陰へ自分の気配を隠しながら、グスタフ自身も内燃錬成をぎりぎりまで抑えていた。
ルークの背後から抜け出した瞬間、初めて魔力が動く。
脚へ流れた魔力が踏み込みと同時に腰へ移り、肩を通って右腕へ走った。
(速い……!)
ほとんど間がない。
必要な場所へ、必要な瞬間だけ内燃錬成を移している。
私なら、もっと魔力が外へ溢れ、切り替えにも時間がかかる。
グスタフの内燃錬成は、魔力を動かす速さも、その正確さも桁違いだった。
神業と言っていい。
ラディスがグスタフに気づいて顔を向けた時には、もう懐へ入られていた。
左へかわしたばかりの体は、まだルークへの反撃に向いている。
グスタフの右腕へ内燃錬成が集中した。
それまで抑え込まれていた魔力が、一突きの瞬間だけ立ち上がる。
剣先がラディスの頭部へ入った。
そのまま深く貫く。
ラディスの巨体が止まり、右腕へ集まっていた瘴気が崩れた。
膝が石畳へ落ちる。グスタフが剣を引き抜くと、ラディスはそのまま横へ倒れた。
「……終わったか」
グスタフが刃についた黒い血を振り払う。
私は倒れたラディスよりも、その右腕を見ていた。
私も風理の剣で、攻撃の瞬間だけ内燃錬成を引き上げている。
けれど、グスタフの切り替えはまるで違った。
攻撃の直前まで魔力を悟らせず、必要な場所へ瞬時に送り込み、一撃が終わればすぐに落とす。
(……あれを、私も)
すぐに真似できる技術ではない。
それでも、精密な魔力操作を苦手なままで終わらせるつもりもなかった。
風理の剣には、まだ先がある。その先を、今の一撃で見せてもらった気がした。
周囲では、残った魔獣との戦いが続いていた。
ラディスの瘴気が薄れたことで、強化されていた魔獣の勢いも落ちている。
ベルコートたちのいる方では、王国兵と冒険者が獣じみた下級魔族ディグロを囲んでいた。
ディグロが爪を振るって前へ出たところへベルコートが回り込み、首へ剣を走らせる。巨体が石畳へ倒れた。
残った魔獣も次々と仕留められ、通りを埋めていた怒号や金属音が少しずつ減っていく。
そこで、左肩の傷が熱を持っていることに気づいた。
腕を動かすと、瘴気の杭に貫かれた奥まで強く痛む。
「その肩、見せてください」
声をかけてきたのは、短い髪の女冒険者だった。さっきまで負傷者を支えながら戦っていた人だ。
「まだ動きます」
「動くかどうかじゃありません。深い傷です」
言われて見ると、軍服の左肩は大きく裂け、血で濡れていた。
「……お願いします」
女冒険者が傷へ手をかざし、短く詠唱する。
淡い光が肩を包み、開いていた傷口が少しずつ寄っていった。
流れていた血も止まっていくが、深いところにはまだ痛みが残っている。
女冒険者は肩の状態を確かめてから手を離した。
「応急処置だけです。あとで必ず診てもらってください」
「ありがとうございます」
礼を言って顔を上げると、ルークがこちらを見ていた。
険しい顔のまま私の前まで歩いてくる。
「……聞かせろよ」
私は剣を鞘へ戻した。
「俺は5年間、ジルが何に巻き込まれたのかすら知らなかった。リンのせいだってことだけはわかってるんだがな!」
「……はい」
「何があった」
私は息を整えてから口を開いた。
「私は、帝国の第二皇女です」
ルークの表情が固まった。
「……は?」
「5年前、城から逃げました。その後、クロードとジルに匿ってもらいました」
「……皇女? お前が?」
「はい」
ルークが私の顔を見つめる。
「クロードとジルは、お前の正体を知ってたのか?」
「いえ。私は2人に話していませんでした」
「……なんでだよ」
ルークの語気が強くなった。
「軍に追われてることは、ジルも分かってた。でも、お前が皇女で、帝国そのものを敵に回してるって知ってりゃ、話は違っただろ!」
私はルークを見る。
「ずっと帝都にいるなんて選ばなかったかもしれねえ。お前1人ででも、出て行きゃよかったじゃねえか!」
握った拳が震えている。
「あいつら、お人好しなんだぞ! 困ってる奴が目の前にいたら、放っとけねえんだよ!」
ルークが歯を食いしばった。
「お前……ジルの善意も、あいつが抱えてた苦しみも……踏みにじりやがって……」
「……はい」
それから、凍て街で戦ったことで私の居場所が知られたことを話した。
クロードの家が帝国軍の砲撃を受けたこと。クロードがエーテルの光に飲み込まれて消えたこと。ジルが家の中に残っていたこと。
そして私は、そのあと王国へ連れ去られた。
ルークは最後まで口を挟まなかった。
「……やっぱり、リンのせいじゃねぇか」
「はい。私のせいです」
ルークの視線を正面から受ける。
しばらくして、その目が少し下へ向いた。
「……じゃあ、その剣は?」
「クロードに教えてもらったものを、この5年間ずっと繰り返してきました」
「確かに、あいつの剣にかなり近かったな」
ルークの視線が、剣を握る私の手へ落ちた。
指の付け根から掌にかけて、硬く盛り上がった剣ダコがいくつも残っている。
「……お前、義務みてえに続けてたのか?」
「違います。私にとって、クロードの剣は理想の剣術です。それに、私が受け継ぎたかったんです。クロードが生きた証を、あのまま消したくありませんでした」
ルークは私の手から顔へ視線を戻した。
「でも今は、2人とも生きていると思っています」
「……何でだ?」
「帝国内に、“灰の幽霊”と“赤の魔女”と呼ばれている2人がいます。王国と公国の侵攻を食い止めていて、そのうち1人はクロードとよく似た剣を使うと聞きました」
「……内燃錬成は?」
「使わないそうです。もう1人の女性は、魔導具にも精通しているそうです。聞いている限りでは、2人の特徴はクロードとジルによく似ています」
ルークの表情が変わる。
「どこだ?」
「今は言えません」
「何でだよ!」
「その情報がどこへ伝わるか分かりません」
「俺にもか?」
「念のためです」
ルークをじっと見つめる。
不満そうに口を曲げたが、それ以上は聞いてこなかった。
「魔族を食い止めたら、最速で向かいます」
「……俺も行く。2人が生きてたら、許してやる」
「……はい」
「その2人が、あいつらであることを祈る」
「私も、それだけを祈っています」
ルークが鼻を鳴らした。
「その前に、お前がここで魔族にやられんじゃねぇぞ」
「ルークさんもです」
「俺はA級だぞ」
「中級魔族の瘴気を避けられていませんでしたけど」
「……お前な」
さっきまで張りつめていたルークの顔が崩れた。
その時、肌を刺すような圧が届いた。
ルークが帝都の奥へ顔を向ける。
「……やべえのが来てる」
直後、建物の向こうから大きな轟音が響いた。
黒煙が空へ立ち上り、その奥からさらに重い圧が押し寄せてくる。
「中央が動いたな」
グスタフが黒煙の上がる方角を見据えた。
先ほどまで戦っていた中級魔族とは、明らかに違う。
私は右手を剣の柄へ置いた。
「……行きます」
次回更新は 10/16(金)予定です。




