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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

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第61話 交差する刃と疑念

 2メートルを大きく超える巨体が、一息で間合いを潰してくる。右肩の入り方から拳の軌道は読めていた。半歩ずらせば十分だった。

 それでも、グスタフとルークのことが頭に残っていたせいで、一歩余計に下がる。拳が通り過ぎた時には、反撃できる距離から外れていた。


「リン、右だ!」


 ルークが叫びながらゼルガンの側面へ回り込む。内燃錬成を強めた斬撃を、ゼルガンは左腕で受け止めた。

 瘴気(しょうき)に覆われた皮膚を刃が裂き、黒い血が散ったものの、太い腕は押し込まれただけで止まっている。


「悪くねえな」


 ゼルガンは傷を気にする様子もなく腕を振り、ルークを追い払った。

 その隙に首を狙おうとした私の足が、ほんの少し遅れる。


 ――あの時の冒険者か。今、何級だ?


 先ほどグスタフがルークへ向けた言葉が、まだ頭から離れなかった。

 5年前、ジルの家へ来た憲兵。ベッドの下に隠れていた私の存在には気づかず、消えかけていたクロードを連れていかなかった人。最後には、自分の名前と住所までジルへ残していった。

 そのグスタフが、ルークを知っていた。ルークは凍(い)て街で私たちと会っている。ジルとクロードのことも、私がそこにいたことも知っていた。そして、その後に帝国軍は奈落谷へ来た。


「何してる!」


 ルークの声で、意識を目の前へ戻された。ゼルガンがこちらへ向き直り、今度は左から太い腕を振るってくる。

 身を沈めてかわしたものの、また一歩余計に下がった。剣を返そうとした頃には、相手の体勢はもう整っている。


「見えてるなら行けよ!」

「分かっています!」

「分かってて遅れてんだろ!」


 遅れたのは事実だった。それでも、ルークに言われると素直に受け入れられない。

 私とルークの間で感情がささくれ立つたび、ゼルガンの顔には露骨な喜びが浮かんだ。

 魔族が恐怖や怒り、憎しみといった負の感情を好むことは知っている。けれど、知識として知っていることと、自分の苛立ちを目の前で喜ばれることはまるで違った。


「黙ってろ、化け物」


 ルークが吐き捨てる。


「お前もいい顔するじゃねえか」


 ゼルガンは笑ったままルークへ踏み込み、瘴気をまとった拳を振り下ろした。

 ルークは剣の腹を合わせて拳を横へ流し、そのまま斜めに身を逃がす。

 そこへ私が踏み込んだが、ゼルガンの反対の肩が動いたのを見て足を止め、返ってきた裏拳をかわした。

 今度は首を狙える。そう判断したところへ、ルークも同じ側から斬り込んできた。


「っ……!」


 進路が重なり、私は踏み込みを止めた。ルークも気づいて身を引いたものの、その一瞬の乱れをゼルガンは見逃さない。

 横薙ぎの腕が迫り、2人そろって間合いの外へ追い出された。


「邪魔です!」

「こっちの台詞だ! 行くなら迷うな!」

「私は行こうとしていました!」

「だったら来いよ!」


 ゼルガンが腹を抱えそうな勢いで笑う。


「いいな、お前ら。もっとやれ」


 ルークが舌打ちし、私は剣を握り直した。

 するとゼルガンは私だけを見て、太い指でルークを示す。


「なあ、女。そいつ、邪魔なんだろ?」


 私が黙っていると、ゼルガンは口元をさらに吊り上げた。


「俺と一緒に殺すか?」

「ふざけないでください」


 すぐに返した声にも、苛立ちが混じった。

 ゼルガンはますます機嫌を良くする。


「その顔の方がいい。拙(つたな)い連携で動きを乱されるくらいなら、最初から1人で俺と戦った方が楽だろ?」

「誰が拙いって?」


 ルークが前へ出た。

 踏み込みと同時に内燃錬成を強め、全身の勢いを乗せて剣を振り抜く。ゼルガンも今度は片腕では受けず、両腕を重ねて迎えた。

 刃と瘴気がぶつかり、足元の石畳がひび割れる。ゼルガンの巨体が半歩押され、前腕には新しい裂傷が走った。

 ルークの攻撃は通っている。決定打にはならなくても、何度も受けていられるほど軽くはない。


「お前は力があるな」


 ゼルガンは腕から流れる血を眺めて笑った。


「だが、それじゃ俺は殺せん」

「なら、死ぬまで斬るだけだ」


 ルークが下がると、ゼルガンの視線が私へ戻る。


「女の方はもっと力がある。なのに、剣が随分荒いな」


 右手を前へ突き出した。

 掌の前へ瘴気が集まり、黒く濁った塊が急速に圧縮されていく。


「避けろ!」


 ルークと私は左右へ分かれた。

 直後、黒い奔流(ほんりゅう)が通りを貫いた。

 轟音とともに石造りの建物へ直撃し、正面の壁が砕ける。2階部分まで崩れ、隣の建物を巻き込みながら大量の石材と木材が通りへ降り注いだ。


 その一角では、まだ住民の避難が続いていた。

 帝国兵が咄嗟に人を庇い、何人かは崩れてくる建物から逃れようと走った。それでも全員は間に合わず、瓦礫の下へ人影が消えていく。

 少し離れていた兵士や住民まで衝撃に倒され、悲鳴と怒号が広がった。


 瘴気砲は私にもルークにも当たらなかったが、たった一撃で街の一角が崩れ、人が死んだ。

 魔族が力を振るえば、その周囲にいる人も、建物も、街そのものまで巻き込まれる。

 そして、そこから生まれる恐怖や混乱を、ゼルガンは楽しんでいる。


「いいな」


 崩れた建物から上がる悲鳴を聞きながら、もう一度掌を上げる。


「避けるのは勝手だぞ。後ろから死んでいくだけだ」

「撃たせるな!」


 今度はルークと同時に踏み込んだ。

 ゼルガンは集めかけた瘴気を腕へ戻し、そのまま拳で迎え撃つ。

 私が右拳の外へ回ると、反対側からルークの斬撃が迫り、ゼルガンは私への追撃を捨ててそちらを防いだ。

 首が空いた瞬間、すぐに踏み込んだが、ゼルガンは上体を沈めてかわし、刃は肩口を浅く裂くにとどまった。

 そのまま追おうとしたところへルークが前へ出てきて、また互いの進路が近づく。


「そこは私が行けました!」

「だったら止まるな!」

「あなたが入ってくるからでしょう!」

「俺はお前が来るか分からねえから動いてんだ!」


「いいぞ」


 ゼルガンが嬉しそうに口を挟んだ。


「もっとそいつに腹を立てろ」

「黙れ!」


 ルークが怒りのまま踏み込む。

 それでも剣まで乱れているわけではない。ゼルガンが両腕で受けなければならないほどの攻撃を続け、確実に傷を増やしている。


 ルークは私に苛立ちながらも、ゼルガンを倒すために必要なことをしている。それなのに私は、グスタフとルークが知り合っていたことを切り離せない。

 もしルークが帝国軍へ、私たちの居場所を知らせたのなら。

 あの日、帝国軍が奈落谷へ来た理由がこの人だったのなら。


 ジルも、クロードも――。


 ゼルガンの爪が迫り、考えが途切れた。


 肩と腰の向きから軌道を読み、必要な分だけ体をずらす。長い爪がすぐ横を通り、その内側へ回ると、ゼルガンが反対の腕を返してきた。

 それも外して次の動きを待った時、ルークがこちらを見ていることに気づいた。

 私の顔ではなく、足運びから剣先までを追うような視線だった。


「何ですか!」

「……いや」


 ルークはそれ以上言わず、迫ってきたゼルガンへ向き直った。

 次の一撃を私が外したところへルークが入り、ゼルガンの脇腹を狙う。防がれたものの、意識がそちらへ向いた隙に私は反対側へ回り、首へ斬撃を走らせた。

 ゼルガンがぎりぎりで腕を上げて防ぐ。


 また、ルークが私の剣を見ていた。

 さっきよりも長く、何かを確かめるように。


 ゼルガンが腕を振って私を離し、そのままルークへ向かう。ルークは拳を横へ流して斜めに抜け、私は背後から追った。

 振り返ろうとする巨体の外側へ回り、追ってくる力に逆らわず、そのまま死角へ抜ける。


「……おい」


 ルークの声が聞こえた。

 次の拳も受けずに外し、戻ろうとする腕より先に首を狙う。ゼルガンは強引に上体を反らしてかわしたが、その一連の動きを見たルークの表情が変わった。


「リン!」

「何ですか!」

「お前、その剣……クロードとジルは生きてるのか!?」


 返事ができなかった。


 ルークは、あれからも私がクロードに剣を教わっていたと思ったらしい。

 5年前の私は、クロードの動きを真似するだけで精一杯だった。そこから5年間、教わったものを繰り返し、自分なりに磨いてきた。

 だから、今の剣を見てそう考えたのだろう。


 アズライトには、灰の幽霊と赤の魔女と呼ばれる2人がいる。聞いている剣や特徴は、クロードとジルによく似ている。

 あとは、自分の目で確かめるだけだ。


 クロードは生きているかもしれない。ジルも。

 そう思うほど、早く自分の目で確かめたかった。

 けれど、そのためにも今は目の前の魔族を倒す。

 そう意識を戻したところへ、ゼルガンの拳が迫った。


「おいおい、俺と戦いながら他の奴の心配か!」


 楽しそうな声とともに、拳が横薙ぎに振るわれる。

 私は身を引いたが、また一歩余計に下がった。


「リン!」

「分かっています!」

「分かってねえだろ!」

「あなたに言われたくありません!」


 言葉が続きかける。


「5年前――」


 ――あなたが帝国軍に、私たちの居場所を知らせたんですか?


 問いは胸に押し込んだ。 

 それでもゼルガンには、途中まででも十分だったらしい。


「いいぞ。その続きを言えよ」


 怒りや疑いが膨らむほど、ゼルガンは楽しそうに笑う。


「なあ女。やっぱりそいつ、俺と一緒に殺すか?」

「黙れと言ってるだろ!」


 ルークが踏み込み、ゼルガンの前腕を深く斬った。

 すぐに返された拳をかわし、私も空いた側から首を狙う。けれど、ゼルガンがこちらを向いた瞬間に迷いが生まれ、踏み込みが浅くなった。


「またかよ! 今のは行けただろ!」


 今の一手に、ルークは何もしていない。私が迷っただけだった。

 ルークもそれ以上は責めず、ゼルガンへ剣を向け直す。


「ただ、ジルに何かあったなら、許さねえからな」


 戦いながら吐き捨てられた言葉に、私はルークを見た。


 ジルとクロードが消えたことを、今も私のせいだと思っている。

 もし自分で帝国軍へ私たちの居場所を知らせていたなら、こんな怒り方をするだろうか。

 さっきまで強く抱いていた疑いが、少しだけ揺らいだ。


 グスタフとルークがいつ、どうして知り合ったのか。その疑問は残っている。

 けれど、ゼルガンは考える時間を与えてくれない。再びこちらへ踏み込んでくる。

 私は剣を構え直した。


 少し離れた通りでは、ディグロと魔獣を相手にベルコートたちが戦っている。

 長い爪を振るうディグロをベルコートが正面から受けずに外し、王国兵と冒険者たちが左右から追い立てていた。

 その頭上を抜けた翼爪獣(ウィングラプター)が、負傷者の集まる方へ向かう。

 乾いた銃声が響き、空中で翼爪獣(ウィングラプター)の頭が弾かれた。


 撃ったのはグスタフだった。

 ラディスとの距離が開いた一瞬だけ別の戦場へ銃口を向け、魔獣を撃ち落とすと、すぐに迫ってくるラディスへ向き直る。


「よそ見する余裕があるのか!」

「余裕があるかどうかは、こっちで決める」


 短い放出音とともに氷弾がラディスの足元へ飛び、石畳を凍らせる。

 踏み込んだ足がそれを砕き、巨体の進路がわずかにずれた。その時にはもう、グスタフは剣を手に間合いを詰めていた。

 人型魔族を1人で抑えながら、周囲まで見ている。


 私も、ゼルガンへ意識を戻す。ゼルガンが踏み込んでくる。

 右拳の軌道は、肩が動いた時点で読めた。今度は迷いなく、必要な分だけ体をずらす。瘴気をまとった拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。

 反対の腕から伸びた爪にも、肩と腰の動きに合わせて位置を変える。軍服のすぐ外を黒い爪が抜け、ゼルガンの表情から笑みが少し薄れた。


「……ん?」


 私は急がず、追ってくる動きに合わせて位置を変えた。

 ゼルガンとの距離は近い。それでも、拳も爪も届かない。

 私を捕まえようと意識がこちらへ寄れば、その背後からルークが斬り込む。背中を斬られたゼルガンが振り返ると、今度は私への対応が遅れる。

 ルークも私の進路を見て動くようになっていた。私を追えばルークが斬り、ルークへ向けば私が急所を狙う。

 互いに邪魔をしていた動きが、ようやく噛み合い始めていた。


「……つまらんな」


 ゼルガンが苛立ったように言う。

 さっきまで楽しんでいた私たちの怒りが、もう膨らまなくなったからだろう。

 ゼルガンが右拳を振るう。私はその内側へ体をずらし、続いて返ってきた左腕も肩の動きから読んで外した。

 追撃に力を使った巨体が、少し前へ流れる。

 首まで届く。


 私は踏み込むと同時に内燃錬成を使い、ゼルガンの首を薙いだ。

 腕を戻しても間に合わない。

 そう思った瞬間、反対側の前腕から瘴気が噴き出し、細く尖った黒い杭が至近距離から脇腹へ伸びてきた。

 振り抜こうとしていた剣を引き、身を捻る。それでも完全には外せず、内燃錬成で受けた脇腹に重い衝撃が突き抜けた。

 制服が裂け、皮膚まで抉(えぐ)られる。

 私は吹き飛ばされないよう石畳を踏みしめたが、傷口から血が滲(にじ)んだ。


 ゼルガンはその隙を逃さず、さらに一歩踏み込む。

 そして、瘴気をまとった右拳を、大きく振りかぶった。



次回更新は 10/6(火)予定です

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