帰り道、出待ち
大熊杜に住む住民たちは大熊守という自覚をうっすら持って日常生活を営む。守り人たちは自分たちこそが熊神を守るという自負をしっかり持って日々を過ごす。その中間、行政だとか政治だとか治安維持だとかをまとめる中央組織として成り立ったのが杜守庁。そういうふうに分けられていった。
そして、守り人になるべく勉強を重ねているのが自分たち候補生だ。こうして座学で歴史や行政を学んで、やがて守り人になるための試験に臨む。試験に合格すれば守り人へ、不合格であってもその素質や成績を踏まえて杜守庁の職員になれる。ちなみに、トウカの成績から導き出される進路は後者になりそうだ。
そうして退屈な座学をこなし、数時間後、終業のベルが鳴った。
「んんー……」
ぐっと伸びをして、全身の筋肉をほぐす。今日の授業は座学ばかりで、ほとんど座りっぱなしだった。
一気に情報を流し込まれるような、つらつらと説明だけを垂れ流される歴史の授業が一時間目にあったせいでなおさら怠い。こういう時は放課後に美味しいものを食べて気晴らしに行くのが一番。
「今日こそ梅ソーダ!」
よし行くぞ。待ってろ梅ソーダ。今日こそ飲む。ぐっと握り拳を作って気合いを入れた。
監視任務の真っ最中だ。寄り道をせずにできるだけ真っ直ぐ帰ってこいとは言われている。トウカが学校に行っている間はエンが見張り役を代わるらしいが、学校で授業を受けている時以外はトウカが見張らなければいけない。
だが、この寄り道も必要なことだ。トウカの心を癒やすためには大事なこと。なんたって失恋直後だし、大量殺人犯の監視なんて任せられるし。エンには申し訳ないが、少しばかり寄り道させてもらおう。
ごめんねエン、友達と梅ソーダ飲んだら真っ直ぐ帰るから。下駄箱で靴を履き替えつつ、心の中でそう言った。
「ねぇねぇ! 校門のとこ、見て! すっごいイケメンがいる!」
不意に、きゃあきゃあと黄色い声が聞こえてきた。友人たちが黄色い声につられて校門を見やる。トウカも視線をそちらに向けた。直後、うげ、と呟いた。
「…………エンジュじゃん……」
エンジュだ。エンジュが校門に立っている。明らかにトウカを待っている。おい、白昼堂々大量殺人犯が出歩くな。エンは何してるんだ、あ、エンジュの足元にいる。
まだこちらの姿は捉えられていないようで、エンジュの視線はあらぬ方を向いている。よし、ならば人混みに紛れて通り抜けてしまおう。そう決め、エンジュの視界から逃げるように雑踏へ足を進める。しかし。
「トウカ。見つけましたよ」
「うぇ」
そうだった。こいつは特殊な目があるんだった。
人混みを貫通して真っ直ぐ向けられた声に思わず首を竦める。名指しで呼ばれて振り切れるほど肝は太くない。そんなことをしたらたぶん後で殺される。忘れてはいけない、こいつは大量殺人犯なのだ。
殺人の次のターゲットに指名されるような心持ちでエンジュを振り返る。目が合って嬉しそうに尻尾を振るエンだけが癒やしだ。エンジュとは目を合わさずにエンだけに手を振った。わぅわぅ、と元気よく鳴き返された。
「私には?」
エンジュが何かを期待するような目で見つめてくる。
大量殺人犯に振る愛想なんてないです、とは言えず。曖昧に笑って誤魔化した。
「な、なんでこんなところに?」
大量殺人犯が出歩くな。こんなの、4課の人たちが見たら卒倒するんじゃないだろうか。自分たちが捕まえた大量殺人犯が白昼堂々出歩いてるなんて知ったら。
暗にそう言うと、ふふ、と余裕たっぷりに微笑まれた。
「貴女かエンが同行するなら外出も自由なんですよ」
監視付きなら行動は自由。散歩に出歩いてもいいし、買い物だって好きにしていい。ちなみに生活費諸々はエンジュの貯金から出ているそうな。100年少々の守り人歴の間に支払われた給料だ、相当な贅沢をしてもまったく懐は痛まない。
それより、とエンジュがトウカに手を差し出した。まるでエスコートのように。
「放課後デートというやつです。どうでしょうか?」
「は?」
なんだって?




