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無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第一章 忘れられる少年と、忘れない二人

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第30話 第一章 完:残り火が消える日

今回はセレスティア視点です。

 いつからか、奇跡を信じるようになっていた。

 この温かい隠れ家で、大好きな二人の恩人と、ずっと一緒にいられるのだという都合のいい奇跡を。


 鳴りやまないマナ探知機の警報が、薄暗い部屋に響き続けていた。

 私の漏れ出したエーテルが、限界を超えているのだ。


 私が息を整え、漏れ出すエーテルを押さえ込むたびに、音は一瞬だけ弱まる。

 けれど、すぐにまた鳴り始める。


 ピーッ、ピーッ、ピーッ。


 そのたびに、ジルの肩が小さく跳ねた。


 最初は、耐えているだけに見えた。

 でも何度も、何度も繰り返すうちに、彼女は両手で耳をふさぎ、膝に顔を埋めてしまった。


 見ていられなかった。


 私が止めなきゃ。

 私のせいで鳴っている音なのだから。

 私が、ちゃんと抑え込まなきゃ。


 そう思えば思うほど、胸の奥が焦げつくように熱くなる。

 焦れば焦るほど、エーテルの波は大きくなった。


 違う。

 落ち着いて。

 止まって。

 お願いだから、止まって。


 必死に押さえ込んでいるのに、警報はまた鳴る。


 ピーッ、ピーッ、ピーッ。


 ジルの肩が、また跳ねた。


「……止めます」


 私は、探知機に手を伸ばした。


「リン、待っ――」


 ジルの声が聞こえた気がした。

 でも、その時の私は、警報を止めることしか考えられなかった。


 スイッチを切る。


 薄暗い部屋から、耳障りな音が消えた。


 ようやく、静かになった。


 ジルは両手で頭を抱えたまま、しばらく動かなかった。


 やがてゆっくりと顔を上げた。


 泣きらした目。

 青ざめたほほ

 せた輪郭りんかく


 いつもなら、無理にでも笑ってくれる人だった。

 冗談みたいに肩をすくめて、大丈夫だと言ってくれる人だった。


 でも、その顔にはもう、誰かを安心させる余裕が残っていなかった。


「……クロードと、静かに暮らさせて」


 ジルの震える声が、落ちた。


「ジル! 俺は――俺がそうしたいんだ!」

「クロードが、消えちゃうよ……っ!」


 その悲鳴のような声に、私は唇を噛んだ。

 この二人の関係を壊したのは、私だ。私にもここに、居たいと思える場所ができてしまった。ずっと三人でいられるという夢を見てしまった。

 でも、それは恩人の命を踏みにじっていい理由にはならない。


 あの時、彼らを救うためとはいえ『天の白閃セレスティアル・レイ』を放ってしまった。遅きに失した上に、最悪の選択をしたのだ。帝国に見つかるのは、もう時間の問題だった。


「……大丈夫です」


 私は、努めて明るい声を出した。


「実はさっき地図を見たときに、一つだけ、逃げ込める心当たりを思い出したんです。だから、一人でも平気です」


 嘘だった。

 でも、そう言わなければ、優しいクロードは私についてきてしまう。

 帰る場所がなくても、ここにいてはいけない。


「今まで、本当にありがとうございました。お二人のことは一生、忘れません」


 ボロボロと、涙があふれて止まらなかった。


「本当の家族みたいで。幸せな時間でした。さようなら。二人の、偉大なお師匠様」


「リン……っ、うあぁぁ……っ!」


 ジルがその場に崩れ落ち、声を上げて泣き出した。


 ——それでも、私を止めなかった。


(……あの人の決断を、受け取ったのは、私だ)


 私を追い出す冷たい言葉を口にしながら、ジルはずっと、心が千切ちぎれるほど泣いていたのだ。

 クロードが、私を引き止めようと手を伸ばす。

 だが、足元で子供のように号泣するジルを見て――彼の手は、空中で止まった。


 その顔は、何かを選んだというより、何も選べなくなった人のものだった。


 私はきびすを返し、家を出た。


♢♢♢♢♢♢♢♢


 はるか遠方の稜線りょうせん

 帝国軍の部隊指揮官が、冷たく言い放つ。


「対象『第二皇女』、潜伏拠点から離脱しました」

「新兵器の『試し撃ち』だ」

「ああ。あの巣ごと、残りのネズミを蒸発させろ」


♢♢♢♢♢♢♢♢


 風が冷たかった。

 二十メートルほど歩いたところで、背後のドアが開く音がした。クロードだ。


「リン! また、会えるよな!」


 私の嘘を信じようとする、必死な声だった。

 私は振り返り、微笑んだ。


「……ねえ、クロード」

「まだ、言ってなかったよね」

「私――」


 空気が、引き裂かれた。

 重低音と共に、視界が白に焼き切れた。


「リン――」


 その声は、届かなかった。

 背後から吹き荒れた圧倒的な熱波と衝撃が、私を吹き飛ばす。


 音が、遅れてやってきた。


 焼け焦げた空気が肺に入り、喉がひりつく。だが、それすら遠い。視界の中心にあったはずのものが、まるごと抉り取られている。


 視界が戻った時。私の『最後の居場所』は、青白い光の柱にえぐられ、一部が跡形もなく消滅していた。


 ポッカリとえぐり取られたその大穴は――壁に古い地図が貼られていた場所のあたりではないか。三人で「いつか行こう」と書き込んだ、たくさんのメモの……。


 膝が、崩れた。


「……あ……」


 声にならない息が漏れる。指先が震え、地面をいた。


 立てない。

 立たなければならないのに、力が入らない。


 ――戻らないと。


 思考だけが先に走る。

 焼け跡の中心へ、消えたはずの場所へ。足は動かないのに、体だけが前に倒れ込む。


 ――まだ、間に合う。


 クロードがいた場所までは、近い。

 ジルは……ついさっきまで、古地図の近くで、泣いていて――。


 そんなはずがないと、どこかで理解している。それでも、手を伸ばした。


 何も、掴めなかった。


「……ぁ……ああ……」


 喉の奥から、潰れた声が漏れる。


 恩人は。帰る場所は。

 三人で笑っていたあの時間は――。


「……やだ……」


 ぽたり、と涙が落ちる。


「やだ……やだ……っ……!」


 息が乱れる。視界がにじむ。

 それでも、前へ――焼け跡へとい出そうとした、その時だった。


 ――気配が、遅れて現れた。


 いつからいたのか分からない。


 音はなかった。足音も、風の乱れもない。ただ、そこに“いた”。


 私の背後に何人かいる。


「――対象確認」


 低い声が、空気を震わせた。


「エーテル流出、限界域。自壊寸前だな」

「問題ない。回収を優先する」


 私は振り返ることもできなかった。

 理解が、追いつかない。

 ただ、本能だけが告げていた。


 ――敵。


 エーテルが、漏れ出す。

 制御も何もない。ただあふれ出るだけの、暴走寸前の流れ。


 ――撃たなきゃ。


 誰に向けるのかも分からない。

 何をすればいいのかも分からない。


 それでも、体が覚えている。


 “放つ”ことだけは。


 熱が、内側で膨れ上がる。

 回路はない。構成もない。

 ただ、流れをそのまま――無構成で、押し出す。

 だが。


「遅い」


 背後から、首に何かが触れた。

 冷たい指先だった。


 その瞬間、世界が切断された。思考が霧散していく。


「――っ……」


 声が、出ない。

 膨れ上がっていた熱が、一瞬で刈り取られた。


 白に焼き切れた世界が、急速に黒く塗り潰されていく。


 薄れゆく意識の中で、最後に見えたのは――ポッカリとえぐり取られた、私の大切な場所の残骸ざんがい


 チリン……と。


 もう鳴るはずのない、透明な音が聞こえた気がした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 黒衣の三人は、無言のまま動いた。

 一人がリンの体を抱え上げる。まるで重さを感じていないかのように。


「回収完了」

「離脱する」


 彼らは、帝国軍の包囲網から逆方向へ――もうもうと立ち込める白煙はくえんの向こう側へと、幻のように姿を消した。


 リンの意識は、すでに深い底へと沈んでいた。

 白煙はくえんだけが、静かに、晴れていく。


第一章はここで完結となります。


第二章準備のため、次回更新は二週間お時間をいただき、

6/19(金)再開予定です。


少し間が空きますが、物語は第二章からさらに大きく動いていきます。

引き続き見守っていただければ嬉しいです。

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