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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

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第64話 二人が生きていたなら

 ラディスの顔から笑みが消えていた。


 私は白環防核(ルクスシェル)を解き、そのまま内燃錬成も落とした。

 半球状に組み上がっていた白い防核が光へ戻り、全身を覆っていた黄色の光も薄れて消えていく。


 剣だけを構え直すと、ラディスの表情がさらに険しくなった。

 さっきまで、あれだけの魔力を放っていた。それを自分から消した私が、そのまま正面に立っている。

 風理の剣では、この方がいい。


 大きな魔力をまとったまま動けば、それだけ攻撃の起こりを相手へ見せることになる。かわす時は気配を抑え、斬る瞬間だけ出力を上げる。

 ラディスは私を睨んだまま後ろへ下がり、やがて視線を横へ向けた。

 魔獣を斬り抜けながら、ルークとグスタフがこちらへ迫っている。


 ラディスが向きを変えた。

 私ではなく、2人の方へ走る。


「逃(の)がすか!」


 ルークが正面から踏み込んだ。

 剣へ集まった魔力が一気に膨れ上がり、踏み込んだ石畳が砕ける。


「おおおおッ!」


 全身を使って振り下ろされた剣に、ラディスがルークの左へ跳んだ。

 正面から腕で受ければ、そのまま腕ごと斬られる。それだけの威力がある。

 ルークの剣が石畳へ叩き込まれ、轟音とともに地面へ大きな亀裂が走った。


 ラディスは着地すると、すぐにルークへ体を向ける。

 大技を振り抜いた直後を狙い、右腕へ瘴気を集め始めた。

 その時、ルークの背後からグスタフが飛び出した。


 5歩ほど後ろにいたはずだった。

 ラディスの意識は、完全にルークへ向いている。

 私もグスタフが飛び出すまで、ほとんど魔力を感じ取れなかった。


 ルークの全力が大きすぎる。その魔力と斬撃の陰へ自分の気配を隠しながら、グスタフ自身も内燃錬成をぎりぎりまで抑えていた。


 ルークの背後から抜け出した瞬間、初めて魔力が動く。

 脚へ流れた魔力が踏み込みと同時に腰へ移り、肩を通って右腕へ走った。


(速い……!)


 ほとんど間がない。

 必要な場所へ、必要な瞬間だけ内燃錬成を移している。

 私なら、もっと魔力が外へ溢(あふ)れ、切り替えにも時間がかかる。


 グスタフの内燃錬成は、魔力を動かす速さも、その正確さも桁違いだった。

 神業と言っていい。


 ラディスがグスタフに気づいて顔を向けた時には、もう懐へ入られていた。

 左へかわしたばかりの体は、まだルークへの反撃に向いている。


 グスタフの右腕へ内燃錬成が集中した。

 それまで抑え込まれていた魔力が、一突きの瞬間だけ立ち上がる。

 剣先がラディスの頭部へ入った。


 そのまま深く貫く。

 ラディスの巨体が止まり、右腕へ集まっていた瘴気が崩れた。

 膝が石畳へ落ちる。グスタフが剣を引き抜くと、ラディスはそのまま横へ倒れた。


「……終わったか」


 グスタフが刃についた黒い血を振り払う。

 私は倒れたラディスよりも、その右腕を見ていた。

 私も風理の剣で、攻撃の瞬間だけ内燃錬成を引き上げている。


 けれど、グスタフの切り替えはまるで違った。

 攻撃の直前まで魔力を悟らせず、必要な場所へ瞬時に送り込み、一撃が終わればすぐに落とす。


(……あれを、私も)


 すぐに真似できる技術ではない。

 それでも、精密な魔力操作を苦手なままで終わらせるつもりもなかった。

 風理の剣には、まだ先がある。その先を、今の一撃で見せてもらった気がした。


 周囲では、残った魔獣との戦いが続いていた。

 ラディスの瘴気が薄れたことで、強化されていた魔獣の勢いも落ちている。

 ベルコートたちのいる方では、王国兵と冒険者が獣じみた下級魔族ディグロを囲んでいた。


 ディグロが爪を振るって前へ出たところへベルコートが回り込み、首へ剣を走らせる。巨体が石畳へ倒れた。

 残った魔獣も次々と仕留められ、通りを埋めていた怒号や金属音が少しずつ減っていく。

 そこで、左肩の傷が熱を持っていることに気づいた。


 腕を動かすと、瘴気の杭に貫かれた奥まで強く痛む。


「その肩、見せてください」


 声をかけてきたのは、短い髪の女冒険者だった。さっきまで負傷者を支えながら戦っていた人だ。


「まだ動きます」

「動くかどうかじゃありません。深い傷です」


 言われて見ると、軍服の左肩は大きく裂け、血で濡れていた。


「……お願いします」


 女冒険者が傷へ手をかざし、短く詠唱する。

 淡い光が肩を包み、開いていた傷口が少しずつ寄っていった。

 流れていた血も止まっていくが、深いところにはまだ痛みが残っている。


 女冒険者は肩の状態を確かめてから手を離した。


「応急処置だけです。あとで必ず診(み)てもらってください」

「ありがとうございます」


 礼を言って顔を上げると、ルークがこちらを見ていた。

 険しい顔のまま私の前まで歩いてくる。


「……聞かせろよ」


 私は剣を鞘へ戻した。


「俺は5年間、ジルが何に巻き込まれたのかすら知らなかった。リンのせいだってことだけはわかってるんだがな!」

「……はい」

「何があった」


 私は息を整えてから口を開いた。


「私は、帝国の第二皇女です」


 ルークの表情が固まった。


「……は?」

「5年前、城から逃げました。その後、クロードとジルに匿(かくま)ってもらいました」

「……皇女? お前が?」

「はい」


 ルークが私の顔を見つめる。


「クロードとジルは、お前の正体を知ってたのか?」

「いえ。私は2人に話していませんでした」

「……なんでだよ」


 ルークの語気が強くなった。


「軍に追われてることは、ジルも分かってた。でも、お前が皇女で、帝国そのものを敵に回してるって知ってりゃ、話は違っただろ!」


 私はルークを見る。


「ずっと帝都にいるなんて選ばなかったかもしれねえ。お前1人ででも、出て行きゃよかったじゃねえか!」


 握った拳が震えている。


「あいつら、お人好しなんだぞ! 困ってる奴が目の前にいたら、放っとけねえんだよ!」


 ルークが歯を食いしばった。


「お前……ジルの善意も、あいつが抱えてた苦しみも……踏みにじりやがって……」

「……はい」


 それから、凍(い)て街で戦ったことで私の居場所が知られたことを話した。

 クロードの家が帝国軍の砲撃を受けたこと。クロードがエーテルの光に飲み込まれて消えたこと。ジルが家の中に残っていたこと。

 そして私は、そのあと王国へ連れ去られた。


 ルークは最後まで口を挟まなかった。


「……やっぱり、リンのせいじゃねぇか」

「はい。私のせいです」


 ルークの視線を正面から受ける。

 しばらくして、その目が少し下へ向いた。


「……じゃあ、その剣は?」

「クロードに教えてもらったものを、この5年間ずっと繰り返してきました」

「確かに、あいつの剣にかなり近かったな」


 ルークの視線が、剣を握る私の手へ落ちた。

 指の付け根から掌にかけて、硬く盛り上がった剣ダコがいくつも残っている。


「……お前、義務みてえに続けてたのか?」

「違います。私にとって、クロードの剣は理想の剣術です。それに、私が受け継ぎたかったんです。クロードが生きた証を、あのまま消したくありませんでした」


 ルークは私の手から顔へ視線を戻した。


「でも今は、2人とも生きていると思っています」

「……何でだ?」

「帝国内に、“灰の幽霊”と“赤の魔女”と呼ばれている2人がいます。王国と公国の侵攻を食い止めていて、そのうち1人はクロードとよく似た剣を使うと聞きました」


「……内燃錬成は?」

「使わないそうです。もう1人の女性は、魔導具にも精通しているそうです。聞いている限りでは、2人の特徴はクロードとジルによく似ています」


 ルークの表情が変わる。


「どこだ?」

「今は言えません」

「何でだよ!」

「その情報がどこへ伝わるか分かりません」

「俺にもか?」

「念のためです」


 ルークをじっと見つめる。

 不満そうに口を曲げたが、それ以上は聞いてこなかった。


「魔族を食い止めたら、最速で向かいます」

「……俺も行く。2人が生きてたら、許してやる」

「……はい」


「その2人が、あいつらであることを祈る」

「私も、それだけを祈っています」


 ルークが鼻を鳴らした。


「その前に、お前がここで魔族にやられんじゃねぇぞ」

「ルークさんもです」

「俺はA級だぞ」

「中級魔族の瘴気を避けられていませんでしたけど」

「……お前な」


 さっきまで張りつめていたルークの顔が崩れた。

 その時、肌を刺すような圧が届いた。

 ルークが帝都の奥へ顔を向ける。


「……やべえのが来てる」


 直後、建物の向こうから大きな轟音が響いた。

 黒煙が空へ立ち上り、その奥からさらに重い圧が押し寄せてくる。


「中央が動いたな」


 グスタフが黒煙の上がる方角を見据えた。

 先ほどまで戦っていた中級魔族とは、明らかに違う。

 私は右手を剣の柄へ置いた。


「……行きます」


次回更新は 10/16(金)予定です。

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