↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/70

第45話 その輪が焼いたもの

 白い輪が、塊となり放たれた。


 轟音が山に響く。

 狭隘(きょうあい)部の中ほど、中衛のあたりで何かが爆ぜた。


 輪は見えていた。

 けれど、着弾の瞬間までは見えない。

 私のいる先頭集団はすでに狭い道を抜けかけている。崖と林が邪魔をして、中衛で何が起きたのかまでは見えなかった。


 それでも、音だけは届いた。


 その音を聞いた瞬間、二人が浮かんだ。

 少し困ったように笑うクロード。

 呆れたように笑って、それでも最後には、優しくなるジル。


 その二人が、白い閃光に飲み込まれる――。


(――やめてッ!!)


 その幻が消えるより早く、向かい側の崖上で、次の白い輪が組み上がっていた。


 止める間もなかった。


 白光が走る。

 中衛の奥で、防御膜が白く弾けた。

 直後、石と土が跳ね、兵たちの悲鳴が遅れて届く。


 そしてさらに。

 別の方向から、3つ目の白い輪が光を集めていた。

 

 撃たせてはいけない。早く迎撃を。

 そう思ったときには、もう遅かった。


 3回目の白光が走る。


 中衛の防御膜が歪む。

 魔術師たちの光が押し潰される。

 盾が弾け、兵が吹き飛び、馬が倒れた。


 悲鳴が重なる。


「ぎゃあああああッ!」

「助けてくれ!」

「死にたくない! 死にたくない!」


 その声が、あの二人の声に聞こえた。

 ジルの泣き腫らした目。青ざめた頬。

 怒鳴ったあと、自分の言葉で傷ついていたクロード。


 笑顔だけじゃない。

 悲しい顔も。つらそうな顔も。

 もう、二度と見られない。


 次の白い輪が、また光ろうとしている。


 心臓が、とてつもない力で握り潰される。


『まだ、やり残したことが――』


 クロードの声がした気がした。


 そんなはずはない。

 あの人は、ここにいない。そんな言葉を私に向けていない!


 分かっている。

 分かっているのに。


 音がするたび、白い光が走るたびに。

 クロードが、また死んでいる。

 ジルが、また泣いている。


『リンさえいなければ!!』


 違う。

 こんなの、誰の声でもない。


 ジルは、そんなことを言わなかった。

 でも、私の心はずっとそう叫んでいた。


 私さえいなければ。

 あの家は壊れなかった。

 ジルは泣かなかった。

 クロードは怒鳴らなかった。


 ――二人は、死ななかった。


(叔父様ッ……!)


 息ができない。

 足元が分からない。

 握り潰された心臓が、さらに締めあげられる。


 崖上で、白い輪がまた組み上がっていく。


(まだ、奪うの――!)


 視界が、真っ赤に染まった。


 次の瞬間、地面が砕けた。

 私は走っていた。


 誰かが叫んだ気がした。

 戻れ、と言ったのか。

 止まれ、と言ったのか。

 名前を呼んだのか。

 分からなかった。


 あれを壊す。

 あの輪を。あの光を。あの音を。

 この世界に、残してはいけない。

 広場の端から、左側の崖上へ向かう。


 崖は高い。5、6メートルほどの岩壁が、目の前に立っている。

 内燃錬成を全開にする。


 体の奥でエーテルが燃える。それを脚に叩き込む。

 地面を蹴った。

 膝が痛み、筋肉が裂けそうになる。


 勢いのまま、爪先を岩肌に食い込ませ、手でくぼみを掴む。

 全身を無理やり使い、岩壁を登りきる。


 その先に、細い道があった。

 帝国兵が砲台を運び上げるために作ったのだろう。

 岩を削り、木を切り、無理やり斜面に通した作業道。


 私はそこへ転がり込むように進み、そのままさらに上へと駆け上った。

 木々が視界を遮る。

 中衛部まではもう少し距離がある。


 砲台は、まだ見えない。


 新たに轟音が響く。

 見えない。

 でも、撃った。


 ジル!

 クロード!!


 息が荒い。

 喉が焼ける。

 視界が揺れる。

 足を滑らせる。

 片手をつく。

 土が爪の間に入る。

 立ち上がる。


 また轟音。

 見えないのに、分かる。

 あの輪がまた撃った。


 頭の中で、悲鳴が重なっていく。


「死にたくない!」

「助けてくれ!」

「まだ、やり残したことが――」


 ――こわす、こわす、こわす!!



 林が切れ、岩棚が見えた。

 そこに『堕天使の輪《フォールン・エンジェル・リング》』が運び込まれていた。


 短い砲身。

 後部の青エーテル槽(そう)。

 3人の帝国兵が台座に取りつき、内燃錬成により台座の振動を押さえ込んでいる。


 砲口の先に、白い線が走る。

 円が組み上がっていく。

 白い輪。


 まだ、撃つつもりだった。


(ダメっ!)


 声になったのか、自分でも分からなかった。


 もう撃たせない。

 私に気づき、帝国兵が叫ぶ。

 その声ごと踏み越え、砲身に両手をかける。


 焼けるような熱が掌(てのひら)を襲ったが、構わずエーテルを叩き込むと、掴んだ砲身がぐにゃりと歪んだ。


 そのまま力任せに振り回す。

 台座との継ぎ目が壊れ、機体を押さえていた兵が吹き飛んだ。


 白い輪が形を失う。


 私は砲身を岩へ叩きつけた。

 回路が砕け、燃料槽(そう)から漏れ出した青エーテルが、火花と共に岩棚を舐(な)める。

 それでも砲身は原形を残していた。

 もう一度、渾身の力で岩へ叩きつけ、根元からへし折った。


 1門目が沈黙する。


 奥に、もう1つ。

 同じ白い輪が、砲口の先に浮かび上がろうとしていた。


 そちらへ一直線に向かう。


 帝国兵が立ちはだかる。

 槍が来る。魔法が飛ぶ。


(邪魔――)


 残響を抜いた。

 切ったのか、弾いたのか、踏み越えたのか。

 覚えていない。


 気づいたときには、2門目の砲口がこちらを向いていた。


 白い回路が輪を描く。

 その中心に光が集まる。


(私には――!)


 大量のエーテルを、掌(てのひら)に集める。


「白環防核(ルクスシェル)」


 防核を展開すると同時に、白光が撃ちこまれた。

 視界が、白に塗りつぶされる。


 凄まじい熱量で防核の表面が一気に削られ、身体に大きな衝撃が走る。

 熱が頬を焼き、髪が乱れる。


 それでも。


(絶対に、通さない)


 散った白光が、周囲の岩を砕く。

 それでも防核を削りきることはできなかった。

 

 驚いたように固まる帝国兵。

 その奥で、『堕天使の輪《フォールン・エンジェル・リング》』の本体が無防備に晒されていた。


 一気に距離を詰め、拳を砲身の根元へ叩き込む。

 内燃錬成を乗せた衝撃が、台座まで走った。

 台座の脚が折れ、 砲身が岩にめり込んだ。


 まだ、終わっていなかった。


 対岸の崖。


 そこにも、白い輪が浮かび上がっていた。

 砲口が、中衛を狙っている。


 その瞬間、体の奥で何かが外れた。


 体内の魔力が暴発しそうなほど一気に膨れ上がる。

 口から逆流しそうになるのを抑え、右手を『堕天使の輪《フォールン・エンジェル・リング》』へ向ける。


 過剰な魔力を無理やり腕に集める。


 痛い。

 熱い。

 腕が真っ赤に膨れ上がっている。


 対岸の砲口に、白い円形回路が完成するのを見ると、その痛みすら遠くなった。


 堕天使の輪《フォールン・エンジェル・リング》が発射されるのと同時に、こちらも放った。

 自分でも、息を呑むほどの出力だった。


 山を噛み千切る、白い奔流(ほんりゅう)。

 対岸の堕天使の輪《フォールン・エンジェル・リング》が消えた。


 すべてがまとめて白に呑まれ、遅れて轟音が来た。

 山全体が震える。


 対岸の岩肌が抉(えぐ)れ、黒く硝子(ガラス)化した穴ができた。

 縁の岩が灰白色に砕け、焼けた粉のように崩れ落ちた。


 帝国兵も王国兵も、誰も、声を出さなかった。

 一瞬、戦場そのものが黙った。


 私は息を吐いた。

 吐いた息が震えていた。


 白い輪は、もう見えない。

 壊した。


 ――その時。


 アステラ・ピーク方面の空が、キーンと悲鳴を上げた。


 冷たい気配が、戦場を裂く。


 巨大な氷塊が生まれていた。

 屋敷ほどもある氷が、王国軍の先頭集団の頭上に落ちる。


 防御魔法が展開される。

 光の壁に触れた氷の表面が、白い霧になって削れていく。

 それでも、氷塊は止まらなかった。


 削られながら、沈む。

 消されながら、押し潰す。

 光の壁が沈み、盾列が割れ、白い破片が広場を呑んだ。


 赤く染まっていた視界が、一瞬で冷えた。


 あの魔法。

 逃げ場ごと押し潰すための氷。


 ――あの人だ。他に、ありえない。


 まずい……!


 私は、崖を蹴った。

 道を戻る時間が惜しかった。

 内燃錬成を脚に叩き込み、斜面を駆け下りた。

 岩を砕き、木の根を踏み折り、崩れる土砂ごと狭隘部へ落ちる。


 そして、街の方向へと駆ける。


 開(ひら)けたところへ到着すると、すでに大勢(おおぜい)の王国兵が横たわっていた。


 帝国軍の先頭。

 金髪の男が、銀灰の軍服を翻(ひるがえ)している。


 踏み込みで、地面が割れた。


 王国騎士の盾列が崩れる。

 一人ではない。

 列ごと、割れる。


 あの剣を、私は知っている。


 帝式剣術。


 殺すために、すべてを削ぎ落とした剣。


 帝国第二皇子。

 ギルフォード・フォン・ガレリア。


 兄が、そこにいた。


次回更新予定は 8/11(火)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。