一方その頃
ユキシロとかいう又木は、自分がもう逃げられないと悟るや否や、ものすごい速度で手のひらを返して口を割った。
大熊杜に潜む又木の居場所。自己啓発セミナーと称した集まりと、その時に使われる合言葉。担当ごとにグループに分かれていることやそのグループの内容。守り人候補生の学校にすら潜んでいることとその該当者。
自分が持ち得るすべての情報を彼は自分から話した。これだけ話したのだから命を助けてくれるだろうと期待を込めたのだろう。しかしそんな司法取引はしていないので、残念ながら彼の末路は決まっている。再教育の余地なし。処刑。それだけだ。それは覆らない。
そして聞き出した情報を元に捕まえ、そこから芋づる式に情報を吐き出させていく。あれよあれよと言う間に数は膨らみ、標的リストに連なる名は50を超えた。
なんと穢らわしいことか。長いリストを見ながら、エンジュは心底嫌になった。こんなにも枝分かれした汚物がいたなんて。
この前15人を消したばかり。再更生施設行きが4人、即時処刑が8人、逃げられないと悟って諦めて心中したのが2人。そしてユキシロとかいう汚物。それなのにまだこんなにはびこっている。
きっとまだいるはずだ。このリストの全員を処分したところで、まだどこかに潜んでいるはず。そして自分たちの思想に取り込み、数を増やして増殖していく。
この嫌悪は害虫を見た時のそれに近い。1匹見たら100はいるというあれだ。殺虫剤を振りまいて殺しても、きっと家具の裏や台所に潜んでいると確信できてしまっている時の。あぁなんて汚らしく邪魔くさく鬱陶しく気持ち悪いのか。
「吐き気がしますね」
「同意する。だからこそ掃討するんだ」
いたちごっこかもしれない。数を大きく減らすことはできても、生き残りから繁殖してしまうだけかもしれない。
それでも駆除せねばならない。それが4課の仕事だ。珍しく現場に出てきた4課の課長がそう説いた。
「ほら、配置につけ。お前はただでさえ問題児なんだから働きで返せ」
「はぁ……わかりました」
***
さて始めよう。それぞれが配置につき始めた時。不意にアンラが噴き出した。
「アンラさん?」
「いや……ふふ……っ」
珍しい。こと任務前は表情を引き締め、鉄面皮なくらいなのに。そんなアンラが肩を震わせて笑うなんて。
アンラだけではない。その隣では慇懃無礼な問題児ことエンジュも顔を伏せて肩を震わせていた。
2人揃って笑い出すなんて。いったいどうしたのかと4課職員のひとりが問う。
「はは……っはぁ…………あぁ、気にするな」
深呼吸ひとつで笑いをおさめ、鉄面皮を取り戻したアンラが首を振る。気を取り直すように、腕に乗っていた鳥が翼を揺らした。
かつん。硬い靴底が床を鳴らす。その足跡から一羽の鳥が飛び立つ。2歩進めば2羽、3歩で3羽、4歩で4羽。守り人最多の使い魔が影から現出する。
空を覆うほどにおびただしい数がいるくせに、誰一羽として鳴き声ひとつあげない。羽毛も目も脚も嘴も真っ黒の鳥たちは羽音すら立てない。ただ主人の指示を待ち、命令が下されれば忠実に実行する。
「さぁて、不敬な連中を唐揚げにしてやるか」
「えぇ。そうしましょうか」
獰猛に笑うアンラのその横で、エンジュもまた笑いを引っ込めて視るべきものを視る。視線の先はここから少し離れた廃屋だ。そこでは、野良犬を囲んでいる不審な集団がいる。
おうワンコ、なんだ野良犬か、と奴らが呑気に構っているそれは自分が遣わした使い魔だ。トウカのもとにいるエンとは別の個体である。わかりやすく言うならエン2号か。それを迷い込んだ野良犬のふりをさせて奴らの拠点とおぼしき廃屋に忍び込ませた。
その視覚と聴覚は主人に共有されている。その視覚ごしに奴らを視る。あぁ、なんて穢らわしい。
「黒確定です」
一言。そう伝えれば、空を覆う鳥たちが廃屋を空から包囲する。少し遅れて4課職員たちもそれぞれ配置についた。
「では。56分の1から7を始めましょう」
10日で56人を片付けないといけないので、早々に終わらせましょうか。
「未来の嫁に『頑張れ』と言われてはやらないわけにはいきませんから」




