第9話「決勝戦への切符」
九月。
夏の暑さが少しずつ和らぎ始めていた。
それでもグラウンドでは大量の汗が流れる。
秋の新人大会。
それがチーム全員の目標だった。
蓮の怪我から三週間。
回復は順調だった。
だがまだ試合には出られない。
ベンチから仲間を見守る日々が続いていた。
翔太は以前にも増して練習に打ち込んでいた。
朝練。
放課後。
自主練。
やることは変わらない。
だが気持ちは違った。
「俺たちが頑張るから」
あの日言った言葉。
ただの励ましでは終わらせたくなかった。
ある日の練習試合。
顧問がメンバーを発表する。
「右サイド、神谷」
一瞬。
翔太は聞き間違いかと思った。
レギュラー。
初めてだった。
中村が振り返る。
「やったな」
笑顔だった。
以前なら嫉妬していたかもしれない。
だが今は違う。
中村も努力していた。
自分も努力していた。
だからこそ嬉しかった。
試合開始。
緊張はあった。
だが。
足は震えなかった。
ボールを受ける。
トラップ。
成功。
相手を見る。
味方を見る。
判断する。
以前なら慌てていた場面。
今は違う。
パス。
前線へ通る。
チャンスになる。
ベンチから歓声が飛んだ。
試合終了後。
顧問が言う。
「神谷」
「はい!」
「よく走ったな」
たったそれだけ。
でも。
翔太は嬉しかった。
初めて認められた気がした。
そして迎えた。
新人大会。
一回戦。
快勝。
二回戦。
苦戦しながらも勝利。
準決勝。
延長戦の末に勝利。
気付けば。
決勝進出だった。
部員たちは信じられなかった。
顧問も。
先輩たちも。
保護者たちも。
みんな笑顔だった。
しかし。
決勝の相手を見た瞬間。
空気が変わる。
市内最強。
一年生大会で0対5で敗れたあのチーム。
翔太たちを完膚なきまでに叩きのめした相手だった。
部室は静かだった。
誰もが思い出していた。
あの敗北を。
その時だった。
ドアが開く。
入ってきたのは蓮だった。
足首のサポーターは外れている。
みんなが振り返る。
蓮は笑った。
「間に合った」
一瞬。
静寂。
そして。
歓声。
部室が揺れるほどの歓声だった。
「おかえり!」
「待ってたぞ!」
「やっとだ!」
翔太も思わず笑った。
蓮が戻ってきた。
親友が帰ってきた。
その日の練習。
久しぶりに蓮がボールを蹴る。
やはり上手かった。
怪我明けとは思えない。
だが。
以前と少し違った。
周りを見るようになっていた。
仲間を信頼している。
そんなプレーだった。
練習後。
夕焼けのグラウンド。
翔太と蓮はゴール前に座っていた。
「決勝だな」
蓮が言う。
「だな」
翔太も頷く。
少し沈黙。
そして。
蓮が笑った。
「覚えてるか」
「何を?」
「最初の朝練」
翔太は吹き出した。
忘れるわけがない。
トラップもできなかった。
パスもまともに通らなかった。
あの頃の自分。
「ひどかったな」
「本当に」
二人で笑う。
そして。
蓮が真面目な顔になった。
「神谷」
「ん?」
「決勝で勝とう」
まっすぐな言葉だった。
翔太も頷く。
「勝つ」
即答だった。
もう逃げない。
怖くても。
強敵でも。
挑む。
そのために努力してきた。
そのために仲間がいる。
そのために親友がいる。
翌日。
決勝戦当日。
スタンドには多くの観客。
空は快晴。
最高の舞台だった。
相手チームも入場する。
あの時の強敵たち。
一年生大会で何もできなかった相手。
だが。
今は違う。
翔太は胸を張ってピッチへ向かった。
ボールが怖かった少年は。
もういない。
努力を続けた少年が。
仲間に支えられた少年が。
決勝の舞台へ立っていた。
そして。
最後の戦いが始まる。




