待って。待ちませんよ、その時は
はぁ。話を終えて一息して、トウカはひとり、エン相手に絡んでいた。
「いやね、待って?」
待ってと今日何回言っただろうか。数えていないが100回は言った気がする。
ひとりになってじっくり考えられる時間が欲しいとは言ったし願った。だからといって、こんな形で『ひとりになる時間』が与えられるとは思わないじゃないか。
確かに、家の中でじっとしていればゆっくり考えることもできよう。願った要件は叶っている。叶っているがしかし。そうじゃない。
そうじゃない。あぁもう待ってくれ。カムバック日常。
あれ、日常ってなんだっけ。ふと思い描いた『日常』の姿に自然とエンジュがいる光景が浮かぶ。
「んぎゅぅ!!」
それってつまりエンジュがいるのは『当たり前の日常』ってことだよね、と脳内の第三者視点がにやつく前に思考を振り払う。
誤魔化すようにエンを抱き締めると、はいまた毛並みをもみくちゃにしながら考え事ですねと了解したように身を委ねてくる。諦めなのか呆れなのか、とにかくエンの優しさに甘えることにする。もふもふ。
「だってさぁ……いきなり、そんな……」
いきなり『もし』のことさえ織り込んだことを言われたら。気持ちはわかるでしょう、とエンに語りかける。
エンはというと、えぇまぁ気持ちはわかりますがね、と言いたげにトウカを見ていた。気持ちはわかりますけど、でも守り人の伴侶になるならこれが当たり前ですよ、とまで付け足して。
それはそうだ。今回だけのことではないだろう。この後もきっと、何度もこういうことはあるはずだ。そのたびに不安に押し潰されるのかと言われてしまったら。
「そりゃね、そうだけど……」
うん、まぁそうなんですけどね。うん? ちょっと待って? 私、今、自然に『守り人の伴侶』って身分を受け入れてなかった?
いやいやいやいや。あぁーそうだった。大量殺人犯の監視役っていうのは嘘だったけど、一目惚れしたから妻にしたいっていうほうは本当だったんだ。あぁはい、そうだ、今まで考えないようにしてたけどそうだった。私の意思がどうあれ、世間的にはもうそういうことだって。実際の入籍は学校を卒業してからだけど、卒業したら速攻で籍を入れるとかなんとか。婚約者なのは本当。
「あぁ…………そうだっけ……」
わん。そうですよ今更ですか。エンが尻尾を揺らしてトウカを見た。
ちょうどいいからそっちについても考えてみたらどうですか。まぁ、貴女がどんなに嫌でも手放す気は一切ないですけど。そう言いたげに。
「あぁもう……そういうこと言う……」
おのれ。こうしてやる。もふもふもふもふ。
腹いせに毛並みをもみくちゃにしていると、席を外していたエンジュが戻ってきた。
「ストックの最終確認をしていました。ひと月はもつでしょう」
「……10日なのに、ひと月?」
「えぇ」
4課のほとんどが全滅して大混乱、誰が保護するか曖昧になってしまうという事態も想定しているので。それほど今回の仕事は大規模で厄介だ。
守り人は使い魔を所有する。エンジュのエン、アンラの鳥のように。種類こそ1つだが、その個体数には限りがない。エンジュだって使い魔はこのもみくちゃにされている間抜けな犬っころの個体以外にも隠し持っている。トウカの前では出さないだけで。
そして全守り人中、使い魔の所有数が最も多いのはアンラだ。彼女よりも優れた守り人はたくさんいるのに、彼女よりも多く使い魔を持つ者はいない。彼女は4桁を超える数の鳥を使役する。それを全羽投入するというのだから今回の仕事がどれほど過酷か。
と、正直に言うとさらに不安を煽るだけ。なので口先を弄することにした。
「貴女、見た目によらず大食いなので」
「なっ!?」
「文句があるなら夜食を減らしてください」
心当たりがあるでしょう。そう言うと、ぐぬぬ、と唸り声が返ってきた。
ひとまずの勝利をおさめ、ふふっとエンジュが微笑む。ころころ表情が変わってなんと愛らしい。
「な、何笑ってるのよ」
「いえ。こんな可愛らしい貴女を置いて死ねないなと思っただけです」
「そういうこと言って……」
それは可愛らしいと口説き文句めかした前半か、死の危惧を口にした後半か。どちらへの言葉かはあえて聞かずにおこう。
よいしょと普段通りに横に座ると、トウカがほんの少しだけ身を寄せてきた。今だ抱き寄せてしまえご主人、と囃し立てたそうなエンの視線は無視し、いつも通りに接する。
「誤解しないでくださいね。死ぬとはまだ決まってませんよ」
なんだか今生の別れのような雰囲気になっているが、残念ながらこんなところで死ぬ気は一切ないし、その可能性もほぼ薄い。守り人と又木の戦力差など明らかだ。守り人は半不老不死な上に人間離れした身体能力も持っている。一方、又木は思想が違うだけでただの人間。又木側がよほどの武術の達人でない限り、万一はない。
執拗なくらいに『もし』の時のケアをしているのはそれだけトウカが大事だからだ。その道に一切の不安がないようにしたいだけ。決して、死を想定して丁寧なフォローをしているわけではない。
普段通りに振る舞っているのも、今生の別れを前にしてあえての行動ではない。いつも通り帰って来るつもりなので。
ここで抱き寄せでもしてみろ、まるでそういうフラグじゃないか。だからやらない。そんな誤解を強めさせるつもりはない。
そういうわけですから、貴方の囃し立ては無駄ですよ。残念でしたとエンを見る。
でも帰ったらその時は? エンの視線に意味深に微笑んだ。
「何?」
「……あぁ。気にせず。こちらの話です」
今はまだ紳士的に、牙を隠してトウカの手を握った。




