第13話 ノイズの海と、不器用な皇女
「……で、できたぁ……」
机の上に不格好な機械をドンと置き、ジルが力尽きたように突っ伏した。
奈落谷での生活3日目の早朝。
本当に奈落谷は安全となるのか。その確証を一刻も早く得たいという執念の結晶『簡易マナ検知器』が完成したのだった。
「二人が寝てる間に少し試したから動くのは動くけど、あとはどれだけ離れたら判断がつかないくらいジャミングされてるか、ね」
徹夜明けの充血した目をこすりながら、ジルがカチッと手元の機械を起動した。
「簡単に言うとね。リンみたいに体内エーテルが多いと、それだけ周りのマナを引き寄せちゃって、探知機に引っかかりやすくなるの」
ジジッ、と小さなモニターがうっすらと明るくなる。
「この簡易探知機が拾うのは、魔法の大きな反応と、奈落谷の何万と積み重なる廃棄魔導具が放つ『ノイズ』よ」
画面を覗きこんでみると、周囲には、嵐のようなノイズが『ザーッ』とぐしゃぐしゃに表示されていたが――中心近くには、一切のノイズが無く、ぽっかりと穴が空いたように「無」の空間が広がっている。
「……この中心近くの何もない空間は、クロードの影響」
ジルが、隣で不思議そうに画面を見つめる彼を指さした。
画面の中心にあるその「空白」は、完全な円ではなく、輪郭がノイズに侵食されるように、ごくわずかに揺らいでいるように見えた。
「クロードはマナを引き寄せて、そのまま地面に逃がす性質があるみたい。マナ探査機って、マナの密度やぶつかり合う波紋を計る装置なんだけど、クロードの近くはマナの密度が希薄になって検知できる閾値を下回ってるから、何も検知されないってことね」
なるほど。かなりわかりやすい説明だった。
ジルは、自分の作った機械の性能に満足したのか、誇らしげに胸を張っている。
ふと。隣のクロードを見ると……頭がプスプスいってそうだけど、ギリギリ理解できてるといった感じで頷いている。
「シキーチ……」
いや、わかっていないのかも。
この二人のギャップ。ちょっとおもしろい……。
「よし、私、ちょっと奈落谷の入口まで行って、どう検出されるか確かめてくる。リンは谷の上から見えるところまで出てもらえる? 合図しながら確かめるわよ」
「わかりました」
「合図したら、内燃錬成『10%』くらいでやってみて」
ジルが重い鉄扉を開けて外へ出ていき、私とクロードも続く。
黒煙の晴れた谷底を歩く彼女の背中がだんだんと小さくなっていくので、見失わないように、じっと見つめる。
しばらくしてジルが振り返り、大きく1回、片手を挙げた。
私は目を閉じ、体内のエーテルを慎重に練り上げる。
(10パーセント……極限まで弱く、細く……!)
正直、緻密なエーテル操作は大の苦手だ。
指先から少し水を出したいだけなのに、内側のダムが『全部ぶっ壊して一気に流させろ!』と暴れ狂っている。
(――怖い。もしここで弾けて、また誰かを傷つけてしまったら……)
無理やり押さえつけようとすればするほど、私の周囲の空気がピリピリと歪み、足元の小石がカタカタと震え出した。自分でも出力が全く安定しないのがわかる。
(だ、だめっ、漏れる……!)
目を開けると――。
遠くで探知機を見ていたジルが、頭の上でこれでもかというほど大きな『バツ印』を作り、ダッシュでこちらに戻ってくるところだった。
「リ、リン……! あなた、わかってる!? 今の、10%よ?」
息を切らせて戻ってきたジルが、血相を変えて詰め寄ってくる。
「はい。できる限り弱くやったんですが、……正直、強く放出するのは得意でも、細く長く保つみたいなのが昔から苦手で……」
言い訳をしながら横を見ると、クロードが静かに一歩、私から離れて一言。
「……念のため」
うぇっ! 私の唯一の安全地帯が遠のいてしまった……。
「要するに、できる限り弱く抑え込んでもあんなに出力あるってこと?」
「……そうです」
私の情けない肯定に、ジルは天を仰いで大きなため息をついた。
「結果としては、あなたがしていない状態なら、谷のノイズに紛れて検知されない。でも10%でやったら、遠くからでもバレバレなほどの異常な波長が出てたわ」
つまり、この未熟なエーテル操作では、マナは一切使わない方が良いということだ。
「それに。正直……感情の起伏による出力のばらつきで、ヘタすると一瞬でバレちゃいそう。まぁ向こうが入口でずっと計測してるってわけでもないから、いきなり乗り込んでくることはないだろうけど」
ジルは鋭い……いや、眠そうな目で私を指差して言った。
「えーてる操作の練習、しようね。いったん寝てから……」
ここ二日頑張った魔導技師さんの威圧が、急激に減る。
お疲れのジルをねぎらいながら、寝床まで着いていく。
「おやすみ、ジル」
「うん。……またね」
すぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
彼女の無防備な寝顔に、クロードはふっと優しく微笑んだ。
私はその横顔を、少しの間見つめていた。
やがて彼は木剣を手に取り、振り返る。
「とりあえずエーテル操作をしなければ、居場所がバレる可能性はほぼないんだね。じゃあ、今日は外で鍛錬しよっかな。リンも来る?」
「はい!それで、お願いがあるのですが……」
昨日の夜、何度も言葉を探した。
うまく言えるかわからないまま、口を開く。
「ぜひ私に、正式に剣を教えていただけませんか?」
昨日、一目見てから頭に焼き付いて離れない、あの無音の流麗な剣。
力を込めるたび、何かを壊しすぎてしまう私の剣ではなく。彼のような『誰かを守るための剣』を身に着けたい。
私の突然の懇願に、クロードは驚いたように目を丸くし――それから……心底嬉しそうにふにゃりと笑った。
「いいよ。ちょっと普通じゃない、我流だけど。
今日から俺は、師匠ってことかぁ。……なんか、すごく嬉しい」
その言葉の響きを噛み締めるように、目を細める。
こんな薄暗い谷底で、あんなに無防備に笑える人がいるんだ。
そう思うと、胸の奥がトクンと鳴って――少し戸惑った。
谷底のどこかで、風鈴が小さく鳴ったような気がした。
いつも、読んで頂きありがとうございます。
次回は4/23(木)更新となります。
今日から俺は!! (←筆者の愛読書です)




