第6話「折れた心と親友」
一年生大会一回戦を突破した翌日。
学校中がいつもより明るく見えた。
もちろん大会で優勝したわけではない。
たった一勝だ。
それでも翔太にとっては大きかった。
自分のパスからゴールが生まれた。
チームの勝利に貢献できた。
初めての経験だった。
昼休み。
教室でも少し話題になった。
「神谷、試合出てたんだろ?」
「見に行ったぞ」
「アシストしたって聞いた」
友達が話しかけてくる。
翔太は照れながら答えた。
「たまたまだよ」
すると隣の席の男子が笑った。
「それでもすごいじゃん」
以前なら信じられない光景だった。
サッカー部で目立たない存在だった自分が、少しだけ認められた気がした。
放課後。
部活が始まる。
しかし顧問の表情は厳しかった。
「喜ぶのは昨日までだ」
部員たちが静かになる。
「次の相手は優勝候補だ」
空気が変わる。
みんな知っていた。
次の相手は市内最強と言われるチームだった。
無敗。
大量得点。
一年生にも有名選手がいる。
まさに強敵だった。
練習にも自然と力が入る。
だが。
その中で翔太は少し浮かれていた。
自分では気付いていなかった。
一回戦で活躍できた。
少しだけ自信がついた。
それ自体は悪いことではない。
しかし。
いつの間にか基本をおろそかにしていた。
二回戦当日。
空は快晴だった。
観客席には保護者や生徒たちが集まっている。
試合前。
蓮がボールを蹴りながら言った。
「楽しみだな」
「相変わらずだな」
「強い相手の方が燃えるだろ」
翔太は苦笑する。
そのメンタルが少し羨ましかった。
試合開始。
開始五分。
翔太は現実を思い知る。
強い。
とにかく強い。
相手は一年生とは思えなかった。
ボールを奪えない。
パスが速い。
動き出しも鋭い。
まるで一つの生き物みたいだった。
前半十分。
失点。
前半二十分。
追加点。
0対2。
チームは押し込まれ続けた。
それでも蓮は諦めなかった。
何度も走る。
何度も声を出す。
ボールを追う。
その姿を見て翔太も必死についていく。
前半終了間際。
チャンスが訪れる。
中盤でボールを奪う。
味方がつなぐ。
そして翔太へ。
目の前にはスペース。
蓮も走り出している。
絶好機だった。
だが。
翔太は焦った。
活躍しなければ。
結果を出さなければ。
そんな気持ちが頭を支配する。
そして無理なドリブルを選択した。
奪われた。
一瞬だった。
相手はそのままカウンター。
失点。
0対3。
前半終了の笛。
翔太は俯いた。
完全に自分のミスだった。
ハーフタイム。
顧問は冷静だった。
怒鳴らない。
ただ一言。
「自分のプレーをしろ」
それだけだった。
だが。
その言葉が刺さった。
後半。
翔太は挽回しようとした。
だが空回りする。
焦れば焦るほど上手くいかない。
パスミス。
判断ミス。
トラップミス。
すべてが悪循環だった。
試合終了。
0対5。
完敗だった。
握手を終えた後。
翔太は誰よりも長くピッチに立ち尽くしていた。
悔しい。
情けない。
苦しい。
胸の中がぐちゃぐちゃだった。
帰りのバス。
誰も騒がなかった。
大会が終わったからではない。
みんな自分の力不足を感じていたからだ。
翔太は窓の外を見ていた。
流れていく景色。
だが何も頭に入らない。
あのミスばかり思い出す。
翌日。
朝練の時間。
翔太は学校へ行かなかった。
目が覚めても起き上がれない。
身体は元気だった。
でも心が動かなかった。
努力した。
朝練もした。
走った。
練習した。
それなのに。
強い相手には何もできなかった。
「才能ないのかな」
思わず呟く。
誰もいない部屋に言葉が消える。
その日の放課後。
部活にも行かなかった。
顧問には体調不良と連絡した。
嘘だった。
ただ行く勇気がなかった。
夕方。
インターホンが鳴る。
母親が玄関へ向かう。
しばらくして声が聞こえた。
「翔太ー」
部屋のドアが開く。
入ってきたのは蓮だった。
「何してんだよ」
第一声がそれだった。
翔太は顔を逸らす。
「別に」
「別にじゃないだろ」
蓮は部屋の床に座った。
沈黙。
数秒。
そして蓮が言った。
「サボりか」
「……」
「サボりだな」
否定できなかった。
蓮は怒らなかった。
説教もしない。
ただ静かに言った。
「悔しかったよな」
その一言で。
何かが崩れた。
「悔しいに決まってるだろ」
気付けば声が大きくなっていた。
「頑張ったのに」
「うん」
「全然通用しなかった」
「うん」
「俺だけ足引っ張った」
言葉が止まらない。
胸の奥に溜まっていたものがあふれ出す。
蓮は最後まで聞いていた。
一度も遮らなかった。
全部話し終えた後。
蓮はゆっくり言った。
「じゃあさ」
「?」
「辞めるのか?」
またその質問だった。
以前も聞かれた。
翔太は黙る。
考える。
そして。
首を横に振った。
「辞めない」
蓮が笑った。
「だろうな」
「悔しいなら続けろ」
そう言う。
「俺だって悔しい」
翔太は驚いた。
蓮はいつも前向きだったから。
悩まない人だと思っていた。
だが違った。
「俺もあの試合何もできなかった」
蓮は拳を握る。
「もっと上手くなりたい」
その顔は真剣だった。
天才に見える蓮も。
悩んでいた。
苦しんでいた。
それでも前を向いていた。
「明日」
蓮が立ち上がる。
「朝六時」
翔太は少し笑う。
「行くよ」
「遅れるなよ」
そう言って帰っていった。
翌朝。
午前五時五十分。
翔太はグラウンドへ向かっていた。
空はまだ薄暗い。
風は少し冷たい。
だが足取りは軽かった。
遠くに見えるグラウンド。
そこにはすでに蓮がいた。
ボールを蹴りながら待っている。
翔太は走った。
負けた。
悔しかった。
心も折れた。
それでも。
隣には親友がいる。
だからもう一度立ち上がれる。
少年たちの物語は。
まだ終わらない。




