第7話「ベンチから見た景色」
一年生大会が終わってから一か月。
季節は夏へ向かっていた。
グラウンドに立っているだけで汗が流れる。
朝練を終えた翔太は、制服に着替えながら空を見上げた。
青かった。
どこまでも青かった。
大会で負けてから、翔太は以前よりも練習するようになった。
朝練。
放課後練習。
家での筋トレ。
休日のランニング。
できることは全部やった。
負けたくなかった。
強くなりたかった。
そして何より――
もう二度と、あんな悔しい思いをしたくなかった。
そんなある日。
顧問が部員を集めた。
「来月、夏の交流大会がある」
ざわめきが起こる。
公式戦ではない。
だが多くの強豪校が集まる大きな大会だった。
「メンバーは今週中に発表する」
顧問が言う。
部員たちの表情が引き締まる。
誰もが試合に出たい。
それは一年生も二年生も三年生も同じだった。
その日の練習。
翔太は気合いが入っていた。
ボールを追う。
声を出す。
走る。
必死だった。
しかし。
ある人物の存在が気になり始めていた。
一年生の中村隼人。
最近入部した選手だった。
速い。
上手い。
判断もいい。
しかも努力家だった。
ミニゲームでも目立つ。
パスを出す。
走る。
守る。
何でもできる。
翔太は何度も抜かれた。
何度も負けた。
そのたびに焦りが募る。
数日後。
メンバー発表の日が来た。
部室前に紙が貼り出される。
みんなが集まる。
翔太も人混みをかき分けた。
名前を探す。
上から順に見る。
山田蓮。
ある。
中村隼人。
ある。
神谷翔太。
ない。
一瞬理解できなかった。
もう一度見る。
もう一度。
もう一度。
ない。
補欠だった。
胸の奥が冷たくなる。
周囲の声が遠く聞こえた。
「神谷」
後ろから蓮の声。
だが翔太は振り向けなかった。
悔しい。
悔しい。
悔しい。
あれだけ練習した。
朝も。
放課後も。
休みの日も。
それでも届かなかった。
家に帰る途中。
自転車をこぎながら考える。
何が足りないんだろう。
どれだけ頑張ればいいんだろう。
答えは出なかった。
交流大会当日。
翔太はベンチに座っていた。
ユニフォームは着ている。
だが試合には出られない。
ピッチでは仲間たちが走っている。
蓮もいる。
中村もいる。
そして。
上手かった。
パスがつながる。
声が飛ぶ。
チームが動く。
翔太は何もできない。
ただ見ているだけだった。
それが苦しかった。
「悔しいか」
隣から声がした。
高瀬だった。
「はい」
即答だった。
高瀬は腕を組む。
「俺もそうだった」
翔太は顔を上げる。
「ベンチしか座れなかった」
高瀬は言う。
「試合に出たいのに出られない」
遠くを見るような目だった。
「その時な」
高瀬は続ける。
「気付いたんだ」
「何にですか」
「ベンチにも役割がある」
翔太は首を傾げる。
その時だった。
「ナイス!」
高瀬が急に立ち上がった。
ピッチでは蓮が相手を止めていた。
「いいぞ!」
「戻れ!」
「集中!」
高瀬が叫ぶ。
ベンチのみんなも声を出す。
すると。
ピッチの選手たちの動きが変わる。
苦しい時ほど。
ベンチの声が力になる。
翔太は初めて気付いた。
試合に出る人だけがチームじゃない。
応援する人。
支える人。
準備する人。
全員でチームなんだ。
後半。
蓮が疲れてきた。
足が止まり始める。
その時。
翔太は立ち上がった。
「蓮!!」
大声で叫ぶ。
蓮が振り向く。
「走れ!!」
叫ぶ。
「お前なら行ける!!」
蓮の表情が変わった。
そして次のプレー。
相手を抜く。
クロス。
ゴール。
歓声が上がる。
ベンチが飛び上がる。
蓮はガッツポーズをした。
そして。
ベンチを見る。
翔太と目が合った。
親指を立てる。
翔太も笑った。
試合終了。
2対1。
勝利。
試合後。
蓮が駆け寄ってくる。
「聞こえたぞ」
「何が」
「走れってやつ」
翔太は恥ずかしくなった。
「うるさい」
「助かった」
蓮は真剣な顔だった。
「マジで」
翔太は少し驚いた。
自分は何もしていないと思っていた。
でも違った。
声だって力になる。
仲間を支えることだって大事なんだ。
その日の帰り。
夕日がグラウンドを赤く染めていた。
高瀬が近付いてくる。
「どうだった」
翔太は少し考えた。
そして答える。
「悔しかったです」
高瀬が笑う。
「だろうな」
「でも」
翔太は続ける。
「もっと上手くなりたいと思いました」
その答えを聞いて。
高瀬は満足そうに頷いた。
「それでいい」
風が吹く。
夏の匂いがした。
ベンチから見た景色は。
悔しかった。
苦しかった。
でも。
その景色があったからこそ。
翔太はまた前へ進める。
そして。
そんな彼らに。
新たな試練が訪れようとしていた。




