↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第二章 遺された風理の剣と、戻れない皇女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/70

第33話 存在しない名前

今回は、普段とは少し視点を変え、王国上層部の会議を俯瞰して描いています。

 重い扉が閉じられた。

 長卓を囲むのは、王国の中枢(ちゅうすう)に連なる貴族と文官たちだった。


 長卓の端で、ある文官が口を開いた。


「帝国は停戦を破棄しました。理由はどうあれ、これで名分が立ちます」


 淡々とした声に、数人が頷(うなず)く。


「ヴァルネシア公国からの報告もあります」


 向かいに座る文官が、紙束を開く。


「内海航路にて、公国商船が帝国側から砲撃を受け、航行不能。現在、抗議とともに兵を集める動きがあるとのことです」


 室内に、小さなざわめきが広がった。


「やはりな」

「暴発したか、帝国も」

「公国が動くなら、戦(いくさ)の結果は見えたようなものだ」


 誰かがそう言い、低い笑いが漏れる。


「……報告の精度は?」


 ひとりの貴族が口を開いた。


「砲撃を受けたと断定できる根拠は?」

「詳細は未確認です。ただし複数の商会から同様の証言が上がっているとのこと」

「証言、か。御用商人など、信のおける筋のものはあるか?」

「いえ、具体的にどこの商会かまでは、まだ確認できておりません」

「ふむ」


 それきり、貴族は黙った。

 他の者たちは、すでに公国参戦後の話へ移っている。


「さて、本題だ」


 壮年の貴族が卓上で指を組んだ。


「皇女の件だが――問題はないな」


 “皇女”。

 その一言で、話題は自然と収束した。


「侯爵家で5年。特に問題行動は報告されていません」

「領民への施(ほどこ)しも適切。感情的な逸脱(いつだつ)もなし」

「従順、という評価でよろしいかと」

「加えて、帝国への憎悪」

「それは確実だ」


 高位武官が短く言い切った。


「停戦破棄の報にも、動揺は見せなかったと聞く。むしろ……」

「静かに受け入れた、と」


 それは、都合がよかった。怒り狂うよりも、ずっと。


「無尽蔵のエーテルを持つ皇女。血統も申し分ない」

「象徴としては、これ以上ない」

「公国も動く。ならば尚更だ」


 結論は、すでに出ている。


 “使える”。


「……ひとつ」


 空気を読まずに、声が挟まれた。


「例の件はどうなっている」

「例の?」

「“クロード”だ」


 ほんの一瞬だけ、間が空いた。

 だがすぐに、事務的な声が返る。


「調査は完了しています。王国軍の記録、住民の証言、周辺調査――すべて照合済みです」


 紙がめくられる。


「該当人物の存在は確認できません」


 断定だった。


「『水理の剣』の派生とのことですが、そもそも『水理の剣』という流派自体、王国内の記録にはありません。帝国側の文献についても、確認できる範囲では該当なく。正直なところ、内燃錬成を用いない剣術などあるはずもありません」

「つまり?」

「精神的外傷による虚構(きょこう)の可能性もある、との見解です」


 誰かが小さく鼻を鳴らした。


「帝国から逃れた際に、錯乱(さくらん)したのだろう」

「脱走時に運河で溺れかけたとも聞く」

「そこで『水』が出てきたのですかな」

「極限状態で、拠(よ)り所(どころ)を作るのは珍しくない。おかわいそうに」


 乾いた笑いが起こりかけた。


「……彼女は、壊れてはいない」


 低い声が、割り込む。視線が集まる。


 ――第二王子だった。


「ただ、縋(すが)っているだけだ」


 静かな言葉だった。


「実在すら定かでないものに、でしょうか?」


 誰かが問う。


「実在するかどうかは、問題ではない」


 王子はわずかに首を振る。


「彼女にとって、それが“支え”であることが重要だ」


 数人が、顔を見合わせた。


「であれば尚更、排すべきでは?」

「戦場に虚構を持ち込むのは危険です」

「……否」


 王子は短く否定した。


「いきなり否定すれば、彼女は折れる」


 間を置く。


「手放せるよう、そばにいる。それだけでいい」


 王子にとっては、それが彼女を救う方法だった。

 もう戻らないものに縋(すが)る少女を、現実へ引き戻す。


「なるほど」


 壮年の貴族が頷(うなず)いた。


「殿下自らが手綱を握られると」

「婚姻も視野に入れておられるとか」


 別の声が続くが、王子は否定しなかった。


「帝国の行く末による」


 その返答に、数人が満足げに頷(うなず)いた。


 出席者の多くは、皇女を実際に見たことがない。

 彼らが見ているのは、その血筋と力、そして王国にとっての利用価値だった。


「なるほど。殿下も先を見ておられる」

「帝国が残るにせよ、滅びるにせよ、皇女の血は無視できませんからな」 


 王子は何も答えなかった。


 彼の脳裏にあったのは、皇族の血筋でも、無尽蔵のエーテルだけではなかった。

 最初に会ったときの、クロードとジルの無事を祈り続けていた姿。

 まだ生死すらわからず、わずかな希望に縋ることしかできなかった、あの姿がどうしても忘れられなかった。

 

「問題は、あの剣だな」


 別の貴族が話題を変えた。


「討伐では、まず内燃錬成を使わず、剣舞めいた型に固執するとのことでしたな」

「戦果が不自然だ。C級魔獣に手こずりながら、B級は一撃で倒している――」

「本来ならばどれも、圧倒できるはずだ」

「隠しているのだろう」

「演出だな。旗印としての」


 軽い笑いが起こる。


「わざと苦戦してみせ、一撃で劇的に屠(ほふ)る。民心を得るための小芝居といったところか」

「本番では解放する。そういうことだ」


 誰も疑わなかった。


「……あれは、執着だ」


 王子が、再び言った。


「強さではない。“証明”だ」


 その言葉だけが、わずかに空気を歪める。


 だが――


「いずれ不要になります」


 高位武官が切り捨てた。


「戦場では効率がすべてですので」


 王子は何も言わなかった。


 そのとき、控えの者が室内へ入り、文官に一枚の紙を手渡した。


「ヴァルネシア公国に関する続報です」


 文官が目を通し、そのまま読み上げる。


「地方からも動員を開始し、帝国への非難声明を取りまとめ中とのこと」

「包囲は完成したな」

「時間の問題だ」

「帝国も終わりだ」


「……偶然にしては、出来すぎています。反帝国が整いすぎているのでは――」


 小さな呟(つぶや)き。だがすぐに、


「臆病が過ぎる」


 と切り捨てられた。


「なお、ロラン侯爵より上申がございました」


 文官が淡々と告げる。


「内容は?」

「……時期尚早、との意見具申です。精神状態を鑑(かんが)みるに、今しばらくの休養をと」

「それは、採用できませんな」


 壮年の貴族が、一言で切り捨てた。


「ロラン侯爵には王都外への役目を依頼します。皇女殿下の出陣までは戻れぬように」


 それ以上は、誰も触れなかった。

 そのとき、扉の外で足音が止まった。控えの者が一礼する。


「報告です」


 室内の視線が、一斉に向く。


「皇女セレスティア様、明朝、入城予定」


 短い沈黙。


 そして――


「これで、戦は決まったな」


 室内に高揚感が漂う。

 その中で第二王子だけが、わずかに視線を落とす。


 (今度こそ)


 心の中で、言葉が形になる。


 (救う)


 もう戻らないものを、いつか手放せるように。

 過去に縋らず、生きていけるように。

 

 王子は、それが彼女のためになると信じていた。


次回更新予定は6/30(火)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。