第15話 あなたの感情は殺させない!
私は泣きながら、クロードの頭を胸に抱きしめていた。
最初は無我夢中だった。
彼は、何も持っていない最悪の境遇の中で、限界の努力をしているのに。
最初から恵まれた力を持っていて、ただそれだけの空っぽな私を羨んで泣くなんて。
彼は持たざる者として、結局何者にもなれないのだと絶望して。
私は彼の努力が決して虚しいものではないはずだと思いながら、彼の苦しみを全力で否定したくて、胸が詰まって一緒に泣いてしまった。
――しばらくするうちに、抱きしめた彼の頭のひんやりとした感触が心地よく、少し冷静になってきたところで、ふと気づいたのだ。
胸の中の彼は、先ほどからピクリとも動かない。
……それどころか。
ドッドッドッドッ!!
(……どうしよう! いきなり離すのもおかしいけど、私の心拍数が――!!)
密着した身体から、ものすごく大きな波となって、彼の顔に伝わっていそうだ!!
私の顔が一気に真っ赤になっていく――。
……もう、限界……!!
意を決して、そっと彼の頭から腕を離した。
「ご、ごめんなさい。つい。」
「……い、いや!俺の方こそ突然泣いちゃって、ごめん……」
クロードは耳まで真っ赤にしながら、慌てて身を引いた。
「何か、羨ましくなっちゃってさ。いや、決して自分が弱いと思ってるわけじゃないんだ。そこらの冒険者とか、エーテルを使ってる人とも、それなりにはやりあえると思ってはいるんだけど」
彼は少し視線を落とし、ぽつりとこぼした。
「ホラ、俺ってさ。自分でも自分の性質がよくわかんなくて。いつ死ぬかもわかんなくて。いろいろと頑張ってみても、人からあっさり忘れられちゃうし。……だから、何かを成し遂げた英雄、人の記憶にずっと残る英雄ってのに憧れるんだよね。どうやっても、俺にはそんな突拍子もない力なんて無いからさ」
「だけどリンが、俺の剣をすごいって、憧れだって言ってくれて。……すごく嬉しくて」
「それで、本当に俺の剣をそう思ってくれる人だけに伝えるってのも、良いなって思ったんだ。だって、これは僕のオリジナルだからね。エーテル無しだから、派手な強さはないけど」
ちょっと悲しそうに、しかし心底嬉しそうに、彼は笑った。
人々の記憶に残らないということが、彼にどれだけ大きな傷跡を残し、そして怯えさせることになっているのか。
今更ながら、私自身が彼に助けられた記憶がないこと。そしてジルの『忘れたと伝えるな』という殺意に満ちた視線を思い出す。
彼の孤独な境遇に、胸が押しつぶされそうになる。
――けど、その痛みに勝る強い炎が、胸を焦がし始めた。
「――師匠の剣!! 絶対に……私が習得します!!」
今までの人生で、こんなにも強い決意を持ったことはない。
皇宮で流されるまま、やれと言われたことをこなして。ここ最近はエーテル供給装置のごとく、毎日魔力を絞り取られ。その地獄から抜け出そうと逃げ出したあの日も、こういう前向きな決意ではなかった。ただ「逃げる」と決めただけだった。
(――今は、違う。師匠の剣を私が覚えて。そのすごさを、私が世間に知らしめる!!)
初めて自分自身の奥底から生まれた、この熱い情熱は――!!
「ピーーーーーーーッッ!!!!」
バタンッ!と、ものすごい勢いで廃棄ボイラーの重い鉄扉が開き、血相を変えたジルが何かを片手に大慌てで飛び出してきた。
よく見ると、彼女の手の中でけたたましく鳴り響いているのは、つい先ほど完成したばかりの『簡易マナ探知機』だった。
「――って、あんたかーい!!!」
「痛っ!」
スパーン、と容赦なく私の頭がはたかれる。
「ちょっと何やってんの!! 探知機がレッドアラートを叩き出したから、憲兵が来たかと思って寿命縮んだじゃないの!」
「えッ……?」
――私の胸で燃え上がっていた情熱は、物理的な痛みと共に急速にしぼんでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「エーテル操作を最優先で」
室内に戻り、完全に冷めきった顔をしたジルが宣言する。
「いや、でもさ、リンが俺の剣を学びたいって言ってくれて――」
「だ・め・ぜ・っ・た・い!!!」
クロードの援護射撃も、ジルの冷酷な一言で一蹴されてしまった。
……どうやら私の情熱の炎は、自らの手で地獄のフタを開けてしまったようだった。
「すみません、私のエーテル操作が未熟なばっかりに」
「んー、そうね。向き不向きはあると思うけど、感情の高ぶりでマナが爆発しちゃうようじゃ、いつ憲兵に見つかるかわからない。ここだけは、命に関わるから厳しくいくわよ」
これは当然のことだ。ここに居させてもらえるための、最低条件と言っても過言ではないはずだ。
「わかりました。厳しく、お願いします」
「よし、じゃあ私が教えるね。もう見たと思うけど、エーテルの精密操作、すっごく得意だから」
確かに、マナ探知機を作るときに、ジルの静かで細かいエーテル操作を見た。とても私にはできないと思ったけど……。
「まずは、体内のエーテル操作というよりも『感情とエーテルの切り離し』ね」
ジルは真剣な顔つきで指を立てる。
「リン、今までうまくいかなかったのって、どうせ『心を無にするのじゃ』とか言われてたんじゃない?」
「そんな感じです。あんまり感じないように、考えないようにと。でも、感情が内から沸き上がるのって、気にしないようにしようとしても無理で……」
私の言葉に、ジルは「はぁ」と深いため息をついた。
「そんなもんだと思ったけど……そんなの『技術屋』から言わせれば三流の教えよ。自然と湧き出てくる大切なものを、出ないようにしましょうだなんて、いつか絶対に破綻する。不完全なままのシステムを放置するのって、技術への冒涜よ」
どういう流れなのか、私の魔術教師は悪人扱いになっていた。
けれど、ジルの言う通りだ。
無理やり感情を抑え込む方法を取ってきた私は、先日逃げ出した時や、先ほどの「クロードの存在を世間に知らしめたい」と強く願った時も、感情が高ぶって、巨大なエーテルが自然と高まってしまったのだから。
何も感じずに無で受け流すというのは、とてもできそうにない。
「ちょっと話は変わるけど、帝都の紡績工場の機械、動力元の巨大な魔導機関(動力)は、どんな時でも常に全力で回ってるのよ。じゃあ、どうやって手元の機械を止めたり動かしたりしてると思う? 動力を伝える『歯車』や『ベルト』を、意図的に『空回り』させてるのよ」
「空回り、ですか?」
「そう。リンのエーテルも同じ。感情ってのはボイラーの炎だから、無理に消しちゃダメ。燃やしたまま、全力で回したままでいいの。……でもね、そのエネルギーをそのまま出力に直結させちゃダメなの」
ジルは私の頭をトントンと指先で叩く。
「頭の中に『レバー』を作って。焦ったり怒ったりして感情が唸りを上げても、その力をエーテルに繋ぐ歯車を、ガコンッて外して『空回り』させるのよ!」
「……? わかったような、わからないような……」
「そうね」と言って、ジルは紙に簡単な図を描き始めた。
まずは側面図。歯車が二つ、かみ合っている。
左の歯車の中心は『感情』、右の歯車の中心は『エーテル』と書かれている。
次に上面図。歯車を上から見たもので、一つは二つの歯車ががっちり嚙み合ってる図、もう一つは、二つの歯車がスライドしてズレている図だ。そこには「ガコン」と動かすレバーも描いてある。
「――こういうこと。感情がいくら回ってもエーテルが回らないように、レバーを引いて歯車を外すの」
「わかりやすいです!できるかどうかは別ですが、ジルはこの考えで、怒った時や悲しい時でも、身体の中でエーテルがぐるぐるにならないんですか?」
「んー、そうね。正直なとこ、私は元々感情と直結してないタイプだから。だけど、魔導技師は非常に精密な操作が求められる、わずかなブレも許されない世界なの。魔導回路のズレや太さのブレが、それこそ大爆発に繋がるかもしれない」
ジルはかつての苦労を思い出すように目を細めた。
「その重圧の中の作業をこなすための、基本のスキルよ。私はこの理論で新人を指導して、みんなできるようになったわ」
ものすごい納得感だ。
「リンは、何も精密な魔導具を作ろうとしてるわけじゃない。魔導技師の10倍、100倍も簡単なレベルで良いんだから、気負わずに頑張りましょう」
ジルはふっと笑った。
けれどその瞳は、真剣だった。
「あなたの感情を殺すという、あなたという人間を認めないやり方を……私は認めないわ」
ッッ!!!
この二人は。
この『家』は。
――どうしてこんなにも温かいのか……。
私はその言葉にまたもや感情を大爆発させてしまい、数日ぶりにクロードにマナを逃がしてもらう羽目になったのだった。
読んで頂きありがとうございます。
次回は4/27(月)更新予定です。
GW明けまで2日に1本ペースです。




