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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

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第63話 砕けぬ白環

 遠くで響いた銃声の方へ走る。


 通りを抜けると、グスタフとラディスがまだ戦っていた。

 ラディスの左腕には何本もの傷が走り、脇腹からも黒い血が流れている。それでも動きは衰えず、グスタフの剣を右腕で受け流し、続けて放たれた氷弾を横へかわした。


 その視線がこちらへ向く。

 私とルークを確認したラディスは、グスタフから大きく距離を取り、そのまま私たちへ向かってきた。


「来るぞ!」


 グスタフが叫ぶ。

 ラディスの両手の間へ紫黒(しこく)の瘴気が集まり、拳ほどだった塊が急激に膨れ上がる。頭より大きくなったところで腕が振られた。


「ルークさん、こちらへ!」


 私は足を止める。


「白環防核(ルクスシェル)!」


 白い光が広がり、六角形の面が次々と組み上がる。半球状に連なった防核の辺には白いマナの筋が走る。

 展開が終わるのとほとんど同時に、紫黒の塊が正面へ激突した。

 轟音とともに瘴気が爆ぜ、防核全体へ凄まじい衝撃が叩きつけられる。


「くっ……!」


 六角の表面が削れ、辺を走る光が激しく明滅した。

 足元の石畳が砕け、防核の外側では瘴気が渦を巻きながら近くの壁や窓を吹き飛ばしていく。

 私は魔力を送り込み、削られた面を白い光で埋めていく。すぐ後ろではルークも身を低くしていた。


 私は押し寄せる圧に耐えながら魔力を流し続け、瘴気の奔流が弱まるのを待った。

 数秒後、ようやく正面の景色が戻ってくる。


「ラディスは!?」


 ルークが叫んだ。

 爆発で私たちを止めた間に、ラディスはさらに先まで抜けていた。その先では、帝国兵や王国兵、冒険者たちが大量の魔獣とぶつかっている。


「まずい!」


 グスタフが駆け出し、私たちもすぐに追った。

 ラディスが人と魔獣の入り乱れる戦場へ飛び込む。

 最初に立ちはだかった兵士が、振るわれた腕をまともに受けて吹き飛んだ。続いて左右から2人の冒険者が斬り込む。


 ラディスは1人目の剣を腕で受け、そのまま拳を叩き込んだ。側面から入ったもう1人へは振り向きざまに瘴気を放ち、爆発で石畳へ叩きつける。


「人型魔族だ!」

「下がれ! B級以下は前に出るな!」


 叫びが広がる頃には、ラディスはさらに奥へ入っていた。

 兵士が密集している場所へ瘴気の塊を投げ込む。

 爆発が起こり、何人もの人影が宙へ浮いた。近くにいた翼爪獣(ウィングラプター)まで巻き込まれて地面へ叩き落とされ、突砕猪(ブレイクボア)も横倒しになる。


 別の魔獣が悲鳴を上げながら逃げようとしたところへ、ラディスはさらに瘴気を放った。人も魔獣もまとめて吹き飛ばされる。

 続いて、濁った紫の瘴気がラディスの周囲から広がり始めた。爆発とは違い、地面を這うように戦場へ染み込んでいく。


「体が……!」


 兵士の動きが目に見えて鈍った。

 剣を上げようとした腕が止まり、踏み込もうとした冒険者が膝をつく。呼吸を乱し、武器を構えるだけで精一杯になっている者もいる。

 それとは逆に、瘴気を浴びた魔獣は勢いを増していった。傷を負っていた個体まで頭を上げ、牙を剥きながら再び人間側へ向かっていく。


「魔獣を強化してるぞ!」


 グスタフの声が飛ぶ。

 押し返しかけていた戦列が崩れ、突砕猪(ブレイクボア)が盾列へ突っ込み、兵士をまとめて吹き飛ばした。

 その横から翼爪獣(ウィングラプター)が降下し、逃げ遅れた兵士へ爪を振るう。人間の悲鳴に、魔獣の咆哮(ほうこう)や苦鳴まで重なった。


 自分の攻撃で魔獣が傷つき、怯(おび)えることさえ、ラディスにとっては都合がいい。人間も魔獣も関係なく、そこに生まれた恐怖を喰らっている。

 私たちが追いついた頃には、ラディスが最初に突入した一帯だけで30人近くが命を落としていた。


「散れ! 固まるな!」


 グスタフが兵士たちへ叫びながらラディスへ向かう。

 ラディスもこちらへ気づき、魔獣の間を抜けてさらに奥の兵士たちへ進路を変えた。


「逃(の)がすか!」


 ルークが追う。

 その前へ、紫の瘴気をまとった魔獣が飛び込んできた。


「邪魔だ!」


 ルークが斬り伏せる。

 私の前にも2体が入り込んだ。1体目の攻撃を外して首へ剣を走らせ、続けて飛び込んできた2体目には内燃錬成を乗せて斬り伏せる。

 そのわずかな間にも、ラディスとの距離が広がっていった。


 前方で紫黒の爆発が上がる。

 兵士の集団が瘴気に呑まれ、崩れたところへ強化された魔獣が雪崩れ込んだ。

 B級と思われる冒険者たちもラディスを止めようとしたが、1人は拳を受けて地面へ叩きつけられ、もう1人も至近距離の瘴気に吹き飛ばされた。


 ラディスはそのまま奥へ進んでいく。

 私たちも魔獣を斬りながら追うが、目の前の魔獣を残して進めば、そのまま後ろにいる兵士や負傷者へ襲いかかる。

 斬って道を作るたび、その先でまた爆発が上がり、人影が次々と倒れていった。


 このまま同じように追っていては、ラディスへ届く前に被害が広がり続ける。

 私は足を止めた。


「リン?」


 ルークが振り返る。

 内燃錬成を一気に引き上げると、黄色の光が全身から溢(あふ)れ、脚と剣を大きく覆った。


「おい、待て!」


 ルークの声を背中に聞きながら石畳を蹴り、目の前の魔獣へ一直線に踏み込む。振るわれた爪を外し、そのまま首を斬った。

 続いて突砕猪(ブレイクボア)が正面から突っ込んでくる。横へ回れば、その分だけラディスが遠ざかる。

 私は剣へ内燃錬成を集中させ、真正面から斬り抜けた。黄色の光が大きく弾け、巨体が崩れた間をそのまま駆け抜ける。


 さらに1体、2体と斬り抜け、魔獣の群れの中へ一直線に道を開いていく。

 全開の内燃錬成を隠す余裕もなく、黄色の光が私の動きを追うように大きく揺れていた。

 ラディスもこちらへ気づく。それでも速度を落とさず、最後の魔獣を斬り抜けた。


 ラディスまで、10メートルほど。

 さらに踏み込んだ瞬間、瘴気の杭が目の前に現れた。

 直径15センチほど。先端だけが鋭く絞られた、紫黒の杭。


「っ!」


 反射的に上半身を捻り、胸への直撃だけは外す。

 胸を外れた瘴気の杭が、そのまま左肩を貫いた。


「あっ……!」


 鋭い痛みとともに体が大きく傾き、加速していた勢いまで一気に殺された。左肩に開いた傷から血が溢れ、左腕から力が抜けていく。

 まともに頭へ受けていれば、それだけで終わっていた。

 ラディスは、すぐそこまで来ていた。


 左肩を貫いた好機を逃さず、石畳を踏み砕いて一気に距離を詰めてくる。

 最初の拳を風理の剣の動きで外へ流し、頬のすぐ脇を通過させた。

 拳そのものは外したが、まとっていた瘴気が頬から肩を掠め、体が横へ流される。


 すぐに次の攻撃が来た。

 腰を落として拳を外し、続く蹴りから半歩退く。

 左肩に走る痛みで姿勢が崩れ、普段なら最小限で済む動きまで大きくなっていた。

 視界の端では、まだ兵士たちが倒れている。早く止めなければという思いに引っ張られ、次の拳への反応がわずかに遅れた。


 横から振られた腕を避けた直後、正面で紫黒の瘴気が爆ぜた。

 衝撃を受けて数歩押し戻され、喉の奥から息が漏れる。

 ゼルガンとの戦いで読めるようになった瘴気の流れまで、今は十分に追えていなかった。


 左肩を貫かれた痛みも重なり、いつものように体が動いてくれない。

 内燃錬成を防御へ回せば、風理の剣の軽さが失われる。それでも薄い防御のままでは、拳を外すたびに瘴気が体を削っていく。

 次の拳をかわすが、瘴気が傷口付近を薙(な)ぐ。


 痛みが左腕まで走る。

 次を同じように躱(かわ)せば、また瘴気を受けてしまう――。

 私は足を止め、正面からラディスを見た。


「白環防核(ルクスシェル)!」


 白い光が広がり、六角形の面が私を覆うように次々と組み上がる。

 その辺へ白いマナの筋が走った直後、ラディスの拳が正面から叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 六角の表面が大きく削れ、衝撃が防核を通して全身へ抜ける。

 私は足元へ力を込めながら、削られた面へ魔力を流し込んだ。

 ラディスは攻撃を止めず、もう一度拳を叩きつけ、続けて横からも打ち込んでくる。


 白環防核(ルクスシェル)の表面が次々と削れ、そのたびに辺を走る白い筋が激しく光った。

 削られた六角面へマナを送り込み、失われた厚みを埋めていく。

 ラディスの手元へ紫黒の瘴気が集まった。次の瞬間、防核のすぐ外で爆発する。


 視界が紫黒色に染まり、六角面の表面が一気に削られた。辺を走る白いマナが激しく明滅する。

 左肩から流れた血が腕を伝った。

 本物の魔族相手に、防核がどこまで持つのか、私にも分からない。


(でも、まだ大丈夫……!)


 削られた面へ白いマナが流れ込み始めた、その時だった。

 ラディスの前腕から瘴気の杭が放たれる。

 先ほど私の肩を貫いたものと同じ、直径15センチほどの鋭い杭。その先端が真正面から防核を打ち据えた。


 硬いもの同士をぶつけたような重い音が響き、白い光が弾ける。

 人の体ならそのまま貫く威力でも、白環防核には刺さらない。鋭い先端へ集中した衝撃だけが半球状の防核全体へ走り、足元まで強く揺さぶった。


「くっ……!」


 すぐに2本目が来る。

 別の角度から防核を打つ、また白い光が弾けた。間を置かず3本目が最初に削られた面を正面から叩く。

 辺を走る光が大きく明滅する。


 私はそこへ一気に魔力を送り込み、削られた面を支えた。

 4本目の瘴気の杭が横から防核を打つが、半球状の防核はまだしっかりとした形を保っている。


 ラディスが攻撃を止めた。

 その前腕へ、これまでとは比べものにならない量の瘴気が集まっていく。


 紫黒の瘴気が太く、長く形を変える。

 直径30センチほど。

 先端を鋭く尖らせた巨大な瘴気の杭が、ラディスの前に作り上げられた。


(これを……受けるの?)


 ラディスが腕を振った。

 巨大な瘴気の杭が真正面から白環防核を打ち据える。


 ガンッ――!


 それまでとは比べものにならない衝撃が、防核全体を突き抜けた。

 白と黒の光が視界いっぱいに弾け、半球を形作る防核が一斉に震える。足元の石畳が砕け、両足が後ろへ滑った。


「ぐっ……あっ!」


 体の奥まで揺さぶられ、左肩からさらに血が溢(あふ)れ、痛みで制御が雑になる。

 そこからギリギリと、削られる。


 それでも。

 瘴気の杭は防核に遮(さえぎ)られ、先端から形を崩して散っていった。



 ラディスが大きく目を見開いた。


 さっきまで浮かべていた笑みが消え、その顔には初めて焦りが滲(にじ)んでいた。


次回更新は 10/13(火)予定です。

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