第5話「初めてのアシスト」
一年生大会まであと一週間。
サッカー部の空気は明らかに変わっていた。
練習中の声が大きい。
走るスピードも速い。
みんながレギュラーを目指していた。
そして同時に。
大会で勝つことを本気で考えていた。
放課後。
翔太たちはミニゲームをしていた。
五対五。
狭いコートで行う実戦形式の練習だ。
ボールが目まぐるしく動く。
「右!」
「戻れ!」
「ナイス!」
声が飛び交う。
翔太も必死だった。
以前ならボールが来るだけで緊張していた。
だが今は違う。
朝練の成果なのか。
少しだけ余裕が生まれていた。
「神谷!」
蓮からパスが来る。
トラップ。
成功。
相手が寄せてくる。
以前なら慌てていた。
だが今回は違った。
一度ボールを横へ動かす。
相手が反応する。
その瞬間。
空いたスペースへパス。
味方につながった。
「ナイス!」
先輩の声が飛ぶ。
翔太は思わず目を見開いた。
今のプレー。
ちゃんとできた。
小さな成功だった。
だが。
翔太にとっては大きかった。
サッカーはゴールだけではない。
パス。
判断。
ポジショニング。
いろいろな積み重ねで成り立っている。
少しずつ。
本当に少しずつ。
自分もその中に入れるようになってきていた。
練習後。
蓮が言った。
「最近いい感じじゃん」
「そうか?」
「少なくとも最初の頃より百倍」
「盛りすぎだろ」
「いや本当に」
蓮は笑う。
「前は生まれたての子鹿みたいだったし」
「誰がだ」
二人で笑った。
しかし。
翌日の練習試合で現実を思い知る。
相手は県内でも強いチームだった。
技術も。
判断も。
スピードも。
すべてが上だった。
翔太は途中出場した。
だが。
何もできなかった。
ボールを持てば囲まれる。
パスを出そうとすれば読まれる。
気付けば試合終了。
チームも大敗した。
帰りのバス。
みんな静かだった。
窓の外を眺める者。
寝ている者。
悔しそうに俯く者。
翔太もその一人だった。
「強かったな」
隣の席で蓮が呟く。
「うん」
「悔しいな」
「うん」
短い会話。
でも気持ちは同じだった。
その時。
前の席から声がした。
高瀬だった。
「悔しいならやることは一つだ」
振り返る。
高瀬はニヤッと笑った。
「練習だろ」
部員たちが笑う。
少しだけ空気が軽くなった。
そして誰かが言った。
「明日も朝練か」
「当たり前だろ」
高瀬が即答する。
その言葉に。
なぜかみんなが笑った。
翌朝。
翔太はいつものようにグラウンドへ向かった。
すると。
驚いたことに。
一年生だけでなく。
二年生も何人か来ていた。
さらに三年生までいる。
「なんでみんないるんですか」
翔太が聞く。
すると高瀬が答えた。
「負けたからだ」
当たり前のように言う。
「勝ちたいなら練習するしかない」
その日から。
チーム全体の熱量が変わった。
朝練。
放課後練習。
自主練。
みんな本気だった。
そして迎えた。
一年生大会初戦。
会場は市営グラウンド。
朝から多くのチームが集まっていた。
翔太は緊張していた。
手が少し震える。
胸も苦しい。
だが。
以前とは違う。
逃げ出したいとは思わなかった。
試合前。
蓮が言った。
「楽しもうぜ」
翔太は笑う。
「お前はいつもそうだな」
「だってサッカーだぞ」
蓮はボールを軽く蹴る。
「好きだからやってるんだろ」
試合開始。
前半。
チームは押し気味だった。
蓮を中心に攻撃する。
だが相手も粘る。
得点は入らない。
前半終了。
0対0。
顧問が選手を入れ替える。
「神谷」
呼ばれる。
翔太は立ち上がった。
出番だった。
後半開始。
ピッチに入る。
緊張はあった。
だが以前ほどではない。
深呼吸する。
そして走り出した。
十分後。
試合が動く。
味方がボールを奪う。
中盤でつなぐ。
そして。
翔太の足元へパス。
受ける。
相手が来る。
一瞬迷う。
だが。
視界の端に見えた。
左サイド。
蓮が走っている。
「蓮!」
叫ぶ。
そしてパス。
今までで一番強く。
今までで一番正確なパスだった。
ボールは通った。
蓮が受ける。
そのまま突破。
シュート。
ゴール。
ネットが揺れる。
歓声が上がる。
チームメイトが飛び出す。
蓮も拳を握る。
そして。
振り返った。
真っ先に。
翔太を見る。
「ナイスパス!!」
叫ぶ。
笑顔だった。
最高の笑顔だった。
翔太はその場に立ち尽くしていた。
信じられない。
今。
自分のパスからゴールが生まれた。
アシスト。
人生初だった。
試合終了。
1対0。
勝利。
一年生大会初勝利だった。
試合後。
チームメイトたちが盛り上がる。
「神谷やるじゃん!」
「ナイスアシスト!」
「見直したぞ!」
次々に声が飛ぶ。
翔太は少し照れた。
でも。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
その時。
高瀬が近付いてきた。
「よかったな」
「はい」
「でも」
高瀬は笑う。
「満足するなよ」
翔太も笑った。
「しません」
即答だった。
ゴールはまだ決めていない。
追いつきたい相手もいる。
超えたい壁もある。
それでも。
今日だけは少しだけ誇らしかった。
初めてのアシスト。
それは。
神谷翔太がサッカー選手として前へ進んだ証だった。
しかし。
その数日後。
チームに大きな試練が訪れる。
そして。
翔太と蓮の友情もまた。
試されることになる。




