第14話 ふたつの憧れと、名もなき剣の弟子
今回は、二人の剣の話です。
――私は、クロードに剣の弟子入りをした。
だがその選択が、自分にとってどれほど重いものになるのかを――まだよく分かっていなかった。
突拍子もなかったかもしれない。
でも、私の唐突な願いに対して、彼の喜びが思いのほか大きくて、逆に私の方がドキドキしてしまったくらいだ。
彼は、ふにゃりと嬉しそうに笑った直後、ハッとしたように慌てて両手を振り回した。
「あ、でも待って! 『水理の剣』は、半年習った程度で……! 今の俺の剣も……俺が勝手にアレンジしてやってるだけで……さっきは調子に乗って師匠なんて言っちゃったけど、ホントはそんな人に教えられるような偉いものじゃなくって……!」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになる彼に、私は「それでも構いません! 私はクロードの剣、習いたいんです!」と前のめりに食い下がったのだった。
そんなやり取りを経て。
廃棄ボイラーから出た私たちは、中のジルから半径5mの『安全圏』に収まる位置に陣取った。直線距離は近いが、鉄の壁を隔てており訓練の音は聞こえないはずだ。
「今日は外だから、いつも俺がやってる瞑想からやってみよう。
風のささやかな流れを感じるところから」
クロードが目を閉じ、静かに息を吸い込む。
「ちなみに水理の剣を習ったとき、師匠と川の流れを見るところから修業が始まったんだ。その真似事なんだけどね。あぁ、今でも師匠を思い出すなぁ」
クロードという『孤児』に剣を教えてくれたその師匠とはどんなお人だったのだろう。今度ゆっくり聞いてみよう。
「たぶんホントは、実際に水の流れを見る方が意識しやすいと思うんだけど、ココ、川がないから。いきなり目に見えない『風』からスタートするしかなくって」
クロードの言葉に従い、私も目を閉じる。
「意識を自分の身体から切り離して。自分が『風』になるんだ……まずは攻撃側の気持ち」
空気や風に意識を集中させてみる。
「風になって、そこにある自分の身体に当たるように流れていく。身体に当たると風が2つに分けられる感じ」
彼の穏やかな声が、頭の中にイメージを描き出していく。
「2つに分けられた後、どうやって標的をすり抜けてもいいけど、耐えてぶつかろうとするとダメなんだ。勢いが死んで、実体が見えて、捕まっちゃう」
ふう、とクロードが息を吐く。
「次は防御側の気持ち。向こうからでっかい丸太がドカーンとぶつかってくるよ。そしたら、衝撃で痛いけど、どうする?」
「……どうするんですか?」
「そよそよ、ゆらゆらとして……向こうから衝撃がやってきても、形も重さも、何もないみたいに。空気に向けてどれだけ力いっぱい剣を振っても、衝撃なんか受けないでしょ?」
風のようにすり抜け、空気のように衝撃にすらならない。
「……そういうイメージなんだけど、……わかる、かな?」
昨日見せてもらった無音の動きで、言わんとしてることは少しわかるような気はする。
ただ、昨日はクロード一人での演舞だったため、相手の攻撃に対してどんな動きになるのか、イメージしづらかった。
私の戸惑いを察したのか、
「実際にやってみようか」
ということで見せてもらうことになった。クロードは「対人ではほとんどやったことないんだけどね」と、ポリポリと頬を掻きながら苦笑いしている。
「じゃあ、リンが突きをやってみて。実戦経験ほとんどないから、緊張しちゃうな」
そう言って、彼が木の棒を手に私と対峙する。
エーテルでの内燃錬成を行わず、見た目も完全に脱力している。
私が皇宮で習ってきた帝式剣術の構えと比べると、クロードの姿はあまりにも小さく、儚げに感じる。気迫も剣気も、一切ないのだ。
私は――規格外の体内エーテル量を理由に、幼い頃から対魔族の戦場で、活躍を期待されてきた。
魔法も剣も。教えられたのはただ一つ。
強く、速く、敵を倒すこと。
当然、その膨大なエーテルに耐えうる肉体を作るため、生身での過酷な訓練もこなしてきている。
「では……最初なので力は半分くらいでやってみましょうか」
「うん、お願い」
「行きます! ――ハッ!」
適度な踏み込みと共に、力は抑えつつも、帝式剣術らしく鋭く重い突きを繰り出す。すると、クロードは切っ先が触れる直前で、ゆるりと左へ動いた。
――突きが、かわされた。
「これは……」
私は目を見開いた。
「触れる直前まで、確実に当たる感覚でした。突く側も反発する衝撃に備えて、当たる瞬間にグッと力を入れますが……それが空振って、フッと抜けるような、とても不思議な感覚です」
私の感想に、うまくいってホッとした様子のクロードが答える。
「そうだね。こっちも、剣が当たるまではそんなに動かないイメージなんだよ。相手から逃げよう逃げようって感じじゃなくて、押しのけようってくる圧に対して、その流れに沿って『むしろ押しのけられにいく』感じ」
確かに、彼が言葉で説明したとおりの動きだった。
風が丸太を避けるのではなく、丸太の風圧に押されて自然と動かされるような……。
「それにしても、相手がいるって良いね! 頭の中で想像してたように、ちゃんと風になれてる感じがするよ!」
少し興奮した様子で、彼は目を輝かせる。
「お願い! 次はエーテル無しで、全力で突いてみて!」
感触をつかんだのか、次をせがまれてしまった。
キラキラした眼差しの師匠にせがまれる弟子って!
何やらもどかしい感覚に包まれながらも、私自身も見てみたいという欲求が沸き上がっていた。
クロードのあの流麗な『名もなき剣』に対して、内燃錬成使わないとしても皇宮で鍛え上げられた私の全力が通じるのか、通じないのか。
再び対峙する。
呼吸を整え、機を伺う。10秒ほど経っただろうか、ゆらゆらと揺れるクロードが、微かに止まったように見えたその瞬間――!
私は全力を足に伝え、バネをきかせた鋭い踏み込みを放つ。極限まで低い体勢から、相手の急所へと一直線に伸びる、必殺の突き。
裂帛の気合と共に、放った。
クロードの姿は見えている。まだそこにいる。
――絶対に当たるッッ!!
そう確信した次の瞬間、世界から音が消えた。
切っ先は確かに彼を捉えている――はずなのに。
次の瞬間、クロードの姿が視界から滑り落ちた。
気づけば、柄のすぐ横に彼が立っていた。
(うそ……)
私は息を呑んだ。
クロードは攻撃を繰り出してはいないが、必殺の一撃を繰り出して完全に体勢が伸び切った私と、すぐそばに立つ彼。
もしこれが実戦なら、この体勢の差は命取りとなるほどの絶望的な差。
皇宮の師範と訓練するときですら、ここまでの絶対的な差で躱されることはない。撃ち合い、受け止め、ギリギリのやり取りの末に、最近では私が一本を取ることも出てきたのだ。
それなのに、彼は――
「すごいすごいっ!リン、すっごくカッコいい!!」
呆然とする私の思考に、弾むようなクロードの称賛が割り込んできた。
え?
ちょっと状況が理解できない。
「静かにためて。力強く、一気に一直線に!相手を吹き飛ばす、必殺の一撃!!」
私を絶望させたばかりの少年は、なぜかものすごい興奮状態で、私の剣を褒め称えている。
「みんなを困らせる魔獣の前に、颯爽と現れて!とんでもない内燃錬成で、ものすごいスピードで突っ込んで、力強く、一撃で終わらせる!あぁ、カッコいいなぁ……!!」
そう語る彼の声が、急に震え始めた。
見れば、彼の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「いいなぁ。俺にも……こんな英雄みたいなこと……できたらよかったのになぁ」
その純粋すぎる涙に、私の心臓が、大きくドクリと跳ねた。
孤児だった彼は、孤児院すら追い出され、このノイズだらけの廃棄谷で一人で生きてきた。
誰にも知られず、何も成せないまま死んでいくのだと思いながら。
それでも彼は――英雄に憧れていた。
剣術を習うも『体内エーテルを持たない者』であるがゆえに、師匠の『水理の剣』すら、彼にはできないことが多かったはずだ。
絶望の中で、できることを必死に繋ぎ合わせ、暗闇の中でもがきながら編み出したのが、この流麗な剣術なのだ。
最高の環境で教えられてただけの、私の剣が、すごい?
エーテルにものを言わせた力づくの剣が、カッコイイ??
違う。
本当にすごいのは彼だ。彼なのだ。
地位も、力も、才能も。私はただ偶然『持っていた』だけ。
血の滲むような努力で手に入れたものではない。
それを、持たざる彼が。
何もない環境で、命を削るような努力で自ら編み出した彼が。
――空っぽの私を羨んで、泣くなど……絶対にあってはならないのだ……!
「うぇぇぇぇぇ……ッ!」
気がつけば、私の目からも自然と大量の涙が溢れ出していた。
涙で視界が滲んで全然前が見えないけれど、木の棒を投げ捨て、すぐそこに立っている彼の元へと走り寄る。
そして、その頭を力の限り強く抱きしめた。
「違うっ! クロードの『名もなき剣』こそが、本当にすごいの! 私の、あこがれなのっ!!」
胸の中で、クロードが固まった。
私はただ、泣きじゃくりながら。彼を肯定し続けることしかできなかった。
それでも――
この選択がどれほど重いものだとしても、手放したくはなかった。
クロードとリン。
それぞれの想いでした。
次回は4/25(土)更新予定です。




