放課後デートなんてそんな陳腐な
確かにね、洛鹿里の梅ソーダが飲みたいとは言ったよ。でもこんな形で飲みたくないっていうか。
心底トウカはそう思った。思わず重い溜息が出る。
目の前には梅ソーダのグラス。正面には機嫌の良い大量殺人犯。どうしてこうなった。
「はぁぁ……」
校門でのやり取りの後、そのまま『放課後デート』に連れ出された。行きたいところはありますかと聞かれ、無いと答えた。せっかく友達と梅ソーダを飲みに行く予定が台無しだと溜息混じりに呟けば、ならば埋め合わせましょうと向かった先が喫茶店だった。
行きたい相手でもないし、行きたい場所でもない。本当ならば大通りの店で友達と一緒に梅ソーダを飲んでいたのに。大通りから離れた喫茶店に大量殺人犯と一緒にいる。その落差に悲しくなってくる。
だが、エンジュの合図を受けて店員が持ってきたのはなんと洛鹿里の梅ソーダだった。エンジュ曰く、店主の裏メニューなのだそうだ。
「隠れた名店というやつです。どうです? 気に入りましたか?」
「あ、ありがとう……?」
嬉しいような、嬉しくないような。確かに梅ソーダを飲むという願望は満たされるが、しかし叶え方がいまいち望んだ形じゃない。
エンジュが大量殺人犯でなければ素直に喜べたのに。はぁ。溜息を吐きながら視線を床にやると、テーブルの下で行儀よく座っていたエンと目が合った。飲食店なのに動物の連れ込みはいいらしい。
裏通りのように薄暗くもなく、しかし大通りの絢爛さもなく。一言で言ってしまえば冴えない雰囲気の店内に客は少ない。しかしそれが逆に落ち着く不思議な空気だ。
からん、とグラスの氷を鳴らしながら梅ソーダを飲む。梅なのに蜂蜜のように甘い不思議な味がこの空気をさらに助長させていた。
「ふふ……いいですよね、デートってやつは」
至極楽しそうにエンジュが呟く。そう思うのはお前だけだ、とは言えず。言葉を飲み込みついでに梅ソーダのストローをすすった。
正面さえ見なければ悪くない。梅ソーダは美味しいし、店内の雰囲気も気に入ったし、足元には可愛い犬がいる。ただ正面に大量殺人犯が座っているというのがありとあらゆる要素をマイナスにしていた。
今はこうして機嫌よく座っているが、次の瞬間には機嫌が反転しているかもしれない。カトラリーケースからフォークを取り出して、こちらの眉間を刺し貫いてくるかもしれない。きっとその時、エンジュは笑顔のままなのだろう。
不穏を察知したエンが取り押さえる前に殺されているかもしれない。だって14人も殺したのだ。殺しに慣れているだろうし、慣れているから速いはず。自分なんてあっという間だ。
トウカのそんな想像をよそに、エンジュは上機嫌でコーヒーを飲んでいる。すれ違えば思わず振り返るような端正な顔で、機嫌よく。
顔のいい男が喫茶店でコーヒーを飲んでいる構図はとても絵になる。男女のあれそれにそれほど興味のないトウカでも見惚れるくらいには。
「それなのになぁ……」
それなのに大量殺人犯。その要素が何もかもを台無しにしている。
はぁ、と何度目かわからない溜息を吐く。このまま溜息だけ吐くようでは場がもたない。せめて他愛もない話で場を繋げないと。溜息ばかり吐いていたらそれが大量殺人犯の不機嫌スイッチを踏むかもしれない。
「エンジュは……こういうところ、よく来るの?」
とりあえず、当たり障りない話を振ってみる。隠れた名店と言っていたし、裏メニューの存在も知っていたし、常連なのだろうか。
しかしトウカの予想を裏切って、いいえ、とエンジュが首を振った。
「来るのは初めてです。店の情報は知っていましたけど」
曰く。杜守庁の職員たちから話だけは聞いていたらしい。隣の洛鹿里から移住してきた老人が開いている喫茶店がある、と。そこでは梅ソーダを裏メニューとして提供しているそうだ、と。
外部からの移住者を警戒するためにその情報を頭に入れていた。安全だと確認が取れた後は監視対象から外し、それきりだった。ちなみに十年以上前の話である。
そして今、トウカに梅ソーダの存在を口にされ、頭の中で埃を被っていた情報を引きずり出して連れて来るに至ったと。
「ははぁ……?」
その十年の間に閉店していたらどうするつもりだったんだろう。エンジュのいまいちずれた時間感覚に思わず胡乱な声が出た。半不老不死の守り人ともなると時間の感覚がおかしくなるのだろうか。たぶんそうなのだろう。
まったく、なんなんだこの男。大量殺人犯だし、半不老不死だし。ありとあらゆるところが普通とずれている。
こんなものの監視をしなくちゃならないのかと思うと、まったく、梅ソーダ1杯じゃ足りない気がした。




