第3話 暴走する魔導炉
光龍歴990年9月。
奈落谷でクロードと出会ってから、もう一年が経っていた。
北東ベルク特別区にあるジルのガレージ〈兼自宅)は、今日も朝から蒸気とオイルの匂いに満ちていた。
「……ん、よし。出力安定!」
ジルは愛用のモンキーレンチを回し、整備中の魔導湯沸し器の接続部をしっかりと結合させた。額に滲んだ汗をぬぐう。
一年前とは違い、今、彼女の赤銅色の髪はアップにまとめられ、白いうなじが露わになっている。少女の面影は残っている。けれど、もう子供ではなかった。
「クロード-ッ!ちょっと手伝ってー!」
「りょうかーい」
ガレージの奥から低い声が返ってきた。
現れたのは、重たい資材箱を軽々と片手で運ぶ少年――クロードだ。
14歳になったクロードの栄養失調気味だった手足には、日々の鍛錬と労働でしなやかな筋肉がつき、きびきびと、しかし非常に滑らかな動きをするようになっていた。
ジルは、荷物を下ろすクロードの広くなった背中をまじまじと見つめ、うんうんと頷いた。
「頼りになるね!あのがりがりだった子が、今や立派な荷運び人に!しくしく」
「……誰のせいでこんなにこき使われてると思ってんだか」
「何言ってるの?感謝してよね!」
ジルはふふんっ、と鼻を鳴らして、こいこい、とクロードを呼ぶ。
そしてこれ見よがしに胸を張ると、左手を腰に当て、右手は『ジャーン』とばかりにクロードの方を示した。
「えっへん!キミのために、栄養をお金で買ったんだよ!見よ、この成果をっ!」
大仰にいうが、胸を張ったことで、彼女のシャツのボタンは悲鳴を上げほどパツンと張りつめ、彼女自身の豊かな膨らみが強調される。
クロードは一瞬、目のやり場に困ったように視線を泳がせたが、しっかりとジルの目を見つめると「ありがとう!すぐに抜かす!」と張り合う。
ジルはニシシと笑い、クロードの背をバシバシと叩く。
「じゃ、明日も勝負だね!」
「……はいはい。勝ったら、服買ってよ。最近結構きつくてさ」
こちらはこちらでパツパツになってきているようだ。
「んむ……」
ジルはクロードの厚くなってきた胸板をちらりと見て、今度は自分の胸元を確認する。
「……ワタクシモ、フク、カウ」
突然コミカルに、奇妙な片言を発する。
最近帝都で流行りの小説【北の勇者と魔導具少女】。魔導具で動く少女が、勇者と旅をする物語だ。身体は合金、言葉はカタコト。ジルはそのヒロインの真似が大好きだった。
「よし、買いに行ってこい!」と、クロードは負けじと北の勇者ばりの命令だ。
「ふ・た・り・で・い・く・の!!」
突然ムスッとしたかと思うと、ぷっ、と噴きだし「また行こうね」と言い直す。
そこには、男女の意識以前の、絶対的な「相棒」としての信頼と、少しばかりの家族愛があふれていた。
その時だ。ドアが乱暴に叩かれる。
ドン!ドン!ドン!
「おいジルッ!いるか!?」
駆けこんできたのは、冒険者ギルドの職員だった。顔色が悪い。
「緊急依頼が出た。南地区の第3プラントが限界を迎えてる。……制御技師たちは全員逃げ出したらしい。熱暴走まで時間がない!」
「――熱暴走」
ジルの表情から笑みが消え、腕組みをする。
その瞳は一瞬にして「魔導技師」の冷徹な光を宿していた。
「あそこは居住区に近い。大人が、子供たちを見捨てる気!?」
ジルは工具袋を引っ掴むと、クロードへ振り返った。
「運河を使うよ」
二人は風のようにガレージを飛び出し、運河に係留してある小舟へと走った。
♢♢♢♢♢♢♢♢
南岸機工街『ヴェンデル・プラント』――帝都ガレリアの南側。巨大な運河沿いに広がる、大規模な工業・生産区画だ。大小様々な工場がひしめき合い、無数の煙突からは紫煙が次々と立ち上っている。
その一角……ヴェンデル・プラントの中核を成す巨大な魔力動力炉を持つ第3プラントは地獄のような熱気に包まれていた。
真っ赤になった配管から紫色のマナ蒸気が滝のように吹き出す。けたたましい警報音が鳴り響く中、逃げ遅れた作業員たちが悲鳴を上げている。
暴走し、決壊寸前のようだが……まだプラント自体は制御をもとに稼働している。魔力制御盤は生きているということだ。
「クロード!私は中枢の制御室へ向かう!キミは各区の――」
「任せろ!逃げ遅れた人を一人でも助ける!」
言葉を交わすのは一瞬。
クロードは迷うことなく、崩れかけた足場へ飛び込んだ。足元は悪いが、その動きは全くブレることなく、するりと抜けていく風のように、取り残されただろう作業員たちの元へ向う。
相棒の頼もしい背中を見届け、ジルは中枢部へと駆けていく。
階段を上り、大きな通路を進むと、大きな2枚扉が開いたままになっていた。
「状況は!? どこが詰まって――」
駆け込みながら叫ぶジルの声が、ピタリと止まった。
熱気が充満する室内。巨大な魔力制御盤に張り付いているのは、たったの二人きりだった。『技師が逃げ出した』とは聞いたが、それにしても少ない…。
二人は魔力制御盤に張り付き、決死の形相で回路を確かめている。
今さらの増員に割く余裕など全くないといった様子だ。
彼らの目の前にあるのは、複雑に組み上げられた『固形エーテル』の結晶群――すなわち魔導回路だ。
青のエーテルを血液とするならば、固形エーテルは血管だ。魔導技師は、自らの体内エーテルを針と糸のように使いこなし、固形エーテルが適切な回路となるよう正確に縫い留める。そのような精密操作に特化し、理論をも極めた魔術師たちである。
ジルは近づき、改めて状況を把握しようと声をかけようとするが……見間違えるはずがない。
この二人はかつて国立研究所で机を並べた同僚、先輩のハンスと年上の同期ゲイルだ。
「ハンス先輩! ゲイルッ!!」
掌から自らのエーテルを流し込み、回路の崩壊を食い止めていた二人が、名前を呼ぶ声に思わず手を止め、ぐるりと振り返る。
「……っ!?まさか、ジルなのか!?」
「積もる話はあと!状況を教えて!」
「あ……ああ!主回路の固形エーテルがマナの熱で融解しかけてる!予備経路にバイパスしようにも、マナが定着してくれないんだ!」
「力技で押さえつけようとすると、反発して吹っ飛ぶことになる!!」
ゲイルとハンスの悲鳴のような説明に、ジルは即座に制御核へと飛びつき、掌をかざした。
目を閉じ、回路内を駆け巡るマナの濁流を「視る」。
(マナの圧が高すぎる……これじゃ新しい固形エーテルでルートを作ろうとしても、はじけ飛ぶだけだ。)
「こっちの!深度5、サブルートCとDラインが立体交差してる『第4結節点』!ここからバイパス通すのは試した!?」
「ダメだ、マナ密度が高すぎて回路が焼き切れた!先にやってたヤロウが焦ってその先の回路を広げんままで……やっちまったんだ!」
「……じゃあ、ここ!核からの主脈を深度23まで追ったとこ、Gラインの極性を反転させて、逆流で相殺は!?」
「シミュレーションした!すでに圧が高すぎて、負荷が120%を超える!下がる前に爆発しちまう!!」
つまり、どの経路もマナ圧に耐えられない。提案するも悉くはじかれる。
技術者とはトライ&エラーが常だが――カンッ!カンッ!と限界を知らせるアラートが早まり、室内の温度はさらに跳ね上がっていく。
(どうする……。何か、手立ては……ッ!)
――ジルは額の汗を拭い、濁流のようにうねるマナ回路の探索を続ける……。
第3話までお読み頂き、ありがとうございます。
1年の時を経て、二人は「ただの恩人と少年」から、背中を預け合う「相棒」になりました。
平和な日常から一転、不穏な警報が鳴り響く急展開……。
実は、ここらへんから自分の中でも「ジル」というキャラクターに命が宿り始め、一気に筆が乗ったのを覚えています。
本作は『剣×魔法×スチームパンク』の世界観を詰め込んでいます。
重厚な歯車の音と、魔導の光が交差する空気感を、ぜひこの先も堪能していただければ嬉しいです。
さて、次回の第4話。
「天才魔導技師」と呼ばれたジルの、真の雄姿をお見せします。




