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23時59分59秒までは

いやまだ、まだ。足掻くように玄関ドアを見つめる。

まだだ。まだそう決まったわけじゃない。『10日目』は23時59分59秒まで有効だ。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫。


「……そうだよね?」


エンをそっと抱きしめる。時刻は23時27分。大丈夫、まだ33分ある。まだそうと決まったわけじゃない。大丈夫。


大丈夫、大丈夫だから。悪い想像が元気なだけ。想像は杞憂で、現実になることはない。自分はいつだって大げさに悪い方向に考える癖があるからそのせいだ。

何度目かもわからないことを復唱しながらおよそ4分。まだ29分ある。そう思っている間に25分になり、20分になり。


残り14分。現在時刻は23時46分。その瞬間。エンの耳が勢い良く立ち上がった。


がちゃん。


ドアが動いた。鍵が開く音。がちゃ、ちゃり、ばたん。そんな音が聞こえてくる。

あ、とトウカが呟くよりも先にエンが駆けていく。勢いが良すぎてリビングのドアにぶつかり、鼻先を犬用ドアにねじ込んで潜るようにくぐっていく。わぅんっ。明るい鳴き声が聞こえた。


どうしよう、エンみたいに駆け出していきたいのにいけない。あ、あ、あ、と座り尽くすトウカの目の前でリビングのドアが動く。


「ただいま戻りました」

「っ遅い!!」


その姿を、その声を見た瞬間にやっと立てた。跳ね起きるように立ち上がり、全体重でぶつかるように抱きつく。

小憎たらしい男はそれでも後ろに倒れることなく抱きとめる。それがまた悔しくて頭を押し付けるように額を擦り付けた。

直帰なのか、ほんの少し鉄錆臭い。血なまぐさい任務が終わって着替えることもせずすぐ帰ってきたのだ、10日間という約束を守るために。そう思うと余計に感情がこみあげてくる。


「遅いっ、遅い遅い遅いっ!! どれだけ心配したと思って……!!」

「えぇ。知っています。…………聞こえていましたから」

「は?」


え? 何? 聞こえていたって何が?


それまでの激情がエンジュの言葉で砕け散る。感動の場面が秒殺されて混乱に上書きされる。浮かびそうだった涙が引っ込んだ。

は、と思わず間抜けな声を上げたトウカはエンジュの顔を見上げた。


エンジュの顔が、赤い。


「…………あの……筒抜けでしたよ……」

「筒抜けって……」


まさか。まさか。ちょっと待って。

ひとつの可能性に至ってしまう。そしてその可能性が間違いなく真実であるという確信がある。


アンラの鳥もとい唐揚げは視覚と聴覚を主人と共有する。唐揚げが見聞きしたものはアンラにも伝わる。だから、頑張ってとメッセージを託したわけだが。

それ以外の日常の場面まで筒抜けだったら。いやそうだろう。それは聞いていたしわかっていた。それをアンラがエンジュに伝えるかどうかはさておき、アンラには筒抜けになるということは彼女自身から説明を受けていた。


「…………まさか?」


エンも唐揚げと同じ特性を有している、なんて。


「わぁああああああ!!!!!!!」


思わず絶叫。自分が火薬だったらまず間違いなく爆発していた。

まずい。まずいまずいまずい。アンラに筒抜けなのはいい、エンジュに筒抜けなのはまずい。待って。ちょっと待て。相手がエンだからこそ言えるあれこれとかを吐き出したりしているのに、それがエンジュにも筒抜けだったらまずい。

あれもこれも、どれも何もかも全部筒抜けだった。恥ずかしい。嘘でしょ。じゃぁ、もう全部バレてるってことじゃないか。


「ちょっと、エン! なんで言わないの!?」


わん。聞かれていませんので。そんな顔をしている。

使い魔が皆そうであるということに思い至らないのが悪いのでは。そんなことまで言い返してきそうだった。


確かにそうだけど。普段の日常でも、エンに愚痴った直後にエンジュが顔を出してくることがよくあったけど。そこからすでに、そういうことだったのか。嘘でしょ、と何回目かわからない呟きを漏らす。


「全部筒抜けでしたよ。……では」

「へ?」


ひょい。急に視点が高くなる。エンジュの顔が近い。

いわゆるお姫様抱っこで抱き上げられていると気付くまでそう時間はかからなかった。時間はかからなかったが、思考が追いつかない。なぜ抱き上げられているのか。


「きちんと責任は取りますので」


熱を灯した甘さに満ちた目が見つめてくる。今まで巧妙に隠していた本性をようやく出したかのような恍惚さで。執着と独占欲を煮詰めきって。

エンジュが一歩踏み出した。向かう先はもちろん決まっている。行ってらっしゃい、今夜はお楽しみですね、とエンが呑気な視線を向けてくる。


「今夜は寝かさない……と言うべきでしょうか?」


ばたん、と寝室の扉が閉まった。

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