表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名の風鈴剣 ~消えかけの少年に、天才魔導技師と皇女が激重感情を向けてくる~  作者: 風紋
第一章 忘れられる少年と、忘れない二人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/31

第24話 凍て街の警報と、“冷たい赤ん坊”

 その日の午後。私は買い出しのついでに、大図書館の受付へと立ち寄っていた。


「ジルちゃん、この前頼まれていた『記憶から消える人』の文献だけど……」


 司書のメリアさんが、分厚く古い童話集のような本をカウンターにコトンと置いた。


「歴史書や禁書にはなかったんだけど、この古いおとぎ話に少し似た記述があったの。『冷たい赤ん坊』のお話よ」

「冷たい、赤ん坊……?」

「ええ。生まれつき体温が低くて、病弱みたいなの。それと……誰もその子に近寄りたがらなくなるみたい。確かに生きていたのに、やがてお母さんだけがかろうじてその子のことを覚えていて――。周囲の人はみんな『妊娠していたのは知ってるけど、あの冷たい赤ちゃんは、生まれてすぐ死んじゃったはずだ』って言い張るの。……こわいおとぎ話でしょ?」


 背筋に、冷たいものが走る。


 ――「覚えているのは、お母さんだけ」。

 ――キミの体、最近いつも冷たいでしょ。


 白翼の日に私がクロードへかけた言葉が、不吉な符合となって脳裏に蘇る。あの時に感じた小さな違和感が、今さらになって明確な『恐怖』の形を持った気がした。


「……そっか。ありがとう、メリアさん。ちょっと読んでみるね」


 私は動悸どうきを抑えながらその本をかばんにしまい、次の目的地である冒険者ギルドへと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「いやぁー! やっぱりジルのチューニングは最高だな! エーテルの同調ズレが完全に直ってる!」


 ギルドの片隅の作業スペース。私が調整を終えた大剣を素振りし、ルークが満面の笑みを浮かべた。


「C級の微弱な風属性でも、刃の軌道に合わせてきっちり空気抵抗を減らしてくれる。本当、ジルも俺たちのパーティにいてくれればなぁ! 毎日この最高の手入れをしてもらえるのに!」

「はいはい。おだててもメンテナンス代はまけないからね」


 私が苦笑しながら工具を片付けていると、ふいに、ルークの後ろから突き刺さるような視線を感じた。

 彼のパーティメンバーである魔術師の少女、ニーナだ。彼女は青白い顔で杖を強く握りしめ、ギリッと唇を噛んで私を睨みつけていた。


「……ふんっ。たかがC級魔核の小細工じゃない。そんなので“整う”くらいなら……私の魔法は、何だったのよ……」

「ニーナ……。今日はもう回復に専念しよう」


 大きな盾を背負った兄のガレスが、そっと妹の肩に手を置いた。


「でも、兄様……! 私、まだ戦える! 今のうちにもっと稼がないとっ……!」

「今日はもう三回も回路が焼けかけてる。わかってるだろ」

「……まだ撃てるの。私はまだ“魔術師”なの……!」


 虚空こくうを見つめ、杖を握る手が、かすかに、規則性なく震えている。

 杖の先端が、わずかに床をこすったが、……それに気づいている様子は、なかった。


(……違う。怒ってるんじゃない。――壊れてる)


 才能を失い、少しの無理すら止められている彼女の痛切なフラストレーション。その矛先ほこさきが、ルークに頼られている私に向いているのは明らかだった。

 

「ルークが鼻の下伸ばしてる間に、私たちは先に帰らせてもらうね。ごめんねジル、また今度!」


 弓使いのサーシャがウインクを投げ、沈痛な表情のニーナの手を握りながら、ガレスと共にギルドを出て行った。

 三人が見えなくなると、ルークはふっと表情を引き締め、私の隣に腰を下ろした。


「……巻き込んじまって、悪い。ちょっといつものノリで、二人を傷つけちまった」

「私は良いけど。ニーナにはちゃんと『頼りにしてる』って言ってあげなさいよ」

「わかっちゃいるんだけどな……。あいつの体内の回路、もうボロボロなんだ。撃てば撃つほど壊れていくのに、撃たないと排熱できなくて苦しむ。何より……『魔法が撃てない自分』を、あいつ自身が一番許せてないんだよな」


 ルークは自分の大きな手を見つめ、深く息を吐いた。


「ガレスもサーシャも、あいつが生きてりゃそれでいいって思ってる。でもただ生きてるだけなんて、本人のプライドが限界まできてるんだ。……逆に無理してもっと頑張られたら後戻りきかないし、リーダーとしてどうしてやるのが正解なのか、ホント難しいんだ……」


 不器用だが、彼なりに仲間のことを深く思いやっているのが伝わってくる。


「ところで、ジル。最近、軍からギルドに出てる依頼がマジで異常なんだ」

「異常?」

「ああ。指定された魔獣を『生け捕り』にする依頼なんだけど……討伐難易度が高い奴が欲しいわけじゃないらしい。例えば、厄介な炎のブレスを吐くAランク魔獣なんかより、『大きいけど”魔核がスカスカの魔獣”』に、高値がついてるんだよ」


 (スカスカの魔核の魔獣……? そんな素材にもならないものを……?)


「しかも、俺たち冒険者は現地で足を止めて、麻痺させるだけでいい。あとは信号弾を上げれば、軍部から信じられないくらい強い、異質な気配の連中がすっ飛んでくる。生きたまま拘束して、そのまま運んでいくんだ。……一体、何を企んでるんだか」

「…………」


 私はルークの話に、嫌な汗が滲むのを感じた。


(……もし。魔核が『空っぽ』なら、そこに無理やり『何か』を注ぎ込むことができる……?)


 胸の奥で、恐ろしい推論が噛み合いかけていた。

 けれど――その正体を掴む前に。


 ――ウゥゥゥゥォォォォォォンッ!!


その時。帝都の空を切り裂くように、魔獣襲撃を知らせるけたたましい警報サイレンが鳴り響いた。


『緊急警報!緊急警報!』


『 帝都北部【て街】エリアに、魔獣の群れが侵攻! 付近の市民は直ちに避難を——』


て街……ッ!?」


 ――その名前だけで、胸の奥がざわついた。


 それに、北部の凍て街と、北東部にある【奈落谷】は、地理的にそのまま地続きになっている。もし魔獣の群れが凍て街で散り散りになり、谷の方へ流れ込んでくれば……!


「ごめんルーク、戻る!」

「おいジル! そっちの方向は危ねぇぞ!」


 ルークの制止を振り切り、私は工具箱を抱えて全力で駆け出した。あの『残り火の家』に、魔獣を近づけさせるわけにはいかない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 息を切らして奈落谷の廃棄ボイラーへ飛び込むと、そこにはすでに、戦闘用ジャケットをまとい、武器を手に持ったクロードの姿があった。リンも、鉄パイプを手に持ち、準備万端であった。


「ジル! 外の警報、聞こえたよ。て街に魔獣が出たんでしょ?」

「……うん。ここから地続きだから、万が一こっちにれてきたら大変だと思って」

「なら、俺たちも行くよ」


 クロードが、剣の鞘に結んだリンの風鈴をチリンと鳴らし、静かに、けれど確かな意志で言った。


「俺は、俺にできる力で誰かを助けたい。この剣は、そのためにあるんだ」

「私も行きます」


 リンが一歩前に出た。


「帝都を。守ります」


 二人の真っ直ぐな瞳を見て、私は小さく息を吐いた。

 止めても無駄だ。それに……私自身も、自分の手の届く範囲の人間を助けるのが『使命』だと思っているのだから。


「……わかった。一緒に行こっか」


 私は工具箱から、予備の分厚い防塵マントとフードを取り出し、リンに被せた。


「でもリン、あなたの顔は絶対に隠して。軍部の連中もウロウロしてるかもしれない。見つかったら、魔獣より厄介なことになるからね」

「はいっ!」


 フードを深く被ったリンと、静かな闘志を燃やすクロード。

 そして、鉄の扉を開く直前。

 

 「……ちょっと、いい?」


 私はたまらず、存在を確かめるように、クロードの手首を掴んだ。


 「……っ」


 一瞬、呼吸が止まった。

 ――冷たい。


 それは、出会った頃から知っているはずの温度だった。

 何度も触れてきた、そのはずの感触。


 けれど――違う。


 以前よりも、わずかに深い。

 表面だけじゃない、内側まで静まり返っているような冷たさ。

 まるで、少しでもとどめようとする熱を、どこかへ流し続けているみたいに。


 血が通っていない、という冷たさだけじゃない。

 もっと根本的な――“そこに在るはずのものが、欠けている”ような感触。


(……違う。これは、最近……)


 リンと過ごすようになってから。

 無意識に強大な魔力に触れ続けているせいで――。


 最初に出会った頃は、“冷たい体質”だと思っていた。

 けれど、知れば知るほど違和感が強くなる。


 もし、本当にクロードが、少しずつ世界からこぼれ落ちているのだとしたら。

 この冷たさの先が、“失われる結末”だとしたら。


 (……嫌だ)


 胸の奥が、ぐしゃりと潰れる。

 私は、ようやく見つけた。

 不器用で、優しくて。

 誰かのために、自分が傷つくことをためらわない人を。


 でも、彼は――

 人並みの幸せすら、掴めないのだ。


 (私が……幸せにしてあげるって、決めたのに……!)


 知らず、掴んだ手に力が入っていた。


「……ジル?」


 クロードの声に、ハッとする。

 ――違う。

 今、立ち止まってる場合じゃない。


 人の役に立ちたい。

 それは、クロードの願いだ。

 だったら私は――。


 (絶対に、この人を失わない)


「……ううん。行こっか」


 私は無理やり笑って、手を離した。


 そして、寒さの象徴である『て街』へと続く重い扉を、押し開けた――。


次回、ついに戦闘シーンへ突入します。

『魔法』と『剣』、そして彼ら自身の在り方が試される戦いです。

本作ならではの戦闘を描けるよう頑張ります。


次回更新は5/19(火)となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ