第45話 その輪が焼いたもの
白い輪が、塊となり放たれた。
轟音が山に響く。
狭隘部の中ほど、中衛のあたりで何かが爆ぜた。
輪は見えていた。
けれど、着弾の瞬間までは見えない。
私のいる先頭集団はすでに狭い道を抜けかけている。崖と林が邪魔をして、中衛で何が起きたのかまでは見えなかった。
それでも、音だけは届いた。
その音を聞いた瞬間、二人が浮かんだ。
少し困ったように笑うクロード。
呆れたように笑って、それでも最後には、優しくなるジル。
その二人が、白い閃光に飲み込まれる――。
(――やめてッ!!)
その幻が消えるより早く、向かい側の崖上で、次の白い輪が組み上がっていた。
止める間もなかった。
白光が走る。
中衛の奥で、防御膜が白く弾けた。
直後、石と土が跳ね、兵たちの悲鳴が遅れて届く。
そしてさらに。
別の方向から、3つ目の白い輪が光を集めていた。
撃たせてはいけない。早く迎撃を。
そう思ったときには、もう遅かった。
3回目の白光が走る。
中衛の防御膜が歪む。
魔術師たちの光が押し潰される。
盾が弾け、兵が吹き飛び、馬が倒れた。
悲鳴が重なる。
「ぎゃあああああッ!」
「助けてくれ!」
「死にたくない! 死にたくない!」
その声が、あの二人の声に聞こえた。
ジルの泣き腫らした目。青ざめた頬。
怒鳴ったあと、自分の言葉で傷ついていたクロード。
笑顔だけじゃない。
悲しい顔も。つらそうな顔も。
もう、二度と見られない。
次の白い輪が、また光ろうとしている。
心臓が、とてつもない力で握り潰される。
『まだ、やり残したことが――』
クロードの声がした気がした。
そんなはずはない。
あの人は、ここにいない。そんな言葉を私に向けていない!
分かっている。
分かっているのに。
音がするたび、白い光が走るたびに。
クロードが、また死んでいる。
ジルが、また泣いている。
『リンさえいなければ!!』
違う。
こんなの、誰の声でもない。
ジルは、そんなことを言わなかった。
でも、私の心はずっとそう叫んでいた。
私さえいなければ。
あの家は壊れなかった。
ジルは泣かなかった。
クロードは怒鳴らなかった。
――二人は、死ななかった。
(叔父様ッ……!)
息ができない。
足元が分からない。
握り潰された心臓が、さらに締めあげられる。
崖上で、白い輪がまた組み上がっていく。
(まだ、奪うの――!)
視界が、真っ赤に染まった。
次の瞬間、地面が砕けた。
私は走っていた。
誰かが叫んだ気がした。
戻れ、と言ったのか。
止まれ、と言ったのか。
名前を呼んだのか。
分からなかった。
あれを壊す。
あの輪を。あの光を。あの音を。
この世界に、残してはいけない。
広場の端から、左側の崖上へ向かう。
崖は高い。5、6メートルほどの岩壁が、目の前に立っている。
内燃錬成を全開にする。
体の奥でエーテルが燃える。それを脚に叩き込む。
地面を蹴った。
膝が痛み、筋肉が裂けそうになる。
勢いのまま、爪先を岩肌に食い込ませ、手でくぼみを掴む。
全身を無理やり使い、岩壁を登りきる。
その先に、細い道があった。
帝国兵が砲台を運び上げるために作ったのだろう。
岩を削り、木を切り、無理やり斜面に通した作業道。
私はそこへ転がり込むように進み、そのままさらに上へと駆け上った。
木々が視界を遮る。
中衛部まではもう少し距離がある。
砲台は、まだ見えない。
新たに轟音が響く。
見えない。
でも、撃った。
ジル!
クロード!!
息が荒い。
喉が焼ける。
視界が揺れる。
足を滑らせる。
片手をつく。
土が爪の間に入る。
立ち上がる。
また轟音。
見えないのに、分かる。
あの輪がまた撃った。
頭の中で、悲鳴が重なっていく。
「死にたくない!」
「助けてくれ!」
「まだ、やり残したことが――」
――こわす、こわす、こわす!!
林が切れ、岩棚が見えた。
そこに『堕天使の輪』が運び込まれていた。
短い砲身。
後部の青エーテル槽。
3人の帝国兵が台座に取りつき、内燃錬成により台座の振動を押さえ込んでいる。
砲口の先に、白い線が走る。
円が組み上がっていく。
白い輪。
まだ、撃つつもりだった。
(ダメっ!)
声になったのか、自分でも分からなかった。
もう撃たせない。
私に気づき、帝国兵が叫ぶ。
その声ごと踏み越え、砲身に両手をかける。
焼けるような熱が掌を襲ったが、構わずエーテルを叩き込むと、掴んだ砲身がぐにゃりと歪んだ。
そのまま力任せに振り回す。
台座との継ぎ目が壊れ、機体を押さえていた兵が吹き飛んだ。
白い輪が形を失う。
私は砲身を岩へ叩きつけた。
回路が砕け、燃料槽から漏れ出した青エーテルが、火花と共に岩棚を舐める。
それでも砲身は原形を残していた。
もう一度、渾身の力で岩へ叩きつけ、根元からへし折った。
1門目が沈黙する。
奥に、もう1つ。
同じ白い輪が、砲口の先に浮かび上がろうとしていた。
そちらへ一直線に向かう。
帝国兵が立ちはだかる。
槍が来る。魔法が飛ぶ。
(邪魔――)
残響を抜いた。
切ったのか、弾いたのか、踏み越えたのか。
覚えていない。
気づいたときには、2門目の砲口がこちらを向いていた。
白い回路が輪を描く。
その中心に光が集まる。
(私には――!)
大量のエーテルを、掌に集める。
「白環防核」
防核を展開すると同時に、白光が撃ちこまれた。
視界が、白に塗りつぶされる。
凄まじい熱量で防核の表面が一気に削られ、身体に大きな衝撃が走る。
熱が頬を焼き、髪が乱れる。
それでも。
(絶対に、通さない)
散った白光が、周囲の岩を砕く。
それでも防核を削りきることはできなかった。
驚いたように固まる帝国兵。
その奥で、『堕天使の輪』の本体が無防備に晒されていた。
一気に距離を詰め、拳を砲身の根元へ叩き込む。
内燃錬成を乗せた衝撃が、台座まで走った。
台座の脚が折れ、 砲身が岩にめり込んだ。
まだ、終わっていなかった。
対岸の崖。
そこにも、白い輪が浮かび上がっていた。
砲口が、中衛を狙っている。
その瞬間、体の奥で何かが外れた。
体内の魔力が暴発しそうなほど一気に膨れ上がる。
口から逆流しそうになるのを抑え、右手を『堕天使の輪』へ向ける。
過剰な魔力を無理やり腕に集める。
痛い。
熱い。
腕が真っ赤に膨れ上がっている。
対岸の砲口に、白い円形回路が完成するのを見ると、その痛みすら遠くなった。
堕天使の輪が発射されるのと同時に、こちらも放った。
自分でも、息を呑むほどの出力だった。
山を噛み千切る、白い奔流。
対岸の堕天使の輪が消えた。
すべてがまとめて白に呑まれ、遅れて轟音が来た。
山全体が震える。
対岸の岩肌が抉れ、黒く硝子化した穴ができた。
縁の岩が灰白色に砕け、焼けた粉のように崩れ落ちた。
帝国兵も王国兵も、誰も、声を出さなかった。
一瞬、戦場そのものが黙った。
私は息を吐いた。
吐いた息が震えていた。
白い輪は、もう見えない。
壊した。
――その時。
アステラ・ピーク方面の空が、キーンと悲鳴を上げた。
冷たい気配が、戦場を裂く。
巨大な氷塊が生まれていた。
屋敷ほどもある氷が、王国軍の先頭集団の頭上に落ちる。
防御魔法が展開される。
光の壁に触れた氷の表面が、白い霧になって削れていく。
それでも、氷塊は止まらなかった。
削られながら、沈む。
消されながら、押し潰す。
光の壁が沈み、盾列が割れ、白い破片が広場を呑んだ。
赤く染まっていた視界が、一瞬で冷えた。
あの魔法。
逃げ場ごと押し潰すための氷。
――あの人だ。他に、ありえない。
まずい……!
私は、崖を蹴った。
道を戻る時間が惜しかった。
内燃錬成を脚に叩き込み、斜面を駆け下りた。
岩を砕き、木の根を踏み折り、崩れる土砂ごと狭隘部へ落ちる。
そして、街の方向へと駆ける。
開けたところへ到着すると、すでに大勢の王国兵が横たわっていた。
帝国軍の先頭。
金髪の男が、銀灰の軍服を翻している。
踏み込みで、地面が割れた。
王国騎士の盾列が崩れる。
一人ではない。
列ごと、割れる。
あの剣を、私は知っている。
帝式剣術。
殺すために、すべてを削ぎ落とした剣。
帝国第二皇子。
ギルフォード・フォン・ガレリア。
兄が、そこにいた。
次回更新予定は 8/11(火)です。




