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そうして、10日のうちの1日目

「……行ってらっしゃい」

「えぇ。行ってきます」


ばたん。玄関扉が閉じた。しんと静まり返った家の中には、自分とエンと、アンラが派遣した鳥一羽。

なんと物寂しい。とりあえずリビングに移動して、物寂しさを誤魔化すためエンを撫でた。


エンは表情や仕草で感情を伝えてくる。言いたいことが手に取るように伝わる。しかし言葉を発するわけではない。

アンラの鳥だってそう。この鳥が見聞きしたものはアンラに伝達されるが、その逆、アンラから鳥を使って言葉を伝えてくることはない。

つまり、はたから見ればトウカが動物相手に一方的に喋っているだけになる。その絵面はあまりにも寂しいし間抜けだ。


「ぐぬぬ。ひととの交流がない……」


わん。我慢してくださいよ。エンが鳴いた。アンラの鳥はというと、部屋の隅のコートハンガーを止まり木にして微動だにしない。

ねぇ、とトウカが呼びかけても無反応。愛嬌ゼロ。だめだ。実質、会話相手がエンしかいない。


がっくりと項垂れつつも気を取り直して話しかける。常々気になっていたことだ。


「名前とかないの?」


『アンラの使い魔の鳥』と表現しているが、名前はないのだろうか。問いかけるがやはり無反応。鴉に似ているが鴉ではない黒い瞳はどこかを見つめたままだ。おそらく視覚によらない感覚で家の周囲を見張っているのだろう。


「エン、知ってる?」


わぅん。知らないです。アンラさんも鳥としか呼ばないので。もう『鳥』でいいんじゃないですか。投げやりな回答が返ってきた。

そんなのでいいのだろうか。呼ぶ時に困ったりしないのか。エンジュの使い魔にはエンという名前がちゃんとついているのに。そのネーミングセンスはさておき。

どうなの、と聞くと、そうですねぇ、と困ったような鳴き声が返ってくる。アンラさんにとっては道具のような認識なので、えぇ、ハサミや鉛筆に名前つけるみたいな感じなんじゃないですか、と。成程それは確かに名前をつけないかもしれない。鉛筆にエンと名前はつけない。ん、エンだけに鉛筆、いややめよう。そんなくだらない思いつきは置いといて。


「適当につけちゃうぞ」


アンラにとっては名無しでいいのかもしれないが、しかしトウカにとってはこの10日間を一緒に生活するのだ。何か呼ぶ用事があるかもしれないし、その時にどう呼びかけていいかわからないのは困る。

ということで、一方的だが名付けさせてもらおう。そう宣言しても鳥は無反応なので、沈黙は肯定ということで話を進めさせてもらう。

おっと、いいですね。なんてつけるんですか。ひとのネーミングセンスを笑うくらいなんですから、さぞやいいセンスをお持ちなんでしょうね。エンがじっと期待を込めて見てくる。


「じゃぁ……唐揚げ」


唐揚げですか。エンがきょとんと呆気に取られた顔をしている。

唐揚げってあの唐揚げですか、鶏肉を揚げたあれですか。鳥にそう名付けるんですか。視線で確認さえしてくる。


「う、うるさいなぁ! 鳥にありがちな名前でしょ!」


いやいや。そういうことじゃなくて。おいこら、エン。ひとのネーミングセンスを笑っておいて自分はそれか、みたいな顔をするんじゃない。

そんな馬鹿な名付けをしたのには理由がある。ちゃんとした意図があるのだ。センスを笑うのはそれからにしろ。


「いい? あのね……」


本人、いや本鳥に聞こえると台無しなので耳打ちで。

そんな馬鹿な名付けをしたのは、これを聞いたアンラがきっと笑うだろうと踏んでのこと。エンジュが『もし』のことさえ言うほどだ。アンラだってそれは同じなはず。現場は相当気を張り詰めているだろう。だからこそ、こんな馬鹿な発言を聞いて和んでほしいのだ。

決してネーミングセンスが壊滅的だからではない。わかったか。エンジュとは違うんだ。真っ黒な毛並みをもみくちゃにしながら言う。


「あ、そうだ」


いいことを思いついた。そうだ、鳥によってこちらの声は共有されているのだ。

それならば、と鳥に近寄る。もしもし唐揚げちゃん、と呼びかけつつ。


「あの。アンラさんやエンジュに伝えてください。頑張って、って」


ちゃんとただいまを言わせてください。願いを込めて、そう伝えた。

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