第8話「エースの涙」
夏休みが始まった。
照りつける日差し。
焼けた土の匂い。
鳴り続ける蝉の声。
グラウンドは朝から熱気に包まれていた。
翔太は以前より走れるようになっていた。
体力もついた。
トラップも安定してきた。
パスの精度も上がった。
それでも。
レギュラー争いは簡単ではなかった。
中村隼人も成長していたからだ。
練習試合。
中村は活躍する。
得点に絡む。
守備もする。
走る。
判断も速い。
翔太も必死だった。
だがまだ差がある。
認めたくはない。
けれど事実だった。
その日の練習後。
翔太はひとりシュート練習をしていた。
ゴールに向かってボールを蹴る。
何度も。
何度も。
すると後ろから声がした。
「最近残るな」
蓮だった。
「お前もじゃん」
「まあな」
二人は並んで座った。
夕日が沈みかけている。
「神谷」
「ん?」
「俺さ」
珍しく真面目な声だった。
「もっと上手くなりたい」
翔太は笑った。
「いつも言ってるじゃん」
だが。
蓮は笑わなかった。
「違う」
そう言う。
「もっと本気で」
その横顔は真剣だった。
翔太は少し驚いた。
蓮はいつも明るい。
誰よりも前向きだ。
悩みなんてないように見える。
でも違った。
蓮は蓮で。
もっと上を見ていた。
「県で一番になりたい」
そう呟く。
「そのために練習してる」
翔太は何も言えなかった。
夢を語る蓮の目は本気だった。
その数日後。
事件は起きた。
練習試合。
相手は強豪チームだった。
前半。
蓮がドリブル突破を仕掛ける。
一人抜く。
二人抜く。
そして。
三人目を抜こうとした瞬間。
足が絡んだ。
倒れる。
グラウンドに鈍い音が響いた。
「蓮!」
翔太が叫ぶ。
蓮は立ち上がれなかった。
顔を歪めている。
試合が止まる。
顧問が駆け寄る。
嫌な予感がした。
数日後。
診断結果が出た。
足首の靭帯損傷。
全治一か月。
部員たちに衝撃が走った。
チームのエース。
中心選手。
誰もが頼りにしていた存在。
その蓮が試合に出られない。
部室の空気は重かった。
だが。
一番辛いのは蓮だった。
練習には来る。
見学もする。
笑顔も見せる。
でも。
翔太には分かった。
無理している。
ある日の夕方。
練習が終わる。
みんな帰った。
だが蓮だけ残っていた。
グラウンドのベンチ。
一人で座っている。
翔太は近付いた。
「帰らないのか」
返事はない。
そして。
少しして。
「悔しいな」
蓮が言った。
小さな声だった。
「今までさ」
夕日が横顔を照らす。
「怪我なんかしたことなかった」
翔太は黙って聞く。
「だから分かんなかった」
蓮は笑った。
でも。
その笑顔は弱かった。
「出たいのに出られないって」
拳を握る。
「こんなに苦しいんだな」
その時だった。
蓮の目から涙がこぼれた。
翔太は初めて見た。
泣いている蓮を。
いつも笑っていた。
誰よりも前向きだった。
そんな親友が。
泣いていた。
「県で一番になりたいって言ったばっかりなのにな」
蓮が呟く。
「情けないよな」
翔太は首を振った。
「情けなくない」
即答だった。
「悔しいなら」
言葉を探す。
自分は誰かを励ますのが得意じゃない。
でも。
「悔しいなら本気だったってことだろ」
蓮が顔を上げる。
「お前が頑張ってたの知ってる」
朝練。
放課後。
自主練。
誰よりもサッカーが好きだった。
翔太は知っている。
だから。
「絶対戻ってこい」
そう言った。
「その時まで」
胸の奥が熱くなる。
「俺たちが頑張るから」
蓮は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ笑った。
涙を拭きながら。
「頼もしくなったな」
そう呟く。
その言葉が嬉しかった。
翌日。
チーム練習。
蓮はベンチから声を出していた。
「ナイス!」
「切り替えろ!」
「集中!」
大きな声だった。
以前と変わらない。
だが。
翔太は知っていた。
その裏にある悔しさを。
だからこそ。
頑張ろうと思った。
今度は自分が支える番だ。
親友に支えられてきたように。
今度は自分が。
その数週間後。
チームは秋の大会予選を迎える。
そして。
翔太に大きな転機が訪れる。




